2日目昼:裏切りの水槽*1
バカは、迷った。
迷って、迷って、迷った。
……陽はいい奴だ。たまもいい奴だ。ヒバナも悪い奴じゃない。海斗はよく分からないが、折角だから仲良くなりたい。
一方、土屋はかっこいい奴だ。ミナもかっこいい。そしてビーナスはバカを誘ってくれた。
なので迷っている。バカは、大いに迷っている。迷って、迷って、頭から湯気が出そうだ!
「……あー、樺島君。まあ、時間いっぱい、迷ってくれて構わんから、あまり思いつめるなよ……?」
「知恵熱が出るんじゃないだろうな……」
……周りからも心配されつつ、バカは悩む。悩んで悩んで……そうして、周りの皆は、『まあ、バカのことは放っておくか』とばかり、それぞれが休憩を始めた。
そしてバカは時間いっぱい、悩み続けた!
「……滅茶苦茶、迷ったんだけど……」
「知ってる」
「本当に時間いっぱい使うとはなあ……」
さて。そうしてバカはようやく、決断を下した。どちらの選択肢にも未練があるので、ものすごく渋い顔ではあるが。否、ものすごく渋いものを食べてしまった幼子のような顔であるが。
「俺、土屋とビーナスとミナのチームに入る……」
「おお、そうか。ならよろしく頼むよ、樺島君!」
しおしお、としながら決断したバカを、土屋は苦笑混じりに歓迎してくれた。ミナも笑顔で喜んでくれたし、ビーナスも『まあ、バカ君は何かと便利そうよね』とにっこりしている。
「ええと、樺島君。一応、理由を聞いてもいいかな」
「3人と5人になるよりは4人と4人の方が良くねえか?」
「うわっマジかよ、バカの割には考えてやがるぞコイツ」
陽に理由を説明したらヒバナにバカにされた気がする。まあ、バカは『そう!俺は考えるバカ!』と堂々としているが。
「あと、知らねー奴が多いチームに入った方が、友達が増える!」
「……おい、バカ。てめえまさか……俺達のこと、ダチだとでも、思ってやがんのかァ……?」
「うん!……えっ!?違うのか!?」
最早、ヒバナからバカへの攻撃は一切通用していない。ヒバナは最早項垂れ、そしてバカは『もう友達ってことでよくねえか?いいよな?』とにこにこそわそわしているばかりであった。
「まあ、そういうことなら理に適っている。じゃあ、2パターン目にする、ということだね」
陽は、シャッ、と音を立てて机の上の紙……バカに説明するために書いてくれたのであろうそれに、〇をつける。
先へ進むメンバーは、『土屋、ミナ、ビーナス、バカ』の4人と、『たま、ヒバナ、陽、海斗』の4人だ。
「さて……では、そろそろ進もうか。もう昼になってしまった」
「あっ!?ほんとだ!?いつの間に!?」
「バカ君がうんうん考えてる間に、ね……」
そうしているうちに、昼のドアに光が灯っている。もう昼になってしまったようだ!
「では早速、扉に入ろう。……樺島君。どこがいい?」
「え!?俺が決めるのか!?うーん……」
「……また延々と悩まれたらたまったもんじゃないわ。さっき私達が入った扉の隣にしましょう」
そうして、ビーナスがさっさと入るドアを決めてくれたので、バカは早速、ドアの前に立つ。……そして。
「じゃあ、陽、たま、ヒバナ、海斗!また後でな!」
「ああ。気を付けて」
バカは、残る4人に手を振って、元気にドアを開け、中に入っていくのだった!
