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名探偵サクラ ~魔王を倒せと言われたけど、職業が名探偵なので倒すビジョンが思い浮かばない件について~  作者: 乙黒


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第四十四話 秋山

 秋山は桜からスマホを受け取った後、奴隷たちの宿舎を走って目指していた。

 勿論彼の後ろにはお付きのメイドがスカートを風に漂わせながら走って付いて来ている。額に汗を流して必死な形相を浮かべる秋山と比べると、赤い髪をしたメイドは涼しい顔で随分と余裕そうだった。

 煉瓦で作られた粗末な奴隷宿舎に着くと、秋山は呼吸を必死に整えた。


「いってらっしゃいませ、秋山様――」


 秋山は意を決して扉もない入り口を抜けて中へと入ろうとしたので、メイドが切れなお辞儀をして見送った。どうやらこの世界の住人であるメイドは奴隷宿舎には入りたくないらしい。不快そうにその宿舎を見つめていたからだ。

 秋山は急いで宿舎の中に入ると大声で二人を呼ぶ。


「シルフィー! エリザ! 来たよ! 僕だよ!」


 秋山は宿舎の中を走って、多数の亜人たちがいるリビングにいた。多くの亜人たちの目が突き刺さる。彼らはお茶を飲んでいたり、ボードゲームをしていたりと静かに過ごしている。

 中の環境がいいとは言い難い。以前に彼らが住んでいた場所の事を考えるとこの宿舎は埃が少なく、明かりだってある。人並みの生活は遅れるだろう

 だが、中にいる亜人たちは両手両足に枷のある状態で過ごしているのだ。その理由というのが、脱走計画などを企てないため。過去にいた奴隷の中には、見ていない間に大きな事件を起こした奴隷がいるらしく、それを止めるためだ。

 クラスメイト達はそれに反対したが、一緒にいる時は外してもいいとも事で、妥協した。


「ご主人様!」


 亜麻色の少女が宿舎内から走って出てくる。

 彼女の名前がシルフィアだ。秋山はよくシルフィーと呼んでいる。明るく快活な少女だ。

シルフィーも両手両足に枷が付いており、鎖がじゃらじゃらと鳴る音と共に秋山は悲しそうな顔をした。


「連様……」


 もう一人の少女は既に秋山の目の前にいた。短い緑色の髪をした線の細い少女である。眠たげな瞳と体の線の細さが特徴的だ。また言葉数が少なく、話すことがあまり慣れていないシャイな子だ

 彼女がエリザリータだ。秋山はエリザと呼ぶ。

 先ほどまでテーブルで水を飲みながら他の亜人たちと話していたのだ。


「あっ、まずは枷を外すね」


 秋山は持っていた鍵で二人の亜人の枷を外した。二人とも嬉しそうに大人しくしていた。

他の亜人たちも枷を外して欲しそうな顔をしていたが、秋山にその権限はない。過去に勝手に他のクラスメイトが所有者である亜人の枷を勝手に外したことで、元々の所有者が怒りこの宿舎に入れなくなったものもいるのだ。それは避けたかった。


「ありがとうございます、ご主人様」


「連様、いつもいつもありがとうございます」


「礼なんて言われる必要もないよ。それより、少しだけ他の人たちに目のつかない場所ってないかな? 内緒の話がしたいんだけど」


「では、こちらに来てください! 私たちの部屋がいいと思います!」


 秋山はシルフィーに手を引っ張られたまま、宿舎内にある部屋の一角に連れ込まれた。

 狭い部屋である。骨で作られた二段ベッドが等間隔で並んでいるだけだ。掛布団すらなかった。


「ここだと誰もいませんよ」


「連様、お話って何でしょうか?」


 シルフィーとエリザが秋山の前でしっぽを振った。

 ふりふりと。

 可愛らしく。

 ベッドの縁に座った秋山は、目の前の床に膝をつく二人の姿に思わず微笑みながら二人にそっと告げた。


「僕たちが出会ってからはまだそんなに経っていないね」


「まだ十日ほどです。ご主人様」


「そうだね。僕たちは会ってからまだ全然時間が経っていないね」


 秋山はしみじみと言った。


「でも、私たちは強い絆で繋がっております。短い間でしたが、ご主人様はとてもいい人です。私達に希望をくれました。奴隷の私たちにです。ご主人様が来るまで、私たちはあの立場から変わらないものだと思っておりました。でも、ご主人様が救ってくれました」


