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 古い教会跡には魔物たちを従えた魔族がいた。

 木造の教会は打ち捨てられてからの年月の経過を物語るように、天井は崩落して、床も土の地面となっている。

 教会跡だと分かるのは教会独特の間取りと装飾品からで、それらが無かったら廃屋になった倉庫と言われても納得できる。

 教会で最も神聖で、教会を教会たらしめている施設が祭殿だ。

 どこの教会でも祭殿は質素だが、最高の素材に最高の職人が技術の粋を尽くしたしっかりした作りをしており、そこには聖遺物も収められている。

 この教会の祭殿も腕の良い職人が素材を惜しまず使って建てたのだろう。教会全体に比べて祭殿はしっかりと形が残っている。入口から入れば目の前の奥に祭殿があり、祭事や聖遺物を礼拝できる造りになっている。

 その祭殿に据え付けられている石製の台座に尻を載せて座っている長身の若者がいる。

 20代くらいの年齢に浅黒い肌、黒の挑発に端正な顔立ちに、スリムだがしっかりと筋肉のついた体つきをしている。その体を布のように柔軟だが布ではない光沢感のある素材でできた黒色の服を着こんでいる。イケメンという表現が最も最適だが、彼は人ではなく、獣人やドワーフ、エルフといった人の仲間でも無い。そういった種族の敵である魔族の男、第2位階魔族アルフラスだ。

 魔族の特徴は浅黒い肌にエルフのように長身で、見目麗しい姿があるが、最大の特徴はその額にある第三の目である。両目とは違い瞼が縦に閉じる第三の目は普段は常に閉じており、魔族の属性でその瞳の色が決まり、魔族の力も源であるため第三の目は魔族の実力を偽りなく表している。

 アルフラスも端正な顔の額に瞼が縦に閉じた第三の目がある。

 教会は人とその仲間である種族間で信仰される宗教であり、融和や博愛を説いているが、魔族を神敵と指定している。魔族にとっても不倶戴天の敵であり、魔族は容赦や寛容な心などは持ち合わせておらず、倒した相手に優しくなどしないが、相手がプリーストなどの神職なら尚更である。

 そんな敵対関係の両者だが、今は神の家だった元教会に神敵である魔族が居座り、神聖な聖遺物が収められた祭殿で我が物顔をしているのだ。天敵ともいえる存在の象徴を征服できている実感にアルフラスはこれ以上ないくらいの幸福感を感じている。

 どれくらい機嫌が良かったかというと、使役している魔物たちが命令の遂行に失敗しても、殺さずに痛めつける程度で留めておけるくらいだ。

 アルフラスの目の前には体中から血を流し倒れているオークたちがいる。アルフラスに使役されている彼らはアランパーティーが戦った犬の魔物はじめこの森にいる魔物たちを統率している。周囲の村落を襲い、略奪し、魔族の好物である年若い娘を攫ってくることと廃教会のある森の防衛が彼らの任務だ。

 オークは魔王軍の主兵力として運用されている。粗食に耐え、暑さ、寒さに強く、病気にも強い頑丈な肉体を持ち、人間を上回る体格から力も強く、繁殖力も旺盛であるため、数も種族数も多いのが特徴である。

 魔王軍で運用されているのはオークの中でも従順で屈強なハイオークを中心に、魔力を持つメイジオークなどの上位種だが、アルフラスが使役しているのは特徴の無い普通のオークだ。

 普通のオークはオークの特徴を受け継いでいるが、どうにか片言で喋れる程度で頭も悪く、サボり癖もあるため、運用には難がある。強さでも統率下の犬の魔物とオークの実力差は微々たるものだから、オークのサボり癖も合わさって、まともに統率できていないのが実情だ。村落を襲撃して、略奪しに行くのにはオークと部下の魔物の欲望を満たせ、戦いの専門家がいない村落相手なら統率の取れていない獣の戦いでも問題は無かった。

 しかし、拠点である森の防衛となると、農民をいたぶり、略奪して欲望を満たすことも出来ない。戦うことも無く、いつか来るかもしれない侵入者を待ち構え、隠密行動にも警戒して神経をとがらせ続けるのは欲望に正直に生きているオークや魔物には耐えられるものではなかった。アルフラスが命令した直後や査察している時は真面目に警戒しているが、アルフラスが目を離したら直ぐにサボり始めた。

 それでも今日まではアルフラスにサボっているのがバレて殺されたオークは何匹かいたが、特に問題は無かった。だが、今日は多数の冒険者が森の近くに現れ、森の周囲を警戒させていた魔物たちが続々と討伐されいた。オークなどの魔物は頭を使わないため分からなかったが、魔族であるアルフラスは分かったことがある。

