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(本編完結)また第二次世界大戦かよ  作者: 登録情報はありません
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東條英機暗殺計画

東條英機暗殺計画。それは正史では1944年サイパン陥落をキッカケに始まったといいます。IF歴史では時系列が変わり少し早くなっています(サイパン陥落がIF歴史ではありません)。

1943年07月03日終戦。

当時の日本の内閣は東條英機内閣であった。


ここから物語は1941年の真珠湾攻撃前に戻る。


前の内閣総理大臣の近衛文麿は改造内閣に失敗。

1941年10月18日東條内閣が組閣される。


第40代内閣総理大臣に東條英機が指名される。

陸軍大臣兼任ほか外務、内務、文部、商工大臣兼任である。


ほぼ要職はすべて押さえた形だ。

皇族軍人たちは渋い顔だった。


この時期に皇族は長く続いている日中戦争の終結を独自に目論んでいた。

その最たる者が皇族軍人の東久邇宮稔彦王(ひがしくにのみやなるひこおう)だ。


1941年09月に東久邇宮(ひがしくにのみや)は日中和平の為に画策していた経緯がある。


彼は陸軍近代化に尽くし見識も広く、人望もあった。

彼はフランス留学が長く、それゆえ陸軍幹部からも一目置かれていた。


その彼が長引く日中戦争の行く末に心を痛めていた。

何とかして蔣介石と仲介者を通じて会談出来ないものか?


頭山満という(おきな)で通称”頭山翁”と呼ばれる老人がいた。

かつて蔣介石が日本に逃げてきた時、世話をした怜悧明晰な翁であった。


政界/財界、皇族、軍部に顔が利く大立て者で造詣も深い。

彼はまさしく仲介者としてうってつけの人物であった。


東久邇宮は財界を通じて頭山翁という存在を知った。

頭山翁を通じて東久邇宮は蒋介石と連絡を取った。


頭山翁は内閣参議にも薦められた大人物であった。

蔣介石は「面識もあり恩もある頭山満なら」と内諾した。


蒋介石「頭山翁となら会ってもよい」


蒋介石は頭山と日中会談寸前まで辿り着いていた。

だがこの会談は東條英機の横槍で中止に追い込まれていたのだ。


東條「余計な事をするな」


あと一歩で日中講和が実現するところまで来ていた。

それを東條英機が握りつぶしたのだ。


その悪辣非道ぶりを嘆く一人の青年将校がいた。

名を津野田知重という憂国の日本陸軍軍人だ。


津野田は(こころざし)を同じくする今田新太郎参謀長と懇意にしていた。

東條英機の目に余る行動はこれだけではない。


東條には犬猿の仲だった政敵、石原莞爾(いしわらかんじ)がいた。

虚々実々(きょきょじつじつ)の激しい闘争の末に東條は石原を下した。


石原は「もうよい」と言って京都から故郷の山形に隠棲してしまった。

天才は集中力が続かず飽きっぽい所があるが、彼もまたそうだったのだ。


津野田は中国山西省の潞安(ろあん)地区の第三十六師団参謀部にいた。

その今田氏が牛島辰熊なる巨漢を連れてきたので仰天してしまった。


わざわざ津野田に会いに今田は牛島を連れて陣中見舞いに来たのだ。

彼もまた国の行く末を案じている一人の男だった。


牛島は剛毅果断、豪放磊落(ごうほうらいらく)、竹を割ったような豪傑だった。

話してみると子供のような純真さと正直さを有していた。


今に日本は順風満帆で破竹の勢いで戦闘に望んでいる。

これも(ひとえ)に東條英機のおかげであると思われていた。


「だが戦後の事も考えねば」そう津野田は思っていた。

彼がそのまま居座れば、日本はどうなるのだろうか?


日本は今、世界の覇者になろうとしていた。

それは取りも直さず、東條英機の配下になるのだ。


もともと東條英機を任命した責任は誰にあるのか?

