第三十七話 クラス会議
そして、夜になった。
今まで一度も揃ったことはない寮のリビングに、二年二組全員の生徒が神倉の鶴の一声もあったことで集まっている。
椅子は全員分が用意されていた。事前に恵がメイド達に頼んで用意させたのだ。本来ならその半分しか置かれていなかったリビングに、ところせましと並べた椅子にほとんどの生徒が座っていた。
その姿は様々である。動きやすい体操服を着たもの、また着慣れた学生服を着たもの。国から支給された面の簡素なズボンとシャツを着る者、貴族たちのようにドレスを着る者、十人十色の恰好でこの場に集まっていた。
桜も他の生徒に混じるように椅子に座っていた。決して目立たないように。そうしていたのは桜だけではない。もみじや礼香、恵や千里も同じようにしていた。決して同じ場所にはいなかった。
「なんでオレ達を読んだんだよ!」
「神倉君、私たちを呼んだのはどういう意味?」
「今更どんな用があるって言うの?」
クラスメイト達は口々に会話をしている。
その大半が本日集められた事への懐疑だ。これまで二年二組の全員がゾラ達に集められた事はあっても、自分たちで集まることはなかった。
それを神倉が集めたのだ。あらゆる方法を使って。神倉とは若干の確執がある桐原でさえもこの場にはいた。
そして徐々に人の目が神倉へと向いて行く。多くの取り巻き達に囲まれているため手出しされることはないが、集められたものの中には神倉に反感を抱いている者もいる。
桜の耳には「今日は彼と一日過ごすはずだったのに」と誰かも分からない小さなつぶやきが聞こえた。
きっと元々は城で過ごす予定だった人たちも集めたのだろう。
他の者たちが椅子に座っている中、何度も周りを見渡していた神倉が全員が揃ったことを確認すると、勢い良く立ち上がって大きく口を開いた
「さて、皆集まってくれて感謝するよ!」
彼の一言だけで、これまで騒がしかったクラスメイト達も一気に静まった。口を閉じて神倉を眺めて、次の一言を待っているのだ。
「今日はどうやら東雲君から皆に話があるみたいなんだ。だから皆に集まってもらったんだよ。ごめんね。忙しい人もいるのに。でも、どうやらオレ達の今後に関する話だから聞いて欲しい。じゃあ、東雲君、頼んだよ」
神倉は恵にバトンを渡すと、自身は大人しく座った。
呼び出された恵はいつもと同じように立ち上がった。緊張感などない。クラスメイト達の前に立つのは初めてではないのだ。だが、学校にいた時は無関心だった彼らの目が、今では敵意が向いていた。
「――どうして私たちを呼んだのよ?」
「――委員長様が俺達に何の用だよ? もうそんな肩書も意味ねえって、知らねえのかよ」
心無い小声が恵を襲う。
だが、恵は涼しい顔をしていた。皆が見える位置に移動すると、恵はいつもと同じような声で言った。
「今日は僕の為に集まってくれてありがとう。でも、残念ながら話があるのは僕ではないんだよ。別の人なんだよ。僕はその仲介役でね、君たちにもぜひ聞いて欲しいんだ。さあ、妻林さん、こちらに――」
恵は千里を呼んだ。
「皆さん、今日は私の話を聞いてくれてありがとうございます。大切な話があるのです!」
千里は緊張した面持ちで恵の隣に立つと、頭を大きく前へと下げながら上ずった声で言った。
「誰、あれ?」
「妻林さんだろう? ちょっとかわいいから昔は好きだったけど、今じゃあなー」
「大人しく目立たない子でしょ? 職業もぱっとしなかったし、訓練でも目立った様子がなかったはず。そんな子が一体どんな話があるのよ?」
誰もが妻林を不思議そうに眺めていた。
そんな声に千里はくじけそうになるが、隣にいる恵が優しく肩を抱いて支えた。その支えがあったからこそ、千里は次の言葉を発することが出来た。
「実はですね――私、元の世界に帰る方法を見つけたのです!」
クラスメイトに話をする中で、元の世界の帰る方法を見つけたのは千里だと言うのは、数々の話の中で五人が決めた事だった。
桜ともみじは指輪を探す探偵とその助手であり、話し合いが終わった後も自由に動きたい、とのことから名前はおろか見つけた事をも隠す事にしたのだ。
礼香は元よりクラスメイトを説得する気など無かった。
「――皆さん、一緒に帰りませんか? 元の世界へ。私達の世界へ! 安全な世界へと」
千里は手を大きく広げて、クラスメイト全てへと叫んだ。
だが、反応はよくなかった。
