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マモレ課~捜索任務遂行中  作者: 2991+


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19/22

RESULT:熊とオネェ



 と、梟が唐突に悲鳴を上げた。


「うわ、え、何この服。ああぁありえない…」


「似合ってないですよ」


「当ったり前でしょ、美の化身のようなこのアタシに、こんな安っぽいエセ迷彩が似合ってたまるかっての。玩具かよ、せめて作り込めよ。うっわ、ヘルメットまで、もれなくダセェ…無理、無理。あぁ駄目だわ、これ。完全に心が折れた。治癒力アップも兼ねてしばらく元の姿でいるわ…」


 着ていた服がどこまでもお気に召さなかったらしく、力なく項垂れた梟は、倒れるように陸衞さんに伸し掛かる。彼が受け止めるや否や人の形を解いたらしく、その場には一羽の梟が現れた。


「わぁ、手品みたいですね…」


 思わず呟いた僕に、陸衞さんが笑う。

 僕は落ちた服やヘルメットを手早く拾って、とりあえず荷物に詰めた。


 ふと思い出して私物の通信機器を確認するが、妨害電波はまだ止まっていないようだ。

 ならば、何かの役に立ちそうなものは皆持っていったほうがいい。老人の身体の側へ戻り、拾えるだけの破片と液体の少し残った欠片を予備の採取容器に入れる。


 ついでに老人の懐を探ってみたが、身元がわかるような物は何も持っていなかった。当然だろうな。そして属しているのが後ろ暗い組織であるというのも証明された。

 ちらりと自分の作業服のロゴを見て、誇らしくなる。


「ムゲンも連れていけば峰も喜んでくれるでしょう。手土産ができて良かったですね」


 はい、と頷きかけた僕は慌てて顔の前で両手を振る。

 梟と僕は完全に初対面な上に自己紹介すらまだしていない。


「まだご意向確認していません…って歩き始めてるし! 陸衞さん、説明しないと! 連れていってしまっていいんですか?」


「だって、僕らはもう移動しなければなりません。ミチカを抱えて走っても良ければ、明日の朝には間に合うとは思いますけれど」


「よ、夜も少し歩くとか、朝も早く歩き始めたら抱えなくても間に合いますよっ。何も知らない方を騙すようなことは駄目です」


「別に拘束しているわけではないですし…ですがミチカがそんなに気にするのなら、話をしながら進みましょう。嫌なら途中でどこか飛んでいくんじゃないですか? とりあえずはついてくるつもりのようですよ」


 のんびりとした様子の陸衞さんの肩の上で、梟が目を細めた。

 少し悩んだけれど、状況の説明くらいはしてもいいだろう。


「えぇと。どの道いつかは梟さんにも会いに行く任務があったと思うのですけれど。…まず、名乗りますね。僕は盤乃沢と申します。特別防備管理庁…」


「ミチカはマモレ課というところに所属しています。ある程度、戦うこともありそうですよ。皆に声をかけるつもりのようですが、無理強いはしないそうです。やはり僕らの身体を調べることもあるでしょう。僕はついでに戦闘衣が直ればいいなと思っています。蛇が参加してくれれば直ると思うのですが」


 陸衞さんがばっさりと僕の言葉を遮った。

 相変わらずフリーダムだ。声を堪えて笑ってしまった僕を、梟がおかしなくらい首を傾げて見ている。あんなに傾げたら、また首が取れてしまうのではないかと心配だ。


「ミチカ、これはムゲンです。僕らは人でない姿のときの発声があまり上手くありませんので、無理して人語を話そうとはしません。彼が何か言ったら、通訳しますね。獣の声は人の姿でも出るのに、不思議ですけれど」


 言われた途端に、鮭トバをあげたときのことを思い出して、口許が緩んだ。

 確かに人の姿でも、獣の声は出る。


「…ふふ。陸衞さんも、ガルゥって言ってましたもんね。あれはちょっと面白かったです。ちゃんとすまなそうに聞こえるのが、余計に可笑しくって」


「あれは…、そう、ミチカのせいですよ」


「いいえ、陸衞さんの油断です」


 クルルゥ、と小さな音が聞こえた。陸衞さんの肩で梟が鳴いたのだ。陸衞さんが少し笑って「はい。僕は久し振りにとっても楽しいです」と返す。楽しそうだね、とでも言われたのだろうか。

