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(本編完結)また第二次世界大戦かよ  作者: 登録情報はありません
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帯域精製法(2/2)

日本は遂にトランジスタ開発に入ります。そのための帯域精製法の研究です。しかし米ベル研究所のショックレー博士もやはりスタートラインに立っていたのです。ところがショックレー博士は別の研究でベル研究所を離れてしまいます。

彼は領事館員から訪ねるように言いつかってきた日本人がいる。

「あなたが学術を続けたいなら、いい人がいる」


「半導体研究は金食い虫、軍属になるしかないのだが」

「それでもあなたが日本で研究したいのならこの人を頼りなさい」


その人とは「陸軍木村弘人中将」という日本人だ。

東大冶金卒で大阪造兵廠長を勤める。


仏に駐在し、露にも馴染みがある。

また「将来は電気兵器(1940.04.07著)」と明言している。


電気兵器とはレーダーや誘導弾(電子兵器)の事なのだ。

早速、会ってみるとすでに電信で紹介がいっていた。


鉱物冶金、レーダー電信に案外造詣が深いのに驚いた。

木村「どうか我々にご教授願いたい」


さっそく軍の委託生枠の一人として京都大学に入学した。

陸軍は1918年から京大に委託生を入学させている。


粉末冶金法部に荒勝文策部長がいた。

電波兵器部には堀場信部長がいた。


経費最高額は電波兵器部である。

これは検波器に必要な鉱石の経費だ。


荒勝「単結晶生成にお詳しいとか」

堀場「ぜひ検波器の性能を上げたい」


当時、外国人技術者を招請して技術指導を行うのは珍しくない。

欧米から知識移転をするには欧米に頼らざるを得なかった日本。


あの中島飛行機でさえ、開戦寸前まで米技術者が指導に入っている。

ましてや最先端の電子機器はお寒い状態だったのだ。


日本の冶金や電子回路はまだ手探りであった。

東大や京大の最新鋭の研究室でもこの程度だった。


ロシェフ「よし、やりましょう」

彼は錆びたアルミからルビーを造る方法から始めた。


理論より興味本位の実践から始めるのも一興だ。

数式や状態図のグラフからだと研究生は睡魔に襲われる。


たちまち研究室には人だかりが出来た。

人工宝石には何の希少価値もない。


それは顕微鏡で調べれば結晶単位で分かる事だ。

だがそれでも日本人研究者達の目は輝いていた。


欲に狂った目ではない。

純粋な探求心に輝く目だ。


欧州とは違う何かが日本人にはあった。

それにロシェフは気付き、大切にした。


ロシェフはさらにブリッジマン法を講義した。


金属熱平衡状態図で原理を説明する。

るつぼの温度勾配を使って結晶核を成長させる。


それにより単結晶の純度は前の素材より上がる。

これを繰り返していけば、高純度素材を得る事が可能だ。


まあ理屈はそうだが実際となると、上手く行かないのが現状だ。

学生たちは知恵を集めて、原理を改造しだした。


日本人は発明は下手だが改造は素晴らしい。

そしてそれは時に「魔改造」を生み出すのだ。


1940年10月、遂に新しい不純物分離法を編み出した。

それは帯域溶解法と呼ばれる超高純度精製法であった。


この方法で超高純度ゲルマニウム・インゴットが生成可能となった。

トランジスタの理論は1930年代には既に確立されていた。


あとは高純度の半導体素材の出現だけがネックだったのだ。

ゲルマニウム上での点接触での電極間の増幅作用が確認された。


点接触トランジスタが開発されたのだ。

ゲルマニウムトランジスタの誕生であった。


1939年米ベル研究所のショックレーらがトランジスタの開発に入る。

だが第二次世界大戦は彼を研究所にいさせてはくれなかった。


米海軍「レーダーと射撃管制システム(GFCS)の融合が急務である」

「今ある技術ですぐ構築してくれ、予算はあるぞ」


ショックレー「あと2年で半導体が完成しそうなんです」

米海軍「ダメだダメだ、今すぐGFCSの開発に入ってくれ」


こうして彼は射撃管制システム(GFCS)に忙殺される事になる。

彼が戦後、半導体の増幅作用を発見するのは1947年である。

1951年ようやく報道陣に向けて発表を行うのだ。


日本では1941年にトランジスタ回路の製作に成功。

真空管は密かにトランジスタに付け替えられた。

もう真空管加熱用の6000Vの高圧回路はいらない。


日本は軍機密として何の発表もしなかった。


トランジスタラジオは静かに音楽を響かせ始めた。

弱電回路は万能基板に取って代わった。


すでに集積回路の目安が立ち始めた。

万能基板はプリント基板に取って代わった。


片面基板は両面基板に進化していった。

基板表面はポリカーボネート絶縁カバーで覆った。


回路は細密化され、露光によって描かれるようになった。

投影露光方式は縮小拡大が可能だ。


ソレにはレーザーという手段がある。

1939年ソ連の科学者ファブリカントはレーザーを予言した。


だが実用化には1947年米国での実験を待つ事になる。

ロバート・レザーフォードとウィリス・ラムが発見する。


コヒーレンス(可干渉性)が発見されるまで誰も知らない。

日本では可視光線で露光波長を調整するしかなかった。


焦点はレンズ群構成と被写界深度(絞り)に()った。

可視光線はランダムなので、どうしても絞り込めない。


そこでロシェフは気が付いた。

可視光線がダメなら電子線を使えばいい。


電子線の波長は可視光線のそれよりずっと短い。

