3:9 「一難去ってまた一難?」
「うぐ……んんんうおおおおおおああ!!!」
ダイヤモンドオークが振り下ろす大きなダイヤのこん棒を、ガレイルはクロスさせた両腕で必死に抑えている。
俺が魔力を溜め始めてからおよそ3分。体一つで敵の攻撃を受け続けているガレイルの腕は、既に吹き出した血で真っ赤に染まっていた。
「あと、少し……!」
先ほど使った【破弓・業火槍】は俺が一か月の間に覚えた魔法のうち、一番の火力を持つ魔法。
即興で肩を消し飛ばせたのなら、これだけ魔力を溜め込めばダイヤモンドオークを一瞬で消し去るだけの力になりうるはずだ。
「あと一分でいい……耐えてくれ……!」
「なん、のこれしき……!!!」
きらびやかな、しかし大量の血に濡れたこん棒がガレイルの腕に食い込み、押し込まれたからの足が地面をえぐっていく。
ぐいぐいと、ぎしぎしと、鍛え抜かれた屈強な両腕を今にもへし折ってしまいそうな勢いで押し込んでいくオークは突然こん棒を握る右手の力を緩め、その反動でガレイルが少し体勢を崩したしまう。
そして――
「―――がッッッ!!??」
「ガレイルッ!!!!」
力の緩められた右手の反対側――左手に構えられた大盾をガレイルの右半身に向かって振り回し、直撃したガレイルの体は大きく吹き飛ばされていった。
下手したら即死しかねない一撃をもろに受けたガレイルは、地面にたたきつけられた直後にもしぶとく立ち上がろうとする……が、明らかに体がガクついて言うことを聞かないといった様子。
これ以上壁を任せるのは不可能な状態に陥っていた。
「う……ぐぁっ……」
「動かないで!! もう休んでてください!!!」
「っ……すま、ない……」
体が上げる悲鳴とは別にかなり申し訳なさそうなトーンの返事を返してきたが、これだけやってくれれば十分だ。
まだ少し蓄積が足りないものの、後は俺がどうにかする番。
「……炎弾!」
俺は注意をこちらに引きつけようと、追い打ちをかけに行こうとするダイヤモンドオークに向けて【猛火弾】を撃ち込む。
するとちらりと俺の方へ顔を向けた後、ダイヤモンドオークは俺の杖に溜まっている魔力を察知してか、その大盾を正面に構えながらのっしのっしとこちらに向けて歩みを開始した。
「炎精集え 我が晴明たる名のもとに」
同時に俺も術式の詠唱をはじめ、全神経を魔力のコントロールとダイヤモンドオークへと向ける。
「生出よ 騒乱たる紅の燈火」
そして左手に生成された炎の矢をぐっと引き絞るように構えると、絶対に外せないプレッシャーと迫りくるオークに対する緊張で息が荒れるのを必死に抑ようと、一度深呼吸を挟み込む。
先ほどと違い今度は足場もしっかりとしている。
足腰、それから矢を引き絞る腕の力をしっかりと意識しながら――。
「……蒼穹を穿つ 弓矢と成らん!」
左手からのびる棒状の炎の先……杖側の先端部分がその一言で紅かった炎が一気に蒼白く燃え上がり、先ほどよりも鋭利で複雑な鋭い刃が生成される。
一歩、また一歩と確実に迫ってくるダイヤモンドオーク。
俺は詠唱とともに構える間にも、じっと魔力を蓄積し続けた。
そしてギリギリまで近づき、ダイヤモンドオークがその大きなこん棒を俺に向かって振り下ろそうとした直前、蒼白かった矢がさらに大きく燃え上がり、その色が紫色に変貌する。
(――きた!!!)
