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(本編完結)また第二次世界大戦かよ  作者: 登録情報はありません
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ガダルカナル激戦(3/4)

いよいよ一木支隊の登場です。やはり奇襲の為、貨客船ではなく駆逐艦での渡洋になります。150人ずつ6隻に分かれて分乗するのですが、駆逐艦には貨物室がなく露天甲板に立ちん坊になったのでした。

1942年08月16日。

トラック泊地からガ島ヘンダーソン(He)飛行場奪還の部隊が出撃。


一木清直率いる支隊で本隊は後に後続する。

最終的に支隊900名+本隊1500名が合体し米軍に対峙する。


編成は駆逐艦6隻に150人ずつ、計900名が分乗した。

輸送船ではなく駆逐艦を選んだのは高速性ゆえだ。


95式折畳舟40艘を展開して上陸する予定だ。

重火器は無く、携帯出来る火器だけが頼りだ。


1942年08月19日。

一木支隊先遣隊900余人はガ島タイボ岬に上陸。


深夜なので、現地人は影も形もない。

一木「油断するな、ガ島は敵性外地だぞ」


現地人が既に米国に寝返っていた事は分かっていた。

一木「原住民は豪州領民であるから無理からぬ事である」


米軍は「コースト・ウォッチャー」を組織し、沿岸警備を厳としていた。

一木「中国戦線は猪突猛進でよかったが、米軍はそうはいかん」


兵員と装備を降ろすと駆逐艦は3隻が残り、3隻が別任務に去った。


ここからはこの900人の陸軍兵で任務をやるしかない。

100名は橋頭堡に残し、800名は行軍にはいった。


参謀本部は「この戦力(2400名の後続含む)で大丈夫」と言ったらしい。

後続の一木本隊1500名が後日重火器を積載した貨物船で到着する。


一木清直(いちききよなお)はガ島の詳細な地図を握りしめた。

出発直前に手渡された労作である。


肉迫強襲や白刃突撃だけが日本軍の戦いではない。

一木は西洋人の用意周到/縦深攻撃を警戒した。


「これだけ読めば戦は勝てる」という小冊子がある。

南方作戦に参加する将兵全員に配られたモノだ。

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「将校は西洋人で下士官は大部分土人である。

軍隊の上下の精神的団結はゼロだ。

(中略)

対手(たいしゅ)は支那兵以下の弱虫である。

戦車も飛行機もがたがたの寄せ集めである」

-------------------------------------------------------------------

敵をいい加減で軍隊精神の入っていない隊だという。

夜襲にて敵陣奥深く入り込め!など敵を呑んで掛かれという。


内地しか知らない徴兵された日本兵たち。

これから対外戦争で欧米外人と戦う恐怖は如何ばかりか。


その恐怖を払拭する嘘八百だったかもしれない。

兵卒をまとめ上げる作話(さくわ)もある程度は必要だ。


しかし創作した上層部も増長し自惚れていたら、話は別だ。

米豪軍は縦深防御で日本軍の突撃を誘う。


その結果、重機関銃や野砲で固めた敵陣地に突撃したら?

陣地内での白刃や銃剣での乱戦に活路を見出していたら?


