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(本編完結)また第二次世界大戦かよ  作者: 登録情報はありません
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南京事件(3/4)

この章はほぼ正史の通りです。弱冠違うのは青幇工作員の街頭演説のくだりです

11月05日、日本軍新鋭部隊の第10軍が杭州湾に上陸する。

上海事変は終息に向かっており、戦功を上げる術はもうなかった。


第10軍司令の柳川平助は不満顔だった。

「槍先功名をいまだ得ず」


仕事は中国軍の撤退を鈍らせる些末なものだけだ。

柳川はどうにもこうにも歯がゆかった。


柳川「せめてもう一太刀浴びせたかった」

これでは浮かばれない、そういう気概があったのだ。


松井石根「なに、第10軍に妖しい動きだと」

国民軍の後方攪乱を命じた第10軍が突出している。


松井「少し休ませろ、南京攻略が12月に控えている」

トラウトマン工作の結果待ちだった南京攻略。


だが中国側はもう一歩したたかだった。

蒋介石には腹案があったのだ。


交渉人であったトラウトマンも段々分かってきた。

「まとまらないのではなく、まとめる気がない」


トラウトマンは蔣介石に会い、何度も会合を持つ内に分かってきた。

会合を続ける事自体がワナだったのである。


蔣介石「なるほど、中国は戦闘では日本には勝てないだろう」

「だがここで国民党率いる軍が降伏すれば、中国で革命が起きる」


「共産党による政府が勃興して中国全土が赤く染まるだろう」

「それは日本にとって永遠の敵を作る事になる」


蔣介石「だから我々はいかなる好条件でも降伏することはないよ」

こういう腹案でトラウトマン和平交渉を引き延ばしているのだ。


11月06日蔣介石は日本との交渉を拒絶。

これを受けて日本軍は南京攻略を決意。


日本「首都南京さえ落とせば戦争は終わる」

古来首都さえ陥落させれば、意気消沈して戦争は終わった。


蔣介石は南京から重慶へ遷都しようとしていた。

この後退戦術もまた蔣介石のワナなのだった。


中国軍が後退すれば、日本軍は追い付こうとするだろう。

広大な大地はそれだけで時間を作ってくれる。


追えば追うほど戦線は伸び切って、やがて切れてしまう。

補給の切れた日本軍を撃退するのは簡単だ。


だがそれはこれから先の後退戦術の話だった。

今は南京の処遇はどうなるのか、これを決めるのが先決だ。


11月11日南京を放棄か死守かで国民軍首脳陣は紛糾。

放棄なら無血開城、死守なら双方に出血を強いる事となる。


その時、唐生智一級上将が「血肉をもって死守する」と主張。

蒋介石「ならば全てをキミにまかせよう」


唐は南京防衛の最高司令官に任命された。

実は、唐生智は逃亡癖のある高官である。


1927年11月反蔣勢力に席を置いていたが負けて日本に逃亡した。

1929年04月今度は蔣介石の元に寝返り反蔣勢力と戦った。


1929年12月反蔣勢力に再び寝返って負けて1930年に逃亡した。

1931年満州事変とともに再々度南京政府の蔣介石に下る。


頭が良く要領がいいのか、単なる日和見主義者なのか?

ひょっとしたら両方かも知れなかった。


それを知って、蔣介石は南京死守に捨て駒として置いたのかも?

信用ならんヤツとして使い捨てにしたのかも知れなかった。


一方、第10軍の動きは急に激しくなった。

突如として撤退する中国軍を追いかけだしたのだった。


11月19日第10軍が独断専行で「南京攻略戦」を開始。

松井「あの老獪(柳川)が功名心に逸りおって!」


陸軍は戦意旺盛な武官を処罰しない甘いところがある。

今回も独断専行を罰するより迅速伝来な進撃を褒めてしまう。


11月24日追認の形で第10軍を先遣隊に任じた。

武士の勲しを称える古い仕来りが軍隊にはまだ残っていた。


11月20日蔣介石は重慶への遷都を決定、南京を離れた。

11月24日南京は唐生智が死守する事を誓った。


ここでいう死守は死ぬまで戦うの意味である。


兵士は逃げられぬよう足を陣地に縛っていた。

長江の艦艇を爆破し、退路(退却)を断っている。


11月28日蒋介石がトラウトマン工作の受諾を模索。

蔣介石は度重なるトラウトマンの交渉に心を動かされていた。


上手く行けば国共合作のまま、共産党とやれるのではないか?

唐生智も「皆が賛成ならそれでいい」といったという。


12月02日蒋介石はトラウトマンに交渉を受け入れる事を伝達。

蔣介石「交渉のテーブルに着く事もやむなし」


だが、時すでに遅し、1日の差でトラウトマン工作は破談した。


12月01日日本軍上海派遣軍の南京攻略命令下達。

日本軍は先遣隊の第10軍に続き、全軍が進撃を開始した。


中国側が返答を保留している間に南京攻略戦は始まったのだ。


日本軍は連戦連勝で、南京に国民軍を追い込んでいった。

戦争難民と城外守備隊の撤退とで城内は溢れかえっていた。


12月09日南京総攻撃の日がやってきた。

ここでも松井司令官はまだ和平交渉に拘っていた。


松井「オレは張作霖爆殺も未然に防いだ」

「南京の人心はガタガタで、無血開城のチャンスはある」


爆撃機は爆弾ではなく降伏勧告のビラを城内に撒いた。

「翌10日正午、句容街道にて降伏の軍使を待つ」


すでに城内には20万人の一般市民と国民軍約13万余人が犇めいていた。

ビラは「拾うな」「見るな」「読むな」だったが、誰でも手に取った。


南京には長江の港湾作業員が数多く逃げ込んでいた。

その殆ど全てが青幇の政治工作員だった。


工作員はみかんの木箱に乗って街灯演説をした。

駅前、繁華街、交差点など人通りの多い場所が選ばれた。


工作員A「これ以上の抵抗は無意味だ」

工作員B「我々はもう充分に苦しんだ」

工作員C「今は降伏の軍使を出そう!」


演説を聴こうと多くの市民が集まってきた。

戒厳令下で言論の自由、集会の自由は制限されていた。


反軍演説は国家を危殆に瀕せしめる臣民の敵だ。

これは忽ちに国民軍の知るところとなった。


国民軍兵士A「こらっ大衆扇動は極刑だぞ」

国民軍兵士B「詭弁は許さんぞ!」

国民軍兵士C「即銃殺!」


脱兎の如く政治工作員は逃げ消え失せた。

国民軍兵士はとうとう彼の捕縛に失敗した。


いっぽう南京防衛司令部では唐生智が悩んでいた。

「血肉をもって南京を死守」がこの有様だ。


すでに南京城外の全軍が城内に逃げ込んでいた。

城外は三方向(一方向は長江)が日本の戦車で一杯である。


漢奸は斬っても斬っても、キリがなかった。

漢奸とは日本軍に通ずる裏切り者。


兵士たちの間にも厭戦気分が広がっていた。

このまま戦闘になったらどうなることか。


オレだけならまだ逃げられる・・・・・・。

いっそのこと、このまま逃亡すれば・・・・・・。

唐生智はこの後南京を脱出するのですが、ドアを間違えてしまいます。次回は南京事件(4/4)です

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