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(本編完結)また第二次世界大戦かよ  作者: 登録情報はありません
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セイロン征服作戦(4/4)

インド大動乱は人為的飢饉のため消滅してしまいます。恐るべきは英国の植民地総督の統制だったのです。日干し寸前のセイロン島を助けたのは南インドからの密輸でした。ですが造船部品だけは地場産業のないセイロン島ではどうしようもなかったのです。そこで日本は新たに重工業を興すよう投資を始めるのです。

インド国内ではインド人たちが大動乱の動きを見せていた。

全土に反英闘争「インドから出て行け運動」が高まった。

インド人は英国ではなく日本に未来を見ていたのだ。


だが英国は狡猾な策略で反乱を消滅させた。

その方法とは人為的な飢饉を起こしたのだった。


英国はベンガル地方で人為的飢饉を何回か起こしている。

①流通の動力源のスイギュウをすべて徴用する。

②流通の手段である小舟(カヌーなど)を没収する。

③小麦畑を綿/染料の藍やケシの畑に強制転用する。

これらの操作により流通と生産が停止、人為的飢饉が生じる。


英国兵はさらに竿に刺したベーコンを列車から見せびらかしたりした。

飢餓で骨と皮になった貧民を釣って笑い者にしたのだ。


許さんと思っても飢餓で身体に力が入らない。

やがて反抗心は食欲には勝てず、次々と投降していった。


最後まで意志を貫いた者は餓死してしまった。

結果論として逆らう者がいなくなるという次第である。

セイロンは物資、労働力ともインド本国に頼っていた。

そこでインド本土から輸出入を禁止される処置を受けた。


英国は日本の兵站の限界をビルマ近郊と見ていた。

セイロンは限界を越えた補給不能の地だ。

 

日本占領地となったセイロンを日干しにする計画だ。

南インド人は表向きは支配者英国に従っていた。


インド税関の全ての業務は停止、物流は途絶えた。

輸送貨物を扱うフェリーは港に係留されたままだ。


だが何かしらの荷物を満載した小舟が行き交っている。

正規の流通が途絶えたのを商機と捉えた密輸業者である。


密輸が正々堂々と行われ、取引量は以前と変わらない。

輸出入貨物の通関、密輸の取り締まりは税関の仕事だ。


インド税関が密輸業者を表向きは取り締まり逮捕していった。

その数は1万人に達し、留置施設はパンクしてしまった。


そして勾留期限が切れるとさっさと釈放してしまった。

英国役人「なんだ、どうして釈放する?」


南インド人「旦那(サーヒブ)様、留置所がもう一杯で御座います」

もはやこれは英印の堂々巡り、イタチごっこである。


物資の補給は途切れる事無く、密輸によって続けられた。

密輸ルートは大陸側と島側を結ぶ陸橋を使って堂々と行われている。

南インドのダナッシュコディとセイロン島のタライマンナール。


この距離は28kmの陸橋で深さは1m~10mしかない。

密輸業者は物資を小舟に満載してさっさと渡ってしまう。

そしてバイクにまた物資を満載して街の闇市で売っぱらう。


だが軍艦の部品などは何十トンもあり密輸では覚束ない。

これらをスリランカ国内で調達出来れば問題はないのだが……。


問題はスリランカの製造業の裾野の弱さだった。

金属製造/加工業者はほとんど無いか、全く無い状態なのだ。


メッキやネジ加工といった日本の下町にならどこでもある下請けがない。

造船に必要な工業製品/部品はすべてシンガポールまかせであった。


4つのドライドックを持つコロンボ・ドックヤードも例外ではない。

補修/交換の部品はシンガポール頼みなのだった。


英国はスリランカに一切の期待を掛けずに隷属化していた。

美味しいお茶、皮革/繊維産業以外に投資は行われていない。


光機関の1人のスリランカ人がこの事態を憂慮していた。

ススリパーラ・デ・シルバ、インド国民軍スリランカ部隊の隊長だ。


光機関の(おさ)の山本敏大佐もこの話を聞いて問題視した。

この話は自由インド政府チャンドラ・ボースに伝わった。


そこから陸軍大臣兼内閣総理大臣東條英機に伝わった。

東條「直ちに造船に必要な地場産業を拡充するように」


鶴の一声でまず徴兵から職工が引っこ抜かれてスリランカに向かった。

次に必要な設備がシンガポールから送られてきた。


ねじ転造設備、電気メッキ設備、電気/ガス溶接設備etc。

クズ鉄を製鉄する電気炉とガスタービン火力発電施設も構築した。


多くの施設が投資過多で完成が3~4年後になるものもあった。

そのころには戦争が終わっているのではないか?


