ルーズベルト昏倒
西海岸上陸か?東海岸進攻か?あるいはパナマ運河か?米軍はどこから日本軍が攻めてくるのか分からなくなりました。しかも持病の高血圧が悪化してルーズベルト米大統領は倒れてしまいます。
カイザー造船所空爆で北米西沿岸は危険地帯となった。
米第三艦隊が担当の海域で、対応に大わらわである。
<マゼラン海峡を敵輸送船団が通過!>
その報はとにかく米軍を大統領を驚かせた。
北米西海岸進攻作戦なのか?大西洋進攻作戦なのか?
両面攻撃となって、どっちが本隊なのか分からない。
米国民は機密にもかかわらずウワサし合った。
有末諜報員の部下が情報をタレ流していた。
ロサンゼルスでは製油所を伊17潜水艦が砲撃した。
その翌日にロサンゼルスに航空機が侵入……これは誤報だった。
米陸軍は高射砲でいもしない敵機を必死になって撃ち落とそうとした。
米海軍はレーダーに映らないのだから来襲はなかったと断言した。
軍内部でもこの有様で、一般市民は大混乱に陥っていた。
防空壕が掘られ、灯火管制、学童疎開が始まった。
米国民ABC「日本の潜水空母艦隊が接近中らしい!」
米国民ABC「今度こそ上陸作戦があるぞ!」
米国民ABC「東海岸は無事だから疎開しかない」
ホワイトハウスではルーズベルトが怒髪天を突いていた。
「攻撃目標はハワイではなかったのか?」
マゼラン海峡を通過した輸送船団は貨物船だけだ。
だがそんな筈は無い、軍事力が伴うはずだ。
おそらくは大型潜水艦、ウワサの潜水空母がいる!
カイザー造船所空爆をヤッたのはそいつの艦載機だ。
合衆国陸海軍最高司令官(大統領)付参謀長リーヒ「ううむ」
「目的地は恐らくフォークランド諸島でしょう」
リーヒ「あそこは枢軸国寄りの中立を貫いている」
ルーズベルト「大西洋がまさか脅かされるとは!」
ルーズベルト「すぐ太平洋艦隊に攻撃させよう!」
リーヒ「ハワイを固守する艦艇は回せませんよ」
ルーズベルトは車椅子の内で身じろぎした。
神経質そうにアゴをなで回している。
ルーズベルト「うっ、しかし……」
リーヒ「陽動作戦だったらどうするんですか」
ルーズベルトは車椅子をガタガタさせた。
癪に障る時の彼の性癖だった。
リーヒ「ハワイを艦隊が離れた隙に西海岸上陸作戦が始まるかも」
ルーズベルト「みすみすこのまま……」
車椅子の肘掛けを強く握りしめ、拳は蒼白となった。
腹に据えかねる時の彼のクセだった。
リーヒ「この調子でパナマを爆破されたらそれこそ一大事です」
「米艦隊を止める為に狙うとしたらココでしょう」
そもそも北米本土が戦場になる事自体がおかしいのだ。
獲物を追い立てる猟師が獲物に追い立てられている格好だ。
クソッ!クソッ!クソッ!
米国が日本に脅かされるとはッ!
ルーズベルトは頭に血が上ってカアッとなった。
首の後ろが猛烈に痛いのは椎骨動脈解離の前兆だ。
リーヒ「こんな超投機的作戦を考えたのはおそらくヤマモト」
ヤマモトと聞いたルーズベルトの顔色はみるみる朱を帯びた。
ルーズベルト「ヤマモトのヤツだ!アイツを撃ちもらしたのがいかん!」
リーヒ「大統領、興奮しないで下さい、持病の高血圧が!」
「アイツを!」「ブーゲンビルで殺しておけば!」「こんな事には!」
大統領の身体は車椅子の中で激しく痙攣した。
車椅子から無理やり立とうとして腕に力を込める。
リーヒは身体を支えようとしたが、振り払われてしまった。
蓄積された怒りの感情が眉間やこめかみの青筋を浮き出させる。
ルーズベルトは口をパクパクさせるが声が出てこない。
ドッタァァーンッ!
