3:22「お前は何を言っているんだ」
ファル→エルナと視点が変わります。
「体内……!」
「お気づきになりましたか」
ドラゴンが使う変化の術を用い、吸収された者はみな血となり肉となる。
しかしそれにもある程度ある程度条件が揃ってこそのものです。
それは己より下位の存在であることはもちろんのこと、もう二つほどあります。
一つ。
ドラゴンは生態系で言えば頂点に君臨する種。
その他ほとんどの種族は下位種となり、変化の術の有効圏内に入ります。しかしながらこれも万能ではありません。
術をかける相手の戦闘力、精神力や体質によっては効果時間が限りなく短くなったり、効かなかったりするものです。
二つ。
吸収してから体になじむまで相応の時間を必要とします。
それはつまり、ドラゴンとなった他者を完全に己の中に取り込むまでは、万が一があり得るということ。
完全に吸収しきる前に変化の術が解けてしまえば、それは体内から……完全に無防備な状態で命の危険にさらされるということです。
しかしそれを防ぐ策もまた、彼の体内に存在します。
体内に異空間を生成し、吸収した者を一時的にそちらへ飛ばしてしまうのです。万が一術が解けてしまっても絶対に出られない……『暗黒の閉鎖空間』に。
「つまり、僕らはドラゴンに変えられて、食べられてしまったということですか……!?」
「ウム。憶測ではあるが」
「では……!」
「このままでは私たちは、ここで最期の時を過ごすことになるでしょう」
「っ…………」
目には目を、歯には歯を。
僕たちに偽者の僕たちを仕向けてきたのは、恐らく策を練らせる時間も取らせないため。
しかし結局処分するのならもっと高位の存在を向ければいいと思うのですが……その辺りは何か事情があるのでしょう。
自分をぶつけてしまうことで時間を稼ぎ、疲弊させ……徐々に力を奪っていく。十分に恐ろしいことです。
「坊ちゃん、気を落とされないでください」
「……わかってます」
ここまでは古い文献をある程度読み漁り、酒場やギルドに顔を出していれば年に一回は見ることや聞くことのできる話です。
ではなぜその話を知ることができるのでしょうか。
その術を破った者がいるからこそ……生還した者がいるからこそ、このおとぎ話が存在するのです。ただの作り話である可能性もゼロではありませんが、こうして目の前に現れてしまった以上、信じるほかないでしょう。
「しかし問題は……」
「どうやって脱出するか。ですね」
「ウム……残念ながらそこまではわたしも知らぬ。やれやれ、先人たちももっと真剣に語り継いでくれればよかったものを」
「ハハハ……本当に」
乾いた笑いと共に、少し恨めしいという意のこもった返答を返します。
「端を探してみますか?」
「確かにここがヤツの体内……一時的に収容しておくための異空間ならば、そこまで広いものであることは考えにくいが……」
「では、ミァさんの言う通りに」
「……うむ。少なくとも、ジッとしていては始まらんな」
僕たちは顔を合わせて合意の意を示すと、提案したミァさんを先頭にどこにあるのかもわからないこの空間の果てを目指し、歩みを進め始めました。
―――その時。
* * * * * * * * * *
「殺すって……」
「言葉通りの意味だよ。我を殺せば、姫様は助かる」
「それができたら苦労はしないっての……!」
フォニルガルドラグーン――グラドーランがあんなに硬くなければそもそもこんなことにはなっていない。
というか、殺してほしいならなぜ攻撃してくる!?
このコロセウムに仕掛けられた変な異空間とか、明らかに抵抗する気満々だったじゃないか。
それにお姫様と結ばれる……て、そういうことだよな!? それなのになんで殺せとか、矛盾してるにも程があるぞ!
「苦労、か……そうでもないよ。言っただろう、ここは玉座だ。そこに座す我、今この場で無抵抗な我を殺せば、外の身体も消えてなくなる」
「はっ!?」
ちょっと待て!!
