伊式と呂式で異種族マッチ
※もともと残酷描写タグがついているので、
特に部位もげ注意をしていませんでした。
一応、今回は首が取れますので、苦手な方は
ご注意ください。若干ホラーも有るアルヨ。
身の丈は八尺。真っ黒くて大きな熊。
彼の本来の姿ならとっくに知っている。未知のものになるわけではないし、なったところで。何に姿を変えようとも、ただ陸衞さんだ。
うん、怖くはない。
「はい。怖がりません」
「…ありがとう。呂式戦闘衣、解放」
陸衞さんが手を伸ばす。
右手から、やはり黒い色が彼を飲み込んで。
現れた軍服は…しかし、梟とは形が違う。
顔の右半分を白い仮面が覆い隠し、伸ばした右手は大きな毛皮の小手を付けたよう。
ちらりとこちらを見た陸衞さんの顔…仮面の下が、毛皮のようなもので覆われている。
「もこもこバージョンなんですね」
顔色を窺うように僕を見つめる彼に、そう呟いた。
すぐには意味が取れなかったようで、三秒ほど経ってからようやく笑顔が返る。
「はい。呂式は伊式の一つ上、二段階目の戦闘衣です。伊式よりも強いですが、少し本来の姿が出てしまいます」
「大丈夫なんですか? 陸衞さんの戦闘衣は…壊れているのではないんですか?」
「壊れているので呂式にしかなれないんです。伊式も波式も今は開きません」
そう言って陸衞さんは、老人と梟にも笑って見せた。
余裕の笑顔には、確定された勝利しか見えていないようだった。
続く言葉も僕らにとっては不可解であろうと、鳥と熊にとっては当然の内容なのかもしれない。
「伊式で、呂式戦闘衣の僕には勝てませんよ」
僕にはそれに対する知識がない。
…峰さんならば、納得できたのだろうか。
「…何おぅ…、鳥よ、お前も呂式とかいうのにしろ! …えぇい、何をしている!」
老人は駄々をこねるように梟へ命令を下したが、命令は受諾されなかったようだ。
梟はそれ以上、姿を変える様子を見せない。
彼の場合はどうなるのだろう。羽根でも生えるのだろうか。
「できません。もうとっくに失われてしまったのですが、上官の許可である機密ワードがなければ呂式以上は解放できない仕組みです。それが解放されてしまうから、僕の戦闘衣は故障していると申し上げました。…ミチカ」
「はい」
陸衞さんは声を潜めて、呟く。
正気の梟になら聞こえるのかもしれないが、正気なく命令に従うだけの相手では聞こえたところで問題はないという判断だろうか。
老人が通訳を求めれば筒抜けてしまう気がするのだけれど。
「梟の首を撥ねます」
「えっ」
一瞬、聞き間違えたのではないかと思った。
彼らは仲間であるはずだ。
簡単に、それを殺すなんてこと…。
だが、彼らは僕の常識の範囲外にある。
「ですから、その首を確保して下さい。首くらい取れても、僕らは死にません。首を取れば一時的に動きを止められますし、何より怪我を治そうという力が強く働きます。彼が正気を取り戻す契機になるかもしれません。けれど、もしムゲンの首を向こうに奪われると大変に厄介です。…お願いできますか?」
ぎょろりと仮面の下から動物の目が僕を見る。黒目しかない。
半分人間の顔をしているのに、もう半分は熊なのだ。
不謹慎だけれど、ちょっと面白い。
「回収任務ですね。必ず確保します」
けれどそんなことを今言うわけにはいかないなら、僕は自分に任務中であると言い聞かせる。
僕の返答を聞いて、陸衛さんはひとつ頷いた。
「では、…参ります」
陸衞さんが、再び梟に向かって行った。
相手は素早く距離を取ろうとするが、陸衞さんが詰めるほうが早い。
大きな毛皮に包まれた右手を叩き付けられて、更に梟はバランスを崩した。
「何をやっている、ちゃんと戦え! えぇい、使えない化け物め!」
戦わないくせに梟を罵り始めた老人の首をかき切ってやりたい衝動。
しかし僕が老人に手を出せば梟が舞い戻り、陸衞さんの邪魔になってしまう…。
唇を噛み締めて、戦いを見つめた。
互角に見えた先程とは違い、明らかに梟が押されている。これが戦闘衣の差なのだろうか。それとも、戦闘衣を使う以前の熊と互角ならば、梟の方が弱い?
