プロローグ
これは環境汚染や自然破壊のツケ、地球からの逆襲なのだと誰かが言った。
真実なんてわからない。
ただ、突如として植物は異常発生した。
理由もわからず、爆発的に植物が増える。それだけのことなのに。
「もう、おしまいだ」
祖父の顔が思い出せない。
「ミチカ。すまない」
ここを離れたくはないと、彼は言った。
それは即ち、死を意味した。
植物はただ、急激な成長と共に爆発的に増えるだけ。
人を襲う意思があるわけじゃない、毒を出すわけでもない。
見渡す限りの蔓草に、祖父はそっと手を触れた。
岩壁を隠していたそれが一部だけ持ち上がり、ぽっかりと洞窟が口を開ける。
「じいちゃんは」
僕が言いかけると彼は、ぐぅと小さな呻きを漏らした。
これ以上、何か言ってはいけないのだと理解した。
大きな自治体は、定期不定期に植物の駆除を繰り返すことができた。
しかし、金もなく住民のほとんどが老人であるような過疎地に、そんな体力があろうはずもない。ましてや、田舎とは自然に取り囲まれているのだ。
道を奪い、建物を奪い、畑を奪い…。瞬く間に集落は陸の孤島となった。
電柱が倒れ、ダムが詰まり、水も食べ物も情報も手に入らない。
植物だらけの家屋を諦めて、住人達はとっくに逃げた。長く悩めるほどの時間はなかった。刻一刻と植物は迫る。けれども、彼だけは逡巡を繰り返し…。
今や故郷は、緑に飲まれた。
「お行き。もはやここ以外に脱出路はない。恐らくこの先には、この道を守り続けるだけの力を持つ何物かがいる。人かも獣かもわからないが…どうか、無事で」
祖父の手が、背負ったリュックを優しく叩いたのを覚えている。
A16。
飲まれた他の集落と合わせて、今はざっくりとした区分けでそう呼ばれる僕の故郷。
何もかも忘れてしまった。生きることに必死で。
自分の生家の様さえ。自分の家族のことさえ。道の先に何がいたのかさえ。
それでも。
いつか故郷へ、帰りたいと思っていた。




