第18話 新しい騎手がヤベー奴な件
トゥリームオ上空に魔法で敷かれた白光のコース。
今日飛んでいるのは、常に向かい風が吹きつける等の条件はない至ってシンプルなコースだ。
いつかと同じようにジブンの左斜め前方を調教助手の兄ちゃんを乗せて、赤い競飛竜が飛んでいる。
彼我の差は5竜身ほど。わざとスタートするタイミングをずらして差を作る、これはそういう調教方法だ。
けれど今はそのわざと作られた差が、ささくれのようにじくじくと胸をざわつかせて無性に癇に触った。
八つ当たりだとわかっている。
しかし地を這う勢いで気分が良くないのだ。おかしいな空を飛んでいるはずなのに。
気分が良くない理由?理由なんて沢山ある。
まずシークエスという背中に乗った騎手がいけすかないこと。
次に、小さいけれどいつもどっしり構えている先生がジブンに関してあんなに困っていて、頼りなげに見えたこと。
そうさせたのはジブンだということ。
ジブンはやはりあの加速を使ったら迷惑をかけるんだということ。
人間達の会話からジブンは扱い辛い飛竜なのだと気付いてしまったら、芋蔓式に競走馬時代の苦い思い出まで引き摺り出されてしまった。
1人でバカをやって周りを困らせていながら、それに気付きもしない奴。
また、同じなのか。
ジブンは頑張って来たつもりだったけれど、それは見当違いも甚だしい無駄な努力で。
つまり、また。前世と同じ事の繰り返しに。
考えることがありすぎて、かといって答えも出ない思考の坩堝にどっぷりと浸かっている。ネガティブな感情が胸のうちに澱のように積もり重なって苦しい。
ただ、また競走馬の時のように勝てずに見放されてしまうんじゃないかという恐怖と不安、情けなさから命じられるまま闇雲に飛んでいる。
そうすることしかできないのが尚更に歯痒かった。
先を征く先輩飛竜の赤い鱗が日の光を受けて燦くことすら煩わしい。
ああ、ほんとうに煩わしい。目障りだな。
ゴールまであと幾つ?
どれだけ飛んだら終わるの?
いつもならあの加速は何マイル目に使おうと思ってたっけ。
何マイル目だろうと本番で背中の荷物が落ちたら終わりなんだけど。
そもそも今何マイル飛んだ?……あー数えてないや。
———…………もういっか。
例の加速を使って追い抜いてしまおう。それを鞍上の騎手もお望みのはずだ。ならば嫌な事はさっさと終わらせてしまうに限る。
底なしの泥濘をもがきながら、それでもゆっくり溺れていく。
そんな感覚を振り払いたくて、いつもより重く感じる翼に集中する。
ざわつきが収まらない心から意識を切り離す。翼から放出している魔力の流れを絞り、翼の内に留めて———。
「だぁめ。仕掛けるにはまだ早いよ」
ひたり。
右翼の付け根に何かが押し当てられ、翼の中を巡る魔力がぐるりと攪拌される感覚。集めた魔力が散り散りになり、一瞬だけ翼の制御が乱れる。
一瞬とはいえ飛行中だ。左右の翼それぞれから放出される魔力量のバランスが崩れ、ぐらっと身体が右へ傾ぐ。
慌てて体勢を立て直し、身体を平行に保ちながら鞍上に意識を向けた。よかった、騎手は無事だ……っていうか、こいつ!
こいつ!バカじゃないのか?!
翼の付け根に押し当てられたのは十中八九騎手が持つ竜鞭だ。
飛竜は馬と違って身体のほとんどを硬い鱗に覆われている。だから普通の鞭じゃ叩いてもろくな刺激にならない。
そこで魔力を通す素材で作られた専用の鞭だ。
この竜鞭に騎手が魔力を込めて叩くと鞭に込めた魔力が鱗の上で弾け、痛みはないがちょっとビックリするくらいの衝撃はある。
人間はこの衝撃を飛竜へ発破をかける合図に使っているのだが。
それをコイツは。鞭を通してジブンの魔力の流れに介入することに使いやがった!
確かミュゼが読んでくれたナントカって偉人さんの本に書いてた。逆鱗持ちの魔力は飛竜の魔力と親和性が高くて魔法がほとんど通らない飛竜に対しても魔法的な干渉ができるって。
その逆鱗持ち特有の魔力特性を応用したんだろうが……む、無駄に器用なマネを!
