4:23「急な申し出」
「う、海はともかく今からって……」
あまりにも唐突に出てきたアリィのセリフに、付き合いが長いであろうリリェさんも思わず首を傾げてしまう。
確かに前回会ったときに海水浴に行くとは言っていたが、ここは山間部……それも結構な奥地だ。海なんてとても今から行ける距離じゃない。
「アリィ、頭壊れちゃったの? 流石に物理的に無理なんじゃないかしら?」
「失敬な! 私はいつだって大真面目、ですよ!」
「それはないわね」
「うん、ない」
「なにおー!? エルナちゃんまで!」
「事実だし……それよりどういうことですか。リリェさんの言う通り無理ですよ、【転移】でもできるってんなら話は別ですけど」
急な申し出ではあるが、アリィが本当に何の脈絡もなくこんなことを言うとは思えない。
何か理由はあるのだろうし、行く手段も考えてのことなのだろうが、それをちゃんと説明してもらわねば。話しはそれからだ。
「あ、ハイ。その【転移】で行こうかと。丁度ネリアに来ていることですし」
「【転移】……? そんな高等魔法使える人、この町にいたかしら?」
「いるじゃないですか。山の上に」
「……あー、そういえばいたわねそんな人」
山の上……ということは、昨日の?
俺たちが使ったのはこの町に続く魔法陣だけだが、そこに魔法陣があるのなら、もちろん設置した人物がいるわけで。
魔法陣を使う手前、店のおばあさんには挨拶しておいたが……そんな聡明そうには見えなかったがな。その辺に居そうな普通のおばあさんという印象しか受けなかった。
まあ、あんな場所に住んでいる時点で普通ではないのだが。
「――て、その山頂に行くまでに日が落ちちゃうじゃない」
「そうだよね、うん。俺……私もそう思う」
「あら、そこのドラゴンさんに連れてってもらえばいいじゃないですか」
「へ?」
何言ってるんですかと言わんばかりにグレィを指さすアリィ。
またしても彼女の口から出た思わぬ言葉に、俺とグレィは驚愕を訴え、何も知らないリリェさんは完全に疑問符を浮かべている様子。
「アリィさん……? 一体どこでそれを……?」
「え? ロディさんからですけど。もしかして言っちゃまずかったです?」
母さん……またあんたか。
いくら心を許しているとはいえ、一応機密事項なんだから軽率にしゃべらないでほしいんだが……もっとも、あの人とて馬鹿じゃないし、言わないと信じて口にしたんだろうが。
「う、うん。こいつ、一応公には死んだことになってるので……他言無用に」
「これは失礼しました! ドラゴンの執事がとしか聞いていませんでしたので、まさかそんな裏があったとは……気を付けます!」
「あ、あなたたち何を言ってるの……?」
完全に置いてけぼりになっているリリェさん。
ここまで聞かれてしまっては、説明してしまってもいいような気がしないでもないが……他言無用と自分で言ったばかり。
それに言ったところで信じてもらえるかどうかも怪しいところだ。
ここは適当に濁しておくとしよう。
「アリィさんが言った通りですが、色々ありまして……あまり詮索はしないでもらえるとありがたいです」
「そう言うことなら、まあ、いいですけど……でもアリィ? それにしたってどうして急に海なんて言い出したのよ?」
案外素直に受け止めてもらえたようで、俺はホッとため息を漏らす。
しかしそのまま話を本題に戻したリリェさんの言葉を受けたアリィは、俺の様子をうかがうかのようにちらりと顔を向ける。
すると彼女はにこやかな表情を、いつかのような真面目なものに変え、口を開いた。
「詳しくはわからないですが、今エルナちゃんに必要なのは、気持ちを整える時間と場所だと思うのです」
「……それで海ですか?」
「はい。急なのは分かっていますけど、その様子からしてこの町で何かあったんだと思います。なので気分転換のためには、出来ればここからは遠い場所がいいです。ここは山ですから、正反対の海。丁度海水浴に行くって約束してましたし、ロディさんの合意が得られれば丁度いいかなと」
「…………」
「お嬢……」
確かに言わんとしていることは理解できる。
