0日目昼:皆が集まる開放的空間*2
「私はこいつを殺すべきだと考えているが、樺島は『無敵時間』の効果を延長してこいつを生かしたままにしようと言っている。皆の意見を聞きたい」
最初に天城がそう問いかけると、皆は互いに顔を見合わせたり、木星さんを見たりして、戸惑いの表情を浮かべている。
……そして。
「私は殺しちゃっていいと思うけど。だって皆、ここには願いを叶えに来たんでしょ?人が死ぬのは嬉しいって人、多いんじゃない?私もそうだけど」
ビーナスがそんなことを言い出したので、バカは大いに慌てた!
「そ、そういうのよくないよぉ……」
「良くない?ならどうしてあなたこのゲームに参加してんのよ」
「俺はぁ……俺は、なんか気づいたらここに居てぇ……今日から出張の予定だったはずなんだけど、俺……」
「お、おい、樺島。迷子か?お前は迷子なのか?」
「うん、俺、迷子かもしれない……」
ビーナスは『人が死ぬのは悪くないわよね』というスタンスで行くようだし、バカは相変わらず迷子だし!バカはどうしていいのか分からない!
「そ、その、私は反対です。人を、殺すのは……」
続いて、ミナは反対した。おどおどと、迷うように。だがそれでも、はっきりと。
「だってあなたにも叶えたい願いがあるんでしょ?」
「……はい。私、先輩が死んでしまった事故を無かったことにしたくて、ここに参加したんです」
ビーナスの言葉に、ミナは思うところがあっただろう。特に……今、ミナの目は、ヒバナの首筋へと向いている。
そこでバカは、『あっ』と気づいた。……そう!ヒバナの首には蛇の刺青があって、それをミナが見つけてしまうと、ミナはヒバナが蛇原会の人だと気づいてしまうのである!だからバカは、ヒバナの首輪は外さない方がよかったのだ!それで一回失敗しているのを、すっかり忘れていた!
バカは大いに慌てたが……だが。
「でも、人を殺すのは……その、抵抗があります。どうしても。私は、人を殺すのに抵抗がある人間です。それは、変えようがありませんから」
……ミナはそう言って、ふ、とヒバナから目を逸らした。
ミナは……ミナはバカが思っていたよりもずっと、強い人だ。だから……どうか、ビーナスとヒバナがどういう人で、どういう気持ちでここに居るのか、ミナにも知ってもらいたいな、と、バカは思うのだった。
「俺も賛成かな」
その次は陽が賛成を表明した。これにバカは驚かない。『そうだよなあ、天城のじいさんは陽なんだもんなあ。そりゃ、陽だって天城のじいさんだよなあ……』と、よく分かっていないながら分かっている気になって頷いている!
「たまが……俺の恋人がこれから井出亨太に殺されるっていうのなら、ここで井出亨太の方を殺しておきたい」
「そうだな。私もそう思う。少しでもリスクがあるなら、そのリスクを排除するべきだ」
天城は『やはり自分自身だ』とでもいうように陽の意見に頷いている。……この2人が仲良しなのは当然なのだが、バカは未だに、陽と天城が仲良しだとちょっと不思議な気がしてならないのだった!
「僕も賛成だ。……その、そいつは僕を殺す予定、なんだろう……?」
次に、海斗は賛成した!バカは『海斗ぉ!?』とビックリしたが、海斗は『仕方が無いだろう』と、じっとりした目をバカへ向けてきた。
「僕を殺そうとする奴を生かしておく道理は無い。自分の身の安全のためにも、僕はこいつをここで片付けることに賛成する!」
「うえええ、海斗もそういうこと言うのかよぉ……」
バカは海斗までもが木星さん殺しに賛成してしまったので、何とも言えない気分になる!海斗のことを考えれば、妥当なのだが!だがそれでも、バカは海斗には反対してほしかったのだ……。
「樺島。お前はどうなんだ」
バカが『海斗ぉ……』と嘆いていたら、海斗は少し気まずげにバカの意見を聞いてきた。
だがバカは困ってしまう。何せ、バカの考えはまだまとまり切っていないのだ!
気持ちはあるのに、言葉は上手く見つからない。そんなもやもやした感覚を抱えて、バカはむにむに、と口を動かして……。
「……俺、木星さんに滅茶苦茶腹立ってるんだ。だから、殺して終わりなんかじゃなくて、反省してもらいたいし、謝ってほしい」
分からないから、分からないなりに。バカはとにかく全部、説明してしまうことにした。
「前回のやり直しの時、木星さん、皆の願いをバカにした。しかも、海斗と土屋のおっさんのこと殺したんだ。だから俺、木星さんのことぜってー許せねえ」
バカがそう言えば、真っ先に名前が挙がった海斗と土屋はそれぞれに何とも言えない顔をする。だがバカは気にせず続けた。
「海斗と土屋のおっさんだけじゃないんだ。木星さんが色々やったせいで、ビーナスとヒバナが……ミナのこと、殺しちまったんだ」
「え」
「わ、私を……?」
更に、ビーナスとヒバナはぎょっとし、ミナは怯える。だがバカはまだ気にせず続ける。
「でもヒバナもビーナスも、なんか、後悔してるみたいだった。疲れちゃってた。だから多分、殺さない方がよかったんだよ。2人にとっても。なのに、木星さんが居ると、上手くいかないみたいだから……」
バカは、段々自分が言いたいことがよく分からなくなってきたが、それでも続ける。頭のいい皆なら何か分かってくれるんじゃないだろうか、と期待しながら続ける。
「……木星さんが居ると、なんか上手くいかないっていうのも、俺、分かった。バカだけどそれは分かったんだ。木星さんは居ない方がいいと思う」
バカがバカなりに出した結論は、結局のところ、『木星さんは居ない方がいい』というものだ。それは確かに、そうなのだ。木星さんが居ると上手くいかないことが増える。そうして傷つく人も、死んでしまう人も増えるのだ。
「でも……俺も、そうなんだ」
だがバカはどうにも引っかかるものがあるのだ。
「俺さあ、すっげえバカだから、いろんな人に迷惑かけたし、今の職場に雇われるまで、どこでも要らねえって言われてたんだ。だから木星さんも、そうなのかもしれないな、って……。俺がバカだから分からないだけかも、って……」
ちょっと思い出すのは、自分自身のことだ。キューティーラブリーエンジェル建設に就職するまで、バカはどこでも厄介者扱いだった。バカだし。とにかくバカだし。ひたすらにバカだし!
