4:3 「出発」
母さんの指導が始まってから1週間。
俺はどうにか自我を保ったまま、フレド孤児院に赴く日を迎えることができた。
正直最初の何日かは窓から飛び降りたいくらいには悶えていたのだが……いや、この話はよそう。
また飛び降りたくなる。
今日は朱の月2日。
朝食を終え解散する前に、俺たちは予定を確認するため食堂に残っていた。
「んじゃー孤児院に行くのは、オレとロディと恵月……それからのーのちゃんに、ミァとグレィでいいか?」
「ん、ファルは?」
「ああ、僕は今日もレーラのところに」
「あーそっか。お姫様によろしくね」
「はい」
よろしくと言う俺の後に、ファルは二コりと笑顔を作りながら頷いて見せる。
レーラ姫が元気を取り戻してからというものの、ファルは頻繁にレイグラスに足を運んでいる。多い時は週に5日も……屋敷から馬車で3時間はかかるのだが、本当よく通うもんだ。
許嫁と言うところもあるのだろうが、単純にレーラ姫に色々な場所を見せてあげたいのだと……まあ、結婚を前提としたお付き合いみたいな?
グレィが屋敷に居るというのも少なからずあるような気はするので、俺としては少々気まずいところがあるのは否めない。
否めないのだが……経過報告とか普通に一緒に行ってたし、今のところ仲が悪いような気配は感じられないのがせめてもの救いだろうか。
まあ、それが俺に気を遣った演技である可能性も捨てきれないが、仮にそうだとしても、今はその優しさに感謝し乗せてもらっている。
「よっし、じゃあそういう事で! 各々準備して、10時に裏門集合な。解散!」
* * * * * * * * * *
「お待たせみんなー、ちょっと時間かかっちゃった~」
「お、お待たせ」
「オウ、じゃあ行くか」
現在朝10時17分。
遅刻したことに謝りを入れながら、俺と母さんが裏門で待っていたみんなの元に合流し、孤児院へ向けて出発した。
まあ何で遅れたかと言えば……解散後に母さんに呼び止められ、俺の服装についてアレやコレやと。
だってさ……どこから持ってきたのか知らないが、流石にドレスはないだろ、ドレスは。
もちろん個人的に嫌なのもあるが、いくら相手が貴族だからと言っても行くのは孤児院だし、そんな恰好をする必要は全くもってないはずだ。
着飾りたい余りに周りが見えなくなっては本末転倒である。
それでいて母さん自身は普段着なのだから、余計に反抗したくなるというもの。
結果、1時間にも及ぶ口論の後、俺は先日買った(買わされた)少しばかり装飾が多めのノースリーブブラウスに、明るい水色のプリーツスカートという形で妥協した。
……本当はスカートも嫌なのだが、これだけは譲ってくれなかった。解せぬ。
まあ、そんなこんなで20分近くも時間をオーバーしてしまったのだが……もう1つ気になることあがる。
屋敷の裏門。
その先は一応道と呼べる物はあるのだが、結構な距離まで木が生い茂ってたような?
そりゃもう、森と呼んでもそん色ないくらいには。
「町の方……正門からじゃないんだ?」
「ああ。実はここから直で孤児院の裏門に続いててな。こっちのが早いってのもあるが……」
「……なるほど」
「あとは人目とかいろいろとな、お前もその方がいいだろ?」
「うん……ありがとう……」
今まで散々母さんに振り回されてたせいだろうか……親父の気遣いがものすごく身に染みる気がして辛い。
まあ、これは俺だけじゃなく親父やみんなにも言えることなのだが、俺たちが町中を移動するのはどうしても悪目立ちしてしまう。
この世界に転生してからもう結構経つが、俺と母さんのエルフコンビでさえまだ人目に付くのだ。今までは馬車だったからまだいいが、領主一家で大移動なんて、何かあると勘ぐられたら面倒でしかない。屋敷を空にするというのを堂々と見せつけてやるのもよくないし。
「ん……えるにゃん」
「のの?」
しばらく歩いた。10分ちょっとくらいだろうか?
まだ目の先は生い茂る木々で埋め尽くされている中で、ののが俺のスカートを引っ張りながら呼びかけてくる。
「どうかし――」
「お嬢!!」
「へ!?」
ドッ!!
その直後、俺は左手を歩いていたグレィの手で突き飛ばされてしまった。
しかしその更に直後……何やら細長いものが、一直線に俺がいた場所へ向けて飛んできた。
サクっと軽快な音を立てて地面に突き刺さったそれは、木で出来た矢……どうやら、何者か不届きな輩が攻撃を仕掛けてきたらしい。
「エルちゃん大丈夫!?」
「う、うん……ありがと、グレィ、母さん。あと、ののも」
「ぶい」
前を行っていた親父とミァさんも足を止め、臨戦態勢へ。
英雄様のお屋敷がすぐそこにあるというのに、一体どんなアホウがこんなことを……と思うところだが、俺たちも少々油断しすぎていたかもしれない。
「……弓か」
「ああ。だが粗削りで威力もない――相手は素人だ」
親父が木の矢にちらりと目を向けつぶやいた言葉に、グレィが返答を示す。
こんなところで不敬を働くなんざ、よっぽど自信があるかただの馬鹿であるが……今回は後者だったらしい。
「あっち」
俺たちが少し気をはったところで、ののが射手がいると思われる西方の木の上を指さした。
まあ、相手がおバカとは言え、射手が1人とは限らない。俺は周囲100メートルほどに魔力を張り、索敵を測ってみる。
やり手ならばこれだけで向こうに感づかれる恐れがあるが、今回に限ってその心配は薄い……案の定、それらしき気配があっさり見つかった。
「――まだ同じ木の陰に隠れてるね。それから逆にも2人……多分、全員子供」
「あー……いつの時代もやんちゃ坊主はいるもんだなぁ。ミァ、すまんが頼む」
「承知しました」
親父が指示を飛ばし、ミァさんがそれに答えて射手が隠れている木に向けてナイフを放つ。
すると――。
――ガッ!!!