一木大佐は900人の部下をじっと見つめた。

みんな気のいい、内地のどこにでもいるオッサンだ。


戦闘となれば彼らも一個の肉弾兵器と化する。

倒れても倒れても敵陣に切り込み、敵兵を銃剣の餌食にする。


そうやって中国戦線では勝利を勝ち取ってきた。

だがそれが米兵に通じるのかどうかは別問題だろう。


実はこの小冊子を書いたのは辻政信その人である。

その作意は前述のように凡人を軍人に変える為のモノだ。


訓練でワラ人形を突いても本当の戦闘では役に立たない。

実戦で「黄色いアクマ」になる為のもう一押しだった。


この「これだけ読めば戦は勝てる」には続きがある。

別の小冊子で下士官以上が読むように配布された。


「現地人と西洋人はピジン語(現地語と英語の折衷語)で話す」

「その関係は将校と警察官のようである」


「彼らは監視員である」

「敵性外地の浜で森で部落の中で常に我々を監視している」


「遅れた非文明人と決して侮ってはならない」

「彼らは熱帯雨林の優れた狩猟民族なのだ」


こちらの小冊子はニューギニア方面参謀長二見秋三郎による。

もはや日本陸軍は有象無象の集まりと化していた。


東京・三宅坂上(参謀本部)は実状を知らない。

現場は参謀本部を信用しない。


辻政信だけではなく多くの者が自分勝手に動いていた。

それが日本陸軍を支えているのは皮肉としか言いようがない。


いっぽう一木清直は盧溝橋事件以来、ガチガチの陸軍軍人だ。

本当に正しい行為なのか、常に熟考するタイプでもある。


1937年7月の盧溝橋事件でのことだ。


第一聯隊の牟田口廉也大佐にこう言った事が記録に残っている。

一木「ほんとうに撃っていいんですね」


下士官が上官に撃っていいかどうか聞いているのだ。

こんな事は日本陸軍で有りえない事だったので記録に残っている。


一木支隊はテテレまで前進、ここで大休止をとった。

駆逐艦からLVTがあるわけでなし、揚陸作業は大仕事だった。


一木「せめて大発があればこんな苦労もしなくてすむ」

「艦尾にスロープでもあれば、もっと簡単に揚陸できたろう」


ガ島に上陸した米軍勢力は一体どの程度なのか?