「そんな大層な事はしていないよ。僕は君たちを選んだだけだ。僕の勝手な思いによって」


「私たちは……それで救われました。全て連様のおかげです」


「……そう言ってくれるととても嬉しいよ。さて、そんな君たちにね……」


 秋山は素直に感謝を言った。

 両手を組んで親指を回す。

 どうやら緊張しているようだ。


「ご主人様、なんでも話してください。私達はご主人様の味方です」


「……です」


 亜人の二人は秋山の足元にしがみつき、彼の膝に手をやった。

 まだまだ初心な秋山は魅力的な二人の少女の肉体接触に顔を赤くしてしまうが、ごほん、と咳ばらいをして気を取り直した。


「僕は今までこんな事は内に出していなかった。でも、今日は口に出そうと思う。僕は君たちの事が好きだ。大切に思っている――」


「私もご主人様が好きです!」


「私も……連様の事が……大好きです…………」


 亜人の二人は思い思いに心境を語る。

 その目は真っすぐに連を見つめていた。


「君たちの言葉はとても嬉しいよ。僕も同じ気持ちだ」


「そうです!」


「でも! 君たちは奴隷で、僕の所有物だ。この関係からは逃れられない」


「私たちはご主人様の事がとても大好きです。奴隷なんて関係ありません。ご主人様だなんて関係ありません!」


「……そうです!」


 二人の思いは秋山の胸に強く響いた。

 そこに嘘など感じられず、彼女たちの思いは本物だと。


「うん。僕もそう思うよ。でもね、僕は君たちと対等な存在になって、もう一度今の気持ちを伝えたいんだ。だから、僕は君たちにこういうものをプレゼントしようと思う」


 秋山は懐からマジックペンを取り出した。


「ペンですか?」


「……絵でも書くのでしょうか?」


 亜人の二人は不思議そうな顔をしていた。


「これで、君たちの首輪を外せるんだ。僕は友達からそれを教えてもらったんだ」


 秋山はにやりと嗤いながら言った。


「……連様、首輪は無理やり外そうとすれば電流が流れます。それがとても痛いのはご存じでしょうか?」


「ああ、知っているよ。エリザ。でもね、僕の友達が言うんだよ。これで首輪に書いてある魔法陣を乱せば簡単に外れるって。二人は僕を信じてくれる?」


 二人の亜人は互いに顔を合わした後、意を決したように言った。


「もちろんです、ご主人様! 私がご主人様の事を疑う事などありません。それがどんな経緯で知ったのかは分かりませんが、ご主人様の大切な友人の事なら信じられます!」


「……私だって、そう……です……」


「ありがとう。僕を信じてくれて。僕の友達を信じてくれて」


「当然です!」


「じゃあ、外すよ――」


 秋山の声と共に二人の亜人は首を差し出した。少しだけ手を震えていたのは恐怖からだろう。

 秋山は以前に、クラスメイトにお仕置きとして電流を流された奴隷を見た事がある。その奴隷は首輪を手で持ったまま白目を向いて、絶叫するのだ。電流が泊まった後は口から下と涎を出しながらその場にぐったりと倒れるのである。

 秋山は二人にそんな事をしたことはないが、奴隷を躾ける為に常用している者もいると聞く。

 彼らにお仕置きをするのは簡単だ。

 メイド達から渡される小さなスイッチを押すだけで、近くにいる全ての奴隷に電流が流れるのだ。

 そんな恐怖からも彼女たちを救うべきだ、と秋山は強く思っていた。

 だから秋山はマジックペンのキャップを取った。スマホに書いてある通り、シルフィーの首輪の裏側にマジックペンを差し込んで魔法陣に線を書き込んだ。

 すると、かちっ、と音が鳴る。

 首輪が簡単に外れた。


「やった! 外れたよ!」


 秋山は満面の笑みでシルフィーを抱きしめた。


「ご主人様、ありがとうございます……!」


 抱きしめられたシルフィーは涙を流しながら、久しぶりに解放された自分の首を撫でていた。


「連様……私もお願いします……」


「うん! 当然だよ!」


 エリザの求めに従って、秋山は首を外した。

 先ほどと同じ方法を試したらやはり、簡単に首輪は外れた。桜が書いてくれたように、やはりこの首輪には致命的な欠陥があるようだ。


「これで君が自由だよ!」


「連様……本当に……本当に……ありがとうございます」


 エリザもシルフィーと同じく感激して涙を流していた。

 秋山は二人を強く抱きしめて、ぴんと耳が立っている頭を撫でた。すると二人は目を細めながら気持ちよさそうにしていた。

 そして一しきり三人で強く抱き合った後、秋山は二人の肩を押して距離を取る。

 咳ばらいをした。


「何でしょうか、ご主人様?」


「何でも……言って……ください、連様……」


 秋山は呼吸を整えて、覚悟をしてから先ほど告げた事をもう一度言う。


「君たちに言いたいことは一つだ。こういうのは最低かも知れないけど、僕は君たち二人が好きだ――」


「私も好きです!」


「私も……です!」


「うん。ありがとう。ずっと思っていたんだ。僕は君たちと一緒になりたいって。でもね、それは対等な立場になってから言おうと思っていたんだ。受け入れてくれて本当に嬉しいよ」


