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マモレ課~捜索任務遂行中  作者: 2991+


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セカンドコンタクト



 僕が再び生家の前に立ったとき、既に彼はそこにいた。


「…あ、あれっ、おはようございます」


 肩にかけていた通信機を下ろし、僕は相手に声をかける。

 正午過ぎに接触する予定だったはずなのに…今はまだ八時過ぎだ。

 手の中で弄んでいた何かをポケットにしまい、彼は立ち上がるとこちらを見た。


「おはようございます、ミチカ。待ち合わせには随分と早すぎませんか」


「…えぇ、あの…、ここ、僕の家だと思うので、入れる場所がないか、待ち合わせの前に調べようと思っていたんです。上司も、ここを探索する許可をくれましたので…」


「…あぁ、成程、それで。昨日は玄関を開けようとしていたところだったんですね」


 どこかぼんやりした様子で、彼は緩く首を振る。何かあったのだろうか。


「そ。…そ…、そぅ…ぃ、……コホン。貴方はなぜこんなに早くこちらへ?」


 名を呼べずに濁した僕の様子は、特に気にはされなかった。


「いえ…色々と考えていたら、何だか落ち着かなくって。…じゃあ、せっかくですから、お話をお聞きしましょうか…。…えぇ? な、何ですか、その顔は。今日は僕に山を下りるよう、説得されるつもりなのでは…?」


「いいえ。あ、来ていただいた場合の待遇は一応確認してみたんですけれど…衣食住の保証と、情報提供の重要度に応じた報酬、そして採用当初は日当八千円かける出勤日数だそうです。詳細はむしろ僕に教えられないそうなので、具体的な金額が申し上げられなくてすみません。今日は通信機を持ってきましたので、お尋ねになりたければ上司に繋いで僕は席を外します。…八千円の辺りで戸惑われたようですが、日当がご不満ですか?」


 彼は、困ったように首を傾げた。

 僕もつられて同じように首を傾げる。


「…何かご質問があるのなら、わかる範囲でお答えしますが…あまり僕ではお役に…」


「いえ、その…困りましたね。実は八千円と言われましても…わからなくて。僕が以前人里に下りたときとは、確かお金の価値が違うんですよ。例えば…麦の相場とか、おわかりですか? 今は拾円でどのくらい…」


「む、麦ですか! えぇ、す、すみません。その発想はなくて…ちょっ…み、峰さんにすぐ聞いてみますねっ」


「あ、いいです、いいです、別に…僕の主食が麦なわけではないので。お給料、金額を具体的に聞いたところで価値がよくわからないだろうなぁと思っただけなんです」


 ようやく僕も彼の真意を理解する。

 そうか、昔は一円何銭って、もっと小さな単位で使用されていたんだ。…そう考えると、どうやって今の金銭価値になったんだろう。何だか、とても不思議だ。


「…麦はちょっと…わからないですけれど。例えば、このくらいの切り身の鮭。四百円くらいで、三切れ一パックで売ってましたね、僕が住んでいる場所の近所のスーパーでは」


「成程。では日当は鮭六十切れですね」


 目を合わせて、僕らは頷きあった。

 昨日から思っていたけれど、何だか彼との会話は…ちょっと楽だ。感覚が近いのかもしれない。

 ようやく彼は、少し笑顔を浮かべた。


「では今日はどんなご予定でしたか? 僕が側にいても差し支えないといいのですが」


 言われて僕は慌てた。

 切り出し方に悩んでいたとはいえ、僕が、家の探索の手伝いをお願いしなければいけなかったからだ。


「えぇと。実は、お願いがあるんです」


 言い出しにくいけれど、言わなくては。

 無意識に両手を合わせてしまう。こんな仕草を教わったことはないと思うのに、人生のどこで刷り込まれるポーズなのだろう。


「家の探索を手伝っていただけませんか? 僕は、昔の記憶がほとんどなくて。故郷に来たら何か思い出すかもしれないと思っていたんです。実際、僕は貴方のことを思い出しました。この家にはもう少し情報が眠っていると思うのですが…」


 相手は少し不思議そうに、首を傾げた。


「それは構いませんが。貴方はここへ、僕を探しに来たんでしょう? なぜ積極的に僕を勧誘されないのですか」


「必要なお話は既にさせていただきました。僕は勧誘を禁じられています。貴方が嫌がることをするのは、上司も本意ではないのです。僕としては…是非貴方に来ていただけたら、と思うのですけれど…何せ新人なもので上が貴方にどんな仕事を頼みたいのかわからない。割と単純に、貴方と一緒に仕事ができたら楽しいだろうなと思うだけなんです」


