3:1 「再来の王都」★
「――――」
目を覚ませば、いつもと同じ白い天蓋が迎えてくれた。
私はいつも……特に今日のように体の調子がいい日は、自然と明け方に目が覚める。
それがただ体の習慣になっているのか、先が長くないから、一秒でも長く意識をとどめておきたいのかはわからないけれど……今日はそれだけではなかった。
「緑の月56日―――とうとう来るのね」
今日は特別な日。
あの人と交わした約束を果たす、十回目の……とっても大事な日。
私はカーテンを開けて、昇っていく太陽のまぶしさに目を細める。
そしてその眩いオレンジ色の中心を見て、そっと――。
「来るのね……グレィ」
* * * * * * * * * *
「暑い」
「暑いですね」
「ドラゴンのブレスでも這ってるんじゃねーのかー?」
「あらまあ」
「いい天気じゃん」
王都レイグラスの停留場へ足を降ろし、俺たちは冒険者ギルドへ向かっている。表向きはその入口で親父たちを見送り、俺と母さんは商店街へ行くとという手はずだ。
まだ集合時間の正午まではいくらか時間があるのだが、町の中は屈強な戦士や聡明そうな魔法使い、はたまた野次馬目的の一般人等々いつも以上に(一回しか来たことは無いが)人であふれかえっていた。
「……そんなに暑い?」
「暑いだろーよぉ、完全に真夏日だぞこれぇ」
「マジか」
「わたしもそんなに暑くないわねぇ」
親父とファルは見るからに汗だくと言った様子だし、ミァさんも顔にこそ出してはいないものの額からは汗が伝っている。
どうやら俺と母さんは平気なようだが……何故だろう?
エルフが暑さに強いイメージはないし(むしろ弱そうだし)……。
「……なんでだろ」
「不思議なお話ねぇ」
「あー……なんだっけか。確か魔法適性云々でその辺の耐性もつくって話だぜ。ったくうらやましいなあ……お前なんてそんな厚着しても汗ひとつかいてないし……なーエルナー」
「そ、その話はするなって!」
「あらー、似合ってるわよー?」
「ええ、とてもお似合いですお嬢様」
「僕もそう思いますよ、エルナさん」
「そういう問題じゃないってばぁ……」
確かに、確かに客観的に見て似合ってるかどうかと聞かれれば似合ってる。そして今の恰好は真夏日にするもんじゃないと思う。でも仕方ないじゃないの……今着てこれるのこれしかないもの。
そうだ、そもそも「これ」、全然オーダーと違うじゃないか!
俺はこう……もっとラフで動きやすそうな軽装備を依頼してたはずなのに!! なんだこれは!!!
そう、ラフで動きやすいものをアリィの店でオーダーメイドしたはずなのだ。
今着ているものがまさに、先日受け取った(Chapter2番外編参照)オーダーメイドの装備で間違いない……なのに……誰かのと間違えてないだろうかと思うくらい、全然違うのだ。
黒の布地に黄金の装飾を施されたローブコートはオシャレなのか袖部分とフードを兼ねた肩掛け部が別になっており、丸みを帯びたローブ部分は余計に幅をとる。インナーも専用の装飾が施されたノースリーブのものになってるし、オーダーの時に短パンだったものは真っ赤なプリーツスカートに代わっており、その下からは半透明のフリルが顔をのぞかせている。
一緒についていたアリィの書置きには「エルナちゃん専用装備です!性能すごいですから大事にしてくださいね!!」などと書いてあったが……。
「信用できん……!」
これのどこが動きやすい軽装備だ!!
クーリングオフ効きますかね!?
じゃあ着るなよと言われても仕方がない。
しっかりと戦闘や冒険に使う装備というものはそれ相応の機能が付いているので、護身の意も含めてこれしか着てこれるものがなかったのだ。
「お前の可愛さなら信用して大丈夫だぞ」
「……親父、話の流れ理解してる?」
「あらあら」
「完全に暑さにやられてますね」
「運動を怠ったツケです。私はたまには体を動かされてはと何度も提案しましたよ」
「ミァさん、たまに突っ込んだこと言うよね……」
ミァさんの言葉を受けてか、親父がおなか周りを気にして擦っている。
俺から言わせてみれば十分筋肉だるまだと思うのだけれど……それ以上の運動を求めているのかこの人は。
しかしそうこうしているうちにも人ごみの中を歩いていくと、多種多様な種族の頭の上に冒険者ギルドの大きな門が姿を現していく。
ギルドに構えられた大きな時計が示す針は午前十一時。
集合時間まで一時間と迫った会場前の空気は、今まで通ってきたお祭り騒ぎにも似たものとは一変、戦場と言わんばかりのピリピリとしたものへと変貌していた。
そして不思議なことに……その獣の眼光にも似たような鋭い目が次々と俺たちの方へ向けられ、俺たちが通り過ぎたその周辺がざわめきに覆われていく。
……何故!?
