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(本編完結)また第二次世界大戦かよ  作者: 登録情報はありません
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第一次世界大戦マルタ出征(3/3)

いよいよソナー初登場、ちなみに1917年英国がソナーをトロール船で曳いて実験したのは実話です、

指向性探査音を出す。

キン、キン、キン。


潜水艦がいれば反射音が返ってくる。

キン、キン、キン、キン・・・コン、キン・・・コン。


聴音員「反応あり、左舷」

反射音の間隔から距離を割り出し深度を計算する。


「距離2000m、深度10m」

「ヤバイ!潜望鏡深度だ」


一方独潜水艦U63でも緊張が走っていた。

オットー・シェルツェ艦長「なんだ、この音は?」


コン、コン、コン。

外板に軽快な音が響いている。


艦長は何が何だかわからなかった。

無理もない、史上初の水中探査音だ。


だが今は魚雷発射に集中だ。

艦長は気を取り直した。


艦長「魚雷発射用意、諸元入力、おや?」

トランシルヴァニア号が急に向きを変え始めた。


しかも駆逐艦らしき艦影がこちらに向かってくる。

艦長「発射管扉閉鎖!急速潜航!」


なにが起こったのかは分からない。

逃げ切ってからゆっくり考えれば良いのだ。


聴音員「敵Uボート遠ざかります」

「探知外に逃走しました」


くそ、逃がしたか・・・・・・。

残念なような安堵のような複雑な気持ちだった。


今回世界初の水上グライダーの出番はなかった。

一方独潜水艦U63では艦長がソナーについて話していた。


シェルツェ艦長「話を聞いた事がある、ソナーの探知音だ」

1917年オトランド海峡海戦でのことだ。


ドリフター(流し網漁船)で水中聴音機を英国が試していた。

全指向性と指向性の2つのハイドロフォンを試したのだ。


その写真は独国スパイが入手し、潜水艦艦長に配布された。

シェルツェ艦長「まさか1年で実用化してくるとは・・・・・・」


独艦長は知らなかったが、すでに哨戒艇には艦載されていた。

HMS P59という英国哨戒艇だ。


実用的ASDIC(ソナー)を初めて艦載した艦船だ。

その水中聴音機はなんと500kgもの重量があった。


1924年にスピーカーが発明されるまで試行錯誤の連続であった。

同じ原理で作動するマイクロフォンも同様である。


艦長「1915年から水中聴音機が艦載されたと聞く」

「パッシブソナーなら欺く方法はある」


「浮上航行に切替!全速だ」

客船はアレキサンドリアに向かっていた。


「客船の航路に先回りして潜航待ち伏せする」

独潜水艦U63は水中で無音待ち伏せするつもりなのだ。


先刻はパッシブソナーで聴音してアクティブに切り替えていた。

艦長「なら無音水中待ち伏せなら感知できまい」


イタリアのジェノバ湾、サボナにあるVado(ヴォード)岬。

その南4kmの海域でそれは起こった。


待ち伏せていたU63は一発の魚雷を放った。

護衛艦松のパッシブソナーがそれを捉えた。


近い!聴音員はヘッドフォンを投げ捨てた。

聴音機を引き揚げる暇も無かった。


魚雷が命中し爆発すれば、聴音機も破裂してしまう。


ドッグアアア~ンッ!