 周囲の環境が歪むため、魔族がいることを隠すことは出来ないが、冒険者は何も調べずにいきなり突っ込んでくることは無い。冒険者、冒険する者と名乗っているが、考え無しとは違う。命がけの冒険をするからこそ、事前の準備はしっかりする。事前の準備をせずに突っ込んでくるのは駆け出し冒険者くらいで、駆け出し冒険者相手なら周囲を守っている魔物たちで排除できる。その魔物たちが冒険者に排除されていくということは、相手は経験を積んだ冒険者で間違いない。

 経験を積んだ冒険者はここに魔族がいることも分かっている。分かっていて攻めてくるということはアルフラスに勝てると客観的に判断される熟練冒険者たちなのは間違いない。

 アルフラスはいずれ冒険者協会がアルフラスを討伐するために熟練冒険者を送り込んでくることは予想していた。しかし、いきなり送ることはせず、まずは偵察して情報を集めてからということも知っていた。だからこそ、魔物たちに森の周辺を警戒させて、冒険者協会の動きを掴もうとしていたのだ。アルフラスは冒険者が来る前に拠点を次々に移していき、冒険者協会を手玉に取る予定だった。

 それなのに、冒険者が森に踏み入れてきたということは魔物たちがアルフラスの与えた使命を果たせなかったということだ。


 アルフラスは5体いるオークたちを呼び戻していた。罰を与えるためだけではなく、中級冒険者相手にオークたちをぶつけても時間稼ぎにもならない。それならとオークを呼び集め、魔族のアルフラスとともに戦力の集中を図った方が正しい選択だ。アルフラス単独なら中堅冒険者パーティー相手にとって単なる経験値だが、5体のオークの存在が勝敗を左右するかもしれない。

 アルフラスの不幸は駆け出し冒険者を相手に一方的な戦いをしたことはあっても、魔王軍に参加して人類との戦争に従軍したことも中堅冒険者の戦いを見たことも無かったことにある。

 もしもアルフラスが一度でも本物の冒険者や軍隊を目にしたことがあったなら、オークを目くらましにしてでも逃げようとしただろう。しかし、本物の冒険者や軍隊を話で知っていても、実際に見ていなかったからこそ、アルフラスは一方的に勝てた駆け出し冒険者を基準に中堅冒険者の実力を推測してしまった。

 結局のところ、アルフラスは魔族という人間を超越した身体能力と寿命、魔力を持つ種族の種族そのものの力を過信したのだ。特に魔力は魔族しか持たない第三の目がもたらす絶大な魔力を息をするように自在に魔術に返還することが出来た。魔族以外なら必要な詠唱や周囲の魔力を集めるといった動作を省くことが出来る優位は圧倒的である。その力を過信するあまりに、第三の目という絶対的な力を持つはずの魔族と持たない人類が拮抗しているという現実を無視したのだ。

 上司の魔族の言葉もあって、オークを呼び戻して慢心していないつもりになっているが、挑戦者を待ち構えるチャンピオンといった心持ちでいるのが本心だ。

 アルフラスを擁護しておくと、この時近づいていた冒険者パーティーがまるでピクニックのような様子だったのも、冒険者を侮る理由でもあった。


 先ほどからアルフラスの耳には教会の外から人間たちの話し声や笑い声、足音も一切隠さずに、徐々に大きくなっていくのが聞こえていた。彼らはこの廃教会に礼拝に来た一般人かのような振舞いで、魔族を討伐しに来た戦士とは思えない振舞いだ。足音や話し声から冒険者の人数は6人だと割り出せる。

 アルフラスは人間たちが彼ら魔族を強さ別に等級区分して、対処マニュアルを作成していること、その等級区分によるとアルフラスは下から2番目の第2位階魔族になるということを知っている。

 アルフラスも自身が魔族の中でも上位や中位ではなく、下位に属していると理解しているが、見下している人間からも見下されるのは魔族のプライドが許さなかった。

 近づいている中堅冒険者たちはアルフラスのような第2位階魔族に勝てると客観的にも判断されるが、アルフラスを敵とも思っていない今の様子には腸が煮えくり返る思いがある。

 腸が煮えくり返っている今のアルフラスの頭の中では冒険者をどう倒すかではなく、冒険者にどういった罰を与え、冒険者にどうやって許しを請わせるかを考えている。

 流石に冒険者たちも廃教会の目の前までくると無駄話を止めて、闘気を高めていくのが壁や扉の向こうからでも伝わってくる。怒り心頭のアルフラスも冒険者の闘気で頭を多少なりとも冷やし、今から始まるだろう戦いに意識を集中させていく。

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