7話 ドリーム・マジック!(前編)
「……ねえ、ルーク。今ね、私心臓がドクドク言ってるの。……もしかしたら聞こえるかな?……でも、不思議。こんなに心臓が昂ってるのに苦しくないの。むしろ心地よくて。…………好きな人の近くって落ち着くんだね……」
……俺は何も言えず、ただ全身の熱が顔のほっぺたや耳に向かっていくのを感じることしか出来なかった。
い……いや、別に近すぎて嫌だとか迷惑だとかそんな理由ではないんだ、決して。
……真っ直ぐに好意を伝えてくれて、こうして俺にデレてくれているのはとてもうれしい。
ただ、フレイヤの髪の甘酸っぱい匂いが直接鼻腔を流れていたり、互いの息を吸ったり吐いたりといった吐息の音が聞こえてくる距離にある今、無理に動くわけにはいかなかった。
このまま、なにか言葉を発するために口を動かしたり、うなずくために頭を動かしたりしたときにフレイヤの唇が俺の唇に触れてしまいそうで……。
なんか、こう考えてるのもドギマギするな……。
……でも、このドギマギさえもフレイヤのことなら心地よく感じている俺がいた。
体に触れていなくても、ヒトは心だけで心地よくなれる。1秒でもこの状態が続いてほしい──そういつしか願っていた。
……しかし、この心地いい時間というのはすぐに終わってしまうものだ。
いや、すぐに終わってしまうからこそ心地よさというものが生まれるのかもしれない。
「も〜!2人ともそんなに顔を近づけちゃって……お熱なんだから〜」
「…………2人とも、教室のみんなが見てる。それに、私たちも見てて熱くなってくる」
フレイヤの後ろの方から2人の魔女の声がする。飄々とした声と、淡々とした声。……昨日聞いた声だ。
金と銀の髪の色をした2人の魔女の声。フレイヤは慌てて一瞬で俺から顔を離す。
「サ、さ、さ、サリエラ……?」
「イヤ〜、こんなイイ場面で声を掛けるのも悪いとは思ったけどさ……まあ、クラスのみんなから注目を浴びてたし〜、このまま2人して教室で一線を越えそうだったから……声かけちゃった〜」
「…………私のことも忘れないでほしい」
「あっ、ごめん……アリア」
さっきまでのデレはどこへ行ったのやら、フレイヤはすっかり大人しくなってしまった。
……さっきまでとは、ほっぺたや耳の赤さは変わっていないが……きっとこれは恥ずかしさからだろう。
そして、俺も自分たちの周りを見渡す。
……そこには、俺やフレイヤほどではないが顔の赤い人間と魔女のクラスメイトの姿が。…………そういえば、ここ教室だったな。
また、一部の人間と魔女は手で顔を覆っている。…………余計に恥ずかしくなるだろ。
「そういうことするなら教室じゃなくて家でやってよね〜!こっちが逆に照れるからさ〜」
「ご、ごめんなさい」
「す、すまん。えーっと……サリエラ、アリア……」
「…………そういえば、ルークとは初対面だっけ?はじめまして。私はアリア。話は隣にいるのは……いろいろ経験豊富な……」
「アリア〜?自己紹介は自分でやるからわざわざ間違えてる情報言わなくていいんだよ〜?…………こほん。私はサリエラ。……はーじーめーまーしーてー」
「……えっ、ああ……よろしく…………」
……俺は昨日この銀髪と金髪に会っているが、フレイヤの認識では俺はこの2人とはここで初対面のはずだ。
もし、初対面でないとフレイヤにバレたらいろいろとややこしくなる。そのためにやった2人のフォローなのだろうが……別に今やらなくてもよくないか!?
俺たちの様子をよく見てほしい。あと、金髪の演技もなんかわざとらしいし……。
「……まったく、私たちがトイレに行ってる間になにがあったんだかな〜。……まあ、状況をみるとフレイヤがルークになにか質問した後にこうなったみたいだけど〜」
金髪の魔女ことサリエラが机の広げられたノートを見て言う。
「…………で、そのお礼か罰ゲームに顔を近づけていたと……」
「罰ゲームじゃないよっ!これはっ…………なんとなくの流れで……」
「なんとなくの流れでこうなるとは……将来が恐ろしいね〜」
「…………バカップル」
「まだカップルじゃないっ!」
……まさか、俺たちが"バカップル"なんて言われる日が来るとは思わなかった。続けてサリエラが言う。
「ま〜でも、それじゃあお礼はまだ済んでいないわけか〜」
「お礼……?」
「…………親しき仲にも礼儀あり。ちゃんとお礼はしたほうがいいと思う」
「ちゃんとありがとうは言ったよ……?」
「いや〜、それじゃあちょーっと足りないんじゃない?」
「そ、そう?」
「…………やっぱ魔女らしいお礼をされる方がルークも喜ぶと思う。……そうだよね?」
「そ、そうか……?俺は──」
「…………うんうん。やっぱり魔女らしさがあった方がうれしいと……」
言い終わる前に銀髪の魔女ことアリアが言い始めてしまった。
……昨日、『ルークは人の話をちゃんと最後まで聞いたほうがいい』と言っていたのは俺の幻聴だったのだろうか。そして、なんか妙に圧がある。
「でも……魔女らしさがあるお礼ってなにかあるの?」
「やだな〜フレイヤ。私たちには"魔法"があるじゃんか〜」
「かけるっていってもどんな魔法を……」
「ほら〜、あるじゃん。最近流行ってる魔法がさ〜。夢見の魔法──ドリーム・マジックがっ!」
続く
後編へ続きます。




