豪州攻略(6/7):捕虜の処遇(1/2)
フォードが大統領に就任する条件に捕虜の処遇があります。豪州兵捕虜の全員解放。そんな事が可能なのでしょうか?
西豪州は本国との絆が切れて、清々したといった気概である。
北豪州は独立独歩、我が道を行くといった気丈がある。
東豪州は右往左往するばかりで優柔不断な気運があった。
それぞれの州がそれぞれの強い指向性があった。
そして各州とも英国を嫌い、女王陛下へ忠義と忠誠を誓う。
不条理で矛盾しているが、やはりそれがどこかにあるのだった。
今のまま間接政治に移行しても憤懣や鬱憤が蓄積する。
そしてそれは苛立ちとなり最後に爆発してしまう。
フォード「このままではレジスタンスの発起を許してしまう」
フランク・フォードは日本側軍令部に掛け合った。
フォード「承るには条件が二つあります」
岡本「そう来ると思った、伺おうか」
①宗主国が日本である事は認める
②日本直轄地とし高度の自治権を認める
③豪州の現行の法律は変えない事
④現行の生活方式の維持
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要は特別行政区にしろというのである。
いわゆる「一国二制度」だ。
軍令部「なに、一国二制度だと?」
フォード「このままでは反旗を翻しかねませんぞ」
特別行政区扱いはまだ世界では例がない。
<この時点で香港は日本領、マカオは中立である>。
主権を豪州に移譲し、行政権を租借するリースバックである。
租借には期限を設け、期間が過ぎると豪州に帰属する。
軍令部「今は戦時中で、日本は宗主国だぞ」
フォード「微妙なさじ加減をお分かり頂きたい」
しばらくの沈黙の後、岡本は頷いた。
岡本「ううむ判った、ではもう一つはなんだ?」
フォード「豪州兵捕虜の全員解放です」
軍令部「な、なんだとう!」
現在16万余人の白人俘虜が内・外地の17箇所に収容されている。
この内の7万余人が豪州兵捕虜である。
そんな事は絶対に不可能だ。
たとえ捕虜交換が行われたとしてもだ。
赤十字を介しての捕虜交換というなら名目が立つ。
だが日本人捕虜は1000人もいないのだ。
軍令部「本国に掛け合ってみよう、妙案があるやもしれん」
三豪州を隷下の置かず、宗主国/藩属国の関係でもなくする。
対外主権を日本に委ねるだけで独立国として認めるならそうなる。
敵国でも植民地でも無い、従属もしないならそうなる。
だが俘虜を解放した途端、寝返って米国軍に付かれては困る。
7万余人は戦力としては相当な数である。
現在豪州兵捕虜は各収容所で土木工事に従事している。
工事は機械化が進んでおり、豪州兵捕虜解放は可能である。
そこで鉱山での強制労働の名目で捕虜を「派遣」する事になった。
「派遣」するのは豪州の本土で実質の「解放」だった。
ハマスレー、ウッディウッディ、ウイパ等々。
「強制労働」は名目で実際は機械化が進んでいる。
ハマスレーは鉄、ウッディはマンガン、ウイパはボーキサイト。
ハマスレー:埋蔵量は約10億トンとみられる露天掘りの大鉱山だ。
ウッディ:埋蔵量は約9億トンとみられる露天掘りの大鉱山だ。
ウイパ:埋蔵量は約30億トンとみられる露天掘りの大鉱山だ。
日本軍が空中偵察で発見した。
上空からも縞状鉄鉱層が確認できる大鉱床だ。
それまでは豪州は鉄鉱石がまったく不足していた。
豪州政府はそれ故に鉄鉱石輸出を禁じていたほどだ。
何もない岩石砂漠地帯で所々にブッシュが生える野生の地だ。
ここに鉱山町を作り、鉄道を引き、積出港を開港する。
それには約2億A$(オーストラリアドル)掛かると見積もられた。
豪州政府を逆さに振っても、そんな大金はどこにもない。
まず豪州ではB.H.P鉱山とC.S.R製鉄が名乗り出た。
次に日本では三井物産と伊藤忠商事が名乗りを上げた。
米国A.M.Cと英国S.Tも名乗りをあげたが採用されなかった。
まあ、日本には敵国であるし、致し方が無い。
採掘は火薬による爆破である。
