アッツ/キスカ島方面
物語は太平洋側の日米戦争にもどります。アリューシャン列島攻略作戦となります。
インドから8500km離れた極寒の地アリューシャン列島。
ここでも日米のせめぎ合いの戦いが起こっていた。
日本軍はアリューシャン列島攻略作戦をAL作戦と呼称していた。
しかし敵側に余りにも分かりやすい略語で、問題だった。
ALは ALeutianのALで丸わかりだったからだ。
そこで亜拉西安から亜と拉を取りTHとした。
日本軍は米軍の空母機動を抑える為に米軍北方路を遮断する必要に迫られた。
それにはアリューシャン列島に基地を設営し航空索敵を行わねばならない。
こうして米軍海上戦力と航空戦力の西進を抑えるのだ。
ドゥリットル空襲以降、ますますその脅威は高まっていた。
当時はミッドウェー海戦前で戦術的牽制が期待されていた。
1942年05月25日空母02隻、巡洋艦03隻、駆逐艦05隻が青森・大湊を出港。
これはダッチハーバー空襲のための艦隊であった。
続いて巡洋艦03隻、駆逐艦06隻、輸送船03隻がアッツ/キスカ島攻略に出港。
これには海上機動第3旅団(北太平洋担当)、第4旅団((千島列島担当)が随行する。
全通甲板を持つ揚陸艦2隻(瀧山丸と奥東服山丸)も随行した。
これは陸軍空母で発艦のみだが24機の艦載機を有する。
また上陸用舟艇の大発27隻を搭載する。
これは海軍とは関係なく、陸軍専用で使える。
かつては海軍の空母が取り合いになっていた。
上陸作戦には上空の防空援護が欠かせない。
その為の航空機は海軍空母の艦載機である。
空母も艦載機も海軍の所有物なのだ。
海軍は陸軍の作戦に海軍の戦力を割くのが気にくわない。
空母は海軍艦船であり海軍の作戦にこそ使うべきとの主張だ。
そこで今回の分割作戦となったのだ。
陸軍は陸軍空母でアッツ/キスカ島上陸作戦を援護する。
海軍はアラスカ/ダッチハーバーを空母で痛撃する。
これで両軍とも折り合いが付いたのだ。
1942年06月03日。
ダッチハーバーを海軍が痛撃した。
1942年06月06日。
アッツ島上陸作戦が敢行され、アッツ島は占領された。
ここには原住民アリュート族45名と白人2名がいただけだ。
2人は米国人気象通信士チャールズと妻エッタの2人だ。
彼らは猛烈に抵抗したので、暴動鎮圧銃を使用した。
通信機は押収、2人は住民と共に小樽の捕虜収容所に送られている。
上陸後ただちに飛行場と対空陣地の設営が始められた。
草は生えても木一本生えない過酷な火山島だ。
上陸したはいいが何も無いとはこのことだった。
ただちに建機が降ろされて、飛行場は03日で完成した。
対空陣地はレーダー連動のGFCS(射撃管制装置)による全自動射撃だ。
最前線なので補給体制を維持しなければならなかった。
これは護送船団で補給を続ける事になった。
貨物船12隻+護衛艦2隻+護衛空母1隻の編成である。
この船団2統で青森の大湊とアッツ/キスカ島を往復する。
島には草とラッコしかいない最果ての島である。
建機はあっても建材がなく、これも貨物船で持ち込みとなった。
時々米軍の偵察機が島上空に飛来して航空写真を撮っているらしい。
陸軍空母から艦載陸軍機”層電”が発艦して追っ払う。
アッツ島には度々爆撃機が飛来し、爆撃を行った。
また潜水艦もやって来て、損害を与えている。
キスカ島には米軍艦隊が艦砲射撃を行い始めた。
細萱戊子郎中将「ほうほう、そうくるか」
飛行場には100機以上の新型戦闘機”層電”が唸っていた。
掩体壕があちこちに造られ上空からは視認出来ないようになっている。
飛行場に破壊された航空機の残骸があちこちに散らばっている。
これはデコイ(おとり)で航空写真にはこれしか写らない。
さながら航空戦力を失い、離島に孤立した日本軍の呈であった。
対空陣地は島のあちこちに造られ、空を睨んでいた。
細萱は米爆撃機に対抗して”層電”を使って撃墜させた。
艦隊は有眼噴進加速爆弾を見舞ってジュノーを撃沈した。
<有眼噴進加速爆弾:ミッドウェーで使ったモノと同型>
<カメラで誘導、ロケットで加速するため、急降下爆撃不要>
潜水艦はヘリが吊り下げ式ソナー・磁気探知装置KMXで発見した。
その後に航空爆雷を見舞って、撃沈した。
日本側も潜高の伊二百一型潜水艦(甲)を出して警戒に当たった。
マクモリス少将「日本の潜水艦はバケモノか?」
米タンバー級潜水艦の水中速度は9ノット、潜高は30ノットだ。
怖じ気を震うのも無理からぬことだった。
しかも独軍技術供与の平面模索魚雷を装備している。
躱した魚雷がまた戻ってくる恐怖は筆舌に尽くしがたい。
米軍ウムナック島の基地が今度は日本機の空爆に晒され始めた。
アマクナック島にあるダッチハーバーも繰り返し空爆を受けた。
ウナラスカ飛行場も空爆に晒され、穴だらけとなった。
滑走路は3日もあれば復旧出来るが、問題は燃料タンクである。
完全に吹き飛ばされて跡形も無くなってしまった。
海軍基地も港湾施設と工廠が狙われズタボロになった。
ガントリークレーンもドライドックもお陀仏である。
もはや艦船の修理もメンテナンスも出来なくなった。
ミッドウェーもガダルカナルも負け、豪州も日本に獲られてしまった。
米国は満身創痍で南西太平洋の海戦を戦っている。
アラスカのアリューシャン列島に回す兵力は今のところ無かった。
ハワイ太平洋艦隊司令部は、拮抗して現状維持せよという命令だった。
日本軍はアッツ/キスカ島を固守してアラスカに来ない。
<アンカレッジ/ジュノーに上陸してくる気配はない>
シオボルド司令官はこのまま時が過ぎるのを待った。
こちらから出なければ、日本軍も出てこない事がわかったからだ。
アリューシャン列島攻防戦はこうして睨み合いとなった。
シオボルド「日本はどうやら戦線維持を決め込んだようだ」
シオポルドは偵察機の撮影した写真をながめた。
そこには疲弊しながらもなお防備を固める日本軍の姿があった。
この睨み合いの間にますます日本軍は防備を固めた。
アッツ/キスカ島には補給のための桟橋が出来た。
幅25m長さ600mの長大な桟橋で、形はL(F)の字をしていた。
2万トンクラスの艦船が上げ下ろしをするに充分なスペックだった。
一番沿岸から遠いF字の上の横線部分の桟橋には潜水艦も接岸した。
護衛艦もココに停泊してアリューシャンに睨みを効かせた。
飛行場の燃料施設には掩体壕が設けられて上空からは分からない。
崩れ落ちた燃料タンクの残骸は木製のダミーだった。
アッツ島要塞は上空からは見えない地下要塞となった。
航空機、艦船、対空陣地、潜水艦、全て揃っている。
もうどんな敵上陸部隊も寄せ付けない防備である。
戦中にこの島に近づくモノは海鳥とラッコだけだった。
アッツ/キスカ島方面はIF歴史では何も起こらずに済んでいます。瀧山丸と奥東服山丸は架空の船で実際には航空戦力は来てくれませんでした。次回はニューヘブリデス(バヌアツ)攻略作戦(1/3)です。