トランシルヴァニア号左舷に魚雷が命中した。


突然客船はぐるぐると向きを変え始めた。

どうやら舵をやられたらしい。


やがて機関が停止して客船は漂い始めた。

機関が停止した客船は単なる標的でしかない。


客船は海水による浸水で、ゆっくりと後部から沈み始めた。

船首のほうから短艇が降ろされ始め、退避が始まった。


直ちに護衛していた駆逐艦「松」が救助に向かう。

「榊」はその周辺を警戒して、ソナーを降ろした。


「榊」は幸い水中聴音機を降ろしておらず、難を逃れていた。

ものすごいノイズが海中から聞こえてくる。


沈没の騒音(ノイズ)で聞こえず、水中聴音機はもう役には立たない。

ゴボゴボ、バキバキ、船が軋み壊れる音しか聞こえない。


指向性探信音は沈みゆく船の破片に反射して要領を得ない。

上原艦長「目視でやるしかない!」


一方救援に向かった松はトランシルヴァニアの船尾に横付けした。

バキバキメリメリ後檣(こうしょう)を擦る荒仕事である。


攻撃態勢の榊は魚雷の航跡を辿って、発射点に向かった。

水雷長「デプス・チャージ投下用意!」


これは後の世の「爆雷」のことだ。

当時最新兵器であるために和製語がまだない。


水雷長「ソナーに反応はあるか?」

聴音員「聴音無し、アクティブ反響無し」


上原艦長「反響音が無いのは着底かもしれん」

水雷長「ジェノバ湾の深度は2800mですが」


上原艦長「・・・・・・」

水雷長「・・・・・・」


上原艦長「水温躍層に潜んでいるかもしれん」

水雷長「デプス・チャージ投下します」


聴音員「混合層下端深度100m」

水雷長「デプス・チャージ調整100」


聴音員「ソナー抜去完了」

水雷長「装填台で指を挟むな」


ボシャン、チャポン、ピチャ~ン。

ヘタレな投下音とともにデプス・チャージ投下。


ビシンッ。

水中爆発で水面が白く泡立つ。


ドグオワ~ン、ズシーン、バッシャアア~ン。

物凄い水柱が何十mまでも噴き上がった。


だが漂流物も重油も浮き上がらない。

水雷長「これはいないな・・・・・・」


日本軍はこの戦訓を元に深度可変ソナーの開発に取り組む。

水温躍層の正確な探知こそ対潜探知の要なのだ。


上原艦長「これだけ投擲すれば・・・・・・」

その時、艦橋監視員が大声で警告した。


艦橋監視員「右一点、魚雷近し!」

上原艦長「後進全速、緊急回避!」


狙われたのは榊ではない。

客船トランシルヴァニア号だ。


魚雷は榊を越え、松を通り過ぎ、客船左舷中央部に着弾した。

ズシンッ、ビリビリビリ、ドッカアア~ン。


折しも脱出の最中で海面は短艇で一杯だった。

客船は3000人の陸兵を満載していた。


短艇はその退艦作業でおおわらわの最中だ。

爆圧の衝撃で短艇は吹っ飛ばされた。


乗っていた陸兵が海に投げ出された。

漂流者が多数いては、これではデプス・チャージは使えない。


爆圧で漂流者の腹が割けてしまう。


上原艦長「対潜迫撃砲用意」

榊の艦長は最新兵器を使うつもりだ。


迫撃弾は威力は小さいが信管は接触式だ。

爆発位置が潜水艦の位置なのだ。


水雷長「発射!」

スポポポーンッ。


12発の迫撃弾が円形に撃ち出され着水した。

だが爆発はない、目標はそこにはいないのだ。


水雷長「発射!」

スポポポーンッ。


2回ほど投擲を行ったが爆発は起きない。

水雷長・艦長「そうだ、僚艦松は!」


松は孤軍奮闘していた。

すでに1000人もの陸兵を駆逐艦の狭い甲板に乗せている。


松だけでも250名近い乗員が乗っている。

1000人上乗せは明らかにオーバースペックである。


しかも客船の陸兵は3000人いるのだ。

榊はSOSを発して連合軍の僚艦の到着を待った。


客船トランシルヴァニア号はとうとう沈没し始めた。

破孔からの進水がとうとう浮力を上回った。


船首がゆっくりと没していく。

やがて艦尾が持ち上がった。


逆立ちしたような格好でなにやら止まった。

船内の残留空気の圧力が最後のあがきを見せていた。


それからスルスルと沈み始め、あっという間に沈没した。

駆逐艦乗員と救助された英国兵士は茫然とそれを眺めていた。


榊はソナーを降ろして探ったが反応はなかった。

独潜水艦U63は何処かへと去った後だった。


マルタ島へ帰港した護衛艦隊は意気消沈していた。

またもや敵を見失い、護衛していた貨客船は撃沈された。


駆逐艦榊の艦橋では上原艦長がうなだれていた。

「マルタ島のメスエン総督にどう申し開きすればいいんだ」


港には多くの市民が集まっているのが遠目に見えた。

艦橋監視員「こりゃあ騒ぎになるぞ」


だが入港してみると、それは貨客船沈没の遺族の人たちだった。

船員や従軍看護婦、兵站輸送の民間人、事務方の派遣社員etc。


