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TS.異世界に一つ「持っていかないモノ」は何ですか?  作者: かんむり
Chapter2 〝ルーイエの里と魔法使いへの道〟
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2:10「精霊さんにこんにちは」

 流れる水の音。

 森のざわめき。

 鳥の鳴く声。

 そして、己の命の音。


 耳に入る一切の音を遮断し、肌全体でこの空間を―――世界を感じ観る。

 ひたすらに精神を研ぎ澄ませ、精霊たちの奏でる声のみを……。


 ―――ぴちゃんっ。


「ひゃぁっ!?」

「……また失敗だな」


 まただ。

 座禅を組んだ足。

 その滝が当たらない部分に落ちた水滴に、必ず気を持っていかれてしまう。

 溜まりに溜まって大粒に成長したそれが、俺の頭の先に伸びるものから一直線に……まるで吸い込まれるかのように着地する。


「エルナ、今日で三日目になるが……少し休むか?」

「い! いえ大丈夫です!! はい、全然!!!」

「しかしだな、流石に……」

「大丈夫ですって!! もう一回行きます!!」

「……そうか」


 どうにかしてアルトガを説得し、俺は再び意識を集中させる。

 ……しかし。


 ―――ぴちゃんっ。


「ひっ!?」

「…………」


 ダメだ! あと一歩というところで必ずこうなってしまう。

 理由は分かり切っているのだ。

 俺は恨みをぶつけるかのようにその原因……生え際から伸びる、いや跳ねているクセ毛をこねくり回すようにつまむ。

 水にぬれようが何をしようが……どういうわけかこの一本の束だけはぴっしりと跳ねてしまうのだ。

 その毛先から落ちる水滴がすべての原因。


(こんなの、恥ずかしくて言えないっての……!!)


「エルナ、やはり一回休もう。先ほどから声がだんだん大きくなっているぞ。水滴一つに意識を荒げすぎだ」

「ふぇ!? えっ あっ は、はいぃ……」


 ばれてるじゃん!!!

 やだもう恥ずかしい……死にたい。


 俺は恥ずかしさをごまかすようにクセ毛をいじくりまわしながら、出来るだけアルトガの顔を見ないように彼のいる木陰へと歩いていく。

 アルトガはそんな俺にため息混じりに微笑みかけ、頭を撫でるようにしながらタオルをかぶせてきた。

 なんというかもう、その優しさすらも恥ずかしい……。


 そして顔を伏せている俺にまた追い打ちをかけるかのごとく、アルトガはしゃがみ込んで俺の顔を見ながら口をひらいた。


「基本は出来てるんだ、後はしっかり気持ちをリラックスさせてやれば大丈夫。気になるのは分かるが、その少しの気迷いが実戦では命とりに成りかねない。もうひと踏ん張りだ、エルナ」

「は、はぃ……」


 俺は少し離れた場所へ行ってから濡れた体をタオルで拭き、替えの修練着に着替えてアルトガの元へ戻る。すると彼はどうやったのか先ほどの木陰に二つの丸太を用意し、向かい合って座れるようにして待っていた。

 俺は一応一礼挟んでからアルトガと向かいの丸太に座ると、彼は俺に小包を手渡した。


「これは……?」

「開けてみなさい」

「はぁ……」


 言われるがままに小包の結びをほどくと、中には両掌に収まる程度の木の箱が。

 俺は許可を求めるように一度アルトガの顔を見てから箱を開く。


「―――!! これ」

「メロディアが君の鍛練がうまくいくことを願って、朝作ったんだそうだ。時間がなくてそれだけしかできなかったことを悔やんでいたとも長様から聞いたぞ」


 箱の中にびっしりと入っていたのは、握りこぶしサイズのおにぎりだった。

 この世界でお目にかかれるだなんて全く思っていなかったそれに、俺は考えるより早く手を伸ばし、一口頬張る。


「……うまい」

「はっはっは。帰ってからちゃんとお礼を言わないとな」


 自分の方だって忙しいだろうに、母さんはこういう時本当に心配性というかなんというか……。


「食いながらでいいから聞いてくれ。エルナ、さっきも言ったが君は基礎はちゃんとわかってる。それでも一滴の水に気が散ってしまう理由……君が変に気を張ってしまう理由は彼女――メロディアにあるんじゃないのか?」

「―――!! ……どういうことですか?」


「君はまだ、ちゃんと自分の力に気が付けていない気がするんだ。それはメロディアがいるから……彼女の天才的な才能がゆえに、一種のコンプレックスとなっているんだろう。確かにすごいからな、あの子は」

