四十七話 決着
大地の丸みを感じられるほどの高度まで上昇したベイルは、そこで反転。
ティアが佇む大地を俯瞰する。
「――ッ」
しかし、その時すでにティアはベイルの舞う空へと飛翔していた。
轟ッという大気を切り裂く音を立てながら迫るティアの剣に即座に対応する。
高さの優位を活かしての、猛烈で痛烈な一撃。
それを、眼下の少女は顔の前で悠々と受け止めると、ベイルの剣を軸に全身を回転。
左側から右足を叩き込む。
「っぅ……!」
ベイルはそれを左腕で受け止めると、その衝撃に顔をしかめながらも即座にティアの右足をつかみ取る。
「――んのっ!」
神官といえども、少女の華奢な体躯ではベイルの拘束を振りほどけない。
ティアは僅かに表情を歪めると、ベイルの背後に白剣を生み出した。
「はぁ――!」
迫る白剣を、ベイルは一振りの下に両断する。
その代わりに、ティアの拘束を解いてしまう。
距離をとるティア。
地上よりも更に冷たい風が、ベイルと、そしてティアの全身に吹き付ける。
ティアは特級神官の証したる上質な雪白のマントをはためかせ、ベイルはごく普通の白いシャツを揺らす。
その服装の差が、何よりも互いの立場の差を物語っているようだった。
対峙する少女を見つめながら、ベイルはちらと眼下の教会に視線をやる。
――決定打に欠ける。
これまでの攻防を経て、二人が共通して抱いた認識だ。
神官でないものであれば、神技によって白剣を数本放つだけで串刺しとなる。
たとえ神官であっても、物量で押し切ればそれでいい。
だが、相手が特級神官であれば話