第四十五話 ドーム
桜達は必死の思いで、壁や地面は緑がかった巨大な石を無数に繋げて作られていたドーム状の空間に辿り着いた。
ここに来るまでに多くの苦労があった。
何人かの騎士の目をは部屋の中に隠れてやり過ごし、二人ほどのメイドは素早く横を通り過ぎて、すれ違う数人の執事は気絶させてこの場所までやって来た。
だが、道には迷わなかった。事前に千里が記録していた道と、調べた道によってここまではすんなりと来た。途中人に出会わないために遠回りをしたことはあったが、おおむね予想通りの時間だった。この場所に着くまで僅か三十分。
上々だった。
「ふう、やっとたどり着いたね。疲れたよ」
恵はこの世界に来てから訓練で体を鍛えていたが、体力はそう簡単につくものではない。
ここに来るまでに何度も走ったので息が上がっていた。
「さあ、辿り着いたわ。ここで指輪を使うのね」
ドーム内にいるもみじは無機質な床を触っていた。
仕掛けは何もないはず。それをわざわざ確かめているのだ。
「ああ、ここで使う――」
桜は恵から鞄を受け取って開ける。
「でも、そんなにすぐに発動できるのですか?」
千里は不思議そうだった。
「できるわよ。あたしの前で扉を開いた時は、ほんの瞬きの間に発動していたわ。どうしていたかは分からないけど」
礼香はやれやれと首を振った。
「それより、この部屋を見てみなよ。まだ僕たちの机が残っている。処分すらしていない。とてもおかしい事だ」
恵は自分の席の机を撫でた。懐かしい感触にかつてこの椅子に座って受けた授業を思い出す。どれもつまらない授業だったが、今となっては大切な思い出だ。
だが、机は軽く、手を添えるだけで簡単に動いてしまいそうだ。
「それのどこかがおかしいのですか?」
「ああ、おかしいよ。千里さん。見てみなよ。机の中を。かつての僕たちは自分の教室について、椅子に座ると鞄の中から教科書を取り出して、机の中に入れたはずだ。僕だってそうだ」
「そうですね。でも、この机の中には教科書はありません」
千里は他の机を観察しながら言った。スマホのライト機能を使って丁寧に観察している。
「きっと教科書も資料として読んでいるんだろう。秋山の本と一緒で、この世界の人物は非常に勉強が好きなようだ。鞄の中に入っていたもの以外は全て取ったんだろう。」
桜はつまらなそうに言った。
「そうだね。その通りだと思う。付け加えて言うなら、僕たちのクラスメイト達も本を持っている人たちは、秋山君に限らずこの世界の人たちにねだられたらしい。珍しいものだからって。どんな事に使うんだろうね?」
恵はそれ以上何も言わなかった。
そんな時、桜の耳に足音が聞こえた。
軍靴の音だ。
「で、桜、私は早く帰りたいんだけど、元の世界へ戻るための扉はすぐに開くの?」
「いーや、それより――お客さんだ」
桜が入り口を親指で指さすと、四人の目が注目した。
するとすぐに多くの者がドームの入り口に集まった。
その先頭にはゾラがいる。
彼女はいつもと変わらない表情だった。
「あら、誰かが関わっているとは思いましたが、まさか五人全員がこの件に関わっているとは思いませんでした」
ゾラは、淡々と言った。
「あんたが私たちをこの世界に呼ばなければっ!!」
これまで抱えていた思いを吐露しようとするもみじを手で制した桜は、四人の前に立った。
ゾラと同じく桜もいつもと変わらない表情であるが、どこか余裕そうだ。
「織姫さんが首謀者なのですね。私の考えでは東雲さんだと思ったのですが、どうやら違うようです。他の二人と比べて、織姫さんはそこまで利口だと思いませんでしたから」
「そうかい――」
桜は恵に持っていた鞄を投げ渡した。
先ほどよりも軽くなった鞄を受け取った恵は、文句も言わずに両手で抱えた。
桜はポケットに手を入れたままふてぶてしい表情をしていた。
仲間である四人は何も言わない。
「では、織姫さんが私の指輪を持っているんですね?」
