5:47「決戦前夜 1」
あらためて、新装備のお披露目を終えた俺と母さんは、アリィからこの装備に与えられている効果を教えてもらった。
母さんの方には、回復魔法を補助するための精神疲労軽減に、バリア系をより硬く丈夫にする、魔力コントロール補助機能。回復魔法を使うことができる母さんには、守ることに徹する効果を与えられたらしい。
俺の装備には、前回とおなじ魔力コントロールの補助機能と身体能力強化に加え、肉体的ダメージを少量カットする防御膜が張られているとのことだった。
最終的にグレィを止めるのは俺の役割になるだろうから、俺が最前線に居なければならないのは間違いない。それを踏まえてなのだろうが、ダメージカットというのはものすごくありがたい。
母さんの負担も減らせるしね。
「これ、どれくらいダメージ減らせるの?」
「そーですねぇ、あくまで補助的なものなのでそこまで期待はしないでほしいですが、一度実演してみましょうか」
「あ、は――いぃッ!?」
「はい」と、その言葉を言い終わるとほぼ同時。
ものすごい早さで襲い掛かって来たアリィの拳が、俺の顔面を直撃した。
全くの無防備だった俺の体は、そのまま後ろへ大きくのけぞり、尻もちをついてしまう。
「い、いきなり何するのさぁ!!」
「どうです? 痛いですか?」
「え? ……あんまり痛くはない、かも」
殴られた鼻あたりを擦りながら、そう言われてみればと返答をする。
全く痛くないという訳ではないが、正直に答えろと言われれば、尻もちをついた臀部への痛みの方が上なくらいだ。
とはいえ、どれくらいのダメージがカットできたのだろうか。
親父はアリィの拳がどんなもんか知っているのか、ものすんごい驚いたような顔してるけど。
不意打ちだったとはいえ結構勢いよく転んだので、拳の威力自体もそれなりにあったとは思うのが……そんなに?
「す、すげぇな。それ……」
「そうなの?」
「今の一撃には、筋力増強、スピード補助などモリモリ盛り込んで、たぶんキョウスケの旦那のマジ殴りくらいの威力があったはずですよ。これだけでも私は腕がパンパンです!」
「ほう、彼の英雄の一撃を防ぐ衣とは」
「い、いまいちピンとこないのは俺だけなのかな……」
親父のマジ殴り……と言われてもなあ。
確かに親父は二十年ちょっと前に世界を救った英雄様だし、俺が知ってる昔の親父とは比べ物にならないくらいの力はあるんだろうとは思う。
かといって俺はその力を知らない訳であって、言葉だけそう言われても比較のしようがない。
ん? 比較?
「ねえ、ちょっと元の装備に着替えさせてもらっていい?」
「え? あ、はい。構いませんよ」
「で、その状態でもう一発。アリィさんはきついだろうから、親父。お願いしていいかな」
「「なっ!?」」
俺の一言に場がざわついた。
まあたしかに、英雄の一撃をもらいたいだなんて言い出したわけだから、そうなるのも無理はない。
でもこのままじゃ参考にならないんだから、一度身をもって喰らっておくというのは悪いことではなかろう?
「本気の親父の拳なんて喰らったことないし。どれくらいカットできるのか比較したいだけだよ」
「エルナちゃん、また恐ろしいことを口走りますね……理解はできますが……」
「エルちゃん、なんて残酷なことを……」
「お、オレに可愛い娘を殴れと言うのかぁ!? ロディ~どぉおしよぉおお」
「あらあらあなた、元気出してー。よしよし」
「……オイ」
のろけてる場合じゃなかろう。というか親父、ちょっと前に俺の頬はたいたばかりだろう。
泣いて母さんにすがる親父を引きはがし、時間がないからと説得した。
そして元の装備で改めて、今にも泣きだしそうな親父の拳を受け――――
腹部に穴が空くかと思うほどの強烈な痛みが走るとともに、意識が吹っ飛んだ。
* * * * * * * * * *
「――ぶっふおっ!?」
「あぁ! 起きたか……よかった……本当、うぅぅ」
「お、親父! ごめんって、俺が泣かしたみたいじゃないか」
俺は意識を取り戻した瞬間、かなり不細工な声を上げながら体を跳ね起こした。
おいおいと涙を流す親父をなだめていると、徐々に意識も鮮明になっていく。それにつれてか、腹部の痛みを思い出して思わずゾッとした。
大丈夫だろうとか思ってたけど、全然大丈夫じゃなかった。
いやホント、滅多なこと言うもんじゃない。割とマジで死ぬかと思った。
「全く、おんしは本当に無茶をする」
「えるにゃんだいじょーぶ?」
「う、うん。だいじょぶ……おかげで新装備の凄さがよーーくわかりました。うん」
これは本当にすごいものだと、新装備のありがたさをしっかりと認識したところで、どのくらい意識を失っていたのかというのが頭をよぎる。
少し上を見上げ、立てかけられている時計を見てみると、幸いにも気絶していた時間は五分程度で済んだようだった。
ほっと安堵のため息をついたところに、アリィが改めて俺に新装備を手渡しながら口を開く。
「何にせよ当たらないのが一番ですよ。物理攻撃ならこのくらい防げますという基準にしてください。ブレスや魔法とかはあんまり意味ないです、あと衝撃はどうしようもありませんので、諸々気を付けてくださいネ」
「ハイ……肝に銘じときます。ホントに」
こうして、新装備の試着と試用を終えた(母さんは気絶した俺の回復をすることで試したらしい)俺たちは、演習室を後にして、クラウディア邸の会議室へと向かう。
時刻は夜の七時。
部屋の灯りをともし、会議用の長テーブルを囲む俺たちを一瞥したラメールは、卓上に一つの地図を広げた。
「それでは、改めて明日のことなんだが……まずはこれを見てくれたまえ」
ラメールがそう言うと、地図の中心……町を示していると思われる家々のマークを指さした。
そのマークの下にはグース文字で『ノースファルム』と書かれており、この地図がノースファルム周辺のものだということが分かる。
ラメールは指を置いたまま、それを左上の方――森と山が描かれている場所までスライドさせていった。
山を示すところには大きな円が赤く記されており、さらにその四隅に一つずつ、同じく赤色のバッテンが書かれていた。
「ここノースファルムから北西に約三キロ。四方を森に覆われた岩山の山頂に、彼のドラゴン――グレィ君が居ると思われる。結界はこの山頂を中心に直径一キロほど。それを囲むように、件の渦が四つ……地図上だと丁度四隅にあるように見えるけれど、実は高さが案外バラバラでね。ミァ君に監視を任せていたのはここ、町から二番目に近い森の中」
「……なるほど」
地図上に描かれた渦の場所は、森の範囲に二つと、山の範囲に二つ。
高さがバラバラとなると、もしかしたら地下や洞くつの中にあったりもするのかもしれない。結界という形をとっている以上、その鍵となるであろう渦を、早々見つけやすい場所には発生させないだろう。
「これから渦がある正確な場所を説明する。渦は四か所、誰が何処を担当するか、各々の実力を加味しながら慎重に決めて行こう」




