第十三話 亜人
まだ若い男の声だ。
きっと桜のクラスメイトだろう。
建物から現れた男は傍らに亜麻色の髪をした十四歳ほどの少女を傍らに、自分よりも背の高い男と言い合っていた。
その人物は秋山だった。
「ですから、規則でございますので……」
「酷いと思わないの? こんないたいけな少女をあんな酷い環境に置くなんて」
秋山はずっと少女と手を繋いでいた。
その姿は妹を守る兄の様だ。
「ですから規則でございますので……」
騎士は困ったように言った
ずっと同じような押し問答が続いていたのだろう。
そんな彼らを見かねてか、桜の隣にいたゾラが小さなため息を吐いてから、秋山達に近づいた。
「どうしたのですか?」
ゾラは聖母のようなほほえみと共に秋山へと近づいた。彼女の笑顔によって秋山も少しは落ち着いたのか、先ほどまで鼻息を荒く鳴らしていたのに今ではすっかり深呼吸をするまでになって、自分の後ろに亜人の少女を隠した。
「僕はね、彼に言ったんだよ。彼女たちを解放しろって。ここの環境はひどすぎる。人が済むような場所じゃない。彼らは罪をおかしたわけでもないんだ。こんな場所へと置いておく理由がない!」
秋山は大きな声で言った。
この場にいたクラスメイトの誰もが秋山の意見に賛同しているようで、ゾラを批判的な表情で見ていた。
「……これは言っていませんでしたが、彼女たちは“奴隷”です。私の国において、彼女たちの人権は保障されておりません」
「それは横暴だ!」
「そうですね。私もそう思います。ですから何とか法を変えたいのですが、利権が絡んでおり、そう簡単ではございません」
ゾラは悲しそうな表情で、ゆっくりと諭すように言った。
彼女は悲しそうな顔をしているが、どこまでが演技なのだろうか、と桜は疑うような目で見ていた。
「……じゃあ制度自体が無理でも、せめてここにいる彼女たちだけは救う事は出来るの?」
秋山は唇を噛んでから言った。
「ええ、それならば、簡単です。秋山様、あなたのように素晴らしい心を持つ方が彼女の主人となればいいのす。国が管理する場合は、女たちを一律に同じ扱いをしなくてはなりません。幾つか制限はつきますが、元の奴隷のままよりもいい暮らしが送れるでしょう」
「そうなの?」
秋山は表情が柔らかくなった。
「ええ。彼女にとっての勇者があなたになるのです。とても素晴らしい正義ですね」
そう言って、ゾラは秋山の両手を握って下から顔を覗き込んだ。
その様子を先ほど桜も味わったが、ゾラは絶世の美女なので見つめられれば、並みの男なら悪い薬でも飲んだかのように頭がくらくらと回る。まるで彼女自身が悪い媚薬のようなものなのだ。
「分かった。じゃあ、彼女は人並みの生活を受けられるんだね?」
「ええ。彼女はあなたのような人道的な勇者の従者となったのです。これまでの奴隷の人生とは真逆の生活が送れるでしょう。それは皆様も同じです。皆様の最初の偉業は奴隷を救ったことなのです。まだ一人と少ない数ではありますが、皆様の覇業が後世に称えられるのは言うまでもありません!」
ゾラの言葉に喚起するように、自らの従者を抱きしめるクラスメイトが多かった。
クラスメイトを称えるゾラに対して、桜は「先ほどと全く話が違うぞ」と言いたかったが、言ってもどうせ否定されると思ったので、何も言わなかった。
(それにしてもゾラは一体何枚の舌を持っているんだ?)
桜はきっと二枚では足りないほどの舌をもっているんだろうな、と思った。
そんな事をぼんやりと考えていると、秋山の視線が桜へと向いた。
だが、いつもの親し気な表情ではなく、桜を攻めているような目線だった。
「やあ、織姫君――」
秋山は少女と手を繋いで桜の元までやって来る。
「よう――」
桜はいつもと同じ感じに返事をした。
「織姫君は亜人を選ばなかったのかい?」
秋山は桜の両隣を見ながら言った。
「うん、そうだね。俺に亜人は合わないみたいだ」
桜は率直な感想を述べる。
すると秋山の目つきが鋭くなった。
「ねえ、織姫君、君はどう思った?」
「どう思ったって、何が?」
「彼女たちの境遇の事さ」
秋山は隣の少女の手を強く握って、
「……可哀想だと思ったよ」
「じゃあ、どうして助けようとしないんだ!?」
秋山は桜に一歩近づいて大きな声で叫んで、胸倉を掴んだ。強く秋山は桜を押すが、桜の体が大きく体重も重たい事もあってびくともしなかった。
桜はそんな秋山の手を冷めて目で見つめながら、まともに抵抗もしなかった。自分の胸倉を持つ手首を掴み、柔術の要領で捻れば簡単に返すことが出来るが、それをする意味がなかったのでしなかった。
「実はね……」
桜は自分の事情を説明しようとしたのだが、その前に秋山が自分の傍にいた亜人の手を引っ張って桜の前に出した。
「織姫君! 見てみなよ! 彼女の姿を! 彼女たちが受けている悲惨な状況を! そんな彼女たちを助けようとは思わないのかい? 奴隷である彼女たちを助けるのは僕たちしかいないんだ! 従者にするだけでいいんだよ。それだけで助けられるのに……君はどうして従者を選ばなかったの?」
