0日目昼:個室
「んん……?」
樺島剛は、目を覚ました。ぱち、と目を開けて、大きく伸びをする。
「……なんか夢見てた気がするけど忘れたなあ」
むにゃ、とあくびもしたところで、さて。
「……ところでここ、どこだ?」
樺島は、なんと、自室ではない場所に居た。最近就職したばかりの建設事務所の休憩室でもない。
頭の上に?マークをいっぱい浮かべて周囲を見回すと、じゃら、と首のあたりで音がした。
「んあっ!?なんだこれ!?」
音を頼りに見てみると、自分の鍛えた首の筋肉の上に、金属製らしい首輪が見えた。首輪からは鎖が伸びており、鎖は壁に繋がっている。
……そして鎖の先の壁には、説明書き。『ご安全に!』より長い文章を読むのは苦手だが、樺島は頑張ってそれを読む。
『お目覚めかな?さて、これを読んでいるということは、君は首輪に気づいているということだろう。ついでに、もしまだ気づいていなかったら左腕を見るといい。時計を準備してある。』
そこまで読んだ樺島は、左腕を見てみた。腕時計のようなものがある。だが、盤面には12個の数字と2本の針があるのではなく、ただ、『昼』『夜』という2つのエリアと、針が1本あるだけだ。今は『昼』の中頃を少し過ぎたところであるらしい。
『『昼』と『夜』は、それぞれが人間の言う『90分』程度にあたる。そして詳細は省くが、時計の針が『夜』に差し掛かった時にまだ君がこの部屋に居たら、君は死ぬことになるだろう。』
「えええええええ!?俺、死ぬのぉ!?」
続いて衝撃的な文章が出てきて、樺島はびっくりした。とてもびっくりした。びっくりのあまり、腹の底から声が出た。壁がビリビリと震え、天井から吊るされた電球の照明が揺れた。職場でも『おめーは本当に声がでけえなあ!』と褒められる自慢の大声である。
『私としても、ゲームが始まる前に死者があまり出てもつまらない。是非、君にはここから脱出してもらいたい。』
「俺も脱出したい!死ぬのは困る!」
すっかり説明書きと会話している樺島は、強い思いで頷いた。ぶん、と振られた首によって鎖が大きく波打ち、ジャラッ、と重い音を立てる。
『君の首輪はご覧の通り、壁に固定されている。だが、首輪と鎖を繋ぐものは南京錠1つのみだ。そしてその南京錠の鍵は、この部屋のどこか、君を繋ぐ鎖の届く範囲内にある。』
「そうなのか!?」
『探したまえ。君の命が失われる前に!』
「うん!分かった!」
樺島は説明書きに応援されたような気がして元気を出した。こういう時、応援されてもいないのに勝手に元気を出してしまうのが樺島の持ち味である。
さて。
樺島は立ち上がり、周囲を見回す。
床と壁と天井は、それぞれコンクリート材に見える。天井からは電球が1つぶら下がっており、ぷらぷら、と揺れながら光を部屋の中に落としていた。
部屋は然程大きくない。四畳半程度だろうか。その中に目立ったものと言ったら、クローゼットが1つと、机が1つ。先程まで樺島が寝ていたベッド。
更に見る限り、机の上にはドライバーのようなものと卓上カレンダーのようなものがある。それから、よく分からない形をしたブロックのようなものも。
……それだけである。鍵は見当たらない。
樺島は只々、頭の上に?マークをいっぱい浮かべて首を傾げ、しげしげと、説明文をもう一回読み、首を傾げ、そして……。
「……分かんねえ!」
バキイ!と、首輪を引き千切った。
これが樺島剛、通称『バカ』のメインウエポン。
全てを筋肉で解決していくストロングスタイルである。
バカの筋肉によって無残に引き千切られた首輪は、カラン、と音を立ててコンクリートの床に転がった。
こうしてバカは自由の身となった。だが、部屋の扉は依然として閉じたままである。これにはバカも困った。
ドアなのだから破ればいいだけなのだが、何せ彼は建築業。建物を建てるのがどれだけ大変なことかはよく知っている。それを壊してしまっては、建ててくれた人に申し訳ない。
「おおおーい!誰かー!」
ということで、ガンガンとドアを叩きながら呼びかけてみた。誰か開けてくれたらいいなあ、と思いつつ。……だが、残念ながらドアが開く気配は無い。
このまま待っていた方がいいかなあ、親方からも『お前はすぐに動くな!』と言われていたしなあ、と思い出しながらぼんやりとドアの前で待ってみるのだが、やはりドアが開く気配は無い。それどころか、物音1つだって聞こえてこないのだ。余程ちゃんとした防音設備なのだろうか。
そうしている間に、時計の針は『夜』に向けてぐんぐんと近づいていく。確か、『夜』になってもこの部屋に居ると死んでしまうのではなかっただろうか。
ならば、仕方がない。『ここの修理費用、また給料から天引きかなあ……』と思いながら、バカはスチール製のドアにタックルをかまして、バキイ!とぶち破り、しょんぼりと部屋の外へ出たのであった。
バカは廊下に出た。蛍光灯が灯る、ごく普通の廊下である。
いくつかドアがあり、表札のように何かのマークのようなものが付いた札が掲げられているのだが、生憎、バカにはよく分からない。
が。
「あっっ!?これ、♀!これは俺、知ってるぞ!」
中に分かるマークもあった。♀だ。♀である。ということは、中には女が居るのだろうか。
「大丈夫かーッ!?」
ということで、バカはその扉を開けてみた。下心故ではない。否、ちょっとは下心もあった。だが、バカはバカ故に、下心より先に『いいか!?女子供は優先して守らなきゃならねえ!それが男ってもんよぉ!』という親方の言葉を思い出してしまった。バカはバカだが、善良なバカだ。よって、『女が居るなら助けねえと!』と、完全なる善意でドアをタックルでぶち破ったのである。これで犠牲になったドアは2枚目だ。一方、バカの肩は傷一つない。
だが。
「……誰も居ねえ!」
誰も居なかった!カラッポであった!
