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TS.異世界に一つ「持っていかないモノ」は何ですか?  作者: かんむり
Chapter1 〝日常と言う名の非日常〟
24/220

1:17「人とはいずれ変わるもの」

 事件が起きてからさらに数日が過ぎていた。

 俺はその時のことを忘れてしまったが、翌日の朝食の後に母さんに言って聞かせてもらった。

 母さんも途中から気を失っていてよく覚えていなかったそうなのだが、俺たちは何者かに攫われた後、アンスレイ遺跡という場所の地下牢跡で、別々の檻に入れられていたらしい。

 母さんは自力でその檻を抜け出し、俺と合流して犯人を捜していた途中、急に体から力が抜けてそのまま気を失ってしまったのだとか。


 結局のところ、攫われたということが分かったくらいで……相変わらず何があったのかという自覚は全くと言ってない。


 あれから数日が経ち、俺はもうすぐ……頑張れば多分今日中にエルフ文字をマスターできるのではないかと思っている。

 大変なことばかりではあるのだが、こんなにも勉強が楽しいと思ったことはないくらい、この数日は充実した生活を送っていた。


「どうしたんだよ。急に呼び出したりして」


 そんな天気のいい日、俺と母さんは親父の私室へと呼び出されている。


「んー、まあ大したことじゃないんだけどな……お前たちに言っておかなきゃいけないことがあってよ」

「……言っておかなきゃいけないこと?」

「あらあらなぁにー?」


 大した事じゃないという割には、親父の顔が深刻そうに見える。

 それが何を意味するのかあえて聞きはしなかったが、思わず母さんと顔を合わせ、首をかしげてしまった。


「その、お前たちにとってはもしかしたら嫌なこと……いや、絶対嫌なことだと思うんだけどよ……その……」

「あなたー、無理はしなくてもいいのよぉー?」

「いや……すまん、ありがとうロディ。 ……昔の旅仲間だったんだ。お前たちを攫った犯人のリーダーがさ」

「ほ、ほう……?」


 そういや馬車でファルが言ってたな、3人組だったって。

 で、そのリーダーが親父の元仲間と……ていうか旅してたんだな、親父。

 その旅について詳しくみっちりと聞かせてほしいところだが……論点はそこじゃないし、今は耐えよう。


「――で、それがなんで嫌なことになるんだよ」


 複雑な表情をしている親父に向かって、一言それだけ言って見せる。


「い、いやそりゃお前……嫌だろ! 自分の肉親とつるんでたやつが人攫いなんかしてたらよ……」

「そう? 別にいいんじゃない? 人って変わるもんだしさ。……俺から見たら親父だって相当変わってるし、多分俺も……男だったころと比べたら、違う所あると思うし……そっちに関しては自覚はないんだけどさ」

「そーよー。あなたが誰と一緒に居たっていいじゃない。わたしはきょー君を信じてるしー、いつでもあなたの味方なのよー」

「お前たち……」


 親父と抱き合った時、正直言ってかなり驚いていた。

 本当に親父の背中は大きく……大きくなりすぎてるくらい大きくなってて、「ああ、この人はもう俺が知ってる親父じゃないんだ」って、そう思いながら話を聞いていた。

 俺の主観から見れば2年そこそこしかたっていないのに、親父から見た25年もの年月がその大きな背中にしっかり刻まれていて……人は変わっていくものなんだと、それは仕方のないことなんだなと思わされてしまった。


 俺も、そのうち心を決めないといけない日が来るのだろうなと……。


「で、言いたかったことってそれだけ? 俺今日中にエルフ文字マスターしたいからさ、勉強したいんだけど」

「あらあら、エルちゃんすごーい!」


 母さん、あんたにだけはすごいとか言われたくないわ!!

 本人は絶対そんなことを思っていないとしても、どうしてもその言葉は皮肉にしか聞こえないぞ!