 先程通訳すると言った割にはその気がなさそうだが、プライベートな話題なら割り込むのも憚られる。何より、楽しそうな様子なのだから邪魔する必要もないだろう。


「…そうですか? あぁ、成程。その方がいいでしょうね。猫だけは心配です」


 クルクルと音を立てる梟と真面目な顔で話す陸衞さんは、何だか面白い。

 鳴き声は違うのに、熊と鳥でも言葉が通じるのか。猫だけは心配という言葉に少し気を引かれたものの、僕は口を挟まずに道を進んだ。


 すっかり高くなった日を見上げた僕の耳に、人工的な音が聞こえた。


 エンジン音。

 敵襲の可能性を考え、右手の袖を少し捲る。それを見た陸衞さんも口を噤んで空を見上げた。


 けれども、現れたヘリには見たことのあるマーク。特別防備管理庁のロゴだ。

 定時連絡が途絶えた件での、強制回収だろうか。


 既に1時間以上オーバーしているから、その可能性も考えてはいた。妨害電波の圏内を出られたら早めに連絡をしようと思っていたのだが、間に合わなかったか。

 向こうも僕らを見つけたらしい。ばらりと梯子が投げられて、拡声器がプロペラの音に負けじと声を張り上げる。


『盤乃沢隊員とお見受けするが?』


 はい、と叫んだがとても相手には届かない。両手を大きく頭の上で振ってみる。


『我々は当該任務の救命規定に従い、貴君を収容・帰還する。よろしいか』


 僕は大きくお辞儀をして見せた。

 ヘリはこちらへ近付いてくる。梯子が近くまで来たので、僕は陸衞さんに先に上がるよう身振りで示す。しかし、彼は首を横に振った。

 ヘリの爆音に負けないように怒鳴り合う。


「陸衞さん! 先程の残党が出る可能性もありますし! 僕は下で見張りますから!」


「僕だって! ミチカを置いていって、下で何かあったら困ります!」


 そうは言っても…敵の狙いは陸衞さんやムゲンさんだ。彼らを先に保護するほうが理に適っている。何と説得しようか迷ううちに、思いついたように陸衞さんが手を打った。


「こうします。ムゲン、見張って下さい」


 梟がばさりと羽根を広げて飛び立つ。

 陸衞さんが近づいてきたかと思うと、素早く僕を肩に担いだ。これではむしろ僕が無防備だ。


「陸衞さん! 危ないから!」


「大丈夫です」


 何も大丈夫じゃない。

 他人の肩に担がれる状況と、遠ざかる地面を見せつけられて若干のパニック状態に陥る僕とは対称的に、落ち着いた陸衞さんはすいすいと梯子を登る。

 ヘリの内部にぽんと下ろされた僕が何も言えずにいると、陸衞さんは外に向かって「ムゲン」と声をかける。梟も何ら問題なくヘリの中へと滑り込んできた。

 救助隊員がヘリの扉を閉めて振り向く。


「盤乃沢隊員、IDカードを出して下さい」


 掛けられた声にはっとする。荷物を下ろし、リュックのポケットを探った。取り出したカードを急いで相手に差し出す。

 携帯端末にカードを読み込ませた相手は、僕の顔を見た。

 …じっと。


「…あの…、何か…?」


「いや。聞いてはいたが本当にまだ子供なのに…緑地で二週間も過ごすとは。無事で良かった。良く頑張ったね、お疲れ様」


「あ…、いえ。…ありがとうございます」


 何となく照れてしまう。

 施設にいたときには自分が子供であることなんて忘れていた。甘えるな、一人前であれと叩き込まれてきたし、実際に任務に年齢など関係ないと僕も思っていた。

 ところが外に出てみると、保護者がいないと不便なことが多くて。


 年齢の不足はハンディキャップでしかないと思い知らされた。

 年月ばかりは致し方ないから、それ以外の部分には不備がないようにと…こんなに気をつけているのに。

 なのにマモレ課は時折、僕を子供扱いする。

 それに対してどんな感情を抱けばいいのか、僕にはわからなかった。


 救助隊員は陸衞さんに向き直る。


「陸衞 爭弌さんで間違いありませんか。…この鳥は…あなたの?」


「はい。これは友人のムゲンです」


「ムゲンちゃんですね。鳥はちょっと聞いてませんでしたのでケージの用意がありません。危険ですので操縦席には行かないように、飼い主さんが注意してあげて下さい」


 何も知らない救助隊員にただの鳥扱いされてしまったムゲンさんは、ちょっと不満げに一鳴きする。陸衞さんは心得たように「はい、大丈夫です」とだけ答えた。


 緑地を離脱したヘリの中。遠くなる故郷。

 …こんな任務は、きっともうない。

 僕は本当に幸運だった。立ち入り禁止区域が解除されない限り、ここに来ることなどできなかったはずなのだから。


 己の名前を把握し、必要なものも手に入れた。悔いもない。

 それでも…立ち去らねばならないことが辛い。


 ここへ来る前と変わらず、ここは僕にとって特別な場所で。帰りたい、場所だった。

 …いつかまた、帰って来られるだろうか。


「いつでもお連れしますよ」


「えっ」


 あまりのタイミング。

 心の中を見透かしたように陸衞さんが声をかけたので、僕は驚いて振り向く。

 救助隊員に聞こえないよう、こっそりと陸衞さんが笑う。


「…だって、ミチカがあんまり窓の外を見ているので。来たくなったら言って下さい。誰にも見つからず上手に家にお連れします」


「…そんなこと…できるんですか?」


「一部に小屋を配置したところで、監視なんてしきれませんよ。幾らでも穴はあります。いざとなったら、ミチカを何か袋に入れて、僕がそれを隠し持って元の姿に戻ってしまえば。熊ですからウロついても不審の欠片もありません。…ハンターが出るかもしれませんから、最終手段なんですけれど…」