だが、僕には梟と熊の戦い方については何も知識がない。
果敢に応戦するも攻撃を防ぎきれず、梟は飛び上がった。
羽根があるわけでもないのに、随分と高く跳ぶ。
上から攻撃を仕掛けようとしたその時、階段代わりに周囲の木々を蹴って駆け上がった陸衞さんが簡単にそれを追い、梟よりも更に高く飛び上がった。
「ムゲン。今度は少し痛いですよ」
そう言ったかと思うと、何の躊躇いもなく右腕を振り抜いた。
老人の悲鳴。
首をなくした梟の身体は、血飛沫を撒きながら落下する。
仲間への容赦のなさに驚きながらも、僕は頭が飛ばされた方向に見当をつけて走り出した。任務中に呆けるわけにはいかない。
結構な勢いだったので、明確な落下地点は目で追いきれず、わからなかった。
それでも他の誰かに取られないように、僕は必死で梟の頭部を探す。
やがて下草に見つけた血の跡を追い、転がって行ったらしい首を見つけたのは巨木の前。
梟の頭部は、血溜まりの中に転げている。
…本当に、死んでいないのだろうか。
どう見たって、こんな状況で生きているわけがないのに。
そう思いながらも、落ちていた枝でそっと頭部をつついて転がし、こちらへ向ける。
梟は白目を剥いていた。
せめて、瞼を下ろそうかと手を伸ばしかけた。その途端。
ケエェェェッ!という鳴き声を上げ、ぐるんと回った目玉が僕を睨んだ。
仕事中でなければ悲鳴を上げたところだ。ひたすらに任務中だと自分に言い聞かせ、じっとその目に耐える。…うぅ、完全にホラーだ。
首だけでも確かに生きているようで、その目には生気もあれば意思も見える。
不思議だとは思うが、僕の感想は任務に無関係だ。
また鳴かれては、鳥を探しに敵の追っ手が来るかもしれない。
少し考えて、荷物から取り出したタオルで鳥の口に猿ぐつわを噛ませる。恨めしそうな目で僕を見つめるその首を、布袋に入れて荷物の中に押し込んだ。
荷物を背負い直して、陸衞さんの元へと戻る。
背中では鳴き声もおかしな動作もない。鳥は、荷物の中でおとなしくしているようだ。
周囲の気配を窺いながら、木陰から陸衞さんを覗く。
老人と対した彼の、硬い声が聞こえた。
「それが何だというのですか」
少し怒っているような声。
老人は全く悪びれずに、もごもごと笑っている。
「お前のことも知っている。寂しがり屋の熊だ。我々と共に来れば、お前の身体を解き明かし、科学の力で同族を増やしてやることもできる。仲間が欲しかろう?」
「馬鹿げた話です。こんなものを人工的に増やしてどうするというのですか。人にもなれぬ、化け物でも在りきれぬ…ただ哀れな存在となるだけですよ」
「それでもお前は独りではなくなるぞ」
「…侮られているようですね。僕は確かに寂しがりですけれど、つまらないものを側に置いたところで、この長い時間を過ごす慰めにはならないのです。さぁ、鳥に何をしたのか言いなさい。彼を元に戻す方法も」
ぐぇ、と老人の喉で声がひしゃげた。
右手で老人の首を掴んだ陸衞さんが、軽々とそれを目線の辺りまで持ち上げる。
妙におとなしい老人の手元で、きらりと鈍い輝き。
気付いた瞬間に、それが何かを確認もせず鎖を放った。
「陸衞さん!」
首を失って横たわる鳥の身体は、僕の攻撃には反応しなかった。
少し安堵したその瞬間に、老人の手の中で何かが割れた感触。老人の手が動かないようにとぐるぐる巻きにした鎖、それに加えた力が強すぎたのか。
ガラスの破片のようなものが幾つかと、怪我をしたのだろう、血が地面に滴り落ちる。
老人は悲鳴を上げて、僕を恐らく罵倒した。
外国語なので理解はできない。多分、罵倒だと思う…という程度でしかないのだけれど。
「お前なんで邪魔をする、一体どこの組織のものだ!」
興奮しているためか発音がおかしくて、ちょっと聞き取りにくい。
だが僕からすると、老人の言葉は理不尽だった。
「…そっくりそのままお返しします」
「素人のガキが、生意気な! これを打てば、熊を手に入れることができたのに!」
聞き捨てならない言葉に、気を引き締めた。
梟を操っていたのは薬。薬ならば、抜ければ正気付く可能性があるだろうか。いいや、解毒剤が必要かもしれない。
薬品を扱う者が、毒だけ持って歩くとは思えない。
脅迫にも不意の事態にも役に立つ、解毒剤はセットで持ち歩くはずだ。
そして…その薬品を陸衛さんに打たれたのなら、僕はとても勝てないだろう。咆哮ひとつで動けなくなったことを忘れてはいない。
「それは…意図せず、いい仕事をしたようで。良かったです。陸衞さん、危ないので退がって下さい。貴方に薬を打たれて、万一にも敵対されたら困ります。勝てる気がしません」
陸衞さんは小さく頷いて老人から手を離し、距離を取った。
解放されて地面に落下した老人が、外国語で何かをわめく。
「今の薬で梟さんを操っているのですか」