「うわあっ!?」
見事樹の幹……丁度隠れているであろう場所の裏側に着弾したナイフに驚いてか、射手らしきツンツン頭の少年が声を上げた。
そして少年はそのまま体のバランスを崩し、一直線に木の下へ――
「あ!? 危ない!!」
「風さん!!」
落下したところを母さんが咄嗟に風のクッションを作り上げ、少年はなんとか地面に叩きつけられずに済んだ。
俺たちは安否の確認も含め、少年の元へと駆けつける。
「坊主、大丈夫か?」
「ひっ……!!」
「あー……まあ、そうか」
念のため逃げないようにと取り囲んでやると、少年は完全に怖がって体を震わせていた。
まあ、1人子供が混じっているとはいえ、6人に囲まれればそりゃビビる。
そしてそんな彼に追い打ちをかけるようではあるが、こちらも放っておくわけにはいかないので……俺は少年から目を離し、反対方向――東側にいる2人の方へ視線を向けた。
「そこに隠れてる君たちも、別に何もしないからでておいで」
「「うっ!?」」
俺の声はしっかりとお耳に届いていたようで、あとの2人……一見おとなしそうな様子のメガネ少年と、綺麗な金髪の女の子は、素直に影から出てこちらへ来てくれた。
まさかこんなところで、しかも子供に襲われるなんざ思ってもみなかったが、ひとまずは事情聴取の時間である。
ただでさえ到着が遅れているというのに……これも俺の運のなさ故か?
くそったれめ。
* * * * * * * * * *
あらためて事情聴取……というか、子供たちが勝手にしゃべった。
命乞いでもするかのように、必死に言い訳をしてくれた。
「なるほどなぁ、まあそんなこったろうと思ってたが」
「……ごめんなさい」
「「ごめんなさい」」
親父に向かってツンツン頭が深々と頭を下げ、次に残りの2人が続く。
どうやらこの3人、フレド孤児院で暮らす仲良し3人組らしい。
シスターマレンから俺たちがこのルートで来るだろうということを聞き出し、実力を見てみたかったんだと。
まあ、やんちゃな子供の考えそうなことだ。
そしてこの子らをよく見てみると、ツンツン頭はその髪の中に黒い角が紛れていて、メガネっ子は目元にウロコ、女の子は歯が牙のように鋭い。そして共通して、3人とも耳が小さくとがっている。
親父から聞いていた、半魔人の特徴そのものだった。
フレド孤児院というのは、もしかして――。
「謝れるのはいいことだが、オレにじゃないな」
「え……?」
「お前たちが攻撃したのは、あっちのお姉さんだろ?」
「んっ? あ、おr……私?」
まだ自分のことを私というのは慣れないから、いきなり振らないでもらえると助かるのだが……。
親父が俺のことを指さして言うと、子供たちは「そうだった」と大急ぎで俺の方へやってくる。
そして先ほど親父にやったように、ツンツン頭が深々と頭を下げ、次に残りの2人が続いた。
「ごめんなさい」
「「ごめんなさい」」
「う、うん……いいよ。許してあげる」
「ほんと!?」
「ほんとにゆるしてくれる?」
全く調子のいい……と言いたいところだが、可愛らしい笑顔に免じてお仕置きはしないでおこう。
エルナお姉ちゃんは寛大なのだ。
しかしそれはそれ、言うべきことはちゃんと言ってやらないと。
俺は膝を曲げると、子どもたちに視線を合わせてしゃがみ込む。そうして3人全員に目配せしながら、よく言い聞かせるように口を開いた。
「ほんと。でも今度から気をつけるんだよ? 危ないから、こういうのは人に向けちゃダメ!」
「「はーい!」」
「もうやんないよ!」
本当に、いい笑顔で反応してくれる。
なんか注意してるはずなのに、こっちが癒されてくるな。
もっとこう、子供ってすごい生意気なイメージがあったんだけど……今見てみるとめちゃくちゃ可愛く見える。
今にも抱きしめてあげたくなるくらい……こんなに愛らしいもんだっけ!?
「よしよし、いい返事。じゃあ、君たちのお家まで一緒に行こっか」
「「うん!」」
子供たちの返事に頷き返し、俺は立ちあがって手を差し伸べる。
実際は右手に女の子、左手にツンツン……そして後ろで俺のブラウスをつまむメガネ君。
両手に花+αである。
しかしそうしていざ歩き始めようというところに、今度はなんだか背中をくすぐられるような……そんな不可解な視線がいくつか。
「……何?」
「いやー、なんか……今の恵月、母親みたいだなーってよ」
「はっ……ハァ!?」
「エルちゃん、立派になって……お母さんうれしい……」
「ちょっ母さんまで――」
「お見事です、お嬢様」
「えるにゃんおてがらー」
「お前らァ!?!?」
誰がお母さんだァ!?
これか!?
この状況がいけないのか!?
しかしだからといって、子供たちから手を放すなんてこと俺にはできない……!!
「……!」
そうだ、今反応したのは親父と母さん、それからミァさんにののだ。
同じ反応を示さなかったヤツが辛うじているじゃないか!
執事よ、仕事だぞ!
「グレィ! 何とか言ってやってよ!」
「…………」
「グレィ?」
「…………」
「あのー?」
……グレィさん?
何をぼーっとしてらっしゃるので……?
「……!! ああ、すまない……お嬢に見とれていた」
「お前もかよォ!!!!」
くそがぁ!!!!
お読みいただきありがとうございます。
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