 そんな文句を心の中でつぶやいておく。

 同じ言葉を聞いていた親父も、心なしかさっきより顔が引きつっている気がしなくもない。


「ははははは……いや、それだけだ。すまなかったな、急に呼び出したりして」

「いいよ。親父が色々抱えてるのはわかってるし、どんどん吐き出しなよ。その……家族、なんだからさ」

「うんうん! 一人で抱え込むのはー、一番良くないことなのよー。あなたの悪いクセ! なおさないとねぇ」


「……そうだな……ありがとう。音祢、恵月」

「ロディよ!」

「なッ……!! 今重要かそこォ!? なあエルナぁ!」

「おい! 俺は恵月でいいんだよ!!!」


 母さんの一言をきっかけに、凝り固まった場の空気が自然といつもの――以前の臣稿家の明るい雰囲気に包まれていく。

 人は変わる。いつか変わってしまう。

 たとえそれが避けられないものなのだとしても、母さんはこの家のムードメーカーであり続けるのだろうなと、そんな気がした。


 しばらくそんな言い争いが続いた後、俺たちは親父の私室を後にする。


「……言えなかったな」


 帰り際……扉を閉めきる直前に、そんな親父のつぶやきが聞こえた気がした。

 そういえば親父のデスクは身体に似合わず大量の書類が散乱しているのだが、今日は一段と多い気がしたのは気のせいなのだろうか。


「ま、いっか」


 俺には関係のないことだ。

 そう思って頭を切り替え、俺は前を行く母さんを追って行った。






 * * * * * * * * * *






「うふふふふ」


 だだっ広い屋敷の廊下を歩きながら、母さんがニヤニヤと俺を見て笑う。

 何? 顔になにか変なものでもついてます!?


「な……なんだよ! 気持ち悪いよ!?」

「いやーねー、エルちゃん可愛くなったなぁーって……もちろん、前から可愛いけどね! 言ってったでしょー? 男の頃と比べたら違うとこあるーってー」

「なっ……!? う、嬉しくねえし!? 可愛いとか言われても、中身は男なんだぞ!」

「ほらほらーそういうところとか―、エルちゃん気が付いてないかもしれないけどねぇー♪」

「なんだよ、それ……」


 すごくもやもやする。

 ハッキリ言わずに得意げに俺を見つめてくるのだからなおさらだ。男の子はちゃんと説明してくれないと分からないんですよ!


 まあ、実際外見は美少女だし可愛いと思うのだが……依然俺の精神状況は健全に男の子だし、面と向かってそう言われても全く嬉しいとは思わない。

 しかし悪い気もしなくなっていた……というのは自分でも驚くところだ。

 もっと時間が経って、この身体を何とかすることができなかったら……そのうち嬉しいとか思い始めるようになってしまうのだろうか。


 この世界に生まれ持った性は、確かに女なのかもしれない。

 でもせめて、何かしら覚悟を決めるきっかけの様なモノができるまでは……俺は変わらずにいたいものだ。


「じゃ、お母さんミー君とお買い物行ってくるから行くわねぇー♪」

「え!? あ、ああ」


 人が悩んでるときにこの母親はホントもう……!!

 マイペースなのを悪いとは言わないが、それに振り回されるこっちの身にもなってほしいものだ!

 俺は自室に向かって歩きながら、さっきまでの葛藤など忘れ去って母さんへの愚痴をこぼし始める。

 ……つか、ミー君って誰だ?


「ああ! こんなところにいらっしゃいましたか!!」


 そんなときに、後ろから少し高めの少年の声が耳に入った。

 振り返ると、そこにはなにやら汗をかいているファルの姿が。

 息こそ切らしていなかったものの、この様子だと屋敷中を探し回っていたのではないだろうか?


「ファル、ごめん。探させた?」

「いえ! お部屋にいらっしゃらない様子でしたので少々。もう少しですから、今日も頑張りましょう!!」

「探してたんじゃん……ごめんごめん。母さんと一緒に親父に呼び出されててさ……行こっか!」

「はい!」


 愚痴もツッコミもほどほどにして、俺たちは再び歩みを進める。

 ファルは中々どうして教えるのが上手い。俺が数日でグース文字を使えるようになったのも、実のところを言えばファルの功績が結構大きいところがある。

 いないならいないで自習してようかと思ったのだが、これなら問題なく今日中にマスターできそうだ。


「……ん? ファル、なんか落ちたよ」

「え? ああ、すみません」


 ファルのズボンのポケットから、何やら手紙の様なものが赤いじゅうたんの上に着地する。

 俺はそれを手に取って返そうとしたところに、何やら気になる文字列を見つけた。


「緊急クエスト……招待のご案内……?」

「昨日届いてたんですよ。確か五枚入ってたはずですから、屋敷の全員分だと思うんですけど……あれ、エルナさん、見てないんです?」

「全然……ていうか、ギルド登録もしてないってのになんで……ファル、中身見てもいい?」

「あ、はい……どうぞ」


 嫌な予感がした。

 俺はふと、親父のデスクにあった大量の書類を思い出しながら、その手紙にグース文字で書かれた文面を読み取っていく。


 内容自体はいわゆる討伐系。具体的に何をとは書いていなかったが、緊急と言うからには相当ヤバイものに違いないのだろう。

 そして読み進めて行った先……俺はその一文を声に出さずにはいられなかった。


「キョウスケ・オミワラ / ファル・ナーガ / ミァ・ジェイアント / メロディア・レディレーク / エルナ・レディレーク……以上五名……強制……参加……!?」

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