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TS.異世界に一つ「持っていかないモノ」は何ですか?  作者: かんむり
Chapter2 〝ルーイエの里と魔法使いへの道〟
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2:18「数パーセントはほど遠く」

「なんじゃこれは……!? みなは!? みなはどこへ行きおった!?」


 わしが神樹さま内部の広場へたどり着いた時、目の前に飛び込んできおったのはとても信じがたい光景じゃった。

 だだっ広い広場には里人の一人たりとも見当たらず、中心にそびえるご神木の前には、見知らぬ影がぽつりと立っておるのみ。

 わしはよく目を凝らし、彼の者が何をしておるのか見ようとした……が。


「っ!! 小僧!!!」


 直後に走り出した。

 体力も限界なのを忘れ、ちらりと見えた我が里の客人の名を叫びながら。

 立っておった男の陰……ご神木の幹にもたれかかるようにして、小僧エルナはその場に座り込んでおった。

 顔を俯かせ、両手をだらりと横にたらし……首元に紫色の禍々しい刃を添えられて。





 * * * * * * * * * *




 ―――エィネが広場へ来るおよそ5分前。




「お願いしますよ精霊サマ神樹サマ……俺の初陣、どうか白星で飾らせてくれ!!」


 神頼みをしつつ、俺はあらためて臨戦態勢に入る。

 男は一瞬で終わらせると言った。

 間違いなく先に動いたらやられる……一瞬でも目を離せば、次の瞬間は真っ暗闇だ。

 よく観察しろ。絶対に瞬きひとつしちゃいけない。


 魔法のための力は温存しつつ、男の動向に注意を向ける。

 そしてその間、精霊たちから出来うる限りの力添えを受け、来たる一撃に備えていく。


 男の持つ魔力の流れ、目の向き方、動作の軌道。

 この場に漂う無数の精霊たちは、それらを俺の魔力を通じて教えてくれる。

 集中 集中 集中。

 指の動きひとつ見落とさないように……―――。




 ざわ。




「!!!!!」


 微かな……男が握る刃から伝わった、ほんのわずかな魔力の乱れ。

 それを感じた瞬間に、刃はすでに目の前までやってきていた。

 咄嗟に身体を大きくひねるが一歩間に合わず、紫の刃は俺の頬をかすめて真っ赤な鮮血が広場に散る。


 凄まじい速さの突きだった。

 体をひねったままに男の姿を追ったが、俺の頬を斬っていった次の瞬間にはその姿が遥か20メートルは先にいたのだ。


「……いってぇ」

「…………」


 次は避けられない気がしてならない。

 しかしそんな俺の気などお構いなし、男は俺の方をにらむや否や……そのまま足を踏み込み、折り返し超速の一撃を仕掛けてくる。


 何度も、何度も、何度も何度も 何度も何度も何度も 何度も何度も何度も何度も――――。


 折り返し折り返し、さながら広場を跳ねまわる弾丸のごとく、俺にめがけて刃が飛んできた。倒れている里人たちには当たらないように、本当に俺だけにめがけてその刃が向かってくる。

 俺は精霊の力を借りて何とかその姿を追い、ギリギリのところで避け続けている。……が、回を追うごとに男の刃は俺の白い肌を斬りつけていき、紫色の魔力刃が赤く染まっていった。

 そうして何往復しただろうか……俺がぐらりと倒れそうになったところで、ようやく男は足を止めた。


(……なんだ……今度は何を……)


 視界がかすむ。

 息は切れ、ゼェハァと肺の鳴る音が体の悲鳴を物語っている。

 腕にはいくつもの赤い線が刻まれ、田舎臭い民族衣装もズタボロに切り刻まれ……俺はそれでも、何とか踏ん張って地に足をついていた。


(動き回ったのもあるけど……こんなに疲れるんだな……出血って。もうこれ以上動けるかどうか……)

「なんで倒れない……?」

「は……あ……?}


 何故倒れないのか。男が俺にそう質問してくる。

 彼の顔には、俺が一瞬で倒れなかったことへの驚きと疑問、そして焦りが満ち満ちていた。


「はぁ……知るかよ……ハァ……」

「……この場所か」


 質問しておきながら自分で答えを出したらしい男は、俺を見ながらひとりでにそう言いだす。


「神樹と呼ばれる巨大樹の加護をうけしエルフの民……神樹の中枢たるこの場所では命が守られるだけでなく、身体機能の強化……それに傷や毒、消耗した力が癒えるのも早いと……だから君はそれほどに消耗しても立っていられる。そういうことなのだろう?」

「ハァ……そういうこと……なの?」


 「そうそう」「たぶん」「神樹さまばんざーい」「エルナは適正高いからね!」「もう傷もいくつかふさがってるよー」


 俺の質問に精霊たちがワイワイと答える。

 里が燃えるって時に……危機感なさすぎである。精霊ってみんなこんな感じなのか?