 僕を袋詰めする発想もさることながら、ハンターを警戒するところもまた笑いを誘う。

 沈みかけていた気分が解けて、僕は会話を続けようと試みた。


「確かに、誰かに見られたらハンターも来るかもしれませんね。何せ身長が八尺の熊…というと2メートル半近いですか?」


 僕とは反対に陸衞さんの表情が陰った。

 ムゲンさんが馬鹿にするように目を細める。

 どうしたのかと問おうとすると、それより先に伏せ目がちな陸衞さんが嘆いた。


「…それ…なんですけれど…。百年くらい前の話なんですよね。多分もう、十四尺は…越えてると思いますよ」


「えっ。…あの…?」


「ですから…もう4メートル以上にはなっているのではないかと。うるさいですよ、ムゲン。まだ十四尺くらいで…くらいで…あってほしい…」


 ムゲンさんに何を言われたのか。語尾が予測ではなく希望になってしまった。

 しかしそれは…結構大きいのではないだろうか。

 僕を縦に二人並べても足りない。いや、人の姿の陸衞さんだって結構背が高いのに、その彼を二人並べても足りない。


「ムゲンはいいですよね…梟ですもん。こんなに小さければ怖がられないです。猫なんて無敵ですよ、小さい上に愛らしい。羨ましすぎます。どうして僕はヒグマなんですか…好きで大きいわけじゃないんですよ…」


「あの…ヒグマって、そんなに大きくなるものなんですか? 4メートルって…」


 ましてや熊だから、細長いわけではない。

 それに見合った幅も付いてくるのだ。巨体という以外にないのだろう。

 …うん。やはり、陸衛さんにはちょっと…勝てる気がしない。


「通常より大きいんでしょうね…でも僕はまだ大きくなってます。怖くて、もう何十年も元の姿になんて戻ってません。絶食もしてみたけれど成長は食事量に比例していなくて…無駄を悟りました。いいんです、元の姿に戻らなければいいだけの話なんですから…」


 彼の悩みは深刻なようだ。

 ふと思いついて、僕は疑問を口にした。それは峰さんとも、話したことのある話題だ。


「元の姿に戻ったときに、意識の変化はあるんですか? 気性が荒…、熊っぽい性格になるとか、もっと鮭が好きになるとか」


「僕は僕です。何も変わったりしませんよ。人にも動物にも怯えられてるのがわかって、ただ悲しいだけです」


 人間が好きだと口にする彼だ。

 確かに、怯えられることは悲しいかもしれない。つい、俯いてしまった彼の髪を撫でる。


「…今度ちゃんと身長を計ってみましょうか。大丈夫ですよ、僕、怯えないですから」


「嫌です」


「本当に怖くないんですよ?」


「駄目です。見てないから言えるんです」


 どうやら根が深い問題だ。僕なら本当に怖くはないのだし、何とかしてあげられたらいいのだけれど…。もしかしたら僕のようにそう言っておきながら、怯えた前例でもあるのかもしれない。何だかしょんぼりしてしまった相手に、僕は苦笑を隠して言う。


「では、それはまたいつかにしましょう。東京に戻ったら、まず峰さんに報告をして…その後は帰れますから、一緒にお昼ご飯食べに行きましょうか。あんまり高いものは無理ですけれど…何が食べたいですか?」


「…なんっ…、何でも食べます」


 陸衞さんの目線が上がった。

 独りで山の中にいたせいか、彼は一緒に食事をすることをひどく喜んだ。

 キャンプのレトルト食品をあんなに喜ばれたのでは心苦しいので、帰ったらご飯に誘おうとは思っていたんだ。


「何でもは困ります。お店選べないです」


「ミチカの食べたいものでいいですよ」


「それは僕一人でも食べられます。陸衞さんの好きなものにします。お昼ご飯ですから、着く頃までに考えて下さい。ちゃんと選ばないと特防庁の食堂になりますからね。ムゲンさんとも相談してみては?」


 こっくりと頷いて、陸衞さんは肩に乗せていた鳥と相談を始めた。本人は真面目なのだろうけれど、傍から見ていると、ちょっと…結構可笑しい。

 梟を手元に下ろして目線を合わせ、「…でもミチカは若いですし、刺身は年配の方が喜ぶものでは…」だの「子供ならライスカレーが…えっ、今はそう言わないんですか?」だのと呟き、合間にクルクルーッとムゲンさんの返事が聞こえてくる。

 ずっと山の中にいたのなら、選ばせるのは難しかったのだろうか…。


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