リーヒ「大統領!」
ルーズベルトはその場に激しく昏倒した。
高血圧性脳出血(被殻出血)が起こればもうおしまいだ。
リーヒは執務室から廊下に飛び出した。
警護官にすぐ医者を呼ぶよう叫んだ。
だが当時の医者に出来る事は限られている。
降圧剤はまだ民間療法にしかなかったのだ。
11世紀に降圧剤はヨーロッパイチイの植物療法に端を発する。
カルシウム(Ca)チャネルブロッカーの最初の既知の使用法だ。
Caチャネルを遮断すると血管収縮を抑制する事が出来る。
つまり血圧を下げる事ができる(血管拡張剤)。
これは微量のため20世紀に合成されるまで利用されなかった。
催奇形性の可能性もあった事から禁忌でもあった。
1938年日独共同でCaチャネル阻害薬の基礎研究が開始。
独フライブルグ大学生理学教室が作用機序を証明。
東北大学医学部薬理学教室が冠血管拡張作用を証明。
1941年ジヒドロピリジン系Caチャネル拮抗薬が完成。
後にバイエル製薬は(1955年)ニフェジピンとして発売する。
日本の研究者は1941年資料とともに独国から帰国。
発売に向けての治験に取り組んでいた。
この薬には狭心症治療薬としての効果が期待された。
閉塞して血流が途絶した冠動脈を拡張する薬効があるかもしれない。
しかしニフェジピン(ジヒドロピリジン系)には血管選択性がある。
心臓にはほとんど作用しないという特徴だ。
当初はコレが分からず多くの時間を研究に消費してしまった。
日本ではこの研究と並行して直ちに降圧剤として精製を開始。
末梢血管の拡張のみを薬効として調薬された。
作用機序は平滑筋細胞へのCa2+流入抑制によるものだった。
高血圧は血管の収縮によって発症する。
血管の収縮は血管平滑筋細胞の収縮によって起こる。
収縮はCa2+流入によって起こる。
ならば流入を阻害すれば収縮は起こらない。
これが日本と独国が考えた降圧剤のメカニズムだ。
両国の研究体制は20年先を見据えていると言っていい。
まさに「化学の怪物」と言うべき体制だった。
この時代の高血圧は静養と食事療法が求められていた。
<人体が血液を必要としているから高血圧が生じる>
それを妨げる事はよくないと考えられていた。
要するに「なにもしない」でじっと「見守る」のが大切だ。
受動的治療によって血圧が落ち着くのを待つのだ。
無為無策のため、多くの高血圧患者が病死していた。
降圧剤は能動的治療の最先端で日本、独国にしかない。
ニフェジピンはまだ連合国側には知られていない。
その薬をリーヒ参謀長は情報参謀CA・ウィロビーから入手していた。
ウィロビー自身は日本陸軍中将有末精三から入手していた。
有末は参謀本部第2部(情報)第6課、かのアメリカ班所属の情報将校だ。
米国籍コロンビア人やブラジル人をスパイとして使っていた。
有吉は情報将校として米大統領の身辺を徹底的に調べ上げていた。
健康状態、持病の情報もそれに含まれ、対策も講じられていた。
ウィロビーと有吉は敵スパイ同士、相容れない存在だ。
だがスパイは敵を調略し敵を味方に付け同盟者を増やす。
敵の謀略に乗るという破廉恥な行為は日中茶飯事だ。
そのため2人は密談を重ねていた。
ある日、大統領の喫煙家の話から高血圧の話が出た。
ウィロビー「太い葉巻を1日20本もくゆらす始末だ」
「節煙を薦めるのだがなかなか手強くてね」
有吉「それなら日独開発の新薬があるよ」
「万が一大統領が高血圧で倒れた場合」
「舌下錠として一錠含ませて下さい」
ウィロビーもまた参謀第2部で対日謀略を担当していた。
その日本謀略の窓口こそ有吉なのであった。
「まさか毒薬じゃああるまいな」
有吉「そうかもしれないよ」
「だが裏の裏を読むのが我々の仕事だろ」
「信じる信じないはあなた次第です」
ウィロビー「裏の裏ね、もらっとこう」
蛇の道は蛇、万が一の事を考えての事だ。
一応化学検査をさせたが、メジャーな毒性は無い。
毒物ではないようだった。
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リーヒはポケットの錠剤を握りしめていた。
発作が起きて死ぬか、毒で死ぬか。
「毒かも知れない、だが結果は同じこと」
リーヒはルーズベルトの表情を見た。
共同偏視(両側眼球が片側を向いた状態で固定)すれば最期だ。
リーヒはすぐ大統領の口に舌下錠を忍ばせた。
5分後。
大統領はムクッと起き上がった。
ルーズベルト「あれ、光の中に白髭の翁がいて、それから」
リーヒ「大統領、まだ死んではいけません」
こうしてルーズベルト米大統領は死の高血圧から脱した。
あわてて駆けつけた典医が計った血圧は最高300を越えていた。
今は140あり、まだⅠ度高血圧だが正常高値血圧139に近い。
薬は6~12時間効果が持続し、定期的に飲まなければならない。
飲んだり飲まなかったりすれば血圧に不適切な変動が起こる。
それは脳内出血のリスクを増やし、また身体に良くなかった。
リーヒ参謀長は仲介を通じて降圧剤を有吉から貰い続けた。
敵国の独国と日本にしか、この降圧剤は存在しない。
この薬で大統領の命をコントロールする事は出来ただろう。
だが有吉はそれをしなかったし、するつもりもなかった。
ルーズベルト「敵に塩を送るという故事が日本にはあるそうだな」
リーヒ参謀長「悪い状態の時にさらに災いをもたらすの意ですか?」
ルーズベルト「それは傷口に塩を塗るとちがうか?」
<Misfortunes never come aloneの意>
リーヒ「すいません、日本の故事に疎くて」
ヤマモト暗殺をしくじったルーズベルトは高血圧に倒れた。
そのルーズベルトを敵である日本人が救ってくれた。
ルーズベルトは傀儡ではない、戦争は継続する。
黄禍論を信じて戦っていたルーズベルト。
だがそれは僅かながらきしみ始めたのだった。
ルーズベルトは日本の出方が分からなくなりました。次回はワシントンD.C.空爆です




