2:29「選択」
「ど、どしたの……母さ―――うおっ!?」
話を聞こうと体を起こした矢先、母さんは居ても立っても居られずか俺を押し倒すようにして抱き着いてきた。
何が母さんをこんな夜中に突き動かしているのかは知らないが、ひとまずは俺も母さんの背中に手を回す。
「母さん……?」
(手、震えてる……)
「エルちゃん……わたし、どうしたら……ぐすん」
「と、とりあえず落ち着いて……ね?」
母さんの背中を優しくさすり、落ち着かせようと促す。
しばらく背中をさすり続けていると、次第に母さんの手の震えは収まり平静さを取り戻したようなのだが、抱き着いてくる力はむしろ強くなっていくような気がした。
一体全体何故こんなにも取り乱しているのか、寝起きの頭では全く理解が追いつかない。
「このままでもいいからさ。何があったのか……聞いてもいいかな」
「ぐすっ……ごめんね……わたし……」
「うん」
「わたし……きょーくんの……お父さんのお話を聞いて、心配で……でも、こころのどこかで安心もしてて……本当はどう思ってるのか、わからなくなっちゃったの……エルちゃん、わたし、どうしたらいいのか……」
「え、えっと……」
(ずいぶんアバウトな返答……)
まあ、母さんの考えることだから……色々な心が複雑に絡み合って、本当は自分がどうしたいのか、どうしたらいいのか分からなくなってしまっているんだろう。
そうだな、今の文章からだと……。
親父の話を聞いて、俺たちは行かなくてもいい……正確には俺が危険な目に合わないと知って安心した。しかし同時に親父が自分の目の届かないところで危険な目にあう可能性が生まれ、本当に行かなくてもいいのかという不安が生まれてしまった。
母さんは回復魔法を教わっているハズだろうから、親父たちのサポートには十分役に立てる。それで失わずに済む命も多いだろう。しかしそうすれば俺を屋敷に一人残すことになり、そういうわけにもいかず。かといって折角免れた俺を巻き込む事もできず、堂々巡りになり結局自分はどうしたらいいのか分からなく……と言ったところだろうか。
(本当、損な性格してるよなあ……)
母さんはいつだって自分よりも他人……特に俺たちを最優先に考える。
だからこそ普段はこんな顔は見せないし、心配すると分かっていて見せたくもないだろう。
そんな人だから、こうやってそんな思いが積もり積もって、本当にどうしたらいいか躓いてしまった時……こういう時には、力になってあげたくなる。
(かといって……どうするかなあ)
簡単な話、俺も大討伐隊に参加すればいい……が、そう簡単に行ったら苦労はないだろう。
明日になって俺が親父に申し出たところでまず止められるだろう。昼間に「どうしてもって言うなら」などと言ってはいたが、あれは間違いなく、本気で冗談だったに違いない。
それでもって母さんにそれを打ち明けたところで、今度は母さんに止められることが目に見えている。
「母さん」
「……なぁに?」
「親父の事が心配ならさ……一緒に行かない?」
「え……?」
まあダメでもともと、一つ提案をしてみよう。我ながら子供かと突っ込みたくなるようなもんなのだが……。
「どうせ親父に言ったってつれてってはもらえない。母さんは貴重な回復魔法の使い手だし、ついていけたとしてもきっと後方で負傷者の手当てとかさせられるのがオチだ。だからさ、一緒に行こうよ……親父たちには内緒で、影からついて行くんだ」
「え? エルちゃん……??」
「だーいじょーぶ。遠くから見守るだけだからさ! まあ、いざとなったら堂々と出て行けばいいよ。身もふたもない話だけどさ、俺たちここに来てから迷惑かけられっぱなしじゃん? そのくらい許されるって」
「何、言って……」
本当、我ながら子供っぽくて、しょーもない提案だと思う。
でも正面切っていけないのならこうするしかない。
迷惑してるのは事実なわけだし、少なくともそれを盾にすれば親父もそこまで大きなことは言ってこれないと思う。まあ、意図的にそんなことをするのは心が痛まないわけではないが……この際背に腹は代えられない。
あとは母さん次第だ。
「母さんにとっても、悪くない提案だとは思うよ。見つかったら少し面倒になるだけでさ、話せばわかってもらえるって……見つからないのが一番だけどさ」
「…………」
再び抱き着いてくる母さんの手が震えたきがした。
俺の提案をのむということは、言ってしまえば親父やファル、それにミァさんに迷惑をかけるということだ。俺がどんなに屁理屈をこねたところでその事実は変わらない。
母さんにとっては苦渋の決断になるだろう。