「ああ、そうだよ――」
桜はポケットの中から指輪を取り出した。
金と銀の指輪だ。
「それ、返してくれませんか?」
ゾラは甘ったるい声と共に手を差し伸べた。
「何故?」
「その指輪はあなたが思っているよりも危険なものです。取り扱いを間違えれば大変な事になります。その意味があなたにお分かりですか?」
「ああ、取り扱いを間違えなければ元の世界に帰れる、って事は知っている――」
「でも、あなたにそれが扱えまして? プライズの事を調べていたようですが、正確にはその指輪はプライズではないのですけど……呪文が不可欠です。あなたにそれが分かるのですか?」
ゾラは鼻で笑った。
「そうみたいだな――」
当然ながらプライズを扱うのに、呪文が必要のないもののほうが少ない。
もみじと東雲から得た情報では、プライズに必要な呪文は全て違い、同じものは一つとしてないことだった。またその言葉も地球で使われる言語とは大きく異なり、どんな法則でその呪文が設定されるのか桜にはさっぱり分からなかった。
「ですので、織姫様たちには提案があります。その指輪の力はご存じだと思いますが、私に返してさえ頂ければ元の世界に戻して差し上げますわ。いかがでしょうか?」
ゾラは手を差し出したまま、ドーム内に一歩踏み込んだ。
きっと中に入らないのは桜達に譲歩しているからだろう。もしくは温情があるのか。本来ならば彼女の手下である多くの騎士を突入させて無理やり桜たちの身柄を押さえてもいいのに、ゾラはそれをしなかった。
「元の世界に戻してって言った時に、そんな方法はないって大声で言ったあんたの言葉なんて信じられるわけがないし!!」
「あら、泥棒さんが大層な事をいいますわね。あなたが指輪を盗んでいなければその言葉にも説得力があったと思うのですけど」
「あんたねえ!!」
礼香がゾラに食って掛かろうとするのを、もみじが羽交い絞めにして止めた。
「礼香の言う通り、俺があんたの言う事を信用するとでも?」
「ええ、そうですわね。でも、織姫様にその指輪の使い方が分かるのですか? 知っていますか? その指輪は私の持っている他の指輪やネックレスがないと発動できない事を。付ける位置は? 呪文は? 扉が開く場所は? 開く先をどうやって決めるのか? まあ、この意味のない場所に来ているのですから、何も分かっていないと思いますが」
「……」
桜は何も言わなかった。
確かに、指輪の力を“使った”時に扉が開いたので、この場所ではなくても発動できて寮からでも元の世界へと帰れるのではないか、と考えた事もある。
だが、座標なども関係しているのではないか、と思ってあの場で帰ることは避けたのだ。
できる限りこの世界へ来た時と同じ状況を再現するために、このドームへと来た。どうやら彼女の言いぶりでは無駄だったらしいが。
「いかがでしょうか? 私なら安全にその指輪を発動できますわ。あなた達を元の世界へと返して差し上げます。ですので、こちらに――」
それはゾラからの悪魔の囁きだった。
神倉ならきっとゾラの言葉を信じ、彼女の言う通りにしていただろう。この場にいれば桜達にもそのように進言していたかも知れない。
だが、桜も含めた五人の表情は冷たいままだった。
一人としてゾラの言い分など聞くつもりがなかった。
「――残念ながらあんたの申し出はうけない」
桜はきっぱりと断る。
「あら、それは残念ですわ」
「なにせ、あんたの嘘にはこりごりだ。この指輪を発動するのに他の指輪なんていらない。どうせ他の指輪はカモフラージュなんだろう?」
そう言って、桜は――左手の薬指につけた指輪をゾラへと見せた。
「まさかっ!!」
ゾラが初めて慌てた声を出した。
桜がにやりと笑う。
そうだ。
桜はこの指輪の使い方は熟知していた。
ヒントは、最初から手元にあったのだから。
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