「何を驚く。当然だ、我は君に抵抗する術がないのだから」
「そういうことじゃない!! せめてちゃんと説明しろよ、ワケわかんないって言ってるの!!!」
「む……まだわからないことがあるのかい?」
「わかんないことしかないっての!!!」
なんだよ、ちょっと知りたいこと出てくるかと思って期待してたら……いや、期待すること自体が間違いか。
俺も少し冷静になった方がいいのかもしれない。
「時間が惜しい、何が知りたいんだい」
「うっわ……まぁいいや、じゃあ聞くよ」
表情一つ変えずに、さっさとしろとばかりに言ってくるグラドーランに呆れてしまう。しかし俺とて時間が惜しいことに変わりはないので、ここはおとなしく質問をしておくことにする。抵抗する術がないと言いつつも、俺はこいつのワザをすべて知っているわけではないのだから、気変わりしないうちに情報を引き出しておくに越したことはない……もっとも、その情報が正確である保証もないのだが。
「俺はコロセウムに入るとき、それからさっき……ドラゴンのお前と目が合った時に、心臓に痛みが伴ったんだ。二回目の時は、お前とそのお姫様が約束してるところを夢で見た。これはなんなんだ」
「なんだって? ……そうか、見てしまったのか。それも君の呪いの副作用……と言うべきかな。術者とそれを受けた者の共鳴度合いによっては覗き見えるらしい。どうやら我と君は肉体的相性も良いようだ」
「!?!?!?」
肉体的相性がなんだって!?
そんなことまでは聞いてない!!!
「? どうしたんだい、顔が赤いよ」
「なッ……!! なんでもない!!! それよりも次、なんで俺の呪いのせいで姫様を助けられないんだよ。さっきのじゃ答えになってない。本当は霊薬の他にも方法があって、その方法が俺の呪いでできなくなった……てことだろ」
「そこまでわかっているのならば――」
「良くない」
「フム」
本当に俺のせいなんだったらそれは責任を取って尻ぬぐいをするべきだ。
でもはっきりとそうわからないのにいいように使われるのは納得がいかない。しかも敵にだぞ。
その敵にこんな真っ向から質問してる自分もどうかしてると思うが、今はそんなことよりも大事なことがある。
「我はこの十年……いや、気が付いたのは五年前か。この五年、姫様を助ける方法を模索していた。……他の方法。それは姫様……レーラ様にかけてしまった契約を、他者に移動させることだよ」
「契約?」
「君が見たのはあの丘……綺麗な花畑でのことだろう。我は何も知らず、ただの婚姻の儀として、約束として契約を交わした。知らなかったんだ、まさかそれが十年かけて生気を奪い取るものだとは」
「生気を奪い取る……儀式」
「ああ、そうさ。レーラ様は明日……十六の誕生日に我と会い、最期の儀式と共に……亡くなられる」
「それって……」
ただの自業自得じゃないか!!
訳が分からない、というか移動させて済むならそれでいいじゃないか。なんで俺のせいにされなきゃいけない!?
抑えていた怒りが湧き上がってくるのを感じた。
いくら何でも理不尽すぎるだろう。むしろ今まで抑えていた俺をほめて欲しいくらいだ!!
しかしまだ聞きたいことは残っている。
湧き上がる怒りを拳に逃がしながら、次の言葉を口にした。
「でぇ……どうしてそれが俺のせいなワケ?」
「契約の譲渡には相応の条件が必要だった。我は姫様と婚姻――愛を誓い合ってしまったんだよ。つまり譲渡にも同じ愛を示さなければならない。隷属化の呪いは、その感情の一切を封じ込めてしまうんだよ」
「は……!?」
「ただ一人、主……つまり、君を除いてね」
「…………はぁ!?!?!?!?」
待て待て待て待て待て!!!
なんか変な方向に話しがよじれてないか!?
いや、俺が勝手にそう思ってるだけか!?
一回深呼吸しよう、本当に冷静になった方がいい……無理だけど。
「君とて我と婚約を結ぶことなど望んではいないだろう? つまり君は、我を殺すしかないのさ」
「…………」
落ち着け、落ち着いて話を整理しろ。
まずこいつは十年前にこの国の王女――レーラ姫と婚姻の契約を交わした。
でもそれが本当は十年かけて生気を抜き取るとかいう怖いもので、本人も知らずにやっちゃって五年経ってからヤベーってなってた。
で、色々調べてたらそれを治す薬がエルフの霊薬ってわかって、ルーイエの里に行ったけど既に物はなく、八つ当たりで里が燃えそうになったところをなんとか止めて、その時に俺がグラドーランに呪いをかけた。
そのせいで契約の譲渡ができなくなり、あとは死ぬしか方法がない……と。
なんだか腑に落ちないがそういうことになるのだろうか。
「しかし決めつけるのもよくないか……うむ、試しに聞いてみよう」
しかしそれならなおさらコロセウムに貼ってあったあの異空間転移の黒い奴とか、討伐隊の人をドラゴンにしてまで吸収した意味は……。
「君は、我と結ばれる気はないかな」
「……うーむ……」
「…………は?」
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