ノモンハンの男(6/6)
ここでT-34戦車の試作品A-34が出てきますがこれはIF歴史になります。バイソン移動型トーチカは英国が実際に作って運用しました。飛行場を独軍空挺部隊から守る為だったようです。参謀本部が関東軍に増派をしようとしたには本当です。しかし正史では断ってしまい、ノモンハン事件は大損害を被ってしまいます。
ソ連軍は司令部との連絡途絶、弾薬の枯渇、歩兵の消耗で虫の息だ。
07月04日とうとうソ連軍は、砲の尾栓を抜き、撤退を開始した。
最前線を守っていたモンゴル義勇軍。
彼らは櫛の歯が抜けるように逃げ出していた。
もともと彼らは強制徴用組であり、ソ連への愛国心に殉ずる気はない。
それに代わってコサック兵が前線に配備され始めた。
異様な砲弾の消費率から誰でも激戦である事は分かる。
前線の戦況を文字でしか知らない東京の参謀本部でもそれは分かった。
参謀本部は日中戦線より日ソ戦線のほうが心配になってきた。
「砲兵旅団を送ろうか、どうしようか?」
関東軍は「どんどん来い、どんどん」の精神で陸軍の増派を受け入れた。
今までどんなに要請しても中央がハルハ川に着た事は無かった。
蔣介石の国民軍なんかとは違う欧州戦線の強力な軍隊なのだ。
ドイツ兵器を持て余した、にわか仕込みの中国兵とは桁が違う。
辻「1度ソ連戦を体験してみれば分かることだ」
「中央も最前線を体験すれば、素っ頓狂な事は言わんだろう」
中央の増派は重加農砲80門強の大増派である。
八九式十五糎加農砲の砲兵旅団が九八式六屯牽引車と共にやってきた。
こうした攻勢の中、作戦会議ではまた素っ頓狂な会話が交わされていた。
前線を担う第23軍と戦況を知らない第06軍のいざこざであった。
第23軍「会議室の官僚に現場の何が分かる」
第06軍「現場の山出しに戦略の何がわかる」
辻「まあ、好きにしてくれ、オレも好きにするから」
辻参謀はさらに兵力増強に奔走していた。
川の架橋は軍橋(戦車渡河可能橋)に変わり、その数は28にも達した。
戦闘に必要な弾薬の類いは、さいわい南満陸軍造兵廠が製造している。
燃料、食料は備蓄基地を各所に設け、補給と流通を厳とした。
辻「補給と流通は戦闘の要だ、いまにわかる」
哈倫阿爾山までハルビンから鉄路が通っている。
そこを九四式装甲列車が警備しながら、貨物列車が行き来していた。
五式四十粍高射機関砲を装備したバケモノである。
独軍が波蘭戦で鹵獲したボ式機関砲のコピーだ。
ボフォース40mm対空機関砲は瑞典製の機関砲の傑作だ。
コレを独国から1基だけ融通してもらい、コピーしたものだ。
冶金技術は独軍技術者が来日して全てを伝授していった。
この装甲列車にソ連のコサック遊撃隊が襲いかかった。
コサック兵A「死ね、ヤポーシキ!」
コサック兵B「火炎瓶をくらえ!」
コサック兵C「喰らってくたばれ!」
ガソリンの火炎瓶は爆発炎上するため、列車最大の敵だった。
だが九四式装甲列車は40mm対空機関砲で武装しており事情が違う。
ドン、ドンドンッ!
機関砲が火を噴いた。
投擲体勢に入った姿勢のまま、コサック兵の上半身が吹き飛んでしまった。
ソ連兵は赤十字の旗を目印に、野戦病院を攻撃し全滅させる輩である。
日本兵「情けは無用、全滅させろ!」
ドン、ドンドンッ!ドン、ドンドンッ!
奥満州の平野にいつまでも機関砲音が轟いていた。
哈倫阿爾山からハルハ川までは鉄路は無い。
道路を走破するのはロードトレイン(武装車列)である。
護衛のSdKfz251/16は火炎放射器、SdKfz251/21は機関砲を装備。
まさしくLandShipとして、シベリア大地を睥睨していた。
それでもコサック遊撃隊は果敢に襲いかかってきた。
いわゆる「ソ連式特攻」というヤツだった。
1分でも足止めすれば、味方に時間的余裕が生まれる。
そういう考えは尊いが、しかし所詮は無駄死にであった。
日本は補給路を確保、兵站を次々と最前線へ送り届けた。
ソ連もシベリア鉄道を直そうと必死の作業が続いていた。
だがソ連はシベリア鉄道修理に、もう3ヶ月掛かる予定である。
敵は残った戦力のみならず、露蒙軍事同盟のすべての戦力を投入した。
すなわち蒙古駐屯地から、戦車、装甲車、野砲、歩兵を掻き集めた。
ソ連戦力:戦車200弱、装甲車300弱、火砲100余、歩兵12000余。
日本戦力:戦車120余、自走砲140余、火砲020余、歩兵22000弱。
07月23日総攻撃が始まる。
09月15日停戦の合意が成る。
ここでも辻参謀の奇策はいかんなく発揮された。
まず制空権を奪われたソ連軍は航空機の支援がない。
こういった戦闘ではまず爆撃機が敵陣地に爆撃を加える。
セオリー通りに日本の九七式重爆撃機が爆弾を見舞う。
爆撃機は爆弾倉からはみ出るほどの超大型爆弾を投下。
爆撃機が落としたのは3mはあろうかという巨大な爆弾だ。
それはフィンランドの冬戦争でソ連が見舞ったものと同じだ。
ジェーコフ「収束爆弾だ!」
ドスンツ!