 それを聞いて、彼が嬉しそうに笑う。

 僕は訝るばかりだった。勧誘されるのは迷惑なのではないのだろうか。

 なぜ、来てほしいと言われて喜ぶのか。


 ふと、その疑問が解けた。

 ひとつ息を吸って、意識的に名前を呼ぼうとしてはみたけれど…やはり無理そうなのでやめた。


「あの…貴方はここで、お一人で暮らしていらっしゃるんですか?」


 頷きが返される。

 少し言葉に迷いながら、僕は更に問いを重ねた。


「熊のお嫁さんとか、いないんですか?」


 ふしゅっと音を立てて彼はそっぽを向いた。

 その数秒後、両手で顔を覆ったままゆっくりとしゃがみ込む。そして。ついにはへたりと地面に突っ伏した。


「えぇぇ? な、なんで笑うんです!」


「…だ…、だって…、普通は仲間のことを聞かれると思うじゃないですか。どこにいるのか、とか、連絡を取っていないのか、とか。なのに、そこで熊のお嫁さんですよ?」


「…だ…だって、ここでお一人だと寂しいのじゃないかなって…。群れがあるなら貴方はボスになるのでしょうけれど、熊の群れってどうもイメージが湧かないので…」


 だから、僕との接触にも意外と嫌悪が見られないのかと。

 だって本来、彼はここに隠れて住んでいるはずなのだから。


 この接触は僕に有利というか、友好的に過ぎる。


「あぁ、こんなに笑うのは久し振りです。お腹も顔も痛い。…ふぅ。熊は群れで生活しませんし、それ以前にこの姿の僕は彼らに仲間と見なしてはもらえません。あくまで僕は、ヒトの形をした何者かでしかないのです。元の姿に戻ったところで、彼らはやはり僕に怯えるでしょう」


「…なぜ…です」


「僕のほうがずっと大きいんですよ。随分長いこと元の姿には戻っていませんが、それでも、未だに大きくなっていることは感覚でわかります。以前よりどのくらい大きくなってしまっているのか…あんまり試してみる気にはなれないですねぇ…怯えられるだけですから」


 僕は相手の身体を見上げた。

 見たところ、身長は百八十センチを越えているだろう。彼は…未だに背が伸びているのか。


 率直に、羨ましい。


「何か。何か、秘訣があるんですか? いえ、僕もまだ伸びるとは思うんですけれど…」


「…え…? あ。あぁ…。秘訣…どうでしょうか…貴方は今お幾つですか?」


「今秋に十六になります」


「成程。ならばまだ可能性は十分ですね。二十歳の朝飯前までは伸びると言います」


 自分の表情が明るくなってしまったのは、鏡を見なくてもわかった。


「やはり食事には気をつけたほうがよろしいでしょう。それから、よく眠れていらっしゃいますか? 睡眠は大事ですよ」


「…え…?」


「眠っている間に伸びるのですから、きちんと熟睡していないと…。何だか今、お心当たりがありそうな顔をしましたね…」


 少し動揺したのは確かだ。

 熟睡しているかと言われると…現状、自信がない。

 無言で話すよう促され、僕は渋々口を開く。


「仕方がなくて。ちょっと今は部屋に問題があるので、一応夜中も備えているんです」


「…襲撃の恐れがあるんですか?」


「いえ。僕の部屋は卒業した施設のほうで用意してくれたものなんですけれど…不在のときに誰かの出入りがあるようなんですよね。部屋の匂いや、ちょっとした物の位置が一定でなくて。鉢合わせたときのことを考えると、どうも手放しに熟睡というわけには…」


 寝に帰るだけの場所でしかないし、貴重品や大事なものは部屋には置かず、常に身に付けて持ち歩いている。私物も着替えや食料くらいしか置いていないから、盗まれても困らないけれど…寛ぐというわけにはいかない。

 気がつくと、呆然とした顔をされていた。

 慌てて僕は弁解する。


「あの、別にそんなに大したことではないんですよ。雨風凌げるだけで十分ですし。盗撮や盗聴はありませんから諜報目的でもないと思いますし、職場にも迷惑はかからないはずです。もしかすると僕の前に住んでいた住人が、時折使っているのかも…」


「何をのんきな。大問題ですよ? どうして引っ越しを考えないのですか。せめて鍵を付け替えるだけでも試されたら良いのに」


 けしからんと言わんばかりの憤慨っぷりに、僕のほうが困ってしまう。

 引っ越せるものならば、僕だってそうしたいけれど。


「お金もないですけれど…何より、年齢的に無理なんですよ。保護者がいなければ住居は借りられないんです。そうするとどうしても施設の息のかかった部屋しか使えない。鍵を取り替えても意味はないと思いますよ。パスワードや生体認証の可能なセキュリティならまだしも、キィを入れて回すだけのものなら、道具があれば僕にだって開けられます」


 雨風が防げて、荷物が置ける。十分じゃないか。

 一応は僕の部屋であるのだし、謎の侵入者は密やかに出入りするだけで、今のところ危険な目には遭っていない。それ以上望むのは贅沢というものだろう。

 陸衞さんは小さく溜息をついた。


「貴方はなぜ…、いや、坑道で出会ったときもそうだ。妙に素直な子供でした。貴方は与えられたものを丸飲みするタイプです。正直、もはや僕が歩哨に立ちたい…」


 返す言葉が見当たらず、僕は「はぁ」と小さく呟くに留めた。

 何がいけなかったのか、どうしてもわからなかったからだ。丸飲みと言われても…どれだけ考え直してみても、手の打ちようがない事柄に対しては、受け入れる以外にどうしようもないように思う。



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