飛竜と人の魔力量は文字通り桁が違う。普段の飛行中であればちょっと魔力の流れを弄られたくらいじゃ、ここまで動じなかったと思う。
だけどロケット加速はジブンで言うのもなんだが繊細な作業で集中力がいる。だからほんのわずかとはいえ魔力を乱されて集中が途切れてしまったのだ。
まさかそれを見抜いてこんな方法で制御しようとしてくるなんて。
……というかそんな弱点があったことジブンでも気付いてなかったんですけど?なんでお前が知ってるんだよ!
そもそも飛行中の飛竜の翼にちょっかいかけるなんて危ないだろ!下手したらバランスを崩した飛竜から振り落とされるかも知れないんだぞ。
それも片手しか舵に掴まってない状態で!
信じられない。恐怖を親のお腹の中に忘れてきたタイプか?今からダッシュで取りに戻ればか!
驚愕と焦りで取り乱しそうになるのを、心の内で罵声を浴びせることでなんとか抑える。
また同じことをされてはたまらないので魔力充填は止め、渋々先程までと同じように先輩飛竜の背中を見ながら大人しく後方で飛ぶ。
右翼には魔力の通っていない鞭が、けれど脅しのように押し付けられたままだ。
「そうそう、まだ我慢だよ。物分かりがいい子だね」
時速200キロ近いスピードで飛んでいるにも関わらず、不思議と風に散らされることのない飄々とした声が聴覚器官に届いて苛立つ。
ふざけるなよ、こちとらお前の軽率な行動にドン引いてるんですけど?!
ジブンが心が広くて賢い飛竜ちゃんだからお前は今も無事に背中にいられるだけなんだからな!
しかし、今ので十分理解した。
急加速すると忠告されている競飛竜の上で片手運転の制御をやってのける。
下手したらバランスを崩して振り落とされるか、制御のタイミングが少しでも遅れたら吹き飛ばされてしまうにも関わらずだ。
頭おかしいんだコイツ。
そしてそんな頭おかしい奴を乗せて飛ばなきゃいけないのがジブン。あっ言ってて悲しくなってきた。前を飛んでいる赤い先輩、鞍上交換してくれないかな……。
「ほら、集中してハーレー」
右翼に押し当てられていた鞭が離れ、代わりにバチン!と右前脚の上を叩かれた。
?!鞭が離れたってことは加速していい、のか?
白光の上を何本目かの赤いラインが後方へ流れていった。
前を見据える、ゴールが近い。迷っている暇はない。
ええい、ままよ!
翼を巡る魔力を手繰り、制御する。息を吸う度、心臓から魔力が送り出され、満ちていくのがわかる。
魔力操作中の一時的な減速で、先輩飛竜との距離が開く。その差7竜身くらいか?
いや焦るな、まだだ。
注意を向けるべきは先を行く先輩よりもっと先、飛び込むゴール。
引き絞る弓のイメージ。緩い引きじゃ矢は飛ばない。ツルをめいいっぱい引け。
鞍上なんてもう知るか、お望み通りロケット加速で追い抜いてやる!!
翼から噴出した魔力が青白い光を生む。
風を引き千切る音を纏い、真っ直ぐただ一直線にゴール目指して飛び込む。
ヤケクソ気味の加速は先輩飛竜をゴール直前で捉え、そのまま並ぶことなく追い抜いた。
クビ差?それよりも少しあったか?
あ、鞍上は?!居る……よかった今度は落としてない。
「……ふはっ」
うん?
鞍上から漏れた気の抜けた音にコイツもビビってしまったのかと恐る恐る気配を探る。
「アーハッハッハ!!本当に!本当に馬鹿みたいに加速した!ハーレー!お前は間違いなくバケモンだ!」
……騎手がこっちの気も知らずにはしゃいだ様子で声を掛けてきた。
ええい、馴れ馴れしく首を叩くなうっとおしい。……と思ったら、スタンド席にいるだろうトトー先生に向けて手を振っている。
やりたい放題かコイツ。む、ムカつく……。
お前、これだけ好き勝手やっといて次レースでポカしたら許さんからな。そんな気持ちを込めて喉の奥で低く唸る。
「ハハッ好きに飛べなくて怒ってんの?唸り方下手くそで可愛いなあ」
なにわろてんねん!!!
ピーキーにはピーキーを乗せればいいのでは?!
次話の更新は明日12時です。
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