陣地の真っ只中の落っこちたそれは不発だった。
よく見るとそれは白樺細工/ベレスタだった。
中からいいニオイがしてくる。
露兵A「モロトフのパン籠じゃあないのか?」
露兵B「なんだこれ!ホカホカだぞ」
露兵C「ピロシキじゃないか!」
空からピロシキが降ってくる!
辻参謀の厭戦気分を煽る謀略作戦だ。
日露戦争で捕虜となったロシア人の末裔が兵庫県姫路市にいた。
地元交流の下にピロシキやボルシチが振る舞われた。
その末裔が腕によりをかけて造ったピロシキだ。
ロシア風に甘いジャムピロシキもあった。
辻「郷愁をそそる作戦だ」
「ホパーク(Hopak)も流すぞ」
懐かしいメロディが戦場に鳴り響く。
ジェーコフ「おのれ、こちらも仕返しだ」
ソ連が流したのは佐渡おけさだった。
日本軍の忍び笑いが聞こえてきそうだ。
多くの日本兵士がお腹を押さえて身体を屈曲させていた。
兵士は常に沈着冷静で笑ってはいけない。
辻「負けた、ソ連の謀略に負けた!」
「まさか笑いを取りに来るとは!」
その日は双方とも戦闘は控えたという。
だが翌日からは大口径砲の猛烈な撃ち合いがはじまった。
08月の終わり、奥満州には秋はなく、いきなり冬になる。
09月には雪も降り始める。
満州の冬は零下50度にもなる。
決着は冬が来る前に付けねばならない。
簡易自走砲のSdKfz251/9(75mm)も猛烈に撃ち始めた。
戦車は言わずもがな、撃って撃って撃ちまくった。
ソ連軍戦車は次々にやられていった。
だがどうしても打ち抜けない戦車がいる。
前面装甲45mm厚のA-34(試作型T-34)戦車だ。
戦車砲は85mm高射砲の転用で破壊力は絶大だ。
辻「九二式十糎加農砲のジロ車を出せ!」
「長砲身の100mmカノン砲で対決だ」
相手は試作車らしく3台しかいなかった。
日本も試作車なので3台しかいなかった。
初弾はA-34のほうが早かった。
ビュン、ヒュンッ、ガッキイイ~ン!
ジロ車の前面装甲は35mmしかない。
それを増加装甲で55mmに溶接していた。
それに85mm砲弾は跳ね返ったのだ。
物凄い振動と反響音が自走砲を襲う。
自走砲は露天なので上部は空いている。
まさに生死を分けた瞬間だったのだ。
操縦兵「死ぬかと思ったよ」
装填兵「今度はこっちの番だ」
戦車長「くらってくたばれ!」
ドグォ~ンッ!
ビュン、ヒュンッ、ボッコオオ~ンッ!
ドッカアア~ンッ!
A-34は砲塔が吹っ飛び、炎上した。
ソ連側は対戦車戦を早々に切り上げた。
代わりに歩兵を狙い始めた。
辻「うまい作戦だ」
「兵力を削り、橋頭堡も妨げられる」
「だが、こんなこともあろうかと」
のっそりした秘密兵器が現れた。
辻「バ式移動型トーチカを前面に押し出せ」
バイソン移動型トーチカは3トントラックをトーチカにしたものだ。
自動貨車は3000輛以上が確保されている。
それを急遽トーチカに改造していたのだった。
それに兵士は入り込み、あるいは車影にかくれて爆風を凌いだ。
その間に戦車/自走砲/野砲群が敵陣地を撃破した。
こうした撃ち合いが1ヶ月も続いて、ソ連軍は磨り減っていった。
蒙古駐屯軍しかいないので援軍が来る訳でもなく砲弾も枯渇した。
ソ連はノモンハン事件が消耗戦になる傾向を察知していた。
ソ連にはポーランド侵攻作戦がこの後にも控えている。
二面作戦はソ連の望むところではなく、停戦が模索された。
日本も蔣介石との日中戦争を抱えており、両者の利害は一致。
こうしてノモンハン事件は終息したのだった。
辻「せっかく水陸両用自走架橋車も用意したのに」
「ブイル湖で試したかったなあ」
いざ戦闘が終わってみると、出るわ出るわ、辻参謀の独断専行の数々。
だがその独断専行が今回の勝利にみな繋がっていたのだ。
辻参謀は諸々の独断専行と数々の戦功を相殺、不問に付した。
辻「思いの丈をぶつけた作戦に悔いはない」
そして第11軍(漢口)司令部付の軍規係に降格となった。
参謀(将校)からお巡りさん(一兵卒)になってしまったと言っていい。
辻「今こそ軍に潜む奸佞邪知の輩を一掃すべき時だ!」
辻はかえって、降格を「腕を振るう時期到来」と意気込んでいた。
この後、辻参謀は中佐に進級、台湾軍の研究部第1課に配属になる。
この司令部付き研究所で南方作戦の秘策を練るのである。
正史では勿論空からピロシキが降ってくるワケありませんがロシア陣地にワザとチョコレートや砂糖菓子を残してきた事があったそうです。厭戦気分を高める為に、正史でもソ連が流したのは佐渡おけさでした。どういう意味でこの選曲だったのかは不明です。次回は金星ゼロ戦(1/3)です




