1日目昼:調理器具
ということで。
「わ、わぁ……お、大きなお鍋です!」
「落ち着いて、ミナ!お鍋じゃないわよ!熱湯風呂よ、これ!」
「多分、人を茹でるためのものだよね、これ」
ゴリアテタイガーフィッシュの湯引きのため、バカは天秤の部屋を開けた。無論、物理的に。わざわざドアを破壊して。
……一応、鍋部屋で雑談しながら待機している皆にも相談した。相談した結果、『ああもう何でもいいんじゃないかな』というような反応を貰えたので、バカは早速、元気に木星さんを振り回し、ドアを破壊した次第である。
……尚、鍋部屋の仕掛けは既に破壊済みである。『5順までしかよそえない』『制限時間が終わったらそれまでで一番喫食量が少ない人に残り全部食わせる』というルールを無効とするため、よく分からないアームだとか、拘束具だとか、なんかそういうものは一通り破壊してある。
その上で、『万一何かあっても私が無敵時間で対応すればいいからな』と、天城はあまり量を食べないようにしていた。美味しい鍋をあんまり食べずに我慢してくれている天城の為にも、バカは美味しいお魚トマト鍋を作る必要があるのである!
「えーと、湯引き、湯引き……うふふ、これで美味しいお鍋ができます!ええと、では、さっと湯がいて……あっ、ビーナスさん、お皿お願いします!」
「ああ、しょうがないわね……私、なにやってんのかしら……」
「まあ、こういうのも楽しいよね」
今回のアシスタントはビーナスとたまである。ミナがどんどん魚の切り身を湯がいていく横で、お皿を持って待機している係だ。
「それにしても、これどういうルールなのかしらね……」
「……まあ、多分、あの天秤の皿の上に乗って、天秤の皿が熱湯に沈まないようにするゲームなんだと思うけれど」
「湯引きされちゃうってことですね……」
「……固ゆでかもね」
ミナは手早くお魚の湯引きをしてしまいつつ、天秤と熱湯風呂を見て『こわいなあ』と零している。怖い割に、熱湯風呂は大鍋として活用されている訳だが。
「はあ、バカ君が居なかったら、このゲームどうなってたのかしらねえ……」
「へ?」
バカはお魚の切り身の大皿を抱えつつ、きょとん、とした。
……それから考えてみるのだが、バカが居ない時の状態が、バカには想像できない!何故ならバカはバカなので!
「まあ、つまり、本来天城さんが想定していた通りに進む、っていうことだろうから……うーん、ビーナスさんは死んでいた可能性が高いんじゃないかな」
「ああ、そうよね……うん、バカ君、居てくれてありがと」
「ええー、俺、なんもしてないよぉ……」
「これだけ色々やらかしといて何もしてないっていうのは無理があるわよ」
バカは『よく分かんないけど褒められた!』とにこにこした!ビーナスは『褒めてないけど……』と何とも言えない顔をしていた!
「ところで、ミナ」
「へ?あ、はい、なんでしょうか」
ビーナスが、また1つ湯引きされた切り身をお皿で受け止めつつ、ミナに話しかけた。
「その、私のこと、怖くないの?」
「へっ!?」
ミナは驚いて、ぽしゃ、と熱湯風呂の中に切り身を落としてしまった。が、それを横からたまが、しゃっ、と箸でつまみ取ったので、そこまで火は入らずに済んだ。
「こ、怖い、って……?」
「だって、私、あなたを殺したことがあったみたいじゃない」
ビーナスが苦笑すると、ミナは、少し思い悩むような顔をした。
「それを言ったら、私も、ビーナスさんを、その、害したことがあるようなので……うーん」
ミナはそう言って、また考えて、考えながらまた一切れ、湯引きして……。
「それに、まだ、『私』は、ビーナスさんのこと、よく知りませんから」
そう結論を出して、笑みを浮かべた。
「樺島さんが繰り返した中であれこれしていた私は、今ここに居る私とは別の存在だと思っていて……だから、今、ここにいる私は、今ここにいる私の判断で、自分が後悔しないように行動したいんです」
「そう……そうよね。バカ君がやり直してる、っていうのだって、実際のところ本当かどうか分からないし……自分の目で確かめなきゃ、ね」
バカは『俺の言うこと本当かどうかわからなかったのか!』とびっくりしていたが、ミナとビーナスはバカに気づかず、お互いに笑い合った。
「私、できたらミナとは仲良くしたいわ。殺し合っていた可能性もあったあなたと、仲良くなってみたい」
ビーナスはそう言って、少しだけ、その表情に寂しげなものを過ぎらせた。だがそれも一瞬のことだ。
「ってことで、もしよかったら、もうちょっと話す機会を貰えると嬉しいわ」
「……はい。私もです!よろしくお願いします、ビーナスさん!」
……どうやら、この2人は今回は仲良くなれそうだ。
バカは、ビーナスのことも『すげえなあ』と思う。ビーナスもきっと、強くて優しい人なのだ。
「ところでこれ全部湯引きする?」
さて。
ミナとビーナスの話が終わったら……こっちである。
「へ?……やっぱり、無理がありますかね」
「うん。お鍋、これだけでいっぱいになりそうだよ」
そう!お魚!お魚である!