 しかし同時に、ひとつ安心もした。

 命が守られるということは、この場に倒れている人たちはみな命はあるということ。

 今は気を失っているが、時期に目を覚ますのだろう。

 そういえば男も「どうせ死なない」とか言っていた気がするが……このことだったのだろうか。


 まあ、だからと言ってこの状況がいいわけじゃない。

 絶体絶命であることには全く持って変わりないし、体力の回復が早いっつっても……それまで男が待ってくれるはずもない。


「なるほど、わかってみれば単純だ」

「! 何を……」


 男は納得したようなそぶりを見せると、くるりと俺に背中を見せる。

 そして右手に構えた刃の切っ先を正面―――神樹さまのご神木へを向けた。


「これを斬れば、君はおとなしく倒れてくれるというわけだ。まあ、そうしてしまえば倒れている里の人も助からないかもしれないけど、仕方ないよね。そうでもしないと君は我を追ってくる。鬱陶しくて仕方がない……神樹は四つの里にひとつづつ。種族の均衡を崩すのは王として心苦しいけれど……愛しき人のためだ、心を鬼にするとしよう」

「や! やめっ―――!!!」


 回復が早いとはいえ、立っているのもやっとな俺の叫びになど耳を傾けるはずもなく、男は刃の持つ手を横に伸ばす。すると持つ刃は大きく歪みを見せ、オノのような形に変形した。

 そして大きく振りかぶり、ご神木の幹へめがけて―――。










「かはっ!?」


 男が大きくくの字にのけぞり、右手に握るオノが魔力の光となって消えた。

 精一杯……俺は今できるありったけのちからを持って、【猛火弾フレア・バレット】を男の背中にお見舞いしてやったのだ。

 避けられていたら神樹さまが燃えていたかもしれなかったが、今はそこまで考えている余裕などない。

 とにかく大きな力をぶつけるためには、しっかり型のはまった魔法でなければ暴走しかねないのだから致し方なし。当たったんだし結果オーライだ。


「……ぉぉおおおおああああああああ!!!!」


 俺は男がこちらを振り返ろうとすると同時に体を前に倒し、その勢いに任せて足を交互に前へ―――とにかく前へ、ご神木を守らなければと走り出した。

 ほんの何メートルか先がものすごく遠い。

 ぎろりと俺のほうを振り返った男は、すぐさま刃を生成しなおし体勢を整える。


 このまま突っ込めば間違いなく斬られるだろう。

 だからといって俺にやれることは限られている。

 せめてもの反撃にと、俺はもう一度右手に炎を纏わせながらひたすら男にめがけて足と体重を動かした。

 しかし男が俺に向かって刃をふるおうとする様子はない。それどころか俺が男の目の前まで来るや否や、彼はさっと体を回し、ただただ俺の突進を回避した。

 今更足を止めることも出来ないまま、俺は男の前を無様に横切って―――。

 




「あっ―――!?」

「――――。」




 『ガッ』と、俺の足が何かにとられ、地面に生える芝生がどんどんと近づいてくる。


 ……つまづいた。

 ただでさえ不安定な足取りの先にあったのは、先ほど男の手によって地に打ち捨てられた一冊の本。

 俺の体はそのまま大きくバランスを崩し、ご神木のすぐ直前で転倒した。

 まだ体は言うことを聞いてくれない。

 ゆっくりと顔を上げた先には、ご神木の立派な根っこがある。俺は藁にも……いや、神に祈る思いでその根っこへと手を伸ばし、どうにか立ち上がろうと手から足腰へと力をかける。


 ……が、半ばで再び体勢を崩した俺は、ご神木を背にして座り込むので精一杯だった。

 直後に男が俺の足元に立ちはだかり、生み出した刃を首元に添える。


「せっかくだから、この樹と一緒に眠らせてあげるよ。そうすればもう、我を追ってくることも出来ないだろう」


 やっぱりダメだったか。

 一体勝てる確率が何パーセントあったのかは知らないが、結局は当たり前の結果に転んでしまった。

 しかしあの時と違い、心に恐怖は感じていなかった

 もちろん死にたくはない。でも、何となくあきらめが付くような気がした。

 今度はちゃんと足掻いてやれたし、達成感すらも感じている。

 まあ、この足掻きのおかげで神樹さまがぶった切られるような展開になってしまったのだけれども。


 ……あとひとつ、気がかりなことがあるとすれば。


「……かぁ……さん……」


 無事だろうか。

 俺に何かあったら、きっとこの男のことを死ぬまで追い続けて、死んでも呪うだろうな。そんなことで人生坊に振るってはほしくないもんだが、それはそれで母さんらしい。


 そんなことを考え、口元が少し緩んでしまった気がする。まあ、顔は下を向いているから、男に見られることはないだろうけど。


(……なんか、さっきよりも全然、力入らなくなってるや……)


 体力の回復どころか、身体はとてつもなく大きな脱力感に見舞われている。

 男の攻撃に何かあるのだろうか?

 でもまあ……どうでもいいか。



 抵抗をやめた俺はちからが抜けていくのを受け入れ、徐々に徐々に……ゆっくりと目を細めていく。そしてうっすらと開いている目の先が何やら金色の光に包まれ、世界が真っ白に染まっていくとともに……そっと、意識を手放した。

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