津野田は言っても始まらぬと意識を逸らした。


言ってみれば東條は毒であり、軍部も毒であった。。

毒をもって毒を制す、東條なら軍部を統制出来るだろう。


そういう目論見で天皇も木戸内大臣も東條を推したのだ。


東條はしかし几帳面で偏狭な官吏であった。

期待された大胆で視野の広い指導者ではなかった。


それが狭窄的な統治になり、日米開戦を起こしたのだ。

津野田は日本の未来を憂いていた。


津野田「東條には是が非でも退いてもらう」

「退陣に(がえん)んじない時は冥府に旅立ってもらう」


津野田と牛島は東條の政敵、石原莞爾(いしわらかんじ)の元を尋ねた。

場所は山形県鶴岡市の高畑町に隠棲中であった。


膀胱乳頭状腫瘍という病に罹り、外科手術を待つ身である。

「しーてぃ」と呼ばれる断層撮影によって病巣が発見された。


断層撮影自体は1930年にイタリアのヴァッレボーナ医師が開発した。

それを10年掛けて日本が魔改造を施し、完成に至った。


コンピューターが解析し、オープンリールにデータを蓄積する。

人体の断面図が見られるようになり治療も飛躍的に進んだ。


石原は津野田に会うなり、さっと顔色を変えた。

鬼気迫る2人のただならぬ雰囲気を察したからだ。


石原は津野田らが持参した意見計画書なるものを一読した。

石原「すぐに承諾しかねる、一晩待ってもらいたい」


石原は「カミソリ東條」よりよく切れると鳴らした人物である。

津野田は即断即決で返事が貰えると思っていてアテが外れた。


<病身の身に東條暗殺の可否はやはり重かった……>

同行の牛島もやはり不安そうに津野田を見た。


翌日、早る二人に石原は静かに答えた。

「お前たち、東條を除くのはいい」


「だが誰を後継者に選ぶのだ?」


津野田はハッとなった。

皇族でも東條を受け入れられない者が多くいた。


秩父宮雍仁親王、朝香宮鳩彦王、東久邇宮稔彦王……。

これから皇族を通じて陛下に上奏を、と考えていただけだ。


上奏は側近の木戸によって必ず検分される。

だが木戸は皇道派嫌いで、東條を推挙した統制派である。


上奏文は木戸によって握り潰される可能性が大だ。

では予め皇族を選んで覚書を渡すのはどうだ?


賛同してくれそうな皇族に当たりをつけておくのは?

