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0日目夜:牡牛の闘技場

「……おい、樺島」

「うん!」

「鍋ってなんだ。鍋って」

 元気なバカと、バカに手を握られたままぽかんとしている双子の乙女を眺めつつ、海斗がそっとやってきた。

「あー、そっか、海斗はまだ知らねえよなあ。えっとな?いい匂いがするドアがあるから、その中入ると、羊がめっちゃいっぱい居て、あと、鍋が食える」

「意味が分からない!」

 バカは一生懸命説明したのに、海斗には伝わらなかった!なんてこった!




「天城のじいさん!天城のじいさんも鍋の部屋、知ってるよな!?」

「……まあ、ゲームのギミックだけは知っているが。実際に入ったことは無い」

「無いのぉ!?」

「1回目は開かないままだったな。そして今回も、このデスゲームの中で最も不確実なゲームに入るつもりはなかった」

 バカは天城の言葉を聞きつつも、納得がいかない。だって、鍋である!不確実なのかどうなのかはよく分からないが、美味いことだけは確かである!それを、食べ損ねるなんて!

「……そもそもあの鍋は、毒物が混入することが前提ではなかったか?」

「えっ!?ううん!今んとこ、俺、大体全部美味いの食ってる!俺が羊集めとくからさ、皆で仕分けしてくれよ!で、ミナに任せたら滅茶苦茶美味いのできるから!ミナ!よろしくな!」

「へっ!?わ、私ですか!?あ、あの、そもそも何のお話ですか!?」

 海斗どころかミナまで混乱し始めてしまったが、バカの心は既に鍋に奪われている。

 美味しい鍋……野菜とお肉の旨味がたっぷり溶け出したお鍋……。それを大好きな皆と一緒に囲んで食べれば、最高に美味いのである!バカはお腹が空いてきた!

「あっ、じゃあ牛も誘おうぜ!えーと、後は、ライオン……?」

「ライオンは雑食じゃない。誘うな」

「分かった。じゃあ牛だけ!」

「そもそもミノタウロスも誘うな」

 バカはすっかりご機嫌で、にこにこしながら鍋へ思いを馳せている!

 そして周りの皆は『どういうことだ』と怪訝な顔をしているし……誰よりも、双子の乙女2人が、途方に暮れていた!




 さて。

 そうしてバカは、鍋の準備を始めた。

 まずは、面子である。

「ってことで来たぞー!」

「えっまだ夜!」

 バカは、双子の乙女をわっせわっせと担いだまま木星さんを振り回し、牡牛の悪魔の居る部屋へ突入した。

 ミノタウロスはものすごく困惑していた。勤務時間外に同僚を連れた不審者が突撃してきたら、当然、困惑する。

「ま、まあいい。……俺は牡牛の悪魔。このゲームの守護者にして……」

「で、牛ー!一緒に鍋食おうぜー!」

「えっ!?」

 ……更に、不審者から鍋パのお誘いが来たら当然、もっと困惑する。当然だ。当然である。この場においてはバカより悪魔の方が常識的である。

「な、何を……言っている……?」

「うん!一緒に鍋食べませんか、っていうお誘い!この双子のおねーちゃん達は参加するんだけどさあ、お前も一緒にどう?」

 牡牛の悪魔は、ちら、と双子の乙女を見つめた。……双子の乙女2人はバカの小脇に抱えられたまま、しゅん、として頷いた。『だめでした』という顔である。これから捕食されそうな獲物の顔に近い。

「あっ、もしかして、勝負しないとダメか!?やっぱ勝負しないとダメか!?ならやろうぜ!あっ、ミナぁ、ビーナスぅ、おねーちゃん達よろしくな!」

「えっ、あっ、はい!」

「渡さないでよちょっとぉ……」

 しゅんとしてしまっている双子の乙女は女子2人に預けた。女子2人は、悪魔とはいえバカのバカパワーに引きずられてここまで来てしまった双子の乙女にちょっぴり同情して、『よしよし、怖かったわね……』『ええと、あの、私、頑張って美味しいお鍋、作りますね……?』と慰めている!

「よーし!じゃあ、10秒以内にケリつけてやるよ!」

「ふん、見くびられたものだな……!俺はこのゲームの守護者にして、悪魔の中でも指折りの」

「よし!じゃあはじめー!うおおおおおおお!」

 人の話を聞かないバカは、元気に木星さんをぶん回しながら牡牛の悪魔へ近づいていき、牡牛の悪魔がそれに身構えたところで……。

「小手ええええええええ!」

 ……牡牛の悪魔の脛を、木星さんで強打していた!