多くの非戦闘員と共に200余人が海の藻屑と消えた。

船と共に海底に沈んだために、遺体も遺品もない。


街にある大時計が弔鐘(ちょうしょう)を鳴らしている。

生存者もうなだれて、波止場に上陸した。


しばらく後に、遺体のない霊柩が郊外の墓地に埋葬された。

十字架にすがって泣き崩れる者、項垂れる者、天を見据えて瞑目する者。


若き日の山口多聞はその悲哀を墓地事務所に集まった仲間と見ていた。

マルタは英国領であるが、公用語はマルタ語であり、分かる者がいない。


葬式に出ようにも言葉が分からず、死者をとむらう弔辞さえ言えない。

一応、駆逐艦準士官以上の者は出席、儀仗兵を遣わすなどはしている。

第二特務艦隊の佐藤皐蔵少将司令官は航空機の活用を決断する。

カタパルトを装備した商船「CAMシップ」の使用である。


貨客船の船首側第一格納庫を閉鎖して、カタパルトを設置。

加速は火薬式か、ロケットモーターで射出する。


佐藤「もう二度とUボートの好きにはさせん」

「上空から潜水艦を見つけて爆弾を投下する」


潜水艦が魚雷を発射するには潜望鏡深度に浮上しなければならない。

その深度なら航空機から見れば水中は透けて見えるのと同じだった。


そこに一発キツいお仕置きをぶちかますワケだ。

こうして潜水艦は秘密兵器ではなくなっていた。


航空機の出現が陸海軍の概念を覆してしまったのだ。

山口多聞「こうなるとヘリコプターが欲しいなあ」


1917年墺洪帝国はPKZ-1という試作機でホバリングに成功している。

<墺洪帝国オーストリア=ハンガリー帝国のこと>


まだまだ実験機の域を出ないが、回転翼機の嚆矢となった。

日本はその後「特殊蝶番試作レ号」の開発に早期に成功する。


レ号は国産ヘリコプター試作第1号となる野心作だ。

これは後のインパール作戦で活躍することとなる。


CAMシップの出現でUボートはうかつに攻撃してこなくなった。

上空から見れば潜望鏡深度の潜水艦は丸見えだった。


その為、夜間や明け方夕方の水面が光って見づらい時間が狙われた。

そうなると今度は磁気探知機の開発に拍車が掛かった。


すでに1843年以降、磁気探知機は主に鉱業で使われていた。

地上から地下の鉱脈を位置決定するための探知機だ。


いわば地質調査器具の転用で、鉱脈ならぬ潜水艦を探すのだ。

艦船の発する磁気から逃れるため、曳航による磁気探知が行われた。


真空管による回路はすでに1915年に実用化されていた。

海底ケーブル電話回線に使われるリピーター回路がそれだ。


この時は550本の真空管が使われていた。

これを研究している内に1918年11月11日に終戦となった。


この時までに第二特務艦隊は大活躍していたのだ。

船団護衛348回、のべ788隻を護送し、護送人数75万人に及んだ。


マルタ島には日本を讃える碑が建立され、偉業を讃えた。

ところが日本に帰ってみると、意外と反応が薄かった。


連合国側の輸送船団護衛作戦は副次的な任務であった。

しかも場所は地中海のマルタ島で、日本からは地球の裏側だ。


軍令部は「よくやった」とねぎらいの言葉を掛けただけだ。

護衛任務の報告書は議事録の倉庫に直行した。


山田多聞「これではいけない」

せっかくの対潜水艦防御のノウハウも記録されず四散してしまう。


山田「せめて聴音機開発の重要さだけでも」

聴音機開発はこうして始まったのだった。


空母も戦艦加賀を改造して作り直す事となった。

三段空母案もでたが、最初から一段全通飛行甲板を持つ艦となった。


艦載機数は戦闘機24、攻撃機45、補用機31、総計100である。

空母赤城が戦闘機27、攻撃機53、補用機40、総計120だから手狭だった。


この数値は大蔵省発表の数値で、運用実数はかなり少なかった。

両艦とも70機前後で運用されていたようである。


この空母造船には5年の歳月が費やされた。

また進水から竣工まで2年掛かっている。


途中、三段空母だ、いや一段全通甲板だと揉めた為もあった。

石炭/重油混焼缶と燃料も過渡期な時期でもあった。


しかし建艦日数がこんなに掛かるのはいかがなものか?



日本には第一次世界大戦時から戦時標準設計船の構想はあった。

実際に当時の駆逐艦は6ヶ月で造船が出来上がっている。


ならこれからは戦時標準船の時代が来るだろう。

日本は標準化についての備えは出来ているのだろうか?

マルタ出征で残ったのはソナーの重要性と空母の実用性でした、日本は空母の増産に乗り気でしたが、竣工には5~7年掛かっていたのでした。次回は第一次世界大戦への日本陸軍の派兵です

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