第二十六話 地下
桜がゾラとの会話を終えた後、城内で他のクラスメイトと共に昼食を終えると他の者たちと共に剣の訓練へは向かわなかった。
名探偵として、もみじと共に寮の調査に向かった。
この日の調査は地下室の捜索だ。
地下室があるとすれば、その入り口は一階だろう。
無暗に探そうとしない桜は、どこにあるかと考えた。もしもあるのだとすれば、地下室を王女たちが作ったとは考えずらい。とすれば、過去に自分たちのような勇者候補が作ったと考えるのが妥当だろう。リビングに作ったとは思えない。なら、誰かの部屋か。
桜はまず自分の部屋から探すことにした。以前にも漁ったことがあるが、普通の部屋だ。床は板間。もみじと共に四つん這いになって、桜は切れ目を探す。ない。桜の部屋には何もなかった。
「次ね――」
もみじが小さく言った。
クラスメイトの為の部屋は一階には四つ。その中の一つが桜の部屋であり、もう一つがもみじの部屋だ。
次はもみじの部屋を探すことになったが、やはり不発。床には何もなかった。そのままもう一人の部屋も入るがやはり何もなかった。そして最後の生徒の部屋。誰も選ばなかった部屋で、今は無人となっているところだ。
桜ともみじは鍵のかかっていないその部屋に入った。
中は無人。布団などには埃が被っている。誰も選ばなかった部屋のため、掃除もされなかったのだ。床も埃まみれだ。木目も埃が詰まってよく見えない。もみじには紙がないか部屋を探すように頼み、桜は床を探すことにした。
白くたまった埃を桜は手で払った。すると床の切れ目が見えた。そのまま桜は床に顔を近づけたままじっくりと探す。ゆっくりと探していると、ベッドの下に見慣れた模様が見つけた。
――五芒星を貫く稲妻。
この屋敷のあらゆる場所に刻まれた怪しげな印。王城の魔術書で調べた結果、その模様は同じものはおろか似たようなものすらなかった。
異世界人が知らない模様。もしくは意図して省いたか。
だが、やはり模様が描かれている場所の床に、“不自然”に切れ目が入っている。それは規則的ではなく、正方形に入っている。
桜はそれを見つめてにやりと笑うと、「もみじ」と小さな声で呼んだ。
「……あったのね」
もみじも桜に並んでベッドの下を覗き込む。
「ああ、予想通りに――」
「入るの?」
「当然――」
桜はもみじと共にベッドをゆっくりと起こして正方形の扉を開いた。
そこには地下へと続く土で作られた階段が広がっていた。先には闇が広がっており、下の様子は全く見えない。
「時間は?」
「皆が帰ってくるまであと30分ほどね」
「十分だな」
桜はスマホのライトで先を照らして、もみじと共に地下へと潜った。
◆◆◆
土で作られた不揃いの階段。高さもばらばらであり、でこぼこしている。壁に手をついてなんとかバランスを保つが、壁も土を粗く削ったように作られており、触った傍からぼろぼろと崩れる。階段も造りは雑で、一歩踏むたびに少しだけ崩壊していた。
桜は狭い階段の中で左手はスマホを持ちながら、右手は横の壁で体を支えながら降りていく。
もみじはそんな桜の後ろで、彼の左腕の肘を両手で持ちながら恐る恐る下へと潜っていった。
二人はすぐに底へとたどり着くことが出来た。 異臭が桜たちを包み込んだ。肉が腐ったような臭いに桜ともみじは顔をしかめた。
桜は固い地面を何度か右足で踏みしめてから、まず地面を照らしてみると、手のひら大ほどの石に例の五芒星と稲妻の印が刻まれてあった。
それから桜はライトと目線を少しずつ上げ始めて、辺りを照らした。
そこは狭い空間だった。
桜たちに与えられた寮の部屋よりも狭く、天井も低い。桜がもう少し高ければ頭が当たっていただろう。
中には殆ど物がなかった。木で作られた小さなテーブルと、小さな椅子。そして椅子の上に座る――人だったもの。
「ひっ――」
もみじは悲鳴を上げて、桜の左腕を強く握った。
椅子に座っているものは薄汚れた白いワイシャツと黒いズボンを履いたミイラとでも呼べばいいのだろうか。人だったそれは既に瑞々しい肌を失っており、干からびている。開いた目は虚ろで机の上を見つめており、左手は机の上に置かれて、右手は横にだらんと落ちていた。
