インパール(7/17):熱帯雨林
マラリアの原因のヤブ蚊はなんと除虫菊の成分ピレスロイド製剤を噴霧して対策です。ハーベスタは農業用の脱穀機の林業版で1958年からなので15年巻いています。ですが技術的には可能なので出てもらっています。
1943年3月8日、ついにインパール作戦は発動した。
第15師団がアラカン山脈を真横に突っ切り、中間地点ウクルルに至るルートだ。
第1の難所は川幅600m~1kmのチンドウィン川だ。
600mというのは向こう岸がまったく見えないぐらい遠く広い。
深さは60cmから3mとかなりの幅があり濁っていて確認は出来ない。
輜重兵科が予め水深を測り、深い箇所を選んだ。
輜重兵「よし、擬装を取れ」
丸太を載せて丸木舟に擬装していた浮橋を展開する。
その数はおよそ1師団につき20艘。
動力ボートで牽引する事で一度に2000人を渡河させる能力を持つ。
<1艘100人として20艘で2000人の意>
夜間に渡河する為、時間猶予は9時から翌朝5時までの10時間だ。
1往復40分と計算すれば15往復で充分な時間がある。
浮橋は非武装のアルミの浮きで出来ている。
シャン州タウンジーに電気炉/多段式圧延装置のアルミ工場があった。
その能力をフル稼働してアルミ板を圧延した。
それを電気溶接してこしらえたのが浮橋だ。
チンドウィン川を渡河すると5mもの葦が密生している湿地帯があった。
さっそくユンボが入って葦をなぎ倒していった。
日本兵A「これから先もこうなのかなあ」
日本兵B「ユンボなかったら難儀やった」
日本兵C「建機なかったら人力やからな」
ヤブ蚊にアブ、ブヨといった吸血の衛生害虫に注意しなければならない。
人工繊維で編んだ野外防蚊服を着ての行軍である。
さながら養蜂業者のように足の先から頭までネットを被っている。
先頭の化学部隊がピレスロイド製剤を噴霧している。
除虫菊の主成分で明治19年に「金鳥」が販売した蚊取り線香に含まれる。
この製剤は住友化学が人工合成に成功した合成ピレスロイドである。
害虫に対しての神経毒で即効性があり、哺乳類と鳥類には無害である。
蚊が媒介するマラリアや黄熱病を防ぐにはこれしかない。
葦の密生地から出ると熱帯雨林の山道に突入する。
道と言っても下草が生えているかいないかの違いだけだった。
その道なき道をユンボが切り開ていく。
草をなぎ倒し、木の根を掘り起こし、土を掘り下げる。
ハーベスタという林業機械も導入されている。
立木の伐倒、枝払い、測尺玉切りをすべて1台で行う。
造材した丸太杭で路肩を補強(打設)もブレーカ重機がやる。
道路を締め固める(転圧する)のもタンピングランマーだ。
これは人が持つ機械なのでやっと作業員の登場となる。
密生した原生林が行軍する日本陸軍を隠してくれていた。
日本軍は200人の擬装部隊を殿に用意していた。
空けた場所をわざとゆっくりと牛を伴って行軍する。
それはまるで畜獣と悪戦苦闘するのろまな駄牛部隊に見えた。
牛もアクリル繊維で出来たハリボテで重量は10kgないものだ。
本物の雄牛なら1100kgもあり、荷役なんてとんでもない事だ。
このニセ駄牛部隊を英印軍のハリケーン機が発見しカメラに収めた。
銃撃を加えようと降下するといきなり対空機関砲の反撃を喰らった。
2cmFlak38独製機関砲を持ってきた為、敵機は近づけない。
アクリル繊維の牛も上だけ造ったいわゆる”ハリボテ”であった。
そもそも450kgもある対空砲を牽引した所でおかしいと気付くべきだった。
だがハリケーン機の英パイロットは黄禍論に傾倒した白人だった。
<バカな日本人が駄牛に振り回され、おちおち進軍もままならない>
そういった意識が優先してしまい、真実を見抜けなかった。
帰還した偵察機の写真を見て、英印軍の将官たちは笑った。
