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マモレ課~捜索任務遂行中  作者: 2991+


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生家攻略完了



 陸衛さんの性格を掴みかねて悩む。しかし僕の思考を止めたのも、当の本人だった。

 陸衞さんは、なぜか少し棒読みの台詞を紡いだ。


「あの…ミチカはもう一度あの家に入らねばなりません。これは任務なんです」


「…はい…?」


 言われた意味がわからない。

 確かに、生家の探索任務ではあったはずだが。


「峰からの新たな命令です」


 そう言われてしまえば、黙って拝聴するよりない。

 姿勢を正して上官の命令を待つ僕の様子を、まるで疑い深く観察するような不思議な目で彼は見ていた。なぜそんな目で見られるのかがわからない。

 かつて軍属だったなら、こんな人間はよく見かけたのではないのだろうか。


「えっと、先程、民間人の遺体が確認されました。探索任務に直接の関係はありませんが、マモ…マモリカ…として、故人の尊厳のため遺体を整えることが必要ならばそのように、弔いが必要ならば埋葬をしなければならないとのことです」


 不安そうな顔で、陸衞さんが僕を見つめる。

 問うまでもない。きちんと正しく復唱できたかどうかが不安なのだろう。

 そして残念だができていない。


「陸衞さん…それ多分マモレ課、です」


「ごめんなさい、間違えました」


 遺体か。

 …あの家で見つかる遺体ならば…祖父以外にはないと、思う。


 そう考えた僕の何が気に入らなかったのか、相手は不意に僕の腕を掴んだ。

 こ、これは。腕に痣ができそうな強さだ、さすがに抗議しないと。

 害する気がないのなら、熊の力を人間に振るってはいけない。俗世から離れた時間が長くて、きっと力加減がわからなくなってしまっているんだ。


「…痛いです、陸…」


「ミチカ。これは任務です。身内だからという甘えを捨て、民間人の死に敬意を払って下さい。これが貴方の祖父でなければ、遺品を遺族に届けるところまではマモレ課がやらねばならない『仕事』です。わかりますか」


 ものすごく遮られた。

 だが、相手の噛みつきそうなほどの勢いに押し負けて、僕は頷いた。

 言っている内容についても理解できた。


 成程。身内だと考えていたから、峰さんの気遣いに甘えている気がしていたが…これが祖父でなくとも、そこに亡くなった方がいれば弔うのは正義のマモレ課としては当然のことなんだ。

 そうか。いいな。


 人の役に立てる仕事だ。いい職場だな。

 何だか少し気が楽になった。


「はい。了解しました」


「本当ですか、ミチカ!」


「え? えぇ。やってみます」


「…なんと…」


 なぜ感嘆の声を…。


 確かに自分で思いつきはしなかったが、言われてみれば納得のできることだ。

 祖父であろうとあるまいと、緑地に殉じた人間を見つけておいて、無視していくのは義に悖る。そういうことなのだろう。

 素晴らしい。理性的で人間らしいと言わざるを得ない。




 僕らは家屋の中へと戻り、リビングの向こうにある仏間へと入った。

 祖父の遺体を見つけた僕に、陸衞さんは執拗にこれが任務であると繰り返して言う。

 それはもう何度も何度も言うので、どれだけ僕が忘れやすい人間だと思われているのかと、少し不安になるくらいだった。


「ミチカ、これは任務です。マモル課の指示です。峰の命令ですよ」


「はい。あの…、マモレ課、です」


「ごめんなさい。でも、ミチカ、これは任務なんですよ」


 あまりに真剣な顔で言うので、つい少し笑ってしまった。

 仕事にはいつだって真面目に取り組んできたつもりだ。ましてや個人の尊厳のための仕事に、僕が手を抜こうとすることはない。


 安心してほしいとは思うが、陸衛さんはまだ僕のことを然して知らない。若輩者にきちんと理解させようとしてよく諭すのは、大人として当然のことなのだろう。

 人を正しく導こうとする行為だ。好ましいと思う。


「笑い事じゃありませんよ、ミチカ。貴方のお仕事なんです」


「はい、申し訳ありませんでした」


 蔓草に巻き付かれた白骨死体が着ている服には見覚えがない。

 近付きかけて、足元に落ちている眼鏡に気づいた。


「…あ」


 眼鏡を。

 していただろうか。


「ミチカ!」


「わぅひゃっ!?」


 がっしりと後ろから両肩を掴まれて思わず竦む。

 驚きすぎておかしな声が出たことに恥ずかしくなり、僕は殊更に平静を装った。


「何ですか、陸衞さん。さっきから変ですよ。ちょっと落ち着いて下さい」


 いい大人なんですから、そんなに僕を驚かせるようなことをしなくてもいいじゃないですか。僕は全然、先輩にいいところを見せられていないんですよ。何とか挽回しないといけないのに。

