アシカ作戦(3/4)
いよいよ上陸した4200輛の戦車と30万人の歩兵たち。彼らを阻む1万人の英国民兵は火炎放射器で蹴散らされてしまった。もはやロンドンは風前の灯火であった。
準備の間に上陸訓練も練り上げた。
揚陸艇母艦には全通甲板があり発艦が可能だ。
Bf 109T-1A、Me 155A戦闘機が艦載可能である。
空母ではないので着陸は不可能である。
着艦用空母は鹵獲した仏ジョッフル級航空母艦2隻を使う。
また戦時標準船型ツェッペリン級4隻も完成次第使用する。
ツェッペリン級はグラーフ・ツェッペリン級とは違う空母だ。
7000トンしかない護衛空母である。
こうして上陸部隊直掩機の準備も万端だった。
1940年07月10日バトル・オブ・ブリテン始まる。
1940年08月13日英本土航空決戦が始まる。
Me109E-LS(Langstrecken)は航続距離を伸ばした増槽追加型だ。
胴体後部とエンジンを繋ぐ複雑なパイプラインを日本人は一喝した。
日本人技師「どこをどう繋げばここまで複雑になるんだ」
「気泡?そんなのコンデンサで何とかしろ」
スウェーデンにいたゼロ戦技師がすっ飛んできた。
「ここはこう!そっちはそう!」
こうして迂回回路をでっち上げて増槽を取り付けた。
Me109Eの戦闘時の飛行時間は30分近く伸びた。
Me109E-LSは英スピットファイアやハリケーンと互角に戦った。
これにもゼロ戦技師の改造が活かされていた。
日本人技師「旋回性能をアップさせ、フラップを倍力装置でどうのこうの」
「翼端失速?ウイングレットだ、あと風防横開きはどうのこうの」
ドイツ人技師A「これがウワサの日本魔改造か」
ドイツ人技師B「防滴形アクリル防弾キャノピー?」
ドイツ人技師C「ええ?コレ別の飛行機じゃん」
航続距離、旋回性能の良くなった独国機。
もはや独国機と英国機の差異はなかった。
ヒトラーはベルリン爆撃の報復にロンドン爆撃をしなかった。
ヘルマン・ゲーリング空軍司令官の仕業である。
ヒトラー「よくもわが帝都ベルリンを爆撃したな」
「チャーチルめが!ロンドンが灰燼に帰すのを見るがいい!」
ゲーリング「君子火中の栗を拾うなかれ!」
「とラ・フォンテーヌの『寓話』の中にも御座います、総統」
ヒトラー「ななんだとうっ」
ゲーリング「暴力に暴力で返すのは美しくありませんぞ」
怒り狂うヒトラーを、子供をあやすようになだめるのが得意技だ。
ゲーリング「チャーチルは何も分かっていない迷子の子羊」
「諫める事はすれども、引き裂いては後顧の憂いを残します」
「チャーチルは直情で遠慮が無いためにかえって喧嘩になるのです」
ゲーリング「ここは思慮深さをお示し下さりませ」
「独国は世界に冠する王国、慈悲深き君主こそ貴方なのです」
普通ならコイツは何を言ってるんだと一喝されるシーンだろう。
だがヒトラーの感性はどこか違っていた。
ヒトラー「撃墜王の貴様が言うのだからその通りなのだろう」
「いかにも私は偉大なる王、世界に冠する独国の帝王なのだ」
ゲーリング「もう二度とベルリンを毒牙に掛けられてはなりません」
「英国陸軍航空隊の持つC-47、B-17の基地を叩きましょう」
こうして誘導する事によって目標は無差別爆撃から軍事施設に移った。
その代わりビギンヒルやマンストン等の航空基地を完全に破壊した。
ロンドンを守るはずの防衛軍飛行場が次々と壊滅してゆく。
縦深防御で敵の進撃を鈍らせる筈がこれでは役に立たない。
日本が魔改造したMe109E-LSの威力は絶大だ。
チタニウム防弾板(Ti-6Al-4V)のために当たっても落ちない。
アクリル防弾キャノピーはヒビで真っ白になるが割れない。
冷間圧接で別部品なので前方視界は確保されている。
弾丸は貫通せず、弾かれてしまった。
飛行機の防弾板を作る鉄工所には怪しい機械が運び込まれた。
独国人は錬金術師でも見るような視線を日本人に送った。
独国人工員A「最新鋭のタンデム式連続熱間圧延設備だと」
独国人工員B「粗四塩化チタンを1100度でいとも簡単に!」