だからバカはずっと、『要らない奴』だった。就職早々クビになって、雨に打たれてとぼとぼ歩いたあの日のことも、就職初日から職場の備品をうっかり壊しまくって多大なるご迷惑をお掛けしたあの日のことも、バカは全部、覚えている。
……だが、今の職場に辿り着いてから、バカは色々なことを学んだ。バカだが。バカは相変わらずだが……それでも、人の役に立てるバカになった、と思う。それは、バカ自身が頑張ったからというよりは、バカを支えてくれた職場の皆のおかげだ。
だから、もしかしたら、木星さんもそうかもしれないのだ。木星さんは許せないが、木星さんも、然るべき場所でちゃんとやっていたら、もしかしたら、こうならなかったかもしれないのだ。
「……お前とこいつはまた違う気がするがな。少なくとも、お前は使いようがあるだろう。性根が腐っているわけでもあるまい。井出亨太と違ってな」
「えっ、天城のじいさん、ありがと……。うん、でも、いつか、今じゃなくていいけど、いつか、木星さんが反省してくれたらいいな、って思うし……木星さんも、誰かの役に立ったらいいな、っていうか……迷惑かけた分は働かなきゃダメなんだぞ!っていうか……」
そうだ。バカがそうなったように、木星さんも誰かの役に立つ人になってくれたら、バカは嬉しい。そうなったらバカは、木星さんを許せるかもしれない。
木星さんの性根が直るかは、分からない。現状では駄目っぽいなあ!とは思う。バカでもそう思う。やっぱり木星さんのことは許せない気がしてきた。前回の天城が言っていた通り、『木星さんが一番嫌がること』をきっちりやりたい気もするのだが……。
だがそれでも……ただ殺してしまって終わり、というのでは、足りない。良いものも悪いものも、いろんな可能性が、まだ残っていていい。だから、『保留!』とバカは思うのだ。
「木星さんに助かってほしい、っていうか、ただ、木星さんに木星さんを許せないって思ってほしいし、木星さんが、木星さんを変えるようになってほしい。ちゃんと、反省してほしい。……それで、木星さんも誰かの役に立ったらいいと思う。沢山迷惑かけた分、ちょっとくらいは、返してほしい」
バカがそう説明すると、なんとなく全員、分かったような、分からないような、そんな顔をしていた。
「……私も反対だな。彼をここで殺すべきではない」
そして土屋がそう意見を出した。
「私も樺島君と同意見だ。彼が死刑になるとしても、きっちり裁いて、反省を促してからだ。順序というものがあるだろう」
「へ?」
「まあ、人間誰しも反省できるわけではない。根からのクズというものは存在するさ。だが……反省させられなかったとしても、きっちりと人の法で裁くことには意味があるだろう。『見せしめ』にもなるしな。そのためにも、彼は殺さず、生かしたまま外へ出すべきだ」
土屋は警察官だ。だから、こういう時にもこういう考え方をするらしい。バカは、ちょっと土屋に似た考え方をしている……のかもしれない。またちょっと違う気もするが。
「……人の法で、こいつを裁けると思う?裁いたとして、悪魔がまたこいつを使わないと、言える?」
たまは、じろ、と鋭い目で土屋を見つめている。……たまは弟を殺されているのだ。そこまで立証して木星さんを追い詰めるのは、難しいのかもしれない。だってこれは悪魔のデスゲームなのだ。人の法が裁ける限界を超えているのかもしれない。
「確かに、それは難しい話だな。悪魔の力は我々の手には余る。悪魔が干渉してきたとしたら、どうにもならないこともあるのだろう……」
土屋もそれは分かっているらしく、渋い顔をして頷いた。
「だから……うーん、そうだな。だからこそ今はひとまず、『保留』でいいのではないかと思う。いい案を出すにも時間が要るだろう。幸い、このデスゲームはまだ始まったばかりだからな。うん……人の役に立った方がいいというのならば、もうしばらく樺島君のハンマーになってもらうとしてだなあ……」
……そして、そんなことを言い出した!
「……はんまー」
「ああ、うん。ハンマーにしていただろう?」
バカは、目が覚めるような心地であった。そしてバカだけではなく、たまも、ぽかん、としながら何か、目を輝かせ始めていた。
そうだ。木星さんに反省を促すことはバカには難しいし、木星さんの心を変えるなんてできそうにない。
だが。
「俺、木星さんが人の役に立つの、思いついた……」
木星さんが人の役に立つことは、できるのだ。
「俺!木星さんこのまま持って帰って、キューティーラブリーエンジェル建設フローラルムキムキ支部の工具にする!」
「キューティーラブリーエンジェル建設フローラルムキムキ支部!?」
そうしてバカの発言は、その場の皆を色々な意味で驚かせた。
否、主に、『キューティーラブリーエンジェル建設』によって驚かせた!




