11.王太子殿下を、パートナーから外しました
今日から、本当のフィールドワークが始まる。
先日の実習は、準備段階に過ぎなかった。
杖の材料となる枝を選び、加工するための下地を整える──いわば、入口だ。
だが、ここからは違う。
実際に魔力を扱い、杖に流れを通し、循環を学ぶ。
失敗すれば、結果がそのまま形になって残る。
その最初の舞台が、「風の丘」だった。
小高い丘一面を、絶え間なく風が渡っている。
草は同じ方向へなびき、空気そのものが流れているのが、肌でわかる。
足を踏み入れた瞬間、手にした杖がわずかに震えた。
先日選び、加工されたばかりの枝。
まだ魔力を定着させていないためか、外界の影響を受けやすい。
──ここからは、慎重に動く必要がある。
「静かに。まずは説明をする」
教師の声が、風を割って届く。
生徒たちは足を止め、それぞれ杖を持ち直した。
「本日のフィールドワークは、風の地脈観測だ。ここからが、杖作成課程の本番になる」
教師は丘の先を示す。
地面の色がわずかに違い、空気の流れが集中している地点。
「地脈を流れる風を読み取り、それを杖に取り込む。魔力循環の基本を学ぶための実習だ」
枝を選ぶだけだった前回とは、意味が違う。
今度は、外から流れ込む魔力を、自分で制御する。
「制御が甘ければ、杖が暴れる。自分だけでなく、周囲を巻き込む可能性もある。よく注意するように」
数名の表情が、わずかに引き締まった。
「それと、今回から形式を変える。これまでは一組ずつ行動してもらっていたが、本日からは二つのペア、四人一組で行動してもらう」
小さなどよめきが起きる。
「地脈の扱いは、相互確認が不可欠だ。互いの判断を見て、修正できるようにしてほしい」
教師は名簿に目を落とし、淡々と告げた。
そして、次々と名前が呼ばれていく。
私と殿下のペアは、オズワルドのペアと合同で行動することとなった。
名前が呼ばれると、オズワルドはこちらを見て、にっと笑った。
その隣には、やや緊張した面持ちの一年生女子が立っている。
「──以上だ。準備が整い次第、実習を開始する」
教師の声が途切れると、周囲が一斉に動き出した。
ペア同士が合流して、それぞれ散っていく。
私と殿下のところに、オズワルドがやって来る。
「よろしくな!」
相変わらず屈託のない笑顔だ。
その隣で、一年生の女子が小さく頭を下げる。
「よ、よろしくお願いします……」
肩に力が入っているのが、ひと目でわかった。
四人が揃った、その瞬間だった。
ローレンス殿下が、迷いなく口を開く。
「とりあえず、僕の言う通りに動いてもらえるかな。余計な混乱は避けたいんだ」
視線は全体を見渡しているが、意見を求める気配はない。
それは確認ではなく、宣言だった。
「まずは丘の上だ。風の流れが一番安定している」
「おっ、了解!」
殿下が言い終えるより先に、オズワルドが駆け出した。
杖を肩に担ぎ、勢いよく丘を登っていく。
「あ……!」
一年生の女子が思わず声を漏らす。
追いかけるべきか、ここにいるべきか判断がつかず、足が止まったようだ。
私は一歩前に出た。
「待ちなさい、オズワルド・グランシェ」
声は大きくないが、はっきりと響いた。
オズワルドはぴたりと足を止め、振り返る。
「え?」
「四人一組で行動する実習よ。勝手に先行しないで」
一瞬きょとんとした顔をしてから、彼は頭をかいた。
「あ、そっか。悪い」
オズワルドは素直に戻ってくる。
一年生の女子が、ほっとしたように息を吐いた。
私は、改めて全員を見渡す。
「まず、方針を決めましょう」
一年生の女子が、はっとこちらを見る。
オズワルドも、今度は黙って頷いた。
「四人一組で動く理由は、互いの判断や魔力の癖を確認するためです。役割を決めて、進めたほうが安全ですわ」
丘の上に向かうか、風の流れを測る位置をどうするか。
杖に風を通す順番。
些細だが、共有すべきことは多い。
「合同で動く以上、一人の判断で突き進むべきではありません」
そこまで言ったところで、ローレンス殿下が静かに口を挟んだ。
「そこまで考える必要はないよ」
穏やかな声だった。
苛立ちも、嘲りもない。
「僕が全体を見て判断する。君は、従っていればいい」
悪気はない。
本気で、それが最善だと思っている。
だからこそ、質が悪い。
「殿下」
私は、今度は一つずつ言葉を選んだ。
「ペアとは、補い合う関係です。役割を分担し、互いの判断を確認するもの」
視線を逸らさず、続ける。
「まして今回は、合同作業です。誰か一人が進める場ではありません」
オズワルドが、気まずそうに視線を泳がせる。
一年生の女子は、ぎゅっと杖を握りしめていた。
けれど、ローレンス殿下は表情を変えない。
「時間の無駄だよ」
あっさりと、切って捨てる。
「議論しても結論は同じだ。責任は僕が取る」
そこに、聞く姿勢はなかった。
すり合わせる気も、譲る余地もない。
──その瞬間、私は理解した。
この人は、対等な話し合いをする気がない。
パートナーを必要としていない。
求めているのは、従う相手だけだ。
胸の奥で、何かが静かに切り替わる。
でしたら──こちらも、「対等なパートナー」として扱うのは、やめさせていただきますわね。殿下。