え、何? ヤダ! 怖い!! そんなじろじろ見ないで!?
「……はぁ」
「やっぱり人気者ですね。義父さんは」
「あらあら」
「いや、これはそうじゃ……はぁ。勘弁してくれぇもー」
「あぁ、そういう……」
そういわれてみれば、初めて王都に来た時も野次馬すごかったもんなあ……。
でもその辺の一般人の視線と違ってホントに怖い……今にも襲い掛かってこられそうな気さえしてしまう。
そんな俺の気を察してか……はたまた無意識のうちに顔に出てたのかは知らないが、親父が俺の肩を叩いて一歩前へ出ると、すーーーっと大きな音を立てながら息を吸い込んだ。そしてその場のざわめきを全てかき消すかのような大きな声で――。
「お前らァ!!! 気ィ引き締めろォォーー!!!!」
ビリビリと、まるで半径数十メートルにわたって衝撃波が伝わっていくような気迫に、俺を含めたその場のほぼ全員が気圧されてしまった。
辺りが静寂に包まれ、先ほど以上の視線が親父に向かって集まっていく。
親父は次に俺と母さんに「行け」という意を込めて目配せをすると、冒険者ギルドの正門へと向かって足を運んでいく。親父がそうして通っていくと周りの人間はみな道を譲るようにして花道のようなものが出来上がり、後ろをファルとミァさんが続くようについて行く。同時に俺は母さんと顔を合わせてると、群衆の中を横切るように駆け抜けていった。
ギルドと隣の建物の隙間を通り抜けるように曲がり、そのまま無我夢中に、大きな通りへでてもまだ次の路地へと走っていく。
こんなに必死にならなくてもいいのではないかと自分でも思うのだが、なんとなくあの場から少しでも遠くに行きたくて仕方がなかった。
そうして走ること五分ほど。
ギルドから大分離れ、人通りが少なくなってきたところで足を止めると、後ろについてきているであろう母さんの方を向く。
「ごめん母さん、ちょっと焦りすぎ……た……?」
「むぅー」
「……母さん?」
なんかむくれていらっしゃる。
その視線が俺に向けられたものじゃないことはなんとなくわかった。
ホントになぜそんな風船みたいなお顔になっていらっしゃる?
「えっと……どったの?」
「みんなのぉー」
「……みんなの?」
「みんなの……みんなのエルちゃんを見る目がぁー」
「へ?」
「すっごく……すっっごくえっちだったのよおぉーー!」
「………………ほぇ????」
「もおぉーーー!!!」
なんだろう!?
俺はこれに一体どういう反応を示せばいいんだろう!?
怒りとかなんとかそういうもの以前にそんな風に見られていたことに全く気がつかなかった! みんな親父の方見てたんじゃないの!?
「き、気のせいじゃ……」
「そんなことないわよー! わたしおこよおこ!! 激おこよ!!!」
「いや激おこって……超久々に聞いたよソレ……」
「エルちゃんなんでわかんないのー!!」
「えぇ!? そんなこと言われましてもぉ!」
「なんだ、騒がしいな」
「「―――!!」」
俺たちが言い合っている後ろから、ふと無骨な声が聞こえてきた。
何故かその声に反応するかのように俺の体は大きく身震いをすると、後ろにいるその声の主へ向けて明らかな敵意を示している母さんの顔が目に映る。
すると直後に母さんが俺をかばうかのように抱き寄せながら、片手にいつでも魔法を発動できるように構えた。
「あなた……あの時の人よね」
訳も分からないまま、母さんがその男に問いかける。
あの時とは?
その謎の答えを求めて俺も顔を上げると、俺の体は再び大きな……先ほどとは比べ物にならないほど大きな身震いに襲われて、その特徴的なアゴヒゲから目を離せなくなってしまう。
「っ――!! お、お前たちは……!!!」
男も俺たちをみて大きな動揺を示す。
俺と母さんが向ける剥き出しの恐怖と敵意の先。
そこには絶対にいてはいけない―――俺たちを誘拐した男の姿があった。
あけましておめでとうございます。
Chapter3開幕です!
引き続きTSハーフエルフちゃんの冒険譚?をお楽しみくださいませ。