将官A「なんじゃコレは、牛に追われて善光寺か?」
将官B「お前よくそんな日本の故事を知ってるなあ」
将官C「これじゃあ何ヶ月掛かる事やら分からんな」
いっぽう本隊は夜間のみならず、白昼も堂々と行軍していた。
密林を行く本隊はとうとう最後まで発見されなかった。
夜間は全天候型テントコットで宿営した。
熱帯雨林は病原体と毒虫の巣窟だ。
化学部隊は宿営地の至る所に銅繊維プレートをまき散らした。
銅イオンはボウフラを育成を阻害する効果があるからだ。
銅線や10円玉では表面面積があまり広くないので効果が無い。
そこで希硫酸と銅繊維プレートを組み合わせて撒く事にした。
テントコットは50cmの高床式なので浸水の心配も無い。
これが8万5千床用意され、輸送はトラックで行った。
滝のように降る豪雨の中、熱帯雨林で野営する。
不用意に樹木の幹にもたれて寝れば毒虫の餌食だ。
日本軍は無為無策で熱帯雨林に挑んだらと想像して怖気を振るった。
ヤブ蚊にアブに毒蜘蛛、長虫やサソリ、毒アリまでなんでも御座れだ。
枝から落ちるヒルに血を吸われ、蚊で赤痢やマラリアに罹患する。
厄介なのは蚊媒介のデング熱、マラリア、黄熱病etcである。
薬もなく、下痢のために栄養失調で生死の境を彷徨う。
害虫忌避剤がなければヤブ蚊に刺されたちまち罹患してしまう。
英コマンド部隊の白骨死体もそのような経緯と思われた。
だが日本軍は精一杯の防虫策で蚊を遠ざけている。
防蚊加工服もその一環だった。
50%減の防蚊効果があるという。
宿営が終わるとまた山岳道路の敷設工事が始まる。
ユンボが伐採した木材をどけて、悪路を平す作業だ。
そこに別のユンボがユニット交換して出来た悪路をならしていく。
斥候隊はさらに先を行き、道に出来そうな斜面を選んでくれる。
もはや行軍は、山岳道路開発部隊になってきていた。
それもその筈で、この道路を使って後続の兵站部隊がやって来る。
英印軍は機銃や手榴弾で戦える相手ではない。
戦車や野砲で待ち構えている敵に軽装の兵では当たれない。
模擬演習では日本軍は兵站が途切れて全滅した。
牟田口司令は敵に兵站を求めよと言ったが限度がある。
陸軍兵A「今上っているのはアラカン山脈というらしい」
陸軍兵B「軽井沢から飛騨山脈を抜け金沢に行く程だというぞ」
陸軍兵C「それは素人が遭難するコースと違うか?」
2000m級の山の中を道を作りながら上っていく。
道と言っても幅1200mmぐらいの狭い道だ。
とても普通車幅(2000mm)が通れる幅では無かった。
<車幅2000mmはくろがね四起のこと>
蛇行する道路を辿りながら行軍は続く。
林業機械ハーベスタの実行速度に総てが掛かっていた。
ハーベスタの立木の伐倒、枝払い、測尺玉切りは約4分。
つまり1時間に15本の立木を処分し、道を切り開く。
その実行速度はおよそ1時間に1kmである。
それは平地におけるヒトの歩く速度4kmより遅い。
だが山嶺を斧で木を切り倒しながら歩くとしたら?
アラカン山脈の幅はおよそ54kmもある。
ハーベスタなら810本の木を伐採/造材して2日で踏破出来る。
ギュウウーン、バキバキバキ、ズダアーン、一丁上がり。
ザラザラ、ゴロゴロ、バサー、ショベルが土を穿つ。
ブルドーザーが道路を残土をならしていく。
カコーンカコーン、ブレーカー打設機が杭を打つ。
これで路肩が補強され、大型車両の通過にも耐えられる。
やがてそれは山越えの小径と出会った。
日本兵「原住民の交易路のようだ」
「気を付けろ、原住民は首狩り族だというぞ」
高山種族は敵対する異人に容赦しない。
F機関が通訳を伴って接触を試みたが失敗に終わっている。
やはり外部との接触を極端に嫌っている。
だが日本陸軍以外、出会う事はなかった。
重機の音に恐れを成したのだろうか?
