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聖女様を甘やかしたい! ただし勇者、お前はダメだ  作者: 戸津 秋太
二章 剥奪と離反

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五十九話 フレディ・ノーラン

 突然のことに動揺する心を抑え込んで、ティアはぐっとフレディを見返した。


「どうして、兄さんがここに?」


 そう聞きながらも、ティアはなんとなくその理由を察していた。

 予想よりも早く、神殿は追っ手を差し向けてきたらしい

 やはり、ベイルに黙って勝手に出てきてよかったと、ティアは胸を撫で下ろす。

 対してティアの問いに、フレディは口角を上げながら「おいおい」と鼻を鳴らした。


「随分な物言いだな。妹の帰りが遅いから心配して探しに来てやった兄に向かってよぉ。つうか、お前こそこんなところで何やってんだ」

「任務の内容は知ってるでしょ。ベイルたちを探していたの」

「そりゃそうだ。で、首尾は?」

「……見ればわかる。ベイルたちは見つからなかった。もしかしたらこの国を出て行ったのかもしれない。今はそれを報告しに戻ろうとしていたところ」

「へぇ、そうか。見つからなかった、か」


 意味ありげにティアの報告を反芻したフレディは暫くジッと彼女を見つめる。

 その視線から逃げ出しそうになる衝動を必死に抑えて、ティアもまた兄の顔を見つめ返した。


 無言が続く。


 やがてフレディは大きく溜め息を吐き出すと、ティアの横をすり抜けて前へと歩き出した。


「っ、兄さん、どこに……!」

「ああ? 折角こんな辺境の地にまで足を伸ばしたんだ。その辺りを観光ぐらいしてもいいだろ?」

「ま、待って……!」


 ノーティス村の方へ向けて歩き出したフレディを、慌てて引き止めようと前に割って入る。

 だが、


「うぐっ――!」


 フレディの裏拳がティアの右頬を直撃する。

 全く反応できなかったティアは、そのまま近くの木の幹まで吹き飛ばされた。


「っ、何を……!」


 一瞬にして赤く腫れ上がった頬を押さえながら、ティアは抗議の視線を向ける。

 その視線に、フレディは不快そうに表情を歪めた。


「ああ? なんだ、その目は。俺に文句があるのか?」

「そ、それは」


 どすの効いた声に、ティアはビクリと肩を震わせる。


「たくよぉ、少し目を離すとこれだ。なあ、いつからお前は兄の進む道を邪魔するようになったんだ?」

「っ、ごめん、なさい」

「まあいい。とにかく俺は今からこの辺りを見て回る。お前は先に神殿へ戻ってろ」

「に、兄さんも神殿に戻るべきだと思う。あまり他国に長居するのはよくない」

「なんだ、ティア。お前いやに俺がこの先に進むのを嫌がってるなぁ?」

「……っ」


 嫌なところを突かれたティアは口を閉じる。

 その反応を見たフレディは、「ああもうめんどくせぇ」と吐き捨てるように言うと、冷たい眼差しをティアへ向けた。


「おい、ティア。つまんねえ嘘ついてんじゃねえぞ」

「嘘……?」

「惚けてんじゃねえ。この先にベイルの野郎を見つけたんだろ? ええ?」

「――! どう、して……」


 フレディの口調は、ティアの言葉が嘘であるということを完全に確信しているものだった。

 思わずこぼれ落ちた疑問の声に、フレディは嘲笑しながら言う。


「どうしても何もねえだろ。お前がベイルなしに、俺の行動に注文をつけるわけねえだろうがよ」


 フレディが言葉を言い切るよりも先に、起き上がったティアは右手に白く光る剣を握っていた。

 それを見て、フレディは心底嬉しそうに問う。


「いいのか? 今ならまだ、何も聞かなかったことにしてやってもいいんだぜ? 何せお前は、俺の大切な妹だからな」

「必要ないっ。この先に進むのなら、私が止めてみせる」

「……お前はもう少し、賢い奴だと思ってたんだけどよぉ」

「――っ」

「お前、俺に勝てると思ってんのか?」

「やってみないと、わからない……っ」


 ティアの言葉にフレディは「はっ」と嗤う。


「あぁ、クソが。結局お前は、兄である俺を裏切ってあいつにつくんだな。あんな半端者のよ」


 フレディの後ろに控えていた神官たちが、ティアの裏切りを察して各々が戦闘態勢に入る。

 だが、それをフレディは手で制した。


「やめておけ。お前らじゃこいつには勝てねえよ。伊達に特級神官をやってねえからなぁ」


 フレディのその言葉に、ティアは活路を見出していた。


 仮に複数名に囲まれればどうなるかわからないが、フレディ一人であれば、あるいは勝機があるかもしれない。

 だが、フレディはそんなティアの心を見透かしたようににやりと愉悦に満ちた笑みを浮かべた。


「やる気になってるところわりぃな。俺はお前よりもあいつとやりてえんだ。てことで――」

「っ! どうして兄さんが、それを……!」


 懐に手を入れてフレディが取り出したものを見て、ティアの表情が固まる。


 手のひら大の、黒い石版。

 当然そこには、ティアの名が刻まれている。


 これを破壊されることはそのまま、神官としての力を――神技を失うことを意味する。

「教皇様はお前が裏切ることを予期していたってことだ。要するにお前は踊らされてたんだよ。――じゃあな、愚妹」


 白い粒子が石版を覆い、次の瞬間に全体にひびが入り、ボロボロとフレディの手の上からこぼれ落ちる。

 と同時に、ティアが右手に握っていた純白の剣が音もなく霧散した。


「ぁ、そん、な……っ」


 慌てて剣を生み出そうと、神技を発動しようとする。

 しかし、何も生まれない。


 そんなティアに興味をなくしたようにフレディは視線を切ると、背後の神官たちに向けて告げた。


「こいつのことは任せたぞ。好きにしろ」


 ◆ ◆


「流石に、厳しいか……?」


 ルナに教会に残るよう厳命したベイルは、草原を駆けていた。


 連れ戻すといっても、遠くまで行かれていては流石に手出しできない。

 追えるのはせいぜい北部の山脈までといったところか。


 空が明るくなっている。

 なんとか間に合ってくれるといいが……。


「――!」


 突如、全身が何かを感じ取り、空を見上げた。

 と同時に、超速で走っていた体に急制動をかけてその場で止まった。


 ガガガッと音を立てて、ベイルの目の前の地面に何かが突き刺さる。

 それは、ベイルにとっては最早見慣れた白い剣だった。


「なんでお前がこんなところにいるんだ」


 キッと、鋭い視線を空へ向ける。


 そこにいた人物は白いマントを翻し、悠々と地上に降り立った。


「よぉ。元気そうじゃねえか、ベイル・ベレスフォード」

「フレディ・ノーラン……!」

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