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TS.異世界に一つ「持っていかないモノ」は何ですか?  作者: かんむり
Chapter3 〝華散る夜に祝福を〟
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3:2 「招かれざる再会」

「お前たちは……!!!」

「―――っっ!!!」


 体が震えるのを必死に抑える。

 あの時……迷いの森で対峙した幻とは明らかに違う、本物を前にしたからこその恐怖が俺の体を襲っていた。


「な……なんで、ここに……っ」

「あ、その――」

「動かないで!!!!」

「……っ」


 男が手を動かそうとすると、すかさず母さんの俺を抱きしめる力が強くなり、構えられた右手はかすかに風を纏わせる。

 そして男に向ける表情は、十数年共に暮らしてきた俺でさえ一度も見たことがないほどに、怒りと憎しみを感じさせられるものになっていた。


「母さん……」

「どうしてあなたがここに居るの。あの後きょー君に連れられて、今は牢に入っていると聞いてるのだけれど?」

「…………」


 今から一か月とちょっと前。

 俺と母さんが目の前の男――親父の昔の旅仲間だったというガレイル・クレセンド率いる3人組の手によって誘拐、軟禁された事件。

 親父とファルが乱入した後、ガレイルは王都レイグラスへと連れられ、母さんの言っていた通り今は牢屋で鎖につながれているはずだった。親父からはそう聞いているし、俺たちもそれで納得している。


 ……何がどうなってるんだ!?

 どうしてヤツはこんなところをのうのうとうろついている!?


 次第に恐怖を感じていた心が落ち着きを取り戻していくとともに、その疑問が怒りとともに沸き上がってくる。

 ガレイルは戸惑いの表情を見せたまま視線を逸らすと、少し間をおいてから口を開いた。


「さ……たんだ」

「何? よく聞こえないわ」

「キョウスケに、誘われたんだ……討伐隊に……一緒に来ないかって」

「……なんですって?」

「本当だ! オレは嘘なんて言ってねえ! あいつに誓って、絶対……!!」

「あなたがエルちゃんにしたこと、忘れてないわよ」

「っ…………」


 母さんの声がワントーン低く鳴り響く。


「あの時、聞いていたのよ。エルちゃんがあなたの質問に答えたとき、あなたは真っ向から嘘だと決めつけたわよね」

「それは……」


 ガレイルが口ごもる。

 そのまま彼は顔を俯かると、ぎゅっと歯と目を食いしばった。

 すると何か覚悟を決めるかのように拳をプルプルと震わせて、大きな深呼吸とともに視線を俺たちの方へと戻す。



「……ぇ」

「なんのつもりかしら?」


 するとガレイルは、俺たちに向かって大きく90度に頭を下げていた。


「何をしても……何を言ってもおこがましいだろう。信じてくれとは言わない。許してくれと言うつもりもない。自分がしたことの罪くらいは……分かっているつもりだ」

「それで?」

「少し……話を、聞いてほしい」

「…………」


 ガレイルの言葉を聞くと、母さんは俺に判断をゆだねようと先ほどまでの殺気に満ちた顔とは一変した優しい顔を俺に向けた。俺はこれに小さく頷くと、小さな吐息とともに再び険しい表情に戻り、魔力を溜め込んだ右腕をおろした。


「手短にお願い」

「……恩に着る」


 今にも擦り切れそうな声でガレイルが礼を述べると、頭を上げ、背負っていた大剣をいくつもの小刀が収納されたホルダーとともに近場の壁に立てかける。そして両手を上げて敵意がないことをあらためて示し、話をはじめた。


「オレはあの後、憲兵隊の馬車の中でキョウスケから全部聞かされた。お前……いや、君たちが向こうの世界からやってきた、あいつの本当の家族であることを。あいつが今、本当に幸せにやっていることも……だからオレは、処罰を受け入れていたんだ」

「……ええ」

「でも二週間前……オレのいる牢にキョウスケがやってきて言ったんだ。『今度のドラゴン討伐、一緒に行かないか』ってな。本当はそんなこと、許されないハズなのに……大事な家族を貶めたヤツに、何の迷いもなくそんなことを言いに来たんだ。信じられないだろう?」

「そうね。でも――」

「キョウスケらしい……か」

「ええ」

「……流石あいつの奥さんだ。分かってるな、オレなんかよりもずっと……」


「母さん」


 ガレイルが話している最中、俺は母さんにそっと声をかけると、その腕の中から解放してもらう。

 そして震えそうになる足にぐっと力を入れて、ゆっくりとガレイルの目の前に向かって歩みを進めていった。


「え、エルちゃん!?」

「大丈夫だよ、母さん。この人に敵意は感じられないし」

「でも……!!」

「大丈夫」


 心配そうな目と声をかけてくる母さんに、俺は少しばかりぎこちない笑顔で答える。


 怖いことに変わりはない。

 できることなら顔も見たくないし、その声からも耳を塞いでしまいたい。

 大丈夫などと言ってはみても、内心ではガチガチに怯えていて、いざとなったら動けるかどうかも分からない。

 しかしそれでも、俺は自らガレイルの目の前まで歩み寄って行き、彼の目をじっと見る。

 じっと目を見据えて……その末に俺は、彼の前にそっと、己の白く華奢な手を差し伸べた。


「な……何を……?」

「――ダメ!!!」



 突拍子もない行動をとる俺に母さんが叫びをあげる。



「勘違いしないでくださいよ?」

「っ……?」

「エルちゃん……?」

「ガレイルさん。あんたが言った通り、俺たちはあんたを許さないし、信用もしない。例え勘違いが引き起こした事件だとしても、あんたらが俺たちにしたことは犯罪であることに変わりはない」

