ガダルカナル激戦(1/4)
餓島、イサタブ(Isatabu)とも呼ばれたガ島。その激戦の発端はツラギ島からでした。ここにはソロモン諸島の政庁があり、豪州人が詰めておりました。ここに籠城して日本軍は米海兵隊5000人を迎え撃ちます。
1942年05月03日。
日本軍総勢1100人がフロリダ諸島を無血占拠した。
フロリダ諸島は豪州領だった。
そのためツラギ島には豪州の政庁がおかれていた。
人口はわずか数百人で非武装だった。
数人の将校と原住民構成の地元警察100余人だ。
農園開拓者とその労務者数十人と金鉱掘りが数人いた。
民間人の彼らは機帆船で逃げ出してしまった。
彼らの施設は無傷で日本軍の手に落ちた。
宮崎重敏海軍大佐「えらい立派な庁舎じゃのう」
日本軍は豪州政庁の社屋をそのまま占拠利用した。
米航空偵察機の目を欺くためでもある。
水上機16機と攻撃用ヘリ40機が日本航空戦力の全てだった。
飛行場造成が完成するまで、この兵力で凌ぐしかない。
ロケット弾発射装置も陸揚げされていた。
大阪造兵廠で半途品だったものを誰かが徴用した。
(仮)というハンコが押してある命令書だ。
徴用は試作機3台で研究用の全数だった。
試製十五糎多連装噴進砲とかなんとか。
これで敵の上陸用舟艇を追っ払うワケである。
島の周りは珊瑚礁のリーフがあり浅くなっている。
米軍はLVT(水陸両用履帯車)を使うかもしれない。
日本陸軍お得意のレーダーも設置された。
試しにガ島に向けてレーダー波を照射してみた。
レーダー要員A「島影と停泊艦船の区別が付かない」
レーダー要員B「ゲインシフトを調整してみろ」
レーダー要員C「あ、映った、我が軍の艦艇だ!」
この頃のレーダーには感知深度調整ダイヤルが付いていた。
反射波の遅延がレーダー画面上の強弱として現れる。
手前の艦艇は強く、後方の島影は弱く映る。
ダイヤルを回すとゲインが調整でき、島影を消す事が出来た。
1942年05月04日珊瑚海海戦始まる。
05月04日、ツラギ島に早くも敵航空機が偵察にやってきた。
レーダーに映ったのは敵哨戒機だ。
すぐに艦船及び水上機はガ島反対側に退避した。
ヘリは英国政庁の適当な社屋に隠れた。
敵機がツラギ島上空に来た時、眼下には長閑な離島しか見えない。
偵察員ABC「人影が見当たらない」
偵察員ABC「何の徴候も見られない」
偵察員ABC「定期的に偵察しよう」
こんな感じで08月06日まで本格的な空爆は始まらない。
それまでに偵察機の哨戒を逃れながら、滑走路の設営を急いだ。
L2D零式輸送機が設営中の滑走路に物資を超低空飛行で落としてゆく。
1機につき2700kgの物資を搭載しており10機で27トンの補給となる。
やはり6000トンの貨物船とは雲泥の差があった。
1942年05月08日珊瑚海海戦終わる。
米軍は空母レキシントンを失い、ヨークタウンを大破した。
日本軍は空母祥鳳を失い、翔鶴を大破した。
日本では司令官の井上成美が非難の嵐に晒されていた。
軍令部も参謀長も、あの山本五十六からも批判を受けた。
もし日本軍がポートモレスビー爆撃を強行していたら?
空母を失いながらも残存戦力で飛行場を叩いていたら?
オーストラリア東岸タウンズビルには米陸軍航空基地がある。
この両基地には陸軍航空隊300機にのぼる戦力が温存されていた。
日本軍の残存戦力は39機の使用可能機と17機の修理機だった。
300機対(39+19)機、もし攻撃していたらどうだったろうか?