ゴリアテタイガーフィッシュの切り身は、沢山ある!何せ、ゴリアテタイガーフィッシュは1匹1匹がでかいのだ!ミナが捌いたのはほんの2匹程度だったが、それでも怖いくらいの量のお魚の切り身ができてしまったのだ!
「ううん……でも、そうなると他に食べる方法が……」
バカは、悩むミナの周りでおろおろする!折角ならお魚、美味しく食べたい!いっぱい食べたい!だが、このまま全部お鍋にするのは難しいのかもしれない!
……と、バカがおろおろしていたところ。
「普通に塩焼きじゃあダメなの?ほら、塩はあるし、火ならアイツが出せるわよ。ええと、ヒバナが」
「えっ、えっ、いいんですか……?」
「いいんじゃない?えーと、炎の平べったい武具……盾とか出してもらって、それで焼きましょ。或いは燃やせるもの燃やしてそこで焼いてもいいし」
……ビーナスのとんでもない提案によって、残った切り身の方針が、決まったのであった。
そうして。
「やっぱり直火で焼いた魚って美味しいよね」
「うん、いや、俺としてはちょっと、その、この状況に追いつけてないんだけどね。ははは……」
お魚の切り身は現在、コンソメトマト鍋で煮られている。そして、余った切り身は今、塩焼きにされているところであった!
「……ヒバナ。お前の異能は、魚を焼く異能だったのか……?」
「ちげえよ……んだよ、しょうがねえだろうがよ、やれって言われたんだからよォ……おら、海斗テメェ手ぇ動かせや」
ミナとビーナスとたまがお鍋担当になっているので、他の面子は塩焼き担当である。魚の切り身を串に刺して焚火で炙ったり、ヒバナが出した炎の盾をフライパンか何かのように使って調理したり。
当然、これにはヒバナが大活躍であった。ヒバナが出した炎の武具は、着火剤にもなったし、それそのものが調理器具にもなるのだ!
「ふーむ、これは中々楽しいなあ」
この中で意外と活躍したのが、土屋であった。
土屋は現在、ヒバナが出した炎の盾をフライパン代わりに、じゅう、とお魚を焼き、そして、ゴマだれと味噌を合わせて作ったゴマ味噌だれを塗ってまたそれを香ばしく焼き上げていた。
「土屋さん、料理されるんですね」
「いやあ、まあな。実は釣りが趣味でね。そのおかげでちょっとだけ、魚料理ができる」
案外うきうきと楽しそうな土屋を見ていると、バカはつられて楽しくなってくる!人が楽しそうに何か作っているところは、なんとも見ていて気分がいい!
「美味そう……えへへ……」
そして何より、美味そうである!あちこちから美味しそうな匂いがしてくると、バカはついつい、『ぎゅるぐごごごごおお!』とお腹を鳴らしてしまうのであった。バカは声もデカいが腹の音もデカい。
「……あの、こいつ、本当に天使?」
「私、こんなにバカっぽい天使初めて見たんだけれど」
「どうやらそうらしいぞ。僕も信じがたいがな……」
……そうしてバカが涎を垂らさんばかりになっていると、双子の乙女と海斗がひそひそと後ろの方で囁きを交わしていた。だがバカはそれに気づかないのだった!
バカはただ、土屋作のゴマ味噌焼きを見て『美味そう!』と喜び、ヒバナと陽と海斗がやっている塩焼きを見て『美味そう!』と喜び、そして、女子達がやっている鍋を覗きに行っては『美味そう!』と喜んだ。
その内、牡牛の悪魔が『これ、もしよかったら……うちの家内が作ったものだが……』と手作りバターを持ってきてくれたのでお魚はバターで揚げ焼きにもなり、更に双子の悪魔が『お茶くらい淹れるわね……』『折角だし……』と冷たい麦茶を持ってきてくれて……さて。
「じゃあ、2回目のいただきまーす!」
バカ達は、美味しいごはんを再開したのだった!
そう!おかわりである!