グレィの提案に乗って町に出てきたはいいものの、どうしても昨日のことがチラついて気休めにもならないと言うのが正直なところだった。
ラメ―ルは今もこの町にいるだろうし、鉢合わせるかもしれないと言う危機感も付いて回る。
そういう意味では、海というのは案外丁度良かったりするのかもしれない。
泳ぐ気にはなれないかもしれないが、潮風にあたるのもたまには悪くないだろう。
……が、それはそれとして、まだ重要な問題がある。
「水着、持ってきてないんですけど……まさかまた買うの?」
「お! 買っていきます!? そういうことでしたらエルナさんにピッタリの商品がありますよ!?」
「あ、それは大丈夫ですよ」
ここぞとばかりにリリェさんが元気になったのだが、アリィにバッサリと切られてしまう。
一瞬にして肩を落とし、目があらぬ方向を向いていく彼女はなんともまあ……哀れなり。
「せっかく【転移】するんですから、一緒にファメールに寄ってもらいましょう。これでどうです?」
「むぅ……」
確かにそれならほぼ今できる最短で行けるような気はするが……それでもついた時には日が暮れるまで時間はそう残されていないのではないだろうか。
今から宿に戻って母さんたちに言って、それからグレィに乗せてもらって山頂へ。おばあさんを説得し、ファメールで準備を整えて……これだけでも結構な時間がかかる。グレィの竜化を住人に晒すわけにもいかない以上、人気がなくそれなりの広さがある場所、もしくは一度町の外に出る必要もある。
今はもう13時半をとっくに回っているし、それらすべてを鑑みても自由時間は精々2、3時間。俺は遊ぶ元気までないので別に構わないが、急いで準備してアリィや母さんがそれではなんだか勿体ない。
「……やっぱり、明日でいいですか。せっかく行くならもうちょっとゆっくりしたいでしょうし」
「ム? あれリリェ、今何時です?」
「13時48分」
「なぬ!? もう3時間も話してたですか!!」
「そうなるわね」
「てっきりまだお昼前だと思ってました……」
「え、えぇ……」
まさか時間を忘れて話していたとは。
しかもお昼前って……確かにその時間からだったらなんとかなったかもな?
でも残念ながらもう14時が迫ってきている。
アリィは店内に設置されていた丸時計で改めて時刻を確認すると、眉間にしわを寄せものすごく不服そうな顔で悩みこむ。
「そうなると確かに……」
「私たちも明日チェックアウトなので、それからでもいいですか? ……て、私が言うのも変な気がしますけど」
「一刻も早くと行きたいところですが、仕方ないですね……そうしましょう! 私もロディさんに挨拶しておきたいので、これからお話に行って、一晩準備に費やしてからということで! 【転移】に関しては、私から話を通しておきましょう」
「……ありがとう、ございます」
なんというか、少し申し訳ないような気分になってくる。
もちろんアリィが言い出したことなのでそんなことを感じる必要などないのだが、思い悩んでいることがあると言うだけでここまでしてくれる人もそうそうそういないだろう。母さんを除けば。
そんな気が言葉にも乗っていたのか、俺の返事にアリィは眉間にしわを寄せたまま、今度はほっぺたをむすっとさせて俺の両手を握ってきた。
「私とエルナちゃんの仲じゃないですか! 友達が辛そうにしていたら、手を貸すのは当たり前のことです! あと、話し方ももっと砕けていいんですよ! いや、砕いてください!」
そういうアリィも砕けてないんですが……と言うのは無粋だろうか。
従妹であるリリェさんにも同じ話方をするあたり、彼女はこれが素なのだろう。
全く、ラメールほどではないにしろ、いつのまにやら我の強い友人がいたもんだ。
まあ……それも悪くないか。
「ははは。うん、ありがと。アリィ」
こうして俺がアリィの手を握り返した時、リリェさんの鼻から血が出ていたような気がするのは気のせいだろうか。
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