 秋山は目を瞑った。

 胸に暖かいものが満ちる。

 こんな思いは初めてだった。

 思い人に思いを告げて、受け入れてくれた。元の世界ではきっとないことだった。自分はオタクで、冴えない男子だ。得意な事なんかあるわけがなく、勉強やスポーツも苦手だった。女子と関わる事なんてほとんどなく、縁のない生活を送っていた。

 それがこの世界では叶ったのだ。

 こんなにも嬉しいことはなかった。


「はい! ご主人様! 私だってとても嬉しいです。ご主人様は私達に自由を下さって、さらにはこんなにも醜い私たちを好きだとまで言ってくれました!」


「連様……これから一緒に……生きましょう……!!」


 秋山は二人から勢いよく抱き着かれた。

 骨のベッドに押し倒される。獣人である彼女らの力は強いが、男である秋山だと簡単に耐える事もできる。だけど、彼女たちの熱を感じると、秋山は抵抗する気が起きなかった。


「僕も大好きだよ! 君たちの事が本当に好きだよ」


「私もです!」


「気持ちは……一緒です…………」


 ベッドに横たわる秋山の上で膝立ちになる二人の亜人。彼女たちは頬が紅潮しており、とろっとした目をしていた。

そんな状態でエリザは秋山の服を捲る。腹部をあらわにした。シルフィーが秋山の割れた腹筋をなぞる。


「ご主人様、よろしいですか?」


「連様……一緒になりましょう」


「うん」


 秋山は二人の言葉に頷いて目を瞑った。

 二人は秋山のベルトをかちゃかちゃという音と共に外した。

 どちらかのねっとりとした唾液が秋山のへそに滴った。

 秋山は心臓が高鳴っているのを感じた。他のクラスメイトもこのような気分に陥ったのだろうか。例えば貴族や騎士たちと同衾した達は。

 二人のどちらかの温かい手が、秋山の胸をなぞった。


 そして秋山の腹部に――激しい痛みが貫いた。


「っ! な、なにが!?」


 秋山の痛みのあまり目を開けてしまった。

 目の前には口元を赤く染めたエリザがいた。


「……先ほど……いいま…………した……。一緒に……なると」


 エリザは恍惚とした笑みで言う。


「その結果が……これなのか?」


 秋山は絞り出すように声を出した。

 腹部では咀嚼音が聞こえる。肉を噛みちぎり、血を飲む音だ。秋山は何とか両手で抵抗しようとするが、彼女たちの力には適わない。亜人の少女の力は秋山が抵抗できるほど弱くはなかった。

 どれだけ力を入れても亜人たちは離れようとせずに、痛みを与えてくる。

 ズボンのポケットの中のスイッチを押したが、反応はなかった。そんな行為はもはや無駄だった。彼女たちの枷は秋山が外したのだから。


「そうです! ご主人様! 私達とご主人様は一緒になるのです! ご主人様の血肉と魂は私の中で生きるのです! 私たちは永遠に一緒です。もうこれで離れる事はありません。とても素敵な事です。私はずっとご主人様と一緒になりたかったのです。とても嬉しいです! ご主人様もそうでしょう?」


 シルフィーはエリザと同じく赤く染まった口で言う。

 そこに後悔や悲しみなどはなかった。

 むしろ浮かんでいたのは喜びだった。


「――あっ、あっ」


 もはや秋山はまともに声を出す事すらできない。

 随分と前に聞いたゾラの言葉を思い出した。

――ですが、一点だけご注意を。彼らは人ではなく、“亜人”です。危険ですからお気を付けを。

秋山は、この時、ゾラの言った本当の意味が分かった。

どれだけ可愛らしい姿をしていても、美しい毛並みをしていても、とても魅力的な異性であったとしても彼女たちは――亜人なのだと。

恐ろしい獣なのだと。

自分たちの常識が通用しない存在なのだと。

 この時、秋山は異世界の恐ろしさを本当の意味で分かった気がしたのだった。


 そして最後に、秋山は彼女たちの嬉しそうな声を聴く。


「――この方法を使えば、皆も首輪から解放できます」


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