独国人工員C「まず熱間圧延加工ができる時点でおかしい」
航空機温存のために戦闘を控えるようになった英軍。
英航空部隊は航続距離外の基地に撤退した。
後退の際に英空軍は燃料タンク爆破を怠っていた。
あとで取り返しに来るハラだったのだろう。
燃料はすべて抜き取られ、備蓄タンクはカラだった。
一方、最新鋭電子兵器は徹底的に破壊された。
レーダーと管制装置は粉微塵に吹き飛ばされていた。
PPI表示装置とGFCS関係は持ち去られていた。
レーダー基部にはYAGIの打刻が見て取れる。
分割陽極マグネトロンはバラバラに床に転がっていた。
独工兵A「日本人発明者八木(YAGI)の打刻があるぞ」
独工兵B「高出力マグネトロンは岡部助教授の発明だ」
独工兵C「日本がうらやましいなあ」
独国は日本の組織隔絶のひどさを知らない。
てっきり日本は最新の電子装備なのだろうと勘違いしていた。
こうしてロンドン南方の飛行基地はがら空きになった。
続々と独航空機が飛来し飛行場で羽を休めた。
1940年08月23日。
英本土上空の航空決戦は終了した。
制空権はすでに独国のものとなっていた。
英国戦闘機部隊の首都防空機能は消失していた。
1940年09月14日。
アシカ作戦が決行される。
それを叩くべき英国側制空権はなくなっていた。
上空を友軍機に守られながら独陸軍は粛々と上陸する。
のべ30万の将兵、4200輛の戦車が揚陸に成功。
それをガマン出来なくなった義勇兵たち。
1万の英義勇兵が独機械化部隊に突撃を敢行。
民兵「まさか65歳で戦場に駆り出されるとは」
民兵「本土決戦が鉄管に銃剣の即席槍とは情けない」
民兵「見敵必戦、鎧袖一触、寡をもって衆を倒す」
だが民兵と正規軍では装備や鍛錬に差がありすぎた。
Sd.Kfz.251/01:赤外線暗視装置装備型(ファルケ)。
Sd.Kfz.251/16:火炎放射器搭載型。
Sd.Kfz.251/20:赤外線照射灯搭載型。
これら改造装甲車が物陰に隠れこっそり近づく民兵を掃討した。
赤外線探知装置は人間を熱源として探知出来る機能を持つ。
発見するそばから火炎放射器の餌食になってしまった。
あっという間に民兵は蹴散らされてしまった。
制空権を奪っているため、敵飛行基地をそのまま使える。
独軍部隊はいよいよロンドンに迫っていた。
ケンレー、ビギンヒル、ホーンチャーチの航空基地は占領済みだ。
もうロンドンを守る航空戦力は崩壊している。
ローマ時代から続くブライトン道路に独戦車が現れた。
ノース・サーキュラー道路にもその姿が現れた。
ロンドン市民は恐怖にパニックに陥った。
恐惶/恐懼攻撃といい恐怖を煽るものだ。
4200輛の戦車がどこまでも見渡す限り続いていた。
一発の砲弾も飛び交わず、ロンドンは独軍に占領された。
英国王室はスコットランドに避難しようとした。
アバディーンシャーにあるバラモラル城が避難先だ。
だが脱出前にバッキンガム宮殿は閉鎖されてしまった。
まわりには独戦車が充満しているのだ。
衛士「ケンジントン宮殿へは秘密地下通路を使って行けます」
王室一族は秘密通路を通ってケンジントンに逃れた。
しかしハイドパーク横のケンジントン宮殿も同様に囲まれている。
王室は今、宮殿に監禁も同然である。
チャーチルは窮地に立たされていた。
英国は正規の高射砲部隊を殆ど海外へ派兵していた。
本土防衛の要は防空戦闘機隊(RAF)に切り替えていた。
高射砲はバトル・オブ・ブリテン時に1140門しかなかった。
これらをロンドンにある8つの王立公園に分散配備した。
だが公園がかえって標的になってしまい、今は全滅している。
もはやチャーチルに出来る事はなかった。
内閣総辞職の書類にサインする事ぐらいしか能が無かった。
チャーチル、そして亡命政府のド・ゴール大統領はもはや独軍の前にひれ伏すしかありませんでした。英国が独国領になれば英国最大領インドも風前の灯火です。これは後年のインパール作戦にも多大な影響を与えることになるのです。次回はアシカ作戦(4/4)です




