Side―M・J 「ミァ・ジェイアントはメイドである」
屋敷に務める青髪メイドのミァさん。
そんな「彼」の、ちょっとした昔話。
拝啓 キョウスケ様
ファメールからは少し離れた……小さな村の、小さな宿の一室。
それだけが書かれた無地の便せんを前に、私は次の一文を綴ることができずにペンを迷わせる。
屋敷を出てから早三週間程が経つ今日、毎日キョウスケ様への手紙を書こうとしているのですが、一向にペンが進みません。
そういえば、あの方の元を自分の足で離れるのはあの時から数えても初めてですか。
……もう二十年ほど前になるのですね。
まだ旅をしていたキョウスケ様の暗殺を命じられ、宿泊していた宿へ忍び込んだのは。
「当時は……何歳でしたでしょうか」
まだ十歳にも満たなかったあの頃、孤児である私はあらゆる手段でその日その日を暮らしていました。変装や暗殺もその頃に覚えた物ですが、師匠と呼べる人もいなくほとんどが我流で……それでもたった一人で何十人、何百人もの人を殺害し、金品を手に入れていたはずです。
ある時は山に迷い込んだ人を襲い。
またある時は闇の依頼を受け人を襲い。
思えばもっと賢いやり方がいくらでもあったのに、すべてがギリギリだった私は殺しの依頼ばかりを受けるようになっていました。
キョウスケ様の暗殺依頼を受けたのも、ちょうどその頃でした。
まあ、あっさり失敗して捕らえられてしまったのですが。
* * * * * * * * * *
「クソ!! 放せ! この!!!」
「そういうわけにもいかないだろう。放したらオレは殺されちまう」
「うるせえ!! 死ね!!!」
「直球だなぁおい……」
あの頃の私は口も悪く、長く伸びた髪もボサボサで跳ね放題。煤汚れた体と服はボロボロ。一目で孤児だとわかるような容姿をしていました。
当然、そんな子供へ自分から近づいて手を差し伸べようという人などいるはずもなく、依頼に失敗してしまった私はあのまま牢屋に入るものだと思っていました。
「ん? お前、もしかして男か!」
「あ!? どーみても男だろーが!! 馬鹿にしてんのか!?」
「い、いや可愛らしい顔してるからてっきり女の子だと」
「ッハァ!? テメエマジでぶっ殺すぞ!!!」
「はっはっは やってみろって」
私はその時当然暴れましたが、うつ伏せにされ、両腕は背中にまたがるキョウスケ様に抑えられ……笑って私を弄り倒そうとするキョウスケ様のその姿勢に、為す術もありませんでした。
まるで本当にひ弱な女の子を相手しているかのようで、今の私が見たら滑稽にすら思えるかもしれません。
そしてその時、隣の部屋で明日の準備をしていたキョウスケ様の旅仲間。『ガレイル』と言う名の、人相の悪さと髭が特徴的な重戦士が物音を聞きつけてやってきました。当然彼は驚き、私を町の警察へと差し出そうと提案します。
しかしキョウスケ様は、到底信じられないようなことをその場で口にしたのです。
「こいつ、俺らのメイドさんにしようぜ」
「…………」
「…………」
「――――?」
「「はああああああああ!!!???」」
猛反対するガレイルさんに気が付けば私も応援するように反対意見を出し合い、それでもキョウスケ様は一向に食い下がる気配はなく……。その議論は一晩中続き、そのガレイルさんと一緒にあげた声のせいで翌日キョウスケ様たち二人とも宿から追い出されてしまったのも、今となってはいい思い出です。
そして結局ガレイルさんはキョウスケ様の……。
「冒険者がメイド連れてて、しかもその正体が男の娘で暗殺者って超そそらねえ!?」
などという突拍子もない意見に屈し、私は嫌々メイド服を着せられる羽目になりました。
その後もキョウスケ様を暗殺しようと夜中にこっそりと動いてみたり、こんなことになるくらいなら死んでやると何度か自殺を試みたりもしましたが、すべて実行しようとするとすぐに見つかってしまい何一つ成功しません。
