1:19「日常と言う名の非日常」
「どこをどうしたら今の話からエルフの里がでてくるんだよ! それどころじゃないだろ!」
俺は差し出してきた親書ごと親父の手を払い、顔をぐっと近づけて叫んだ。
いくら守ると約束したとはいえ、一歩間違えれば死ぬかもしれないという未来が待ち構えている中で、言葉覚えたら現地行ってこい?
一体どういう神経してやがるんだこのクソ親父は!
「あー頭きた! もういい、部屋戻って勉強する!!」
「ちょ! ちょっと待て恵月!! 何も考えてねえわけじゃないんだ!!」
部屋を出て行こうとしてドアへ振り向いた矢先に、親父がものすごい焦り顔を浮かべながら俺の腕を掴んできた。
そして床に落ちた親書を再び俺の前に差し出しながら、今度は少し申し訳なさそうな、低めのトーンで口を開く。
「ちゃんと理由があるんだ……どうか、聞いてくれないか」
「……手短に」
「ああ、すまない……。さっきも言ったが、俺もギルドの方へ掛け合って極力なんとかしようとしてる。俺がまいた種だしな……。だが万が一に備えて、二人には魔法の手ほどきを受けてきて欲しいんだ」
「……それで、エルフの里?」
「そうだ。家で教えることも出来なくはないんだが、通達が来ちまった以上、オレたちも一月後に備えて準備をしなきゃならねえ。それにエルフにはエルフの魔法の使い方ってやつがある。どういう訳かはよく知らないんだが、魔力の使い方が他の種族とは根本から違うらしいんだ」
「ほ……ほう」
魔法……か。
前々から母さんが使っているのを見て使えるようになりたいとは思っていたし、丁度いいと言えば丁度いいのだが……。
「要は、エルフの里でちゃんと魔法使えるようにして、万が一行くことになってもちっとは動けるようにしとけってこと?」
「んー、まーそれもないわけじゃないが、いきなりの実戦でそれは難しいだろう。相手も天下のドラゴン様だしな……動けるに越したことはないが、護身用だと思ってくれ」
「ふむ……」
まあ、当たり前だ。
護身用でも、ないよりはマシ……素人が行っていいモンじゃないって、自分で結論出してたじゃあないか。
もしあの時俺が魔法を使えたら、攫われることもなかったのかもしれないし。
それに母さん以外のエルフに会ったことがない分、本場のエルフとやらがどんな生活してるのかとか、純粋に気になるし会ってみたいところはある。
断る理由はない……て感じだな。
「わかった。行ってくるよ」
俺は親書を受け取り、親父の顔を見てそう返事をした。
これを聞いて親父は少し表情を明るくしたが、それでも申し訳なさが色濃く表れている。
転生の時といい攫われた時といい、いつも通りのふるまいを見せていても、責任だけはしっかりと感じているようだ。
そんな親父を見て安堵のため息が漏れる。
「恵月……ありがとう」
「どういたしまして―――で、いつ行けばいい?」
「お、おぉそうだな……里に連絡入れて、馬車呼んでとなると……そうだな。急ぎだが三日後、緑の月23日でどうだ」
「はいよ――じゃ、俺部屋にファル待たせてるから」
「おう! がんばれよ!」
「親父もね」
俺は親父と拳を合わせ、激励……とまではいかないが、応援の言葉を送りあってから部屋を後にした。
* * * * * * * * * *
その後、俺はその日一杯をかけてなんとかエルフ文字を一通りマスターし、翌日からはエルフ文字の総復習に一日を費やすことにした。
親父に話を聞いたらしい母さんと実践トレーニングと銘打って会話をしてみたり、その日一日は親父やファル、ミァさんとの会話を除いてエルフの言葉を使ってみたり、とにかく現地で使えるようにするための実践的な反復練習を寝るまで続ける。
そうしてあっという間に三日という時間は過ぎ去って行き、緑の月22日の夜―――。
「……明日か」
眠れない。
ベッドに身を任せすでにどのくらい経っただろう。
遠足を楽しみにする子供のごとく、俺はその症状に見舞われていた。
と言っても、楽しみというのとは少し違う。
もちろん楽しみではあるのだが、それ以上にこれからのひと月、そしてその後に控えているかもしれない大仕事に今から緊張してしまい、全く眠くならなかった。
「エルちゃんどーしたのー、眠れない?」
「うん、ちょっと緊張しちゃっ――うぉあ!?」
普通に返事をしちゃったじゃないか!