部屋の中に入ってすぐ、バカは目を輝かせた。
「うおおおおおお!魚ー!」
部屋の中央には、大きな大きな水槽がある。その中には1mぐらいある魚が泳いでいて、さながら水族館のようであった。
「へえ……綺麗じゃない」
「なんだか心癒されますね!」
デスゲームの中にも美しいものはある。バカもビーナスもミナも、しばし、水槽に目を奪われた。
……だが。
「いや、諸君。あまり安心してもいられないようだぞ。どうやらこの水槽の底に、鍵があるようだからな」
土屋は1人、表情を険しくして水槽を睨む。
……言われて見てみると、確かに、水槽の底に鍵のようなものが見える。そして、この部屋から先に進むためのドアには、分かりやすく錠が掛けてある。あそこの鍵が、この水槽の底の鍵なのだろう。
「そして、ここの魚はただの魚じゃないだろう。……ううむ、ピラニアの一種か?大分大きいが……」
「へ……?ピラニア……?」
更に、土屋はそう言って魚を睨んだ。バカは、『そっか、これ、ピラニアっていうのか……』と頷いて……。
「ピラニア……旨そうな名前だなあ……」
じゅる、と涎を垂らしかける。
「……もしかしてバカ君、ピラフとか想像してない?」
「或いは、ビリヤニとか、ラザニアとか……確かに似た名前の食べもの、ありますよね!」
旨そう、にこにこ、と笑うバカに、ビーナスが『こいつ大丈夫かしら』と表情を引き攣らせ、ミナは『確かに名前が美味しそうですよね!』と優しく声を掛けてくれた。
そしてバカは、ちょっぴりお腹が空いた。
「そうですね、これは恐らく、ゴリアテタイガーフィッシュかと」
ミナが解説してくれるので、バカは『ほええ』と声を洩らしつつ聞く。
「アフリカに生息しているお魚です。現地では焼いたり煮込んだりして食べることもあるようです」
ミナの解説に、バカは『おお!』と目を輝かせる。
食べられるなら食べたい。バカは丁度、お腹が空いてきてしまったところなのだ!
だが。
「それから……人を噛みます」
「えっ」
「なので……その、とても、危険なお魚です、ね……」
……このお魚、食べるのはちょっと、難しいのかもしれない。
「あー……では、早速だがこれをどうにかしていかなければな」
バカの意識を『食べたい』から引き戻すかのように土屋が手を打って、水槽の攻略を始めることになる。
「どうやら、この水槽の水は向こうの水槽へ移し替えることができるようだ。配管を見る限り、だが」
「ああ……成程ね。水槽の水の4分の3くらいは、向こうに移し替えられる、のかしら」
土屋とビーナスの視線を辿っていくと、確かに、中央の水槽の下の方からパイプが伸びていて、そのパイプはポンプらしい機械を通して、別の水槽へと繋がっている。
「では水を動かす仕掛けを探しましょう。水位が減れば、鍵も取りやすくなると思いますから……あら?」
だが。ミナは空の水槽を覗き込んで、表情を曇らせた。
「……これって」
「どうやら、『水槽の中に入って』電源を入れねばならんようだ。そして、水位の調整などは外から行うことになるようだな」
どうやら、水を移す先の水槽の『中』に、ポンプの電源ボタンがあるようなのだ。それでいて、水量の調節レバーなどは、水槽の『外』にある。……つまり。
「つまり、誰か1人が溺死するリスクを抱えなければならない、ということだろう」
水槽の中に入った誰かは、水槽の外に居る誰かに命を握られる。そういう仕組みであるらしい。
……まあ、バカにはよく分かっていないのだが!