バケットホイールエクスカベーターがトラックに積み込む。
バケットホイールエクスカベーターに起源は1920年。
ホルト(後のキャタピラー)社によって開発されていた。
貴金属の鉱山で稼働しており一般には知られていない。
1930年代後半に大連工業地帯で日本も開発に取り掛かっていた。
規模がでかいのが取り柄で、まさに「重機の帝王」と言えた。
輸送はバラバラに分解して、豪州まで鉱石船で運んだ。
ばら積み兼用船であるのでこういう器用な真似もできる。
港に着いたら組み立てて、自力で鉱山まで移動した。
バケットホイールエクスカベーターが砕いた鉱石はトラックが運ぶ。
このトラックもまたデカすぎて公道は走れないモノだった。
120トントラック50台が砕石工場まで運び、10cm大に砕かれる。
それが鉱山駅にベルトコンベアで運ばれる。
150台の鉱石専用貨車に1万5千トンの鉄鉱石が積み込まれる。
こうして積出港のポート・ヘッドランドに向かうのだ。
ポート・ヘッドランドには6万トンの鉱石専用貨物船が接岸している。
これは豪B.H.Pの新造艦で1940年に進水していた2隻である。
日本「う~ん、ちょっと2隻じゃあ少ないかなあ」
豪州「え、6万トン2隻なんですが少ない?」
日本「ウチのを使って下さい」
なんと6万トン鉱石輸送船10隻を日本は調達して来た。
セイロン島造船所コロンボ・バックヤード謹製のばら積み貨物船だ。
日本の造船所は軍の建艦で手一杯の状態である。
外地の手空きの造船所に一般貨物造船を回していた。
巨大貨物船接岸のために港湾施設の建設もラッシュになった。
かつてポート・ヘッドランドは6千トンの貨物船が立ち寄る港町だった。
だが今や鉱山町、沿線町、港町として大いに発展している。
鉄路も軌道敷設車を日本が導入し、あっという間に鉄道を敷設した。
ふつうは3年掛かる大事業だが、日本が関わって半年で開業した。
鉱山から積出港までの鉄道距離はおよそ300km。
ここに鉄道敷設車(敷設速度1日3km)が導入された。
これが100日でまず鉄道を敷設した。
次にバケットホイールエクスカベーターを分解輸送。
鉱山で10台が稼働できるよう日本に手配した。
港の拡張とヤードの伸張も同時進行で進められた。
捕虜が扱う土木機械が活躍し、建設が進む。
こうして莫大な資源が日本に運ばれていった。
日本側でも港に専用泊地を設け、バースを確保した。
中国沿岸ではすでに大連、天津、青島港を整備している。
ハブ&フィーダーネットワーク構想に基づいていた。
これを考えたのが帰化ユダヤ人であった。
メガキャリアがハブ港でフィーダー船に積み替える。
フィーダー船が周辺港に分配する仕組みである。
日本各地の地方港にはフィーダー船が分配する。
九州八幡製鉄所にはメガキャリアが停泊するバースがある。
さらに埋め立て工事を行い、戸畑築港計画を策定中だ。
こうして環太平洋の資源が日本に入ってきた。
ニッケル、タンタル、モリブデン、スズ、アルミ、ゴム、石油。
そしてネックだった粉体粉末冶金、熱間冷間鍛造、スエージング。
高分子化合物によるPETボトルや透明ポリプロピレンの袋の開発。
真空包装と窒素充填による保存期間の延長による糧食の充実。
ポリエステルやナイロン、アクリル繊維の戦闘服の着心地改善。
そんな中である学者集団が密かに豪州に渡った。
京都帝大の荒勝文策研究室(海軍)の面々である。
また理研の仁科芳雄研究室(陸軍)の面々の姿もあった。
日本軍はまだ別々の機関に同じ研究を依頼し仲違いしていた。
彼らはRanger(レンジャー)鉱山に謎の鉱石を求めに来た。
その鉱石の精製によりとてつもないモノが生まれようとしていた。
記録では豪州西部で全長7.4km、連結数682両、重量10万トンの鉄鉱石を積んだ貨物列車が距離380kmに渡って8両の機関車で牽引に成功しています。これは世界で最長かつ最重量の記録で今も破られていません(正史)。次は豪州攻略(7/7):捕虜の処遇(2/2)です