何事もないかのように、平然と俺の布団に潜り込んでいる母さんに思わず声を上げ、大胆に飛び起きてしまった。
「な、なんでここに居るんだよ! 母さん部屋真逆だろ!?」
「えっとー。お風呂あがってお部屋に戻ろうとしてー、間違えてエルちゃんのお部屋に来ちゃってー、眠かったからそのまま眠っちゃったの」
「眠っちゃったの。じゃないだろ! 気が付かなかった俺も俺だけど!!」
本当に……明日のことが気になりすぎて全く気が付かなかった。
まさか声をかけられるまで……同じベッドの上にいるにも関わらず違和感すら感じなかったとは。
それよりも飛び起きてなおさら眠気がどこかへ行ってしまった気がする。
責任取ってくださいお母様。
「はぁ……これ明日大丈夫かなあ」
「不安なのー?」
「そりゃ不安だよ。今眠れないのだってそうだし、ちゃんと言葉通じるかとか、よそ者だからって雑な扱い受けないかとか、俺まだ魔法の魔の字も使えないし上手くやれるのかとか……」
他にも、俺には母さんとの決定的な違いがある。
「……ハーフだからって、俺だけ相手にされなかったりとかさ……」
俺は一応人間とエルフの混血ということになっている。
割合こそ1:9で、ほとんどエルフみたいなもんではあるものの、これが理由で忌避されたりしないかものすごく不安でならないのだ。
エルフってすごい硬派なイメージあるし、異種間交配とか嫌ってそうだし……。
「能力値も、母さんよりはるかに劣って―――」
むぎゅ。
瞬間、目の前が真っ暗になるとともに、顔の周囲が幸せな抱擁感に包まれる。
俺の不安の言葉を聞いた母さんが、ぎゅっと強く抱きしめてきて放さなかった。
母さんは俺の背中に回した手の片方を頭の方へ持っていき、撫でるようにしながら口を開く。
「そうねぇー……それはとてもつらいことだと思うわ。でも大丈夫よー。お母さんは、絶対にエルちゃんを一人ぼっちになんかさせないから」
「……母さん……」
「大丈夫よ、エルちゃんはすごい子だもの。だから安心して、一緒にがんばりましょ」
「でも、俺……」
「もしエルちゃんがひどいことされるようなことがあっても、お母さんが絶対に一緒についていてあげる。何も心配はいらないのよ」
「……うん」
優しく、心に語り掛けてくるように。
俺の頭をなでながら、母さんはそんな優しい言葉をかけ続けてくる。
大丈夫、心配はいらない、安心していいのよと……。
そんな母さんの言葉に、ガチガチに緊張していた体がほぐれていく。
……そして知らぬ間に、俺は母さんの背中に手を回していた。まるで体がその言葉を欲していたかのように、無意識に母さんを抱き返し、頬には一筋の涙が伝っていた。
「……母さん」
「なーぁにー?」
「もう少しだけ……こうしててもいいかな」
「もちろんよぉー。エルちゃん温かーい♡」
思えばここまで、なんだかんだ上手くやってきたじゃないか。
右も左もわからない世界にいきなり放り込まれ、オークにそそのかされ、アリィの横暴に振り回され、やっと親父にあえたと思ったらまた訳の分からないことを言われ、マイペースな母さんに振り回され、訳も分からず攫われて……。
思い返してみれば災難苦難ばかりな気はする。
しかしそれはどれもこの世界では起こりうる日常で、それは俺にとっては非日常だった。
この何もかもが慣れない……自分の体ですらも慣れが必要なこの世界で、なんだかんだしつつも、俺は今日も生きている。
運勢はないし、これからも災難が続いていくのだろう。
やがて俺もそれに慣れ、自分の中の非日常が日常になっていくのだろう。
それでも俺はこの世界を生き、なんだかんだでうまくやっていくのだろう。
だからきっと大丈夫――そう、きっと。
「……あら?」
「すー……すー……」
「あらあら、眠っちゃったのねー。寝顔も可愛い♡ ……お母さんも、今日は一緒におねんねさせてね」
来たる緑の月23日の前夜。
俺は母さんの胸のなかで、そんな確証のない安心感に包まれながら寝息を立てていくのだった。
初めての地、そして初めて会うであろう同族たちへの、ほんの少しの期待を胸に―――。
Chapter1、お付き合いいただきありがとうございました!
次回からChapter2……のその前に、次回更新はChapter0も含めた今話までのキャラクター紹介の枠を設けさせて頂こうと思っています。
キャラクターデザインも同時掲載しますので、こうご期待です!
そしてChapter2からはまったり更新に移行していきます(:3_ヽ)_
プロットが上がるまで少々お待ちください(:3[□□]




