1日目昼:生け簀
ということで、バカはまたドアを破り、大広間に戻り、それから『多分ここ!』と、お魚の水槽がある部屋を開けた。
「おいおい樺島ァ。テメェどこ行くんだ?」
「うん!お魚取ってくる!」
「魚……?まさか、ゴリアテタイガーフィッシュか?」
追いかけてきたヒバナと天城に元気に答えて、バカはずんずん突き進む。
そして、例のお魚水槽の部屋に入り込むと……そこで、お目付け役のヒバナと天城、そして『お魚があるんですか……?』とついてきたミナを振り返り、満面の笑みで言った。
「じゃ、俺、今から歌うから耳塞いどいてくれ!あと、できれば物陰に居て!」
「……はえ?」
社歌漁の始まりである!
そうしてバカは、『キューティーラブリーエンジェル建設ぅうううう!ああああああ!キューティーラブリーエンジェル建設ぅううううう!あああああぁぁああああぁああああぁあああぁああ!』と歌い上げ、水槽の中のゴリアテタイガーフィッシュを皆殺しにした。
「……きゅう」
そしてミナは気絶した。
「おいバカ島ァ!今のは何だよ!」
「社歌!」
「あのトンチキな歌のことじゃねえよ!音量だよ音量!」
「……水中にライフル弾を撃ちこんだり爆弾を投げ込んだりして、その衝撃で魚を殺して浮き上がったところを獲る、という漁は確かに存在しているが、歌ってできるものではないだろう……」
ヒバナと天城は大いに驚いていたが、一方で『まあこのバカだしな』と諦めてもいる様子であった!
「そもそも歌う必要あんのか!?」
「えええー!?だって、社員旅行でやる時は皆で社歌歌うもん!」
「社員旅行で……ダイナマイト漁を……?」
ヒバナも天城も、質問すればするほど訳が分からなくなるという妙な状況であったが、バカは『説明が何故か伝わらない……まいっか。ヒバナは入社したら一緒にやることになるし……』と満面の笑みを浮かべた!
それからバカ達は、気絶してしまったミナを起こした。
「う、ううん……?あれ、私、なんだか変な夢を見ていたみたいで……樺島さんが、不思議なお歌を歌ったらお魚が……」
「いや、それ夢じゃなかったぜ……悪夢みてぇだけどよォ……」
そう。夢みたいだが夢じゃなかったのである。ミナは未だ、現実を受け止めきれていない様子で、『え、え……?』とおろおろしていたが、やがてバカが『これ!』とゴリアテタイガーフィッシュを運んで来たら、『わあ』と驚きつつもようやく現実を現実と諦めてくれた!
さて。
そうして、天城とヒバナは鍋部屋へ戻った。まあ、牡牛の悪魔や双子の乙女が向こうに居るので、それぞれビーナスやたまの傍に居たかったのだろう。
そしてミナは、『じゃあここでお魚を捌いて持っていきますね!』と残った。バカも、『お魚捌くところ見てえ!』と残った。
「うおおおおお!すげえええええ!」
「うーん、もっとちゃんとした包丁があったら、もっと上手にできるんですけれど……よいしょ、と」
ミナは謙遜しているが、十分にすごい。
何せ、ミナがするするとナイフを動かせば、すぐさま魚の身が中骨から剥がれていって、どんどん3枚おろしになっていくのだ!まるで、魔法のようだ。バカはそう思う。
「うわー、先輩がやって見せてくれた時もすげえなー、って思ったけど、やっぱ料理やる人ってすげえなあ!」
「ふふ、私の先輩も、お魚を捌くの、とってもお上手だったんです」
ミナの言葉を聞いて、バカは『世の中の先輩達は皆、魚捌くの上手なのかなあ!』と思ったが、当然そんなことは無いのである。
「……ねえ、樺島さん」
どんどんゴリアテタイガーフィッシュが切り分けられていく中、ミナは、少し硬い声でバカに尋ねてきた。
「うん?」
「その……お伺いしたいことが、あるんです」
「うん!なんでも聞いてくれ!わかることだったら答える!わからないことでも頑張ってできるだけ答える!」
バカが気合を入れてにこにことミナに答えれば、ミナはそんなバカのバカっぷりに少し励まされたように笑みを浮かべて……それから、そっと、小さな声で聞いてきた。
「私は……その、樺島さんの『やり直し』の中での私は……蛇原会のことを知って、どう、していましたか」
バカは少し考える。
考えて、考えて……それから、結論を出した。
「俺、バカだからさぁ、もう、全部言うな?」
「へ?え、あ、はい」
そう。バカはバカなので、情報の取捨選択なんてできないのだ。
誰かに何かを隠しておいた方が上手くいく、ということがあったとしても、バカはどうにも、そういうことをやるのが苦手である。何せ、バカはバカなので。
だから……ミナは賢いから。バカよりも賢いから、バカはそれを信じて、全部洗いざらい、言ってしまうことにした。
「えっとな?ミナは、ビーナスに殺されちゃった時もあれば、ビーナスを殺しちゃったこともあったし、ビーナスと好きなアイスの話してたこともあった!あと、ヒバナが自殺するの見てた時もあったし、ヒバナが自殺しようとしたの見て、異能で治してあげた時もあったし……ええと、とにかく、いっぱい色々あった!」
そう。全部だ。
今まで樺島が見てきたもの、全部。全部の『ミナ』を、今のミナに教えてしまうことにしたのだ。
「えええ……私、随分と真逆なことを、するんですね」
「そうなんだよぉ。何があるか分かんねえよなあ、やっぱ」
驚くミナの横で、バカは、うんうん、と頷く。バカは未だに、このデスゲームのやり直しがよく分かっていない。何がどうなると誰がどう仲良しになれるのか、なんて、全く分かっていないのだ!
