インパール(4/17):牟田口廉也という男
牟田口廉也。その大言壮語と奇異荒唐は、ここビルマでも遺憾なく発揮されました。鵯越作戦だのジンギスカン作戦だの荒唐無稽な思いつきを次々と放言し、参謀たちは疲弊していったのです。
1943年01月01日元旦。
ここはビルマのメイミョウ(Maymyo)。
標高1100mにある為比較的涼しい地方都市だ。
英国植民地時代に避暑地として開発され、街並みは英国風だ。
「ビルマの軽井沢」といわれる所以である。
ここに清明荘という芸者を出す料亭があった。
外地花街に芸妓は特に珍しい事ではない。
トラック島にもフィリピンのマニラにも料亭も芸者もいた。
最前線の悲惨さと余りにも乖離した現状を嘆く士官もいる。
牟田口司令官はそういう事には無頓着であった。
彼は清明荘の芸妓を呼んで新年宴会を設けた。
その席上で彼はインド進撃作戦をぶちまけた。
急峻な山脈を走破する鵯越作戦を豪語した。
チンギス・ハーンに準えたジンギスカン作戦をぶち上げた。
湊川で自害した楠木正成の豪胆と慎重さを褒めあげた。
もちろん自画自賛のために引き合いに出したのだが600年ほど古い。
今は近接信管やAPFSDS、レーダーや電子計算機の時代だ。
牟田口「補給の心配をしている輩がおる」
「敵の補給品の鹵獲で補給は賄うから問題ない」
「敵は弱くすぐに逃げ出す」
「これはマレー作戦で経験済みだ」
将校たちは酔いも回って「そうだ」「そうだ」と迎合した。
それを後日聞いた岡田参謀長は青くなったり緑色になったりした。
岡田は牟田口司令が毎朝、祝詞を読んでいるのを知っていた。
司令部近傍の山の尾根に軍司令官専用の遥拝所をこしらえたのである。
どうやら天啓が自分に降りてくるのを待っているようなのだ。
「神懸かりからとうとうアタマにきてしまった……」
佐藤中将はこう嘆いたものだった。
久野村も木下も、もはや正常な判断が出来ぬほど疲弊していた。
<久野村は中将付き参謀長、木下は大佐付き高級参謀>
<異常者に服従している内に異常が正常に見えてくる>
<全員が狂気に犯されれば、それが正常な行為になる>
岡田「司令部はさながら妖怪の巣窟といったところか」
「天啓を信じているなら利用するまでだ」
翌日メイミョウの第十五師団司令部に駆けつける。
すぐ司令官室に向かい、牟田口司令官に対面した。
岡田「牟田口司令官殿!」
牟田口司令「どうした!」
「血相悪いぞ、二日酔いか?」
「それともなにかあったのか?」
岡田参謀長「敵の物資を鹵獲する作戦計画、見事です」
「でももしでですよ、敵が物資を焼き払ったら?」
「そういう万が一の場合はどうしますか?」
「敵が焦土作戦に出て、全てを焼き捨てて遁走した場合です」
牟田口「ああ昨日のあの話か」
「そう言う時はだな、う~ん」
余りにも軽佻浮薄、それについては牟田口は頭がカラッポであった。
死にかけの鯉みたいに口をパクパクさせている。
こういう状況を岡田は待っていたのだ。
これが出たらもはや思考停止も同然だ。
そこに良策を流し込めば食らいついてくる。
岡田「それについては考えがあります、お耳を少々……」
「異敵調伏の祈祷が叶いますよ」
しばらく岡田は牟田口司令官に耳打ちしていた。
聞いている内に牟田口はなるほどと顎を撫でだした。
牟田口「それは素晴らしい、オレもそう考えていたところだ!」
岡田「天啓です、天のお導きですよ」
牟田口「毎朝の祝詞が効き目を現した!」
牟田口は山内参謀長にさっそく吹聴しだした。
「鵯越作戦をさらに確実にする為にだな……」
岡田参謀長はかつては楠木正成「殉忠の精神」であった。
たとえどんな実行不可能な命令を受けても忠実に果たす。
死をとしてやり抜くのが忠義の士であると思っていた。
だがそれは700年前の鎌倉時代の志士を貫いた昔話だ。
古臭い所信は、英米の強大な軍事力の前には無力だと気付いた。
牟田口は大義名分はぶち上げても、腹案を練っている訳ではない。
やればなんとかなるの楽観的主義だった。
反論も注進も意見具申も、牟田口の心には届かない。
「間違っていても正しい」の精神でやってしまうのだ。
岡田参謀長「じゃあオレの役目は一体何なのだ?」
岡田菊三郎はストレスで胃が痛くなる日々が続いた。
だがある日、そのストレスはウソのように消え去った。
彼の顔を立てて、うまく煽てて意のままに動かせばいい。
無理難題を受けて流し、むしろその力をそのまま利用する。
そのためには莫大な知識と根回し、完璧な要領の良さが必要だ。
ジンギスカンだの、ヒヨドリ越えだの、すでに徴候は現れている。
岡田「牟田口に実行出来る管理能力、理解力はまったくない……」
言うだけ言って、後は現場まかせである。
参謀長以下参謀連中は無能な司令官を嘆いていた。
「とんでもない貧乏くじだ」
「とんでもない所へ赴任させられた」
「とんでもないの地獄の釜だ」
軍隊は別のいい軍隊に転職は出来ない。
命令一下従うのみである。
そして司令官に助言/策定できるのは参謀だけだ。
そしてこのオレは参謀長ではないか?