井上は戦果を上げる追撃をしなかった。
撤退を選んだ為、臆病者と誹りを受けた。
攻撃精神が劣ると中央から非難された。
昭和天皇も「井上は戦が余り上手くない」と評された。
だが昭和天皇はこの戦いの戦略的敗退を見抜いていた。
永野修身軍令部総長が戦況と戦果を奏上した際の事だ。
奏上が終わって退室した永野を木戸が「ちょっと」と呼び止めた。
木戸「どうでしたか」
永野「陛下は詳細をかなりご存じでした」
この後、海軍はなぜか戦術的勝利に沸かなかった。
そして次の項目について真剣に取り組むようになる。
①祥鳳、レキシントン共に撃沈の原因究明。
②索敵能力の向上とレーダーの開発実用化。
③陸海軍連携の強化の為の方策立案。
なお昭和天皇が独自の情報網を持っていた記録はどこにも無い。
1942年06月ミッドウェー海戦が終了。
日本軍は島伝いに戦線を拡大させていく作戦を取った。。
米軍と日本軍は島々を取り合う陣取り合戦の様相を呈してきた。
米軍は半年間耐えれば、戦力を戻す事が出来る。
米カイザー造船所に50隻の空母を造船中なのだ。
それまではこれ以上日本戦線を拡大させてはならない。
07月上旬、米軍はウォッチタワー作戦を発動する。
米海軍第1海兵師団は総員1万6千人。
ソロモン諸島を日米で奪い合う陣取り合戦だ。
その内のフロリダ諸島が第一目標だった。
1万6千人中5千人がフロリダ諸島に投入される。
上陸目標はツラギ島、カブツ島その他である。
日本軍が豪州軍を追い出し占領したツラギ島、カブツ島。
08月06日飛行場が完成、味方航空機を待つばかりであった。
だが先に来たのは米軍海兵隊だった。
08月07日早朝レーダーに敵機の反応あり。
宮崎大佐「来たか、島を固守して陥落はさせん!」
米海兵隊に壊滅的打撃を与えて撤退させるのが任務である。
すぐ日本軍の数機の水上機、艦艇数隻は避難した。
散発的に米軍機の機銃掃射と爆撃があったが被害はない。
その空襲の後に100艘のLVT(水陸両用履帯車)が迫っていた。
LVT母艦がどこかにいるはずなのだがレーダーに反応がない。
受感範囲外から来襲して来たと思われるが定かではない。
米軍は橋頭堡をカブツ島に構える様子だった。
カブツ島には病院と小備蓄庫、100名の非武装兵がいた。
日本人はあわてて設備を放棄してツラギ島に退避した。
米軍は速やかに無人のカブツ島を無血占領した。
100艘のLVTが一斉にカブツ島から浅瀬を進んでくる。
まるで鶴翼の陣よろしくツラギ島を押し包むようだ。
いよいよソロモン諸島の戦闘開始だ。
鈴木正明中佐「ロケット弾用意!」
日本軍総勢300余名が上陸を待ち構えていた。
ロケット弾は固形燃料噴進機に75mm砲弾を付けたモノだ。
24連装2段の発射器から48連発で発射される。
8台が横一列陣形で発射態勢に入った。
米軍のLVTの進軍はべらぼうに数が多い。
盲撃ちでも当たるっちゅうたらまあ当たる。
ロケット弾は無誘導である。
正確な射撃より広範囲な破壊が目的だ。
すでに斜角はツラギ島珊瑚礁外端に定めてある。
そこに差し掛かったら、ロケット弾を発射だ。
LVT(水陸両用履帯車)が珊瑚礁に乗りかかった。
鈴木「今だ!撃って撃って撃ちまくれ!」
8台ある発射架台から48発、計384発が同時発射された。
バシューンッ!バシューンッ!バシューンッ!
耳を劈く轟音と凄まじい爆炎で口を開けてないと耳をやられる。
もちろん着弾した方はたまったものではなかった。
LVTは天蓋が無く、降り注ぐロケット弾をもろに浴びた。
血肉は砕け散り、LVTはバラバラになってしまった。
続いて日本軍のロケット砲は連続発射に移った。
発射架台に海水をぶっかけて加熱を冷却して再装填。
バシューンッ!バシューンッ!バシューンッ!
合計768発のロケット弾を浴びて生き残れるモノなどない。
煙が収まると、米軍のLVT100艘はこの海から消えていた。
続いて島の前面に500mまで近づいた3隻の軍艦にも喰らわせた。
艦砲射撃の為に接近していたのが運の尽きだった。
バシューンッ!バシューンッ!バシューンッ!
ドカバキッバイイイーン!跳弾で跳ね返っている!
3隻(軽巡、駆逐艦)とも75mm砲弾では、装甲に歯が立たない。
だが艦上構造物はメチャクチャに吹き飛んでしまった。
レーダー、機銃座、舷側ハッチ、露天艦橋は大被害だ。
装甲の厚い5インチ主砲は無傷のため、メチャクチャに撃ち返してきた。
ドズズーンッ、ドズズーンッ!
島側もメチャクチャに撃ち返してやった。
バシューンッ!バシューンッ!バシューンッ!
双方とも、撃って撃って撃ちまくった。
米艦は煙突は折れ、艦橋は炎上した。
ロケット弾種は砲弾から焼夷弾に変わっていた。
貫けないなら燃やせばいいだけだ。
とうとう軽巡、駆逐艦とも火だるまとなった。
燃えながら退却して行く。
貫通していないため、弾薬庫も燃料タンクも無事だった。
勝負は引き分け、こうしてフロリダ諸島は陥落しなかった。
ツラギ島は陥落せず、米軍はガダルカナル島に転進する。
ガ島を始末した後、ゆっくりツラギを責めるつもりだ。
米海軍第1海兵師団は総員1万6千人、うち5千人が海の藻屑となった。
残った1万1千人はガダルカナル島ヘンダーソン飛行場占拠に投入される。
ガダルカナル島の戦いが始まろうとしていた。
ミッドウェー海戦が語られますが詳細は別章ミッドウェー海戦になります。ツラギ島守備隊は正史では全滅しましたが、IF歴史では逆に米海兵隊が全滅します。話中に出てくるロケット弾は1942年に米国で実用化した3.5inFFARとほぼ同じものです。ただし日本軍のは弾頭を数種類に変更出来、用途によって使い分けているのです。次回はガダルカナル激戦(2/4)です