その上「拒んだら通報するぞ」と脅され、日に日にメイドとしての知識を無理やり教え込まされていきました。
一人称もオレから私にするように言われ、それも慣れてしまった頃にもう一人……女性の方が仲間に加わった時はそれはもう大変でしたね。
やがてそれらが段々と板について行き、嫌々ではなく自分から望んでするようになって……キョウスケ様が英雄と呼ばれるようになるころには、すっかりメイド口調やメイド服が癖になってしまい、私はキョウスケ様が建てられたお屋敷に、今度は正式なメイドとして雇っていただいたのです。
* * * * * * * * * *
「20年……思えば長い付き合いになるのですね」
キョウスケ様は昔からよく笑う方でした。
しかしその笑顔にはいつも影が隠れていて、自分を追い詰めているように見えて仕方がなかった。あの事があってからはなおさらに心配で、とても彼の元を離れることなど考えられませんでした。一日二日ならともかく、一週間やそれ以上お屋敷を空けられるときは決まってお供をさせていただいていましたし。
それに比べて最近……お嬢様と奥様がお屋敷にみえられてからは、いい笑顔を浮かべるようになられたような気がします。
生まれてこの方愛情というものを知らない私ですが、その笑顔だけは……今のキョウスケ様を作っているあの家族だけは守らねばなるまいと、私は固くそう思っているのです。
「相手は王様ドラゴン……そう易々とこなせる任務ではありません。恐らく死人も大勢出ることでしょう。刺し違えてでも、私が守らなくては」
キョウスケ様たちと旅を共にしていたころは、持ち前の暗殺術でもって多くのサポートをしてきました。
この3週間、周辺の森や町を行き来してあの頃とまではいきませんが、それなりに勘を取り戻せてきたような気はします。あの3人……いえ、ファル坊ちゃんをいれて4人ですか。彼らを私の粗末な命で守れるのなら、それだけで本望。
もちろん、全員五体満足で帰ることができればそれが一番ですが。
「……やっぱり駄目ですね。何も浮かんできません」
散々ペンを迷わせておいて、今日も結局何も書けず。
ずっと一緒に居た人に……それも自身の主にあたる人物への手紙。一体私は、これにどんな思いを込めたらよいのでしょうか。
「…………時間、ですね」
私は胸ポケットに携帯している懐中時計を見て呟くと、そっと席を立ちあがる。
従者たる私は誰よりも早くお屋敷へ戻り、皆さんがお帰りになる前に屋敷及び敷地内の清掃、食事の準備等やらなければならないことが山ほどあるのです。
すべてはそう、キョウスケ様の笑顔を守るために。
伝えたいことがあるのならば、恐れ多くとも書面になど頼らず、己の口から伝えるべきでしょう。キョウスケ様は、きっとその方が喜んでくださいます。
何よりも、幸せな今のために。
私は着慣れたエプロンドレスを揺らしながら、荷物をまとめ、お世話になった宿の女将さんにお礼を述べる。
きっとこの女将さんも、私のことを女性だと思い込んでいらっしゃるのでしょう。
正直自分でも今の『ミァ』という人物が私なのか、オレなのか……はたまた作られた何かなのか、真剣に悩むことがあったりします。
しかしたとえキョウスケ様たちとの旅で作られた人格だとしても、今は居場所を与えてくださった皆様に感謝をしていますし、後悔などありません。今、心からあの方にお仕えしたいと思っている自分自身が、ほかならぬ私の本心であるのですから。
そんな自分の意思を再確認しながら、私は大きく胸を張り、歩みを進めていく。
己の責務を果たす為に。
やらなくてはならないことをやるために。
そして心から、やりたいことをやるために。
グラース暦266年緑の月45日――大討伐隊結成まで あと11日。
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