やがて頂上に着いて小休止を取る事になった。
ここで携行してきた糧食で昼メシをいただく。
「めしだぞー」
給仕を担当する兵士が変な釜で米飯を炊き上げた。
聞いてみると圧力釜というものらしい。
2000m級の山のてっぺんは空気が薄いのだ。
他にもメシを暖かく食べる方法はあった。
炊いたご飯を窒素ガス充填で長期保存用にパックしたものだ。
紐を引き、しばらく待つとホカホカのご飯が出来上がる。
純鉄の酸化熱を利用した「ホカホカ弁当」だ。
米を洗う清流は戦場では限られていた。
戦場では英印軍がそこを狙って銃撃を仕掛けてきた。
炊事当番が撃たれ、コメも奪われては飢餓に陥るだろう。
後者は戦闘時の非常食糧として珍重されたのだった。
やがて山が尽きて川辺に降り、大休止となった。
さっそく先遣隊が周囲を探索するが敵はいない。
先遣隊の赤外線探査機(マレーで使用)にも反応はない。
英コマンド部隊はおらず、原住民は遠巻きにしている。
皆は思い思いに休息を取り、英気を養った。
清流に飛び込み、冷たい清水で身体を冷やした。
遠くの山裾に見える集落はチン族のものだという。
顔に刺青をした女性や短刀を刺したカゴを持つ男性が見えた。
村の周囲の柵にはなにやら恐ろしげなモノが見えた。
Y字型の柵に動物の頭が串刺しになっている。
そこは首狩り族の巣窟だという噂があり近づかなかった。
<これは精霊に得物を捧げ感謝する風習だが誤解されていた>
やがて中間地点ウクルルの村に到着する。
ココには一個大隊の敵軍がいた筈だったが影も形もない。
偵察に行ったATV(全地形対応車)が戻ってきた。
偵察隊「大部隊が転進した痕跡が残っています」
先遣隊の情報によれば、サンシャクという要衝に転進したそうだ。
これは英印軍の守勢によるもので、ワナであった。
日本の兵站の伸び切ったところで攻勢に出るのである。
英軍は熱帯雨林が体力を消耗させるのは分かっていた。
日本得意の夜襲や切り込み隊が来るのも分かっていた。
英軍はこれを機関銃陣地と重砲で殲滅する作戦である。
牟田口司令はかつてこう言った。
「兵器がない、やれ弾丸がない、食う物がない」
「皇軍はそれでも戦わなければならないのだ」
「見ておれ、ワシには考えがあるのだ」
だが牟田口廉也中将の強引な口調にはウラがある。
岡田参謀長の手回しの速い事、疾風の如くである。
村の備蓄倉庫は焼き払われ、口に入るものは何も無かった。
日本兵「どうすんだよ、糧食は敵から頂戴する手筈だろ?」
日本兵「鶏も牛もいないぞ、どうなってるんだよ」
日本兵「井戸は大丈夫みたいだぞ」
英印軍は井戸に毒を投げ込むと聞いている。
ヒ素、シアン、青酸カリの反応はない。
兵站将校がなにやら無線で連絡している。
牟田口が電話口に出ているようだ。
牟田口「わかった、糧食はすぐ送る」
いつもの安請け合いのように聞こえる。
牟田口「敵機は現れていないか」
持ち込んだ対空レーダーによると「敵影ナシ」だ。
400kmも離れたメイミョウ(Maymyo)に司令部はある。
すぐ送るは一体いつの事やら。
牟田口廉也のワシの考えとはなんでしょうか?次回はインパール(8/17):補給地ウクルルです