俺は背中を撫でる手を止め、ギュッと抱き返す力を強める。
そして母さんに……しかし何よりも自分に言い聞かせるように喉を震わせた。
「大丈夫だから」
「エルちゃん……?」
「大丈夫……俺がついてるから。絶対に、何があっても」
大丈夫だ、上手くいくと。
母さんに何度もかけられたその言葉を、今度は俺が母さんへ向けて言った。
同時に自分にも、何度も何度も心の中で繰り返した。
俺たちが外の世界でどれだけ通用するのかはわからない。もしかしたらまた怪しい連中につかまったりするかもしれない。
本当なら行きたくない。俺の体がか弱い女の子である事実は変わらないし、いざとなった時に力で押されたら絶対に敵わない。
……本当は行きたくない。
気がつけば今度は、俺の手が震えていた。
恐怖と不安に飲み込まれ、乗り越えたはずのトラウマに再び浸りそうになっていた。
でもだからこそ、だからこそ俺は……。
「ごめんね」
「えっ……?」
俺の背中に回っていた手の片方が後頭部に移動すると同時に、母さんからその言葉がこぼれ出た。
「怖いのはわたしだけじゃないのに、こうしてエルちゃんにすがって、みっともないところもみせて……」
「母さん! それは違――」
「エルちゃん、一緒に行きましょう」
「――!!」
「……いいの?」
「ええ。大丈夫よ……きっと、エルちゃんがそう言うんだもの」
「は、ははは……そいつは頼りないや」
「あら、そう?」
「そーお」
意外とすんなり受け入れてくれた母さんに驚いている反面、ものすごく安心している自分がいた。
今まで散々二人でやってきて、何度も何度も母さんの言葉に救われて……しかしそれよりも、どんなことよりも今、俺の心は安心していた。
なぜだかはわからない。いや、分かるのかもしれないけれど、今の俺にはそれを言葉にする力と勇気がない。
気がつけば震えは止まって、抱きしめる力だけが強く残っていた。
* * * * * * * * * *
「……重っ」
「ん……ふあーぁ……エルちゃんおはよぉ」
「あれ……あのまま寝ちゃったのか……とりあえず母さん、どいてもらえるとありがたいんだけど」
「ふぁーぁい」
あれから何時間たったのか……そもそもああなったのが何時だったのかは定かではないが、数時間にのぼる圧迫感から解放され、俺は大きく伸びをする。
そして寝ぼけている母さんに向き合って、改めて聞きなおすことにした。
「母さん……本当にいいんだね」
「……ええ」
「わかった」
不安はあるし、恐いことに変わりはない。
でもだからこそ、俺はその恐怖を乗り越えたい。
結局自分のためかと言われるとぐうの音も出ないが、人なんて結局そういう生き物だ。
……そうと決まれば、討伐隊結成までの五日間でやらなきゃならないことがある。
「王都までの足を確保しないと……適当に言って一緒に乗せてもらおうか。あともしもの為にファルかミァさんには打ち明けておいた方がいい。親父はダメでも、ファルは多分聞き入れてくれると思う。ミァさんはわからないけど」
「うふふふ」
「……何?」
「いーえ、なんでもなーい♪」
一晩寝てすっかり調子を取り戻したらしい母さんが笑いながらそう言うと、部屋のドアに向かって歩き始めた。
「なんだよ……」
「ああ! あとねエルちゃん」
「……今度は何」
「ミー君のエプロンドレス、いつでも使っていいって!」
「…………」
「今それ言うかぁ!!!???」
全くこの人は本当に……。
るんるんと楽しそうに部屋を出て行く姿を見ながら、俺は大きなため息を漏らす。
俺を少しでも元気づけようとしたのか、はたまた自分の為なのか……。
でも―――
「……しょうがないなあもう!」
先の不安に比べたら、こんなことどうってことはない。
何が起ころうとも、その日その日を精一杯にこえていくだけだ。
先にも言ったけれど、外の世界で俺たちの力がどのくらい通用するのかは分からない。
これはチャレンジだ。
俺がこの世界で生きていくための。そして何よりも……未だに自分の中にある『弱さ』に立ち向かうための。
「やってやるさ……今度こそ、自分の力で」
拳にそんな決意を込めて、俺は部屋を後にした。
お読みいただきありがとうございます!
ひとまずChapter2はここまでとなります。
この後はエルナのメイド服編を挟み、今月下旬~年明けにかけてのどこかでChapter3を始められたらなと思っております。
Chapter2でもりもり仕込んでおいたことをうまく出せたらいいですが、プロットが完成するまで少々お待ちくださいませ。
感想、誤字報告等ありましたら是非よろしくお願いします!