だが日本の造船関係者は笑って言った。

「地場産業が根付けば、船舶修理だけでなく、造船も可能だ」


「造船が出来るようになれば注文も増え、収入も莫大になる」

「そうすればさらなる投資の呼び込みも可能になる」


「後は貴方たち自身で、もうやれるでしょう」

なんと資本投資は日本軍の補綴のためではなかった。


スリランカの発展も視野に入れた資本投資だったのだ。

この話にスリランカの技術者は涙を浮かべたという。


1942年04月20日トリンコマリー港に鹵獲艦隊が入港。

戦艦プリンス・オブ・ウエールズ、巡洋戦艦レパルス、空母ハーミーズ。


ハーミーズは破損箇所を修復中で乾ドック入りであった。

大改修が行われ、トップヘビーな艦橋は撤去された。


インドミタブル/フォーミダブルも修理/改修が終わり次第、合流する。

正規空母3隻は鹵獲艦とは言え、ありがたいことだった。


他、日本海軍は護衛空母2隻、海防艦12隻、潜高8隻が入港する。

鹵獲艦プリンス・オブ・ウエールズを旗艦とする機動艦隊を形成するのだ。


セイロン沖海戦のあと、空母赤城などの正規空母は内地に戻った。

真珠湾攻撃失敗以来、ずっと戦い詰めだった正規軍には休養が必要だ。


戦艦2隻、正規空母3隻、護衛空母2隻、海防艦12隻、潜高8隻。

この艦隊はトリンコマリー軍港に居座り、インド洋に睨みを効かせる。


護衛空母2隻が展開できるのは048機の航空機だ。

正規空母3隻が展開できるのは162機の航空機だ。


全210機というと結構な数である。

だがインド洋は果てしなく広く、この数でも覚束ない。


そこで艦隊保全主義という海軍戦略を使わせてもらう。

かつて英東洋艦隊は大英帝国の威光を背景にインド洋を睥睨していた。


強大な帝国の威光に恐れを成して敵国は戦わずして萎縮してしまった。

大英帝国は戦わずして相手をひざまずかせてきたのだ。


今や英東洋艦隊は日本海軍の戦力を甘く見たのが仇となった。

セイロン沖海戦で分かったように、実は日本海軍の方が強かったのだ。


連合艦隊司令部はその艦隊保全主義を鹵獲艦隊に適応した。

セイロン島のトリンコマリー港に鹵獲艦隊が駐留する。


スリランカはセイロン要塞島となったのだ。


その潜在的脅威が英東洋艦隊の海上活動を妨害する。

今度は英東洋艦隊が日本鹵獲艦隊に恐れを成す番だった。


英東洋艦隊は西インドのボンベイや東アフリカのモンバサに脱出していた。

まだ英東洋艦隊の主力は健在である。

軍征部監査課の要員は鹵獲艦航海日誌を調べていた。

空母ハーミーズ他鹵獲艦の日誌にはおかしなところがあった。


監査課A「この南緯0.65度東経73.16度に何があるんだ?」

監査課B「どの艦船もそこに必ず1日停泊している」

監査課C「停泊地か?そんなところには何もないが」


地図にも日誌にも記載されない謎の停泊地。

それこそがアッドゥ環礁とディエゴ・ガルシア環礁であった。


シンガポール、セイロン、マダガスカル、モンバサ。

どれも英国領良港で、軍事基地で補給も容易だった。


だがそれ故に一般人の流通と業者の出入りが激しい。

つまり容易にスパイが入り込め機密性は希薄である。


もっと機密性の高い艦隊停泊地(母港)が必要だった。

錨地に適した深度があり、戦略的価値のある絶海の孤島。


それがインド洋の絶海の孤島だったのである。


ここは補給基地で40隻ほどの艦船を養うだけの設備があった。

石油備蓄施設と補給物資や食品冷凍施設がある。


実際に潜高が偵察しに行くことになった。

潜望鏡からの視認によると、補給基地が確認された。


上陸する港も街も何もない補給だけの基地だ。

巨大な石油タンクは環礁の標高が低く、丸見えであった。


監査課A「秘匿名称ポートTという符丁はこれかぁ」

監査課B「保養施設もない補給だけの基地だ」

監査課C「これでは密偵も忍び込めないな」


すでに防潜網が張り巡らされており潜水艦の接近は困難だ。

まだ飛行場の設営には至っておらず、水上機が遊弋している。


日本海軍「じゃあ潜水商船伊三百六十一号を使うか」