桜は自分へと近づいてくる亜人の少女を見つめた。
とても可愛らしい少女だった。頭に生えた黒い耳はまるで毛がふさふさであり、猫好きなら思わず触ってしまいそうなほど愛らしい。動物の特徴は桜が見たところ耳と鋭い爪や牙しかなく、服から見える腕には体毛も殆どなかった。
彼女の事を桜も可愛らしいと思ったが、右手を大きく出して距離を取った。
「待て! 俺に近づくんじゃない!」
桜は必死の形相で言った。
「……何故、そんなに織姫君は亜人を嫌うの? もっとよく見てみなよ! 彼女と僕の姿に変わりなんてないよ! 同じ人間なんだ!!」
だが、秋山はそれでも亜人の少女を桜へと近づけた。
桜の前に出した手を握るように秋山が誘導する。桜はそれを振り払う事ができたが、さすがに小さな少女を傷つける事は出来ないので右手を少女の小さな手によって掴まれた。
桜の黒い瞳と、少女のはかなげな亜麻色の瞳が交差する。
数秒の間、二人はお互いを見つめていた。
そして桜が顔を伏せた。
「織姫君、彼女が可愛いのは分かるけど、照れなくてもいいんだよ。君ももふもふしたくなったんだろう? でもね、彼女は駄目だよ。僕の従者だからちゃんと自分の従者を選ばないと」
秋山は桜が照れたのだと思ったようだが、実際は違う。
――はっくしょん、と桜は大きなくしゃみを出した。その音は広場中に広がり、少女もびくっと身を跳ねさせて思わず手を放してしまった。それを受けて、桜は少女から大きく距離を取った。
桜は何度か地面に向かってくしゃみを連続でした後、鼻の下をこすりながら秋山にも通るように大きな声で言う。
「ごめんね。実は俺――猫アレルギーなんだよ。だから亜人の従者はいらないんだ」
桜の告白に、秋山はすぐに亜人の少女の手を引いて納得したように呟いた。
「…………ああ、なるほど。そう言えばこの国の亜人って、猫の獣人しかいないもんね」
桜の苦痛な叫びに、秋山も納得するしかなかった。
秋山も知っての通り、この国にいる獣人は全て猫の特徴を持った獣人だった。
「そうだね。もしも猫じゃなかったら俺も従者を選びたいところなんだけど、猫なら仕方がないね」
諦めたように桜は言った。
桜のアレルギーの症状は軽いが、猫の傍にいるとくしゃみが止まらないので昔から避けて生きてきたのだ。
だから桜は猫が嫌いである。
「……アレルギーなら仕方がないね」
秋山は唇を噛んで悔しそうに言う。秋山も喘息を過去に抱えていたこともあり、アレルギーの辛さはよく知っているので、猫アレルギーの人間に猫の亜人の従者を取れ、とは強く言えなかった。
だが、どうしようもないやるせなさだけが秋山の心中に残った。
納得しきれない秋山を見て、桜はため息をついた後、“いい事”を思いついたのかにやにやと笑みを浮かべながらゾラへと話しかける
「ああ、そう言えば、王女様――」
「何でしょうか?」
いつもと変わらない笑顔でゾラは返した。
「そう言えば、俺は従者を取らないつもりだけど、一人の亜人を従者につける権利は持っているんだよな?」
「ええ、そうですね。もしもその権利を行使したくなったら後からおっしゃっていただいても構いませんよ。気が変わる可能性もございますから」
「じゃあ、こういう事ってできるか? 例えば、亜人の従者の権利を他人に渡したりとか?」
桜は亜人へと近づかないように、ゾラへと距離を詰めながら言った。
「えっ――」
桜の言葉に、秋山が驚く。
「別に構いませんわよ。永久に亜人の従者の権利を放棄するということですね! ただ、その権利を放棄してよろしいのですか? 将来、苦労するかも知れませんわよ?」
何故か弾むようなゾラの声。
桜に対しての悪意は全くなく、彼女自身は桜の提案を喜んでいるようだった。
「いいさ。じゃあ、この権利を秋山にやるよ。これでいいんだろう? 秋山は亜人を一人救えて、俺はアレルギーの原因から離れる事ができた」
「本当に……いいのかい?」
「ああ、救いたい人を選んで来いよ――」
桜は猫の亜人を連れている秋山達を手で払いながら、さっさと建物に戻れと言いたげだ。もしくは猫の亜人を出来るだけ近づけるな、という意味も含まれていた。
「ありがとう!! 織姫君、この恩は一生忘れないよ!!」
桜の言葉に、最初は秋山も誠意を示そうと桜の手を握ろうとしたが、猫の亜人を連れている秋山は桜に避けられた。だが、秋山に気落ちした様子はなく、感激しながら亜人を連れて建物へと再度入って行った。
「単純な奴だ」
桜は去って行く秋山の背中を見つめている。
どうやら秋山に恩を売ったようで、いらない亜人と引き換えにいい事ができたのなら桜は満足だった。
「織姫さん、あなたはとても素晴らしい人間ですね。私、感激いたしましたわ」
だが、どうやら好かれたくない者にまで、桜は気に入られたようだった。
桜の隣にいるゾラは、桜を尊敬する眼差しで見つめている。
そして――そんな桜たちの様子を遠くから見ている男子生徒が“数人”いた。
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