……そんなバカを見たミナは、小さく『別の時に助けていた人を、別の時には見殺しにするのね……』と呟いて、戸惑うように俯いた。
だが、バカはうんうん頷いていたせいでそんな呟きを聞き漏らしたので、またもうんうん頷きながら、大体同じで、でも反対のことを言ってしまう。
「うん。ミナ、すごいよなぁ。別の時に殺しちゃった相手と、仲良くなれるんだもん!」
バカは、『ミナってすごい』と頷いて、にこにこしている。そんなバカを見て、ミナは、ぽかん、としていた。
「え、あの、樺島さん。私……」
それから、戸惑うように、おろ、と視線と手を宙に彷徨わせた。だが、バカはそんなミナをようやく見て、『ちょっとなんか困ってるのかなあ』と思って首を傾げた。
「うん……あのな、ミナ。ミナはすごい奴だけど、でも、俺、どうしたらミナにとっていいことなのか、まだ分かんないんだ。俺、バカだからさぁ……」
バカは首を傾げながらも、できるだけ誠実であるように、と頑張って言葉を考える。
「……俺は、皆が仲良かったらいいなあ、って、思う。でも、海斗が『それはミナさんにとっては残酷なことだろう』って、言ってた。皆に仲良くしてほしいっていうのは、俺の勝手だろう、って……そういうのは、ちょっと分かったんだ」
誠実であれ、と思って真っ先に思い出すのは、海斗の言葉だ。
海斗は、厳しくも現実的で、そして、誠実だ。バカは海斗のそういうところを尊敬している。バカも海斗みたいに頭がよかったらなあ!と思うこともある。
……そんな海斗が言ったことを、バカはちゃんと、覚えている。『皆で仲良く』というのが上手くいくとは限らないことも、分かっている。
「難しいよなあ……。俺、やり直してもやり直しても、わかんないことだらけだ」
バカには、このやり直しは少々、難しすぎた。皆の助けを借りてここまで来て、でも、まだまだ分からないことだらけだ。
「……そう、ですよね。やり直して、も……」
そしてミナはバカの言葉を聞いて、静かに考え込んだ。
ミナは視線をまな板に落とし、静かに、考え込みながらもゴリアテタイガーフィッシュを捌いていく。
どうやらミナは、こうやって手を動かしながら考えると捗るタイプらしい。バカの先輩も、考え事をしながらキャベツの千切りを10㎏こしらえていたことがあったので、バカにはちょっと、ミナの気持ちが分かる。
バカは、ミナが考える邪魔にならないように静かにしながらミナの手元を見て、次々に切り身になっていく魚の身の、透き通った色合いを見て……きれいだなあ、と思う。
魚の身が透き通ってきらきらした様子も。ミナの鮮やかな手つきも。そして、ちゃんと考えるミナの表情も。
そうして、ミナが一通り魚を捌き終わった後。
「……樺島さん」
「うん?」
ミナは顔を上げて、どこか晴れ晴れとした顔で、笑った。
「私にとっては、『やり直し』はありません。この一度きりしか、私にとっては、存在していないのと同じなんです。だから私……このゲームで、悔いのないようにしたい」
ミナの表情は、いつか、バカが見たものと同じだ。
……優しくて強い人の顔だ。
「ヒバナさんと、ビーナスさんと、お話ししてみます。……あの、その時、一緒に居てくれますか?」
「うん!勿論!」
バカは大喜びで返事をした。嬉しくなってその場で浮いてしまった。ミナは浮かぶバカを見て『わあ』と驚いていた!
だが、バカはそんなミナが気にならない程嬉しい!
だって、だって……今回も、また、ここへ戻ってくることが、できたのだから!
そうしてバカが喜びからちょっと落ち着いて、なんとか床に戻ってきたところ。
「……ところで、このお魚、どうしましょう。絶対に、多すぎましたよね……」
ミナは、大量の切り身を見て『ああああ……』と頭を抱えんばかりであった。
「それに、このお魚、お鍋にするにはあんまり向かなかったかもしれません。このまま入れてしまうと、少し生臭いかも……」
「えっ、そうなのか!?」
バカは、『楽しみにしてたのに!お魚トマト鍋!』とショックを受けた!まさか、生臭いとは!いや、バカは多少生臭くても食べる気満々だが!
「はい。こういうお魚をお鍋に入れる時には、一回湯引きすることが多いんです」
「ゆびきり?」
「あの、ええと、湯引き、です。熱湯にくぐらせるか、熱湯を皮目にさっと掛けるかして、臭みのある脂を落とすんですよ。……でも、ここにはお湯なんてありませんし……うーん、焼き魚にするにも、火は無いし……」
こんな状況でも、ミナは一生懸命に料理のことを考えている!実に素晴らしい職人魂だ!
「……ん?お湯?」
そしてバカは、ミナのため、そして美味しいお鍋のため……思い出した!
「お湯ならあるぞ?なんか、でっけぇ天秤ある部屋に!」
……天秤の部屋が、調理器具になる時が来た!