これは兵装の全くない魚雷型潜水艦だ。


ペイロードは100トンで陸戦隊100名と陸戦兵器を搭載可能だった。

これが4隻で船団を組み、粛々とアッドゥ環礁に近づいてゆく。


まず護衛の潜水空母から水上機が2機発進する。

たちまちアッドゥ環礁のレーダーが機影を捉えた。


これがオトリだった。

環礁の東側から飛来し上空で旋回する。


環礁の西側から海上機動旅団400名が九五式折畳舟で上陸。

環礁の守備隊に気付かれる事無く燃料タンクを確保。


英国側の自爆用爆破装置を窒素冷却で無効化した。

あとは司令所の占拠だが、これは戦闘となってしまった。


英軍はボフォース40mm対空砲を水平撃ちして対抗してきた。

こちらも、と言いたいところだが潜水商船に大型火器は乗せられない。


日本側は迫撃砲でメチャクチャに撃ち返して沈黙させた。

敵は機関銃で応戦し、弾切れになるとライフルで撃ち返した。


ここは環礁で逃げ場はない。

塹壕もトーチカもない。


敵陣に白刃突撃を敢行し、銃剣術で敵を刺突、斬撃し蹴って抜く。

さらに虫の息の敵兵を殴りつけ、短銃で射殺する。


死屍累々だが一体ずつ頭を二発撃ち、とどめを刺す。

死んだふりで手榴弾で自爆する敵兵がいるからだ。


情けは無用、ここは戦場なのだ。


敵は最後の一人になるまで降伏しなかった。

環礁に無数の死体が転がり、惨たらしい事この上ない。


陸戦隊A「不屈のジョンブル魂というヤツか」

陸戦隊B「手強いヤツらだった」

陸戦隊C「海外にもサムライはいるのだな」


終わってみると英国兵1000名は全員戦死。

2000人の民間人は一時保護となった。


ほかのディエゴ・ガルシア環礁も同様である。

アッドゥ環礁とディゴ・ガルシア環礁は日本秘密基地となった。


スリランカを親日独立国家としたところで日本軍は停止した。

インド洋の制海権を獲ることがそもそもの目的だったのだ。


インド大陸にはベンガル~アッサム地方から侵入する計画がある。

オリッサ~ジャールカンド~ビハールの順で攻略してゆく。


さらにインド三大財閥も調略によって日本側に付けておく。

彼らはインドの造船と製鉄を一手に引き受ける巨大財閥だ。


これら調略は現在進行形でしばらく掛かるだろう。

おそらくはインパール作戦と共に開始されるだろう。

スーダンの首都ハルツームに居たチャーチルは茫然としていた。

「セイロンもアッドゥ環礁も日本軍の手に落ちてしまった」


チャーチルはもはや茫然自失であった。

英東洋艦隊は今、モンバサにいる。


もはや1隻も失えない。

出撃は禁止するしかない。


北アフリカ戦線は現在、英国側が負け戦になっている。

エジプトの副首相アトリーには頑張ってもらうしかない。


スエズ運河を絶対に独国軍に渡してはならない。

Uボートも独戦闘艦もスエズ運河を通してはならない。


インドも反英運動華やかなりしとはいえ、まだ英国領だ。

ケララ州コーチ、ゴア州ゴア、カルナータカ州マンガロール。


インドの良港が西インド沿岸(英国領)には含まれていた。

これが残っている限りなんとかなる。


アラビア半島南端は古くから欧印通商の要衝だ。

ここには英国の要害アデンがあった。


英国は1839年からここに海軍基地を置いている。

スエズ運河のある紅海入り口にある。


ここがあるかぎり、スエズ運河航行は安全だ。

チャーチル「まだいける!やれる!」


だがこれがチャーチルの最後の遠吠えとなった。

終戦まで彼には何の力も無かったのだった。


トノサマガエルとシマヘビのにらみ合いの如くである。

先手で動き始めた方が不利になる膠着状態を作り出したのだ。

ついにセイロン島とインド洋制海権は日本のものとなりました。鹵獲艦隊がこの方面を”艦隊保全主義”で維持拮抗します。カエルとヘビのにらみ合いというヤツです。先に動いた方が負けという膠着状態を作り出したのです。次回は高分子材料です

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