僕の問いに、老人は笑った。
振り返った言動から老人は喋りたがりのタイプだと見当をつける。梟を救う術は、どのように聞き出せばいいのだろう…。
悩みながら、言葉を選んだ。
「彼らには毒物も利かないそうです。なのに、言うことを聞かせられる薬があるだなんて、驚きです。身体に悪くはないのですか?」
「ひっひっ、素人になどわかるまい。身体に悪いことなどあるものか。こいつらは化け物だからな。この薬でさえ、定期的に打たねば自分で解毒してしまうのよ」
化け物、化け物と…。
彼らは先の大戦で、この国とそこに住む人間達を案じて戦ってくれた人達なのに。
任務中、任務中、任務中…。
ふつふつと込み上げる怒りを隠して、僕は平静を装う。
「そうなんですか。ではこれは、人間に打つと死んでしまうような薬なのですか?」
「そうさ、人間には強すぎる…お前などに言っても理解できないだろうが、主成分は…」
「ありがとうございます、もう結構です」
くるりと鎖を解き、老人の手を解放する。相手が何か言おうとした瞬間に、そこから零れた注射器の破片を鎖の先で叩く。回転した針が、老人の腕に刺さった。
血まみれの手で慌てて針を抜き、老人は僕を罵倒する。
だが、外国語なので理解できない。
僕に通じていないと気づいた相手は、日本語に切り替えて「馬鹿、ド素人、阿呆」などとおかしなアクセントで駄々をこねる。
「なんっ、なんてことをっ、するか!」
「ええ、すみません、手元が狂ってしまって。解毒剤はお持ちではないですか? 別の場所にあるのでしたら僕が取りに行きましょうか」
「…ふんっ、そんな手には乗らんぞ」
「でも、もし体内に入っていたら危険なのでしょう?」
「入っておれば死ぬだけだ。お前などに私の研究を…」
言いかけた老人が、ふと真顔になった。
つられて僕も目線の先を追い、絶句した。
すぐ側で話を聞くようにこちらを向いて、胡座をかいた黒い軍服の男。
首は、ない。
自分で…動いたのか…?
「…化け物…」
老人が呟いた瞬間、それはひょいと立ち上がる。
滑らかな動作で老人の首を指で撫でた…ように見えた。
「正気ですか? ムゲン」
苦笑するような陸衞さんの声に、首のない男が肩を竦めた。
地面に落ちた老人の頭を拾い上げ、自分の首に乗せる真似をする。何を理解する間もなく絶命した老人の身体は倒れ、意図もなく地面を赤く濡らしていた。
「ミチカ。彼の頭は?」
「あ。お待ち下さい」
慌てて荷物を下ろし、布袋を取り出した。
猿ぐつわが不満らしい梟の頭部は、片眉を上げたり目をきょろきょろさせてアピールする。
…どう見ても生きている。
「意外と…その…ひょうきんな方なんですね。さっきすごい声で鳴かれましたので、タオルをかけてしまいました。申し訳ないです」
首のない身体が僕の隣に来て、老人の頭を遠くに放り投げた。
そして、こちらに恭しく両手を差し出す動作をする。
僕も苦笑し、タオルを外した頭部を返してあげた。受け取った梟は頭をひょいと身体に乗せて、首の辺りを両手で調整しながら早速喋り出す。
「久し振り。珍しく人間と一緒だと思ったら、やけに冷静な子じゃないの?」
「お礼を言っておいて下さいね。貴方の首を守ってくれたのはその子なんですから」
「はいはい。ちょっと、あんたのリュックの中、魚臭くて鼻が曲がるかと思ったわ。魚の臭いが目に染みたのなんて初めて」
その口調に違和感を感じながらも、頭部を押し込んでいた袋が魚臭い原因を思い出して、慌てて謝る。
「も…申し訳ないです。そういえばこの袋には先日まで鮭トバを…」
「ムゲン! そうではなくて…」
「髪が魚臭い…お風呂入りたいんですけど。今って爭弌んち行っていいタイミング?」
「駄目です。山を下りるところだったのを、貴方が邪魔したんですからね」
「あらまっ。それは失敬! しっかし、あんたも懲りないなぁ。人間を信じるなってあれほど言っても三歩歩くと忘れちゃうの? あんた熊じゃなくて鶏だったっけ?」
梟も、結構フリーダムな人だ。
「今の今まで使役されていた貴方に言われたくないです」
陸衞さんが大きな右手でペチンと梟の頭を叩くと、ずるりと首がずれる。
「何すんのよ、まだくっつかないっつーの。あと戦闘衣は止めてよね、呂式は卑怯!」
「だって、呂式しか開きません。大体、貴方が先に戦闘衣を解放したんですよ。全く、相変わらず勝手なんですから。…武装解除」
陸衞さんの身体から、まるで絵の具が流れるように黒い色が溶け落ちる。
仮面も小手も軍服も、最初からなかったかのように消え失せてしまった。思わずまじまじとそれを見つめる僕の横で、梟も武装解除を宣言。同様に黒い色が身体の表面を流れて消える。
戦闘衣への早着替えも不思議に思えたが、溶けたかのような私服へのこの着替え方というのも不思議でならない。