無能な司令官にぶら下がって無能になってどうする?
「参謀長がやらねば誰がやる!」
彼は一人でやらねばならなかった。
参謀連中の中には司令官の腰巾着も混ざっているからだ。
迎合も追従も帯同も止めさせねばならない。
各軍の参謀長にも性格に大きな差があり信用ができなかった。
中参謀長は優柔不断で風見鶏だった。
久野村参謀長は見識高く八方美人で穏和従順な性格。
片倉高級参謀は激しい性格で激高すると手が付けられない。
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知能型で迫力に乏しいか?豪傑で押しが強いだけか?
片倉高級参謀は牟田口司令官と真っ向から対立した。
片倉「インパール作戦は無謀ではなく無茶苦茶です」
参謀たちは片倉と牟田口の間で板挟みとなった。
片倉の反対意見を牟田口に伝えると叱り飛ばされた。
その反対意見を片倉に伝えると怒鳴りつけられた。
参謀たちは大根おろしで削られ、摺鉢ですり潰されていった。
地獄を描いた六道絵もかくやという有様である。
官僚は両陣営と距離を置くようになった。
将兵はこの喧噪に気持ちが萎縮してしまった。
司令部の空気は重く陰湿になっていった。
河辺軍司令官は牟田口の上官で打開策を練ったが、なにも思い浮かばない。
そこで総軍総参謀副長の稲田正純に相談した。
河辺「牟田口と片倉の喧噪を何とかして欲しい」
寺内総軍司令官も黒田総参謀長も稲田にまかせっきりだった。
稲田が総軍の作戦を一人でこなしていたのだ。
その稲田副長にも突然の転出命令がやってきた。
何のことはない、稲田副長の「追い出し」だった。
総軍から稲田副長がいなくなるとインパール作戦阻止派はいなくなる。
幕僚たちは風見鶏のように侵攻計画を支持し始めた。
稲田副長が戒めていた後方支援も無くても大丈夫という事になった。
寺内総軍司令官まで早くやろうと言うしまつである。
牟田口司令と対立した片倉高級参謀まで作戦に賛成を口にし出した。
抑制のタガが外されるとは恐ろしい事だった。
もうみんな疲れた、やるだけやろう、反対はもう結構という雰囲気だ。
正攻法によるインパール作戦阻止はこうして瓦解したのだった。
こうしてインパール作戦は「やるだけやろう」という雰囲気になった。
河辺司令も「牟田口の心情は私がよく飲み込んでいる」と言った。
「牟田口が統制を乱さない限り、その積極的姿勢は尊重したい」
もう牟田口との反駁はたくさんだという意味だった。
だがその真意をくみ取るモノは大本営には誰もいなかった。
結局、大本営陸軍部はインパール作戦を下達する事となった。
いよいよインパール作戦の準備が始まったのだ。
岡田参謀長は牟田口コントローラーとなって意のままに操ろうと思い付きます。それには牟田口の先を読んで行動を抑え偏向してゆく事が必要でした。次回はインパール(5/17):アラカン越えです