「…………」


 否定はできない。

 確かに言う通りだからだ。

 俺は自分の力にはほとんど自覚というものがない。しかしそれ以上に母さんのすごさは日に日に増して見えて……思っている以上に自分自身の心の余裕はないんだと思う。

 今までも助けられっぱなしだったし、早く力をつけなければという焦りがそうさせているのなら……俺はどうしたらいいのだろうか。


「きっとこのまま滝行を再開しても同じ結果に終わる。それどころか気になることが増えてさらに気が散ってしまうだろう。そこで、俺からひとつ助言だ」

「……お願いします」


 俺の返事にアルトガは快く首を縦にふり、滝の向こう側――ルーイエの里がある方向を見て話をつづけた、


「どんなに才能があるやつだってな、人には得手不得手ってのがあるモンだ。確かにメロディアは強い魔法使い……賢者にだってなれるだろう。でもそれはエルナ、君だって同じだ。俺が君に就いて、長様がメロディアに就いた意味を考えてみるといい」

「意味……ですか」

「おう! あと言えるとすれば……そうだな、樹霊の儀は神樹さまと契約をするだろ? あれは契約者を精霊と結びつけるために潜在能力を神樹さまに見せて、その才能のリミッターを外してもらうためのモノでもあるんだ。儀式をするまでは、俺も長様も魔法はてんでダメだったんだぜ」


 そう言われてハッとする。

 髪の長さが魔力や潜在能力と直結するとエィネは言っていた。

 エィネは普段肩ほどの長さで、全力を発揮したときは俺や母さんくらいの長さまで伸びるという。

 目の前に座るアルトガは肩どころか、10センチ程度の長さしかないのだ。初対面で肉体派だと思った理由のひとつとして、その髪の短さも大きなところだっただろう。


 俺はびしょ濡れになっている自分の長い髪を見つめながら、アルトガが言っていたことの意味を考えてみた。


 俺の指導にアルトガが就いた意味とはなんなのだろうか。

 わざわざそう言ったからには、きっと重要な理由があるのだろう。

 潜在能力の話はともかくとして、最初に言っていた……人には得手不得手があるという話。

 今までのやり取りの中に答えのヒントはあったはずだ。

 でもそんな話をしただろうか……そもそも滝行を始めた日から今日までの三日、これと言ってそんな話はしていなかった気がする。

 となれば初日、この滝にくるまでの間……。


 そういえば、アルトガが里一の魔法使いって言ってたのもその時だ。

 となれば同じとき、ほかになにか言っていなかったか?

 俺はあの時にアルトガが言っていたセリフを思い出そうと頭をひねった。




『心配には及ばんぞ。これでも長様に里イチの使い手だと太鼓判を押されているのが自慢でな!』


『そっ……そうなんですか!?』


『オウ! ま、〝回復方面じゃ長様に敵うヤツなんていない〟と思うがな……俺も300年鍛練してやっとこさだ』




(これか……?)


 回復方面じゃエィネに敵わない。

 つまりアルトガはエィネよりも回復系の魔法が苦手で……攻撃系が得意?

 そのアルトガが俺に就くということは……俺の適正は攻撃魔法の方が高く、母さんは回復寄りだということでいいのだろうか?


(でもだからと言って……)


 結局何が言いたいのか。

 それが分かったところで気の持ちようが変わるわけではない。

 それ以外に話していたことといえば、あとは……。


(潜在能力……か)


 俺の潜在能力はどれほどのものなんだろうか。

 実際のところ、神樹さまのお墨付きがあるとはいえ本当に自覚が全くない。

 確かに俺の魔力値は未知数だ。

 とはいえ、それがどのくらいなのかは全然……髪は伸びて、母さんと同じくらいの長さになったが――――。


 ――――同じくらいの?


「まさか…………?」


 そんなことでいいのか?

 いやでも……確かにその通りではないのか。

 俺の潜在能力は……魔力は……母さんと同等だと?

 というかそんな単純なコトにも気が付かないくらい余裕がなかったのか?


(思えば髪の毛も……面倒で鬱陶しいとしか思ってなかったもんなぁ……)


「はははは」


 俺の体をひどい脱力感が襲ってきた。

 ここまで来て、ようやく言いたいことが見えてきた気がする。

 変に気を張って焦っていた俺に向けた、至極単純な言葉。


(要はそういうことだろう。気圧される必要なんて全くない……もっと胸を張って、『自分に自信を持て』―――と)


 自信を持っていい。

 そう思うと同時に、自然と頬が緩んでいた。

 母さんほどじゃない、母さんには敵わない。

 この世界に転生してからずっと抱え込んでいたその思いが、口に運ばれるおにぎりと共に消化されていく。


 そして最後のひと口を終えた後、アルトガは俺の肩を叩きながら、優しく笑って言った。


「もう、大丈夫か?」

「……はい」

「おし! じゃあ少し休んだら再開だ! きっと、次は上手くいくさ!!」

「―――はい!!」



 30分ほど休憩をした後、俺は再び滝の中へと身をゆだねた。

 そして目を瞑り、身体全体で世界の空気を感じ取る。

 この世界の一部となって、俺の元へと寄って来る……目に見えるものから、ごくごく小さなものまで、大小数多くの精霊たちを一心に受け止め、個々の存在を鮮明に認識する。


 そして集まってきた精霊たちに向けて、俺は優しく微笑むようにしながらこう言った。


「こんにちは、精霊たち。俺はエルナ……エルナ・レディレーク――これからよろしくな!」

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