 そうして牡牛の悪魔は『ぶもおおおおおおおお!』と悲鳴を上げて床をごろごろすることになった。悪魔でも脛は泣き所らしい。

「脛は……脛はちょっと……どうなんだ?」

「駄目だったか!?頭の方がよかったか!?」

「いや、脛で済んでよかったところじゃないかな、これは」

「樺島君、ナイス判断」

 海斗は『脛……』と痛そうな顔をしているが、陽とたまは冷静に『頭があの勢いで殴られたら多分、頭が爆発四散していた』と分析していた。

「樺島君……脛は、小手じゃないぞ」

「えっ!?そうだっけ!?あれっ!?じゃあ、胴!?」

「いや、脛は脛でいいんじゃないか……?剣道には『脛』は無いが、薙刀にはあるんだ」

「ええー!そっかぁ!そういうのあるのかぁ!知らなかった!」

 また、バカは土屋に色々教えてもらって、『また俺、賢くなった!』と嬉しい気持ちでいっぱいである。

 職場に帰ったら、先輩や親方達に『脛は脛なんだぜ!』と教えてあげようと思った。勿論、この伝え方をした場合、間違いなく『……?』という顔をされるが……。




 さて。

 脛の痛みにのたうち回っていた牡牛の悪魔は、ミナの異能のお世話になった。

 何故なら、あまりにも哀れだったのと……そろそろ、鐘が鳴って1日目の昼が始まるからである。

 ミナの異能は、鐘と鐘の間に1回まで使える。つまり、鐘が鳴るまでに使っておかないと、ちょっぴり勿体ないのだ!まるで『消費期限ぎりぎりだから食べちゃいましょう』みたいな具合で異能を使ったミナだったが、牡牛の悪魔はいたくこれに感謝した。

「う、うう……不覚……。脚の骨を全て粉砕されるとは……。実に見事だった。俺を10分以内に倒した褒美として、これをやろう……」

「あっ、たま人形!かわいい!ほら、たま!たま!人形!かわいいの!」

「……かわいい?」

「うん!かわいい!」

 バカは受け取ったたま人形をそのままたまへと渡した。たまは陽に人形を見せて、『かわいい?』とやって、陽ににこにこ笑顔で頷かれていた。


「そして……ううむ、その女に救われた以上、その恩は、返さねばな……」

 更に、牡牛の悪魔はそうぼやくと、ミナの方を見た。ミナは、『へっ!?』とびっくりしていたが……。

 ミナは、おろ、とバカの方を見て、それから、おろ、と天城の方を見て、皆の顔を見回して……そして。

「え、あの、じゃあ……私、これからお鍋を作るようなので、その、ご一緒に……いかがですか?」

 ミナも、鍋パ推進員になってくれたのであった!




「……ミナ、よかったの?あれで」

「はい。私、お料理好きなんです。えへへ……」

「だよなあ!だからあんなに美味しいの作れるんだもんなあ!前もミナが作ってくれた時、滅茶苦茶美味かったんだ!」

 バカは大いに喜び、『たのしみ!』とにこにこ顔だが、ビーナスはなんとも心配そうだ。

「いや、悪魔に貸しができたっつうんならよ、もっと色々……こう、あるじゃねえか。な?」

 更に、ヒバナすらそう言ってやってきた。ヒバナとビーナスの2人は叶えたい望みがあるから、特にそう思うのだろう。

 だが、ミナは少し考えて、それから少し困ったように笑った。

「でも、叶えたい望みが無いんです」


「……望みが、無い?じゃあなんで、ここに?」

「ええと、最初はあったんです。でも……死んでしまった人を生き返らせる方法は、無いみたいだから……」

 ビーナスはミナの返答を聞いて、なんとも悲し気な顔で『そう』とだけ言った。

「それとも、時を巻き戻してもらえるようにお願いすべき、なんでしょうか。でもきっと、先輩はそれを望まないんじゃないかって思って……」

 一方のミナは、迷うようにビーナスを、そしてヒバナを見て……それから、言った。

「……あの、この後、どこかで皆さんとお話ししたいです。皆さんは、どんな願いを叶えたくてここへ来たのか……聞けたら、私自身の気持ちに折り合いをつけることが、できるかもしれないから」




「……でもまずは鍋だよな!」

 ミナが少し暗い顔をしていたので、バカはミナの顔を覗き込んで、にまっ、と笑う。

「それから、羊!羊いっぱいふわふわしようぜ!そしたらちょっと元気になれるし、元気な時にお喋りした方がいいって親方も言ってたし!」

 行こう行こう、とバカが元気にるんるんと大広間へ戻っていくのを見て、ミナは『はい!』と元気に頷いた。

 さあ!鍋パの時間だ!


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― 新着の感想 ―
小手で良かった。面や胴なら死んでた……
[良い点] 小手ええええええええ!(脛) 本人はそのつもりないだろうけど卑怯なやり方になってますねw 悪魔がかわいそうに思えてきますが、本来なら死人が出る可能性もあったと考えればまあいっか! [一言]…
[気になる点] > このデスゲームの中で最も不確実なゲームだからな 何かがおかしい この発言は「不確実なゲームだから参加しなかった」という意味のはずだけど、50年前の天城はそんな事知らなかっただろう…
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