すでに電子顕微鏡が実用化されているではないか。


レンズはなく、静電場で電子を収束させる(静電場レンズ式)。

弱冠26歳で日本の電子顕微鏡研究の第一人者がいた。


ロシェフはその男に相談を持ちかけた。

その名は黒岩大助、彼は気軽に相談に応じた。


電子顕微鏡は1927年独国での電子線の発見による。

1931年特許を取り、1938年シーメンス社が発売。


黒岩は逓信省電気試験所で雪や霧の結晶を研究していた。

彼以外に最適任者はいないだろう。


ロシェフ「電子顕微鏡の原理を使ってやれないだろうか」

黒岩「理屈では出来るハズです、やりましょう!」


さっそく電子顕微鏡が独国から(もたら)され日本人が改造した。

黒岩「オレはやるぜ!」


電子ビーム描画装置の開発が始まってすぐ終わった。

黒岩「いやあ、苦労しましたよ」


ロシェフ「ええっ1ヶ月しか経ってないのにもう!」

構造はほぼ同じだったからで、改造というより改修だった。


拡大パターン(レクチル)の大きさはおおよそ5倍である。

それをそのまま(なら)い操作で縮小して1/5にする。


フィルムを引き延ばして大判の印画紙に焼き付けるのと同じだ。

今回はその逆で、回路パターンを縮小するのである。


その回路パターン(フィルム)をウェハー(印画紙)に焼き付ける。

その開発から実用に至る速さにロシェフはヘンになってしまった。


無理もない、レニングラードで餓死寸前だったロシェフ。

充分な設備と資金、過不足無い糧食がロシェフを狂わせた。


ロシェフ「ヒイッヒウエイアアアア!」

「お、おかしいだろ日本人?」


黒岩「え?どうしたんですか急に?」

ロシェフは黒岩の顔を見てギョッとした。


逆光で表情は読み取れないが再帰性反射で眼が光っている。

それは悪魔か吸血鬼を思わせる不気味さがあった(猫ビーム)。


ロシェフ「ヒイッヒウエイアアアア!」

度重なる激務と過労がロシェフをおかしくしていた。


日本人の魔改造は留まる所を知らない。

それがロシェフの理解の限界を越えていた。


黒岩「取り押さえろ!やんわりとだ」

「ちょっとは休ませんといかんだろう」


黒岩「信州の松代にやって休養させよう」

「あそこなら施設も整っているし」


松代地下大本営の施設には誰も入れない。

だが地表にはその為の維持施設が充実している。


旅館の一室を借り切ってロシェフを休ませる事にした。

ロシェフは1ヶ月の休暇をもらい療養した。


だんだんとロシェフの顔面に喜色が蘇り始めた。

その間に黒岩たちは研究を続けた。


回路は細くなり集積されていった。

ステッパー(縮小投影型露光装置)が開発され精密化が進んだ。


もはや細密過ぎて手作業ではハンダ付けが困難になっていった。

半自動(倣い)ハンダ付け装置が開発され作業が効率化した。


これは軍最高機密であり、ロシェフも厳重監視下に置かれている。

そのため現行の兵器開発にはまだ反映されていなかった。


1941年06月。


オールトランジスタ通信機の試作が開始。

弱電なので電磁波に弱いため、,ニッケル鉄磁性合金が必要だ。


これはパーマロイ合金と呼称されている。

アモルファスの研究も1930年から始まっていた。


1941年12月真珠湾攻撃。

これにはトランジスタ回路は間に合わなかった。


ロシェフは発光ダイオードの研究をソビエトでやっていた。

画素数は貧弱だが、平面ディスプレイの研究も始めた。


レーダーの画面には長残光が必要で、これは陰極線管の独壇場だ。

だが他の表示板は発光ダイオードに置き換わり始めた。


1942年06月ミッドウェー海戦で使われる彗星改。

これには発光ダイオード表示板が使われている。


トランジスタを使った論理回路の組配も始まった。

かつては継電器(リレー)だったものがディジタル回路となった。


真空管回路はトランジスタ回路となった。

熱電子放出のための予熱はもう必要ない。


こういう発想は日本独自のものではなかった。

独国のZ3と英国Colossus、米国のENIACがそれぞれ稼働していた。


歯車式からパンチカード式、真空管式と方式は様々である。

遂に人類は自身よりも多くの思考能力を必要とする(フェーズ)に入ったのだ。


18000本の真空管を使った米コンピューターENIAC。

かたや2万個の半導体を使った日本のコンピュータ。


日本はさらに500台の並列処理で高速化を図った。

これは単純に1000万個の半導体の電子計算機に匹敵した。


黒岩「魔改造には上限がない!」

「目指せ素子数1000億の半導体!」


今あるレーダーや弾道計算にはそんな計算機は必要ない。

なにかの現象の最適値を得る為の繰り返し計算に使うのだ。


日本国は場違いな高速計算機を何に使おうというのか?

日本はロシェフが考えていたより異常な国でした。一度研究がスタートして目安が付いてくると異常な速度で次から次へと魔改造が始まります。もっともっとだと言わんばかりに細分化され、ロシェフはおかしくなったのでした。次回はミッドウェー(1/7):地点記号AFです

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― 新着の感想 ―
[一言] トランジスタは、この世界では日本が実現しましたか。用途は多々ありますが、気長に待ちます。 次回はミッドウェー海戦ですが、敵の暗号解読に対して、どんな対抗手段をとるか。
2021/05/11 18:28 退会済み
管理
[気になる点] 太平洋艦隊の戦艦多数が生き残ってるのはどう使うんだろうか。
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