 …なんて、内心のこんな甘えは、さすがに声に乗せたりはしない。

 だが、陸衛さんは軽やかに率直だ。


「ごめんなさい、でも無理です」


「わぁ、即答ですね!」


 でも、正直なのは良いことだ。

 僕が先程掴まれて痛がったことを思い出してくれたのか、掴まれた肩もすぐに離された。


 しかし、陸衛さんは時々まるで何かに怯えてでもいるかのような態度を取る。

 実際の巨体を目にしたわけではないが…そんな、巨大な熊が怖がるような危険なものが、この近くにあっただろうか。

 訝りながらも、僕は任務を優先する。


 祖父の遺体を蔓草から取り返すことに成功した。

 そっと扱ったつもりだが、既に乾いた身体はボロボロと崩れて形を損なう。


「…これは…埋めた方がいいでしょうね」


 思わず呟くと、陸衞さんは「はい」と小さく首肯した。

 崩れた骨を服の上に集めて持つ。眼鏡も拾って乗せた。

 それから。僕は畳の上を這う蔓草の陰に、目的のものがあるのに気がついた。


 見つからなかった、アルバムだ。

 存在しないのかと思っていたのに。


 骨を包んだ服を、そっと床に置く。陸衞さんがじっとこちらを見ていた。


「…あの、陸衞さん、ちょっとだけ…」


「はい! 何ですか!」


 勢い良く返事をされた。

 そんなに意気込むようなことはないと思うのだけれど。


「そこのアルバム、少しだけ見てもいいですか?」


 ふと陸衞さんが肩越しに扉の方を振り向いた。

 目線の先を追うが、特に何も見えない。


 また?

 猫行動、いや、熊行動? 熊猫…はパンダだったっけ。

 パンダは体格的にも熊の仲間にしか見えないのに、何が猫なのか。


 しばしそのまま固まる相手に、僕も警戒するが、異常を感知できない。

 彼の耳には何か聞こえているのだろうか。敵襲の可能性を考えて、眉を寄せる。

 ありえないとは言えない。けれど。目的がわからない。この家に何かあるとは思えない。

 僕の任務のように、陸衛さんが目的か?


「…見ても…いいです。任務中なので…少しだけです」


 多少の道草に危険はないと判断したのだろうか。

 了承が得られて僕はほっとする。急いで見てしまおう。

 お礼を呟いて、劣化した冊子に手を伸ばした。


 表返してみると、表紙が腐りきっていて留め具が外れてしまった。

 ばらけたページを慌ててキャッチする。汚れを指で拭うと、フィルムに守られていた写真は色褪せながらもその姿を保っていた。

 赤子の写真。僕だろうか。

 自分の写真にはあまり興味がない。ページを急ぎ目に繰る。


 成長していく僕以外の人間に、やがて遭遇した。祖父だ。

 思い出せなかった顔。

 それでも一瞬で認識できた。…そのことが、少し嬉しかった。


 アルバムにはリビングの写真立ての人物も出てはこなかった。

 両親の存在は謎のまま。やはり現実にこの家には祖父と僕しかいなかったからか、写真はほとんど僕一人だけが映っている。稀に、ケーキを前にした祖父と僕。見るからに誕生日という写真にはしかし、期待した日付が印字されていない。誕生日の明確な日付はわからなかった。

 それほど長くない僕の歴史はすぐに途絶え、あとはただ白紙のページが続いていた。


 写真の顔に重ねてみても、あの日の最後の、祖父の顔は思い出せない。

 溜息が零れた。


「ミチカ! 任務中です!」


「あ、はいっ。すみません」


 慌てて僕はアルバムを閉じ、立ち上がる。

 いつの間にかしゃがみ込んで写真を眺めていたらしい。

 アルバムを手放すと、改めて祖父の骨を拾う。


「お待たせしました」


「写真帳を」


 陸衞さんは言いかけて、一旦口を噤んだ。

 目で促すと、彼は再び声を出す。


「写真帳を、持って行かれないのですか」


「…ああ」


 反射的にアルバムを振り向いてから、僕は相手に向き直った。


「はい。これは祖父のものです」


「…そう…でしょうか…?」


「ええ。そう思います」


 死に際に眺めたのだろう。だから、床に無造作に置かれていた。

 それならば、僕はこれを持ち去ったりはしたくない。自分のために祖父の写真だけを剥がすというのも、したくはない。これは、最後まで祖父の側にあったものだ。そのままの形にしておきたい。


「…でも、持っていたいのではないですか。大事なミチカの過去でしょう」


「顔を見られただけで十分です。持ち帰ったところで今の部屋では…何かあれば荷物も持たずに出なければならないかもしれません。大事なものならば、尚のこと、ここに置いていきたいと思います。ここで朽ちるのならば、本来の有りようだと思えますから」