「……ああ」


「だからこれはあんたへの救済でも、ましてや友好の証でもなんでもない」

「……ああ」


 淡々と、差し伸べる手をぶら下げたままに感情のない言葉を送っていく。

 これは一種の儀式だ。

 といっても、自分で言った通りガレイルのことを許すだとか、そんなことのための儀式ではない。全ては自分のための……俺の中に植え付けられた恐怖に抗うための、大切な儀式だ。

 俺はその言葉を口に出す前に大きく深呼吸をして、目の前にたたずむ恐怖の塊に立ち向かう準備を整える。

  そして――。



「もし本当に、俺たちに償う気があるんなら……願いを聞いてください」



「な!?」

「何を言っているの!?」


 当然のことながら、二人とも驚愕と困惑の色を見せる。

 直後、前に出していない左腕が勢い良く捕まれるような感触に襲われた。

 勢いは強くとも、確かな温もりと優しさの感じられる、柔らかな両手に。


「ダメよそんなこと!! エルちゃん、自分が何を言っているのか分かってるの!?」


 分かってる。

 分かってるからこそ、小さくとも踏み出さなければならない。


「母さん」

「――――!」


 いつまでも守られる側じゃいられない。

 これは俺がしっかり、自分の足で立って、向かい合わなければいけないモノだから。

 この場で母さんに頼っていたら、俺は一生……蹲ってるだけの弱い奴になってしまうから。


 母さんの目を見て、母さんの手の上に自分の手を重ねて……俺は小さく首を横に振った。

 俺の回答に母さんは少し寂しそうな顔をしていたが、それでも俺の意思を尊重し、ゆっくりと両手を放していく。

 そして再びガレイルの前へと手を差し伸べて、確かな意思を言葉に送り出した。



「簡単なお願いです。大討伐隊に参加するんだったら、絶対に……例えあんたが命を落とす事になろうとも、絶対に親父たちを守ってください」





「……無論だ」


 力強くガレイルが答えながら、俺の手を握り返した。


 一見関係ないように思えるかもしれない。

 しかしこれでも大事な一歩だ。

 心に寄り添ってくる恐怖と言うものは、力ではどうにもならないモノだから、こうして少しずつ……対等に向かい合えるように、心を強く持たなければならない。

 小さな小さな……巨大な恐怖を乗り越えるための、抗うための小さな一歩。




 それから数分の後、俺たちはガレイルをギルドへと送り出した。


 本当は俺たちを守れとか言っても良かったのかもしれないが、信用していない以上背中を任せるわけにはいかない。その点、親父だったら何があってもまあ大丈夫だろうし、何よりあの時の……事件当時のガレイルの反応からして、俺が言わずともそうしていたに違いない……あくまで一歩、今回は立ち向かえるだけでよかったのだ。

 それに、俺たちの目的も親父たちを無事に生きて返すことなのだから、保険ができて一石二鳥というものだ。


 ガレイルの背中が見えなくなったころ、少し肩の荷が下りたと深いため息を降ろしたところで視界が真っ暗に染まった。

 もういい加減反応するのも億劫になって来る……いつものやつだ。


「大丈夫!? なんともない!?」


 母さんが俺を抱きしめながらあちこちを撫でまわすように確認する。

 特に何をされたわけでもないというのに……。


「……大げさだって」

「何言ってるの! 無茶して……ほんとに……心配だったんだからぁ……」

「だから……大丈夫だって言ってるじゃん……」





「でも……ありがと」


 少し照れくさいから、視線だけは外した。


 * * * * * * * * * *



「……あの人、本当に任せて大丈夫なの?」


 それから少しして、俺たちは近場の座れそうな段差を見つけて腰掛けている。


「あの人の親父への忠誠心というか、尊敬? みたいなものは本物だと思うよ。まあ、いざとなったら一緒に出ていけばいいさ……と、そういえばそろそろ時間じゃない?」

「あら、もう?」


 相変わらずガレイルの事が気になって仕方がない様子の母さんに、俺は丁度正午を示す時計を目にして言った。

 

 俺は腰のポーチから一つの懐中時計の様なものを取り出して、そこに魔力を流し込む。

 これはいわば魔力を通じてライブ中継ができる便利道具で、ミァさんが用意してくれたものだ。

 本来はもっと別の用途で使うらしいが、あらかじめ対象者の魔力が宿ったもの……例えば髪の毛なんかから微量の魔力をこの懐中時計に注入しておくことで、一時的に対象者の視界を読み取り、映像として観ることができる物なんだそうだ。

 効力は所有者がこの懐中時計の効果を発動させてから二時間。元より長期戦にはならないドラゴン戦においては、この程度で十分らしい。


「お? 丁度これからってとこじゃない」


 俺が魔力を流し終え、中央のボタンを押し込むと、懐中時計の上下に割れた上の部分に親父の視界らしき映像が流れ始める。

 どうやら今しがた集合場所……冒険者ギルドの中へ全員が集合し、これから概要の説明をしようというところのようだった。








『勇敢なる冒険者の諸君! お集まりいただき感謝する!!』

お読みいただきありがとうございます。

感想、誤字報告等ありましたら是非よろしくお願いします!

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