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24話 アイデンティティ。

「……そろそろ答えてもいいんじゃない、フレイヤっ!」


「ちょっと待たせちゃったかな……ごめんねメイデー」


 凛とした佇まいで、フフンっと自信のある姿のフレイヤに、どこか不安定で、それを取り繕うかのようにふてぶてしい笑みを見せているメイデー。

 勉強をしていたはずの図書室は、いつしか2人の魔女が醸し出す禍々しい……とまではいかなくても重っ苦しい空気に包まれている。さっきまではヒソヒソとした話し声がポツリと聞こえていたのだが、今ではシーン……と静まり返っている。


 ……本来、図書室の内部ではこのシーンとした状況が当たり前なはずだが、実際にはどこかで話し声がするもの……。今回のことだって、『ねえねえ、あれ見て』とか、『魔女2人が言い争い……おっかねえ……』といった会話が小さな声でも聞こえてもいいはずなのに、このような声も、息を飲む音さえも聞こえないという状況は"異常"であるのだ。

 そんな"異常"な状況を醸し出している、魔女としての本分をさらけ出そうとしている2人を尻目に、俺はただキョロキョロと顔を見たり、周りの様子を見ることしか出来ない。……俺も一応は当事者なのになあ……。


「──私は……人間っていうのは無条件に見下したり、嫌がらせをしてもいい存在だと思わない。私たちと人間は"対等に"接してもいいと思う。……それが、私の答え」


「……やっぱりそう答えるか。だよねー、恋するルークの前で人間を否定するような気持ちをさらけ出すのは躾けられて骨抜きにされたフレイヤちゃんには似合わないしっ!……そんな利口なこと言ってないで、もっと魔女の……フレイヤの本性を見せてもいいのになー」


「これが私の嘘偽りのない本心なんだけどな。それに、メイデーこそもっと本性をさらけ出してもいいと思う」


「えー、これが私の嘘偽りのない"本性"だよー?」


「それとね、メイデー。さっきの私の答えにはちょっと付け足さないといけないところがあるの。……ちょっと言い直してもいい?」


「……早く言って」


「あれは別に私だけの答えじゃない。……メイデーも同じ気持ち。……人間と魔女は"対等"な関係でもいいんじゃないのかなって思ってる」


「……なにそれ、そ、そ、そんなわけないじゃん……」


「なら、どうしてそんな悲しそうな顔をしてるの……?それに、本当に見下してるのならもうちょっと明るい表情でもおかしくないのに」


「べ、べつにそんな顔、私……してないよ……!」


「別に、無理にメイデーのことを『こうだっ!』って言うつもりはない。私の勘違いで本当にメイデーが『人間なんか……』って思ってる可能性だってあるわけだし……。」


「わ、私は……!」


「本当にメイデーの思っていることと言っていることが同じでも私はいい。……でも、ほんの少しでもその気持ちに対して『あれ……?』って思うのなら……自分に正直になってもいいんじゃないかな。メイデーがどんな答えを出しても、私とルークは受け止めるから……」


「……」


 少しの時間、辺りに沈黙が流れる。──が、すぐにメイデーの発する"音"でその沈黙はかき消された。

 普段なら絶対に聞かないであろう、活発なテンションの高い女の子の鼻をすする音。

 グスッ……と必死に抑えようにも溢れ出てきてしまう涙。

 沈黙をかき消された"音"──いや、心の叫びと言うべきものは余りにも小さく、そして今までの姿からは想像の出来ない惨めなものだった。


「……やっぱり、自分の気持ちに蓋は出来ないね……!」


「…………ごめんなさい。隠し事を表に無理やり引きずるような……暴くようなことしちゃって……」


「……ホントにそうだよ。……でも、ありがとうね。ちゃんとこの"気持ち"を素直に受け取れるようになったのはフレイヤのおかげ。『魔女と人間は"対等に"接してもいい……』ねえ……。…………私もそう思うよっ!」


 ほっぺたをつたって流れる涙を拭って、メイデーは俺たちに向かって微笑んだ。

 ……しかし、俺にはまだ全てが解決したようには到底思えなかった。



 ──私のアイデンティティ、無くなっちゃったな。


 ボソッと聞こえた、メイデーのもう一つの心の声というべきもの。

 隣にいるフレイヤがこの声を聞き取れたかどうかは分からない。

 図書室はあい変わらず静かだったが、それでも耳に意識を集中させなければ聞こえないであろう涙声。

 その声が辺りにこだますることはない。


「お、おい……メイデー……!」


「……なに、ルーク……?」


 どこか困惑した、寂しそうな様子でメイデーが俺の呼びかけに応える。

 ……ほとんど反射的だった。

 考えるよりも先に言葉が出ていた。

 ……でも、この勢いがないとメイデーが、周りを渦巻いている深くて光のない渦に飲み込まれてしまう──、そんな予感がして……。


 目の前で悩み続けている一人の魔女──いや、少女メイデーを、俺は見殺しにすることが出来なかった。

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