 本当はあのブリキの猫も置いていった方がいいのだと思う。けれど。何となく持っていたかった。心にとまるけれど、壊れても許せる程度の、僕の過去に関わるもの。


「…おじい様を、埋葬しましょうか」


「はい。あ、多分裏の納屋にスコップがあると思うんですが…使えるかな…」


 するりと口をついた言葉に自分で驚いた。

 納屋。そういえばそんなものもあった。


「では、探してきます。ミチカは埋葬場所を指示して下さい」


 陸衞さんは、外までの扉を全て開け放して出ていった。

 祖父の骨を持つ僕に対する気遣いなのだろう。細かい骨は零れ落ちそうなので、正直ありがたい。

 手元の眼鏡に、ふと呟いた。


「…じいちゃん、ごめんね。僕…もう少し、頑張るよ。誰かを殺さなくてもちゃんと生きられるように…もっと、頑張るね…」


 祖父を引き止められずに生き延びて。任務と称して誰かを傷つけ、殺して生き延びて。それは、生物として食うために殺すこととは違い、ただ利己的だ。

 本当は、僕こそが死ぬべきではなかったのかと、いつも心の隅で思っていた。

 それでも僕は…ただ、生き延び続けて。


「ミチカ。外へ出なさい」


 呼ばれて顔を上げた。

 けれど、陸衞さんの姿はない。

 また空耳だろうか。幻聴なんて今まで起きたことはないのに。


 そう考えて…自分の顔が歪むのを自覚した。

 あぁ。これは。


「どうか。無事で」


 …きっと、僕の記憶だ…。


 祖父の骨を抱いて、外へと向かう。

 自覚してしまえば、もう聞こえないそれ。

 聞き覚えのある声。この家の中で、祖父が僕を呼ぶ声。もう、聞こえるはずのない声。

 いつの間にか脳内で再生していた、これは、あの日の祖父の声だったんだ…。


 スコップを手にした陸衞さんが、玄関の外で待っている。

 無事に納屋から道具を発見したようだ。


「あの辺に煉瓦が並んでいた跡があるんです。花壇かもしれません。そこにしますか?」


 無言で頷く僕に、相手は少し気遣う目を向けた。

 何も言えなくて、俯く。


 お昼のサイレンが遠くから響いてきた。もう、そんな時間だったのか。

 素早く穴を掘り終えた陸衞さんが、動けない僕の手から祖父を取り上げて埋葬する。


 ざくざくと続く音。

 すっかり土が被ったあとに、ようやく僕は口を開いた。


「…ありがとう、ございました」


「いえ、こんなことしかできなくて」


「貴方がいて下さって本当に良かったです。せっかく峰さんが色々と気を回してくれていたというのに、僕一人ではこの任務を失敗するところだったのかもしれません。…もっと頑張らなくちゃ。不甲斐ないです」


「既に頑張りすぎです。ミチカは自分のペースを守るべきです。その方がおじい様は安心なさいますよ。今後は僕が守りますから、まず睡眠くらいはしっかり取れます」


 お前はマイペースな子だから。

 そう言って笑う祖父の顔を思い出した。


 僕を見る目も呼ぶ声も、いつも優しかった。祖父が僕を呼ぶ声を思い返す。思い、出せる。


 誰だって己のルーツの全ては知りえない。これ以上に確かなものはもう。必要ないのかもしれない。

 僕は陸衞さんに笑いかける。


「これで任務完了ですね。午後からどうするかは、また峰さんに指示を仰いでみようと思います。陸衞さんはどうされますか?」


「はい。峰には既に伝えましたが、僕は今後貴方と一緒にいます。一度戻って準備をしてから、合流しますね」


「お昼はどうされます?」


「え? …どう、とは? …午後のお話は今したところだと思うのですが…」


 陸衞さんが戸惑ったように僕を見た。

 熊は、もしかして三食食べないのだろうか。


「…えぇと。お昼ご飯をどうされるのかな、という話です。ご飯を食べてから合流されますか? もし一緒に食べるなら待ってますよ。レトルトですが二人分用意できます」


「…ぁ…、す、ぐ戻ります。待っていて下さい。少しは片付けて来ようかと思っていましたが、やめます。荷物だけ持ってきます」


「いや、別に、待ってますから片付けてらして大丈夫…って、全く聞いてませんね…」


 スコップを地面に突き刺したかと思うと、彼はあっという間に立ち去ってしまった。この速度を追うというのは、ちょっと無理かもしれない。そういえば、熊は案外駿足なのだと聞いたことがある。

 ならばスコップを片付けようかと持ち手に手をかけたのだが。


「…固っ…、何これ全然抜けないっ…」


 エクスカリバーでもないだろうに、花壇に深く垂直に突き立ったスコップは微動だにしない。困ったことに、まるでこれが祖父の墓標のようになってしまった。


「…まぁ、…それもいいか」


 小さく笑ってから、僕は目を閉じ、スコップに向かって手を合わせた



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