我々は命を掛けて事を成す軍人教育を受け覚悟がある。


だが皇族の方々はそういう教育は受けていない。

石原「皇族を余り信じすぎるのはいけない」


後日、あまりの事の重大さに東久邇宮稔彦王は怖じ気づいた。

彼にも東條を退陣させるために粉骨砕身の気概はあった。


だが除く(暗殺)となると事は重大、話は別である。

皇族ら(三笠宮、高松宮)も”NO”を突きつけてきた。


しかも意見計画書は露呈し、東條の知るところとなった。

誰が漏らしたのかは分からないが、察しはまあ付いていた。


津野田、今田、牛島は禁固刑、石原は病気を理由に蟄居となる。

実行犯の予定だった木村政彦も憲兵隊に連れて行かれた。

だが知らぬ存ぜぬを押し通して釈放され、田舎に戻っている。


そして1943年終戦。

恩赦で出所した津野田と牛島はなんと東條に招かれた。


津野田「独裁者気取りの小心者が何様のつもりか」

牛島「素手なら三角絞めで陥とす自信があります」


時節は戦勝国で東條にとっては順風満帆だった。

総理大臣室に通される前に素っ裸にされた。


「しーてぃ」という機械に掛けられて断層撮影までされた。

こうして紙製の作務衣みたいな服を着たまま執務室に通された。


総理大臣の椅子に東條英機はゆったりと座っていた。

東條「ワシをそんなに殺したいか?」


津野田「退陣してもらえばいいのだ」

「だが天地がひっくり返っても無理だろうな」


津野田「今、日本は戦勝国となり、勢力範囲は史上最大だ」

「この日本国を何処へ導くつもりなのだ?」


東條「なるほど」

「お前が言うようにオレもどうするか悩んでいた」


「戦争遂行司令官として申し分ないとの自負はある」

「だが平時となるとどうやら軍人は政治には向かんらしい」


東條「本日を以て東條内閣は総辞職する」

「後継内閣に皇族をという事に内定しておる」


東條英機は同じ陸軍の東久邇宮稔彦王(ひがしくにのみやなるひこおう)陸軍大将を推挙した。

東條「ワシはワシなりに国を憂いていたのだ」


これには津野田も牛島も唖然としていた。

<辞任?辞任と今、言ったのか>


そんな事は彼の経歴から天地が引っ繰り返ってもないと思っていた。

昭和13年05月、東條英機中将は板垣陸軍大臣の陸軍次官に就任した。


その時から権力闘争に明け暮れ、政敵を次々と葬ってきた。

法匪が幅をきかす陸軍の体質は東條にもよく合っていたのだ。


昭和16年東條は陸軍大臣にまで昇進した。

この頃に政敵の石原莞爾中将を予備役に追いやった。


だが政敵がいなくなると東條の心は虚ろになった。

周辺には茶坊主や腰巾着しかいない。


イエスマンばかりになって本当の事が分からなくなった。

そのため憲兵を使って情報を収集するようになる。


これもやがて媚び(へつら)うようになり、追従しかなくなった。

周りからちやほやされて、批判も反対もないと自分が分からなくなる。


東條英機「オレは裸の王様だ」


「お前たちも同じなのだ」

「神輿に担ぎ上げた石原莞爾(いしわらかんじ)は政敵も多い」


「慧眼で大局を見る力がありながら私情を捨て切れていない」

「無能なヤツよりはるかに厄介なのがヤツの罪でもあるんだぞ」


「オレを除いて政権をとったら、次の政敵が現れるぞ」

「ソイツが強敵ならまた暗殺するつもりか?」


「暗殺を繰り返す専制政治をやる事になる」

「善政を敷いても政敵は必ず現れるぞ」


津野田と牛島は黙ってしまった。

まったくその通りだったからだ。


石原莞爾の才能に見惚れて彼自身を見失っていた。

天才を説得する事は出来ず、従うのみなのだ。


天才は超集中タイプだが逆に飽きっぽい所がある。

政治家は粘り強く口が上手いタイプだが真逆だった。


虚々実々の駆け引きこそ政治/外交の旨みだった。

チャーチルやスターリンをどうやって負かすのか。


「天才は凡人が理解出来ず、独裁になる」

「殆ど正しいが、幾分偏っている、それが政治だ」


「そういう『さじ加減』は皇族/華族のほうが向いとる」

「オレはもう貴族院の連中に任せてみようと思っとる」


東條は総理職を辞する決意を固めていたのだ。

木戸幸一内大臣「よろしかろうと存じます」


昭和天皇も「陸海軍が平和の方針に一致するなら」と承認した。

こうして東久邇宮稔彦王(ひがしくにのみやなるひこおう)が第41代内閣総理大臣となった。


東条「今はもう終戦で、私の出番はない」

「あの時は正しいと思った、だが今は違う」


こうして東條英機暗殺計画は空中分解する事になった。

もはや津野田と牛島にやれる事は無く、野に下った。


津野田は東京12チャンネルの創始者となった。

牛島はプロ柔道を立ち上げている。


東條英機はその後政界を去った。

それから彼の姿を見た者はいない。


いや、目撃を辿れば、いると言えばいる。

調布市でビルマ風ラーメンをやっている店がある。


なんでもビルマ方面司令官だった男が店主だとか。

今は息子が二代目店長を受け継いでいるらしい。


そこでラーメン職人をやっている瓜二つの男がいた。

男「よく間違えられるんですが違いますよ」


再度、東久邇宮稔彦王(ひがしくにのみやなるひこおう)は蔣介石に連絡を取った。

昆明で干上がっていた蔣介石には渡りに舟だったろう。


頭山翁は今はもう88歳の老齢である。

会談場所はシンガポールが選ばれ、特別機が用意された。


日中会談は順調に進み、日本寄りの組閣が決定する。

中国本土では、蒋介石は総統となり、民主共和制国家「中華民国」が設立。

悪役が悪鬼となって国を滅ぼすか、良識ある賢帝となるかは「今オレは何をやっているんだ」という疑問を持つか否かに掛かっています。正史の東條は獄中で気付き、IF歴史の東條は就任末期に気付いています。それなら最初から気付けよという話になりますが、それは東條の器量がそうさせなかったという設定です。なおラーメン屋の設定はフィクションです。次回は終戦(1/2)です

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― 新着の感想 ―
[一言] 史実で台湾に中華民国(蒋介石)が逃げ込んだのは、日本がポツダム宣言を 受諾した結果、台湾でも武装解除が起きて軍事的空白になったことと、 日本が台湾を放棄することが確定してたという大きなスキが…
[一言] 東條英機の自主的な退陣は良かったです。 けれど、毛沢東を含めた共産党に台湾を明け渡すのは、承知いただけません。日本のシーレーンを危険に晒すのですか。台湾よりも朝鮮半島を渡したほうがマシです。…
2021/06/27 16:46 退会済み
管理
[一言] 台湾を共産党って、中華民国よりひどい状況にしかならないですが 日本の東南アジアのシーレーンの基本を完全に潰すのでありあえないです それなら朝鮮半島を渡したほうがマシですが 当時の日本の状況を…
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