ほぼ全てのクラスメイトが冷めた目で千里を睨んでいた。
「――ちょっと、昴、この状況はどうするの?」
「はあ、分かったよ」
中には神倉昴に助けを求める者もいて、責任感の強い神倉はクラスメイトの代表として次の言葉を言った。
「ねえねえ、妻林さん、元の世界に戻れるってどういう事?」
神倉は意を決したように言った。
元の世界に帰れると言う嬉しさは彼にはなく、興味本位と言った感じだ。
「その通りです。私は元の世界へと戻る方法を見つけました。すぐにゾラ様へと提言して、私たちは元の世界へと帰るつもりです。一緒に帰りませんか? 元の世界へ。お父さんとお母さんがいる温かい世界へ」
千里は早まる気持ちを押さえて、出来るだけ優しい言葉でゆっくりと言った。
だが、やはり彼女の言葉に歓喜する者はいなかった。
「え、元の世界に帰れるってマジ? ようやくこの世界が楽しくなってきたんだけど」
「私、彼がいるしー、帰るつもりなんてないしー」
「帰るにしても魔術を覚えてからがいいかなー」
やはり礼香の言った通り、クラスメイトの誰もがこの世界で目的を見つけていた。帰りたくない、という言葉は他の多くの生徒からも聞こえる。
ここまでは想定の範囲内だ。
五人にとっても。
「妻林さん、君が帰りたいって言うのは分かるよ。でもゾラ様は元々、魔王を倒せば元の世界に帰れるって言うんだよ。わざわざ今、帰る必要はないと思うんだ。それに君の言う元の世界に戻る方法、というのも怪しいとは思わないかい?」
神倉は呆れたように言った。
彼の言う事は、事前に千里たちが予想していた物だった。ゾラ達の言う事を信じているクラスメイトなら、きっとそう言うだろう、と。
「そうですね。でも、私が見つけた方法は、どうやら前にこの世界に来た人が見つけた方法の様です。その人はこの方法を使って、元の世界へと帰りました」
千里が言ったのは、元々考えていた理由である。
素直に王女の指輪を盗んでその使い方をしったから、元の世界に帰れるとはとてもじゃないけど言えない。正義感の強い神倉なら指輪を返してから直談判するべきだ、と言うかもしれない。
もしそうなったとして、指輪を取られたらきっともう取り戻すことは二度とできないだろう。
「そうなんだ。それを使って帰ると……。でも、それは今帰る理由にはならないよね?」
「そうですか? もうここに来てから結構経っています。お父さんやお母さんは心配している筈です。心配しているのは親だけではなく、兄弟、祖父母、親戚、友達、近所の人、多くの人が心配していると思います。彼らを安心させるために帰るのは、十分な理由だと思いませんか?」
千里は大きな声で訴えた。出来る限りみんなの胸に届くように、と。
だが、やはり、皆の胸には届かなかった。
「そうかも知れない。妻林さん、君の努力は認めるよ。元の世界に帰る方法を探し出した、というのは凄いと思う。でもね、妻林さん、だからと言って、オレはこの世界の人を見捨てる気にはならない――」
神倉が言ったのは、心からの拒否だった。
千里の手を取る気はないと言う意思表示だ。
元の世界にいた時から人を救うとなったら頑固になる神倉の事は有名だ。この程度の言葉で、説得できるとは思わなかった。
「でも! 皆さんは考えたことあるんですか? この国の人たちの正体が何なのか? 自分たちが何をしているか? どんな儀式をしているか? その儀式がどんな結果につながるのか? 私は元の世界に帰る方法が記された本の中には、私のしていた儀式は魔術の為だけではなくて、もっと恐ろしい事になると書かれておりました。彼らの正体についてもです!」
千里は大きく息を吸って、より大きな声で言葉を続ける。。
「同意も得ずに、彼らは私たちをこの世界に連れてきました。召喚と言いますが、悪く言えば私達を誘拐したのですよ。そんな彼らの事を本当に一から十まで信じられるのですか? 嘘を言っているとは思いませんか? 魔王を倒せば元の世界に帰れるとは言いますが、それが本当だとどうして信じられるのですか? 今、この瞬間しか、元の世界に帰れる機会はないのかも知れないのですよ!!」
全てを言い終わった後、はあはあと千里は息を切らしている。
思いを込めて喋ったのだ。エネルギーも使ったのだ。
そんな千里の思いは先ほどとは違い、確かに皆の胸には届いた。
――だが、それがいい方向とは限らない。