……部屋の中は概ね、バカが居た部屋と同じである。クローゼットが開けてあり、その中に金庫っぽいものが見えたり、よく分からない形のブロックがその金庫に嵌っていたりはするのだが、まあ、その辺りはバカにはよく分からない。
だが、バカにも分かることはある。
壁には、何も繋がっていない鎖がくっついている。つまり、バカが首輪ごと破壊してきた鎖だが、ここに居た人は正しい手順で鎖を外したらしい。
……ということは、ドアを内側から開く手段も、もしかしたらあったのかもしれない。南京錠の鍵も、バカが見つけられなかっただけで、どこかにあったのかも。
バカは『俺、やっぱバカなんだよなあ』とまたしょんぼりした。バカは自分がバカであることを自覚しているタイプのバカなのだ。
そうこうしている内に、バカの耳にはミシミシという音が聞こえてきた。
「……ん?」
なんだろうなあ、と思いながら廊下に出てみると、なんと。
バカの来た方から、どんどんと水が迫ってきているのである!
「うおわああああああ!?」
バカは走った。100m9秒50台くらいの速度で走った。火事場の馬鹿力はバカにも適用される。火事場の大馬鹿力である。
そうして、目の前に現れた上り階段を見つけたバカは、凄まじい脚力でそこを駆け上がり、駆け上がり、駆け上がって……。
ぱっ、と、広い空間に出た。
明るいシャンデリアの光の下、濃紺の絨毯敷きの大広間の中……。
『では、ゲームスタートだ。参加者諸君、うまくやりたまえ』
そんなアナウンスが流れ、ぷつり、と切れる。
そして、リンゴン、リンゴン、と重々しい鐘の音が鳴り響く中、唖然とした表情の人が8名、バカの方を見ていた。
「……あっ!人がいる!よかった!」
……なのでバカは安堵し、満面の笑みを浮かべたのだった!
当然、安堵しているのはバカだけである。他の8名は、全く安堵していない。むしろ、逆である。
「……な、なんなのだ、お前は!一体何者だ!?答えろ!」
警戒を露わに近寄ってきたのは、老人だ。凄まじい形相で、その額には汗すら見える。
「えっ!?俺!?えーと、俺、樺島剛!よろしくな!で、爺さんは?」
こういう時には明るい挨拶だ。バカはそう習った。そしてバカの一つ覚えである。こういう状況でもご挨拶してしまうのがバカのスタイルである。
「な、なんだ、こいつは……」
「え、だから、樺島剛……樺島がみょーじで、剛が名前だけど……」
挨拶をした老人からは、挨拶も自己紹介も返ってこなかった。バカはそれに不安と寂しさを覚えながら、他の7人を見てみる。
……他の7人も、それぞれに不安や焦りや疑いの目をバカに向けている。
バカは、『えーと、あんちゃん、あんちゃん、おねーさん、お姉ちゃん、女子、おっさん、チンピラ……』と把握した。それに、今話しかけてきた爺さんを含めて8人である。ヨシ。
「……これ、どういう状況だ?つーか、ここに居る人達全員、爺さんの友達か?紹介してくれよ、ぼっちは寂しいよぉー」
バカは果敢に爺さんへ話しかける。だが、爺さんはじりじりとバカから距離を取っていく。さびしい!
「う、うーむ……どこから何を言ったらいいんだろうな、我々は……」
渋いおっさんがそうぼやけば、その横でチンピラっぽいあんちゃんも何とも言えない顔で頷く。
大人しそうなお姉ちゃんは、隣のセクシーなおねーさんに半歩くらい近づいた。不安そうである。尚、セクシーなおねーさんはゴミを見るような目でバカを見ている。
神経質そうなあんちゃんは混乱し切った目をただバカに向けていて、そして人当たりのよさそうなあんちゃんは、冷静にじっとバカを見ていて……。
「……説明しよう。そうじゃなきゃ、アンフェアだ。そのための、夜の時間なんでしょう?」
女子が一歩、進み出てきた。肩のあたりで切り揃えられた黒髪を揺らして、猫を思わせるようなはっきりした目を、じっとバカへ向ける。
そして。
「私達は悪魔の誘いに乗って集まった者達。それぞれ叶えたい望みがあって……それを叶えるために、お互いを殺すことになる。どうやらそういうことらしいよ」
「……分かんねえ!」
バカは、考えるのをやめた。否、元々、碌に考えていないが。