「……まあ、私がやるべきかな」
すると、土屋が早速、ジャケットを脱ぎ始めた。
「若い者達を犠牲にするようなことはしたくないのでね。誰か、水槽の外で水量の調整を頼む」
「えー、俺、バカだから調整とか分かんねえよぉ……だったら俺が泳ぐよぉ……土屋のおっさんの方が頭良さそうだし、俺が潜った方がよくねえかぁ?」
早速、バカは土屋を止めに入った。なんだかよく分からない難しい仕事を残されても困る。バカは『いいか!?適材適所ってモンがあるんだ!お前は頭脳労働は避けろ!とにかく肉体労働だ!いいな!?』と親方に教えてもらったことを思い出していた。
「だから、これは俺がやるよ!」
「……樺島君。いや、しかし……」
「あと、俺も水泳したい!どうしてもっていうんなら、一緒に潜ろうぜ!」
土屋は渋る様子を見せていた。バカはバカなので、『あっ!?もしかして土屋のおっさんも実は頭脳労働ができない奴か!?』と勘繰っていたが、まあ、それはそれだ。土屋が多少バカだったとしても、バカよりバカということはあるまい。
「俺、やる気だけはあるから!あと筋肉!」
「えっ、あっ、あのっ!?かかかかか樺島さんっ!?」
ということで、バカはやる気のアピールのために、ぽいぽいっ、と服を脱いだ。勢い余ってパンツも脱ぎ掛けたところで、『あっ、そういえばミナとビーナスが居るんだった!』と思い出して、パンツは履いたままでいることにした。
「バカ君ってホントにバカなのね!?ミナとか私とかが居る前でホイホイ脱ぐもんじゃないでしょうが!」
「ごめんってえ!その分は働いて返すからあ!」
そうしてバカは笑顔でビーナスに謝ると……。
「……ん?樺島君、君、おい、まさか」
「じゃ、鍵取ってくる!」
……意気揚々と、中央の水槽に向かって行った!
「待て待て待て待て!待ちなさい!こら!その水槽には……その、なんだ!ピラニアより危険な魚が居るんだぞ!?」
が、流石にそんなバカを土屋が止めた。
「ま、まあ、待ちなさい、樺島君。すまないな、私の説明が足りなかったな」
土屋は大分疲れ切った顔でそう言うと、バカにも分かるようにもう一度説明してくれる。
「ええと、まずはだな、魚を除去できるか、あるいは、水に入らずに鍵を手に入れられるくらいまで水位を下げる必要がある。そのために、中央の水槽の水を横の水槽に移す作業が必要なのだろうが……」
うんうん、とバカは頷きながら聞いて……それから、ん?と首を傾げる。
「なーなー、つまりさあ、魚全部獲ればいいんだよな?」
「まあ、そういうことになる。現実的に考えると、水位をギリギリまで下げて、その間に鍵を取る、ということになるだろうが……」
「あっ、だったら大丈夫だ!魚の取り方なら、親方に教えてもらったから!」
バカは『なら安心!』と納得して、また意気揚々と中央の水槽へ向かっていくと、勢いよく踏み切って、走り高跳びの要領で中央の水槽の縁まで一気に登った。
そして。
「あっ、お前ら、耳塞いどいてくれ!えーと、あと、物陰に隠れたほうがいい、かも……って言えって親方が言ってた!」
バカが満面の笑みでそう言ったので、土屋とミナとビーナスは顔を見合わせ……そして、そっと、耳を塞ぎ、そして、じりじり、とバカから離れ、コンクリート壁の後ろに入った。
バカはそれを見届けると、満面の笑みで……水槽に、ざばり、と顔を突っ込み、そして。
「うおおおおおおおおおおお!」
バカは、水中で叫んだ。
途端、水が、ズドン、と大きく揺れ、ぴし、と水槽に罅が入る。だが、まだバカは止まらない。
「我らぁあああ!こぉおおこにぃい!集ぉおおいしぃいー!キューティーでッ!ラブリーなッ!益荒男達ッ!おおぉおおー!キューティーラブリーエンジェル建設ー!おおぉおおおお!キューティーラブリーエンジェル建設ぅううううう!ああぁあああぁあああああああ!」
歌った。
バカは、腹の底から、魂の限りに歌った。
その結果、水槽には罅が入り、当然のようにゴリアテタイガーフィッシュは死に、ぷかぷかと水面に浮かんだ。
ぴゅーぴゅーと水槽の罅から水が漏れ出る中、バカは元気に水の中へと飛び込み、悠々と3m程度の潜水をこなし、そして。
「鍵、とれたぞー!」
ゴリアテタイガーフィッシュの死骸の間から、ざばりと元気に顔を出し、笑顔で鍵を振って見せたのだった。
「……何だ、今のは」
土屋が唖然としていた。ビーナスも唖然としていた。ミナは気絶していた。そしてバカは只々、笑顔で答える。
「あっ、今の!?今のはなー、俺の職場の社歌!」