そして―――
「ッ消し飛べえエエエエアァ―――!!!!」
叫びとともに放たれた紫炎の矢は、地面を半球状にえぐりながらダイヤモンドオークを貫き通し、そのまま一直線上に進んでいく。
二百メートルそこそこだろうか。
そのあたりまで行ってようやく空に消えていった矢の後は、さながらかめ〇め波でも撃ったかのような、そんな夢のような、しかし壮大でえげつない跡が残っていた。
欠片も残っていないし、文字通りダイヤモンドオークは消し飛んだのだと思うが……。
俺がそうして勝利を確信に持っていこうとしていた時、何とか立ち上がって少し遠くへ避難していたらしいガレイルが寄ってくる。
「……やった、のか?」
「ばッ そのセリフだけは吐くんじゃねえ!!!!!!」
そんでもって余計なフラグを立ててくれた。
「なっ……す、すまん?」
訳も分からず謝っているであろうガレイルの声に耳を貸すことなく、俺はさっきまでダイヤモンドオークが立っていたその場所をじっと見る。
そういえばガレイルが襲われたとき、ヤツは地面の下から現れたと言っていた。
あの瞬間に地中に避難していたりでもしたら……。
「…………」
下に……
「ど、どうかしたのか……?」
「うるさい」
…………。
見たところ異常はないっぽい。
「……大丈夫、かな?」
「や、やったのではないのか……?」
「あ?」
誰のせいで確認する羽目になったと思ってる?
そんな冷たい目でガレイルを睨んだ。
しかしまあ、彼は彼なりに頑張ってくれたし、今はそれよりも……。
「とりあえず止血と消毒しますから、手だしてください」
「お? お、おお……ありがとう」
全く……どうして俺がコイツの手当てを。
そんなことを考えながら、ポーチから手持ちの消毒(前世産)と包帯(前世産)を取り出してひとまずの応急処置をする。
きっと母さんにも同じ思いをさせるのだろうと思うとため息が出てしまうが、死なすわけにもいかないし仕方がない。
「……これでよしっと」
「痛ッ!?」
せめてものうっぷん晴らし(と嫌がらせ)に包帯を巻いた上からバチンと一発叩いてやった。
「骨折は後で母さんに言ってくださいよ」
「知ってるならもう少し優しく……」
「あら? 殺されかけたのに比べたらこんなの屁でもないでしょ」
「ぅっ……し、しかし」
「まあ、少し調子に乗ったのは確かです。そこは謝りますよ」
「そ……そうか……でだ、その……」
ガレイルが本題に入らんとばかりに真剣な趣きで俺のことを見る。
「これから、どうするのだ。この空間の出口は……」
「ああ、それなら大丈夫ですよ」
「何?」
俺の言葉に、ガレイルは本気で驚いているようだった。
まあ、考える暇なんてなかっただろうから無理もないが。
「ガレイルさん、貴方はここに迷い込んだ時、出口を探そうと行動を起こそうとしたら襲われたと言ってましたよね」
「う……うむ」
「簡単な話です。自分の領域を犯されれば誰だって抵抗しますよね。おそらくですが、この空間はあのダイヤモンドオークの領域だったんですよ。そしてそのオークは今さっき消えてなくなりました。つまり、主がいなくなったこの空間は役割を無くして……」
「消滅する……と、いうことか!?」
「そういうことです。この手のトラップにありがちなやつですよ」
「そ……そう、なのか?」
きっとそう。
たぶんそう。
他に何もなかったし、これ以外には考えにくい。
あるとすれば……
(ダイヤモンドオークの中に物理的な鍵があったとかだったら詰みだな……)
ぐら―――
「「!?」」
俺が最悪の事態をふと頭によぎらせた瞬間、不可思議な揺れと共に視界が大きく歪み、言いようのない不快感に襲われる。
若干吐き気すらも催してくるのを必死に耐えていると、数秒後には平原だった風景が一目瞭然、建物の中に変わっていた。少し広めの通路から続く小さな通路。
ここはそう、間違いなく……。
「戻ってこれたのか……?」
あの時道を阻んでいた黒いトラップのあった場所だ。
もしくは同じ形状の別の場所……何はともあれ、無事コロセウムに戻ってくることはできたらしい。
しかし……。
「こ、これは一体……?」
「……俺だって知りたいよ。この時間がないときに……!!」
「がうがう」
「グルルルル……」
「キシャー!!!!」
「……ぶるるん」
一つだけ明らかに、さっきと違うことがある。
この広間全体が……数十頭は居ようかという小型のドラゴンたちで埋め尽くされていた。
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