出発前から推測の域を出なかったのを思い出した。


陸軍内でも情報も錯綜しており、師団だ、連隊だと乱れ飛んだ。

米輸送船団の規模も想像の域を出ず、実体がわからない。


一木「米軍は通常3倍の兵力で強襲を掛けてくる」

それならガ島に上陸したのは6千~2万人だ。


08月10日大本営は最終的に米来攻兵力を1万5千人と見積もった。


この頃米軍機動艦隊は日本空母機動艦隊に異常に神経質だった。

どこかで待ち伏せしていると恐れおののいて浮き足立っていた。


存在しない空母機動艦隊に怯えていたのだ。

そこでガ島上陸支援を早期に打ち切って撤退を決定した。


日本の第八艦隊(重巡5+軽巡2+駆逐艦1)が砲撃してきた事もある。


米上陸支援の艦隊はこの日本海軍の攻撃で大損害を受けていた。

この時日本軍は軍艦ばかりを攻めて、貨物船を見逃していた


そのため貨物船は重火器の戦車などの揚陸に成功していた。

その後で撤退となり、船舶はガ島を離れたのだ。


これを受けて大本営は「してやったり!」

「米軍は攻撃に居たたまられず総撤退」と判断した。


実際にガ島周辺には米軍艦船はいなくなった。

日本軍大本営の米軍総撤退判断は合っているといえば合っている。


唯一の誤りは海兵隊1万余人がガ島に残ったことだった。

撤退したのは艦船だけで、戦車も海兵隊もガ島にいた。


この陸上戦力は威力偵察の伊号123潜に発見され報告が上がっていた。

だが大本営、現地中央とも楽観的で、報告は重要視されなかった。


08月13日ガ島に敵軍は5~6千人の敗残兵ということになった。

一木「なんという甘い考えだ」


一木はこういう上層部の情報を当てにしてはいなかった。

「上層部は米軍が飛行場を破壊した後、撤退したようだと考えている」


「だがオレなら飛行場は絶対に手放さない」

「海兵隊6000人(実は1万人)はまだ飛行場にいる」


「空母から艦載機を呼び寄せて、制空権をとる」

「滑走路は広く、ゲリラ戦に弱いからな」


「敵の奇襲に備えて防備を厚くするだろう」

そこまで考えて、一木大佐はハッと気付いた。


「考えてみると、ゲリラはオレたちの事だな」

彼は内心、苦笑いをするのだった。


一木「まずは現状を偵察だ」

ここで偵察隊34名をイル河とHe飛行場に派遣した。


一木はガ島の地図を出した。

ぎりぎりラバウルで受け取った詳細な地形地図だ。


そこには農場や村落や道路、側道、裏道がびっしり書き込んであった。

一木「見つからぬよう裏道を行くように」


これが08時30分であった。

この時期、ガ島の熱帯雨林には集音器が仕掛けられていた。


日本兵A「Scout is a nasty job」

日本兵B「I don't know when the Japanese will be shot」

日本兵C「I hope there are no mistakes」


簡単な英会話を交わす日本の下士官たち。

別に英会話を勉強している訳では無い。


米軍は日本軍斥候の動きを集音器でおおよそ探知していた。

コースト・ウォッチャーの末端兵士は原住民だ。


英語を聞きつけて、混乱する事だろう。

集音した英語を原住民の斥候の会話と勘違いしていた。


発音が下手クソなところがいい。

原住民っぽい感じが出てリアルだった。


米軍兵ABC「こんな所に斥候、出したか?」

米軍兵ABC「原住民の独立部隊ではないのか?」

米軍兵ABC「おいおい、同士撃ちになるぞ」


米軍は敵情が分からず、攻勢偵察隊を上陸地点に向かって派遣した。

攻勢とは接敵機動/応急攻撃(情報収集の為の攻撃)を含む。


つまり斥候のような軽装備ではなく重装備の歩兵なのだ。

この部隊がやがて日本軍偵察隊と鉢合わせになった。


12時頃コリ岬にて米偵察部隊は斥候の日本兵と遭遇、戦闘となる。

重装備の歩兵に軽装備の斥候が勝てる道理がない。


日本側偵察部隊33名は全滅で、ただ1人が退却して一木支隊に急を知らせた。

これでイル河方向からの攻撃が知れ、奇襲ではなくなってしまった。


攻勢偵察隊の報告に米軍は認識を新たにした。

米第1海兵隊ケイツ大佐「やはりコチラか」


「西のルンガ川の兵力をこっちへ回せ」

「援軍を全滅させ、残党どもの希望を断つ」


米海兵隊はただちにイル河方向の防御陣を厚くした。

37mm砲には対人用散弾(キャニスター弾)が用意された。


川辺にはわざと凹地が掘られ、そこに十字砲火が来るようにした。

これは日本兵が行き場を失い、凹地に駆け込むのを想定しての事だ。


揚陸したM3軽戦車も6輛全部が配備された。

この戦車で廻り込み、日本兵の退路を断つ。


米第1海兵隊ケイツ大佐「あとは日本兵が来るだけだ」

原住民が逐一日本軍の動きを知らせてくる。


08月19日14時30分一木支隊に偵察隊全滅の報が届く。

一木大佐は激高し、みるみるうちに顔に朱を注いだ。


そこら辺の竹林をメチャメチャにぶった斬りはじめた。

やがて5分後、気が晴れたのか、スッキリした顔の大佐。


なにかに八つ当たりしないと自分の狂気を払えないのだった。

ガチガチの軍人ゆえの狂気であった。


いつもの沈着冷静な指揮官がそこにあった。

一木「2時間前に遭遇し全滅か」


生存者「救援部隊は?」

一木「全滅だろ?冷静になれ」


一木支隊は「時すでに遅し」と救援を出さなかった。

偵察隊がやられ、He飛行場の様子はまったく分からない。


一木「だが待ち伏せがあった以上、手ぐすね引いているだろう」

「いったい敵の兵力はどのくらいなのだ?」


部隊は夜間に行軍し、昼間は休息を取った。

だが奇襲が敗れた以上、隠密行動に意味はない。


昼間も静粛を保って静かに行軍した。

He飛行場攻撃は絶対命令だ。


航空機が1機でも到着すれば制空権は米軍のものだ。

飛行場を取られて日本軍には制空権がない。


なんとしても航空機到着までに占拠せねばならない。

少なくとも数日以内に攻撃しなければならない。

イル河渡河に失敗する運命はIF戦記ではどうなるのか……。次回はガダルカナル激戦(4/4)です

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