この部屋の異臭はきっと彼のものなのだろう。死体が綺麗にミイラのようになっているのは、この地下室に虫などがいないため死体が荒らされなかったからだろうか。
「ね、ねえ、あれって人なの?」
隣にいたもみじは目の前の死体を見た瞬間に腰を抜かしていた。
「正確には“元”人だな」
桜も初めて見た人間の死体に思わず足がすくんでしまうが、隣で歯をがちがちとさせているもみじを見ると逆に冷静になってしまう。
「こ、ここを調べるの?」
「そうなるな」
「なんか呪われないかしら?」
震えた声で言うもみじ。
そんな彼女に桜は後ろを照らしながら告げた。
「もみじは後ろを向いて少し休んでいろ。つらいならここを出てもいい」
「……お言葉に甘えさせてもらうわね。気分がとても悪いから。誰か寮に帰ってくるようなら、すぐにでもいうわ」
「ああ、助かる」
もみじは桜の返事を聞かずに、口元を押さえながら足早に地下室から出て行った。
桜はまずミイラに近づいて、上から下まで観察した。髪は黒色。長い髪は土埃で汚れているかのようにくすんでおり、しぼんだ顔を見るだけでは男か女かは分からない。
桜は足元にペンが落ちている事に気づいた。きっとこれはミイラが死ぬ直前まで持っていたからだろう。インクが床にぽつぽつと落ちている。ミイラをじっくりと観察してみるが、それ以上の事は何も見つからなかった。
桜がスマホの明かりを机へと向けると、本が二冊も置かれてあった。一冊は開かれており途中で黒い文字が途切れているのは書きかけだったからだろう。その文字は桜の知る限りは筆記体のアルファベットであり、英語の成績がよくない桜はなんて書かれてあるかは全く分からなかった。
そんな本を手に取って最初からぺらぺらとめくってみると、黒い文字がびっしりと書かれてあった。相変わらず英語が続くので全く桜には読めなかったが、後ろにあるページの何枚かが根元からちぎられた跡があることに気付いた。
紙をよくよく手でなぞってみると、英語の単語が書かれた紙と質感が似ているように感じる。この本のページをちぎってあの紙を作ったのだろうか。とすれば、あの紙を作ったのはこのミイラと言う事になるだろう。
桜はそんな本を閉じて脇に置き、もう一冊の本へと手を伸ばした。
中は変わらず英語で書かれていたが、先ほどとは字体が違うような気がする。また文字自体もインクではなく、ボールペンのような薄い物で書かれており、にじみやこすれもほぼなかった。
どっちも桜は読めず、ため息をつきそうになる。
他に手がかりはないだろうか、と机の上を探すとあったのは、瓶に入った黒いインク。羽ペンの置き場。火の消えたランタンだけだった。ランタンを手で振ってみると、中にはオイルが全く入っていない。どうやら尽きているようだ。
他には何もなかった。
ミイラの体を触ることに抵抗があった桜はあまり進まなかったが、何かあるかと淡い期待を持ちながらミイラの体を探った。特にズボンのポケットやワイシャツの胸のポケットを探すが、何もなかった。ただ気づいたことがあるとすれば、桜の部屋にあったジャケットとこのズボンにが同じ感触をしていると思った。
「他には――?」
手がかりはこの本二冊だけ。
他にも何かないかとスマホを片手に部屋の中を隅から隅まで探してみるが、他には何もなかった。
桜は二冊の本を手に持ち、不安そうに見つめた。
「これが手がかりだといいんだけどな」
ここで読むことも出来るが、桜はあまり英語が得意ではない。誰か得意なものに任すのがいいだろう、と思った。
英語が得意な者がいなければ、スマホで単語を検索しながら地道に探す羽目になるが、そうならないことを桜は祈っていた。
「桜、誰か来たわよ! 早く戻って来て!!」
階段の先からもみじの声が聞こえる。
どうやらクラスメイトの誰かが帰ってきたようだ。
桜は帰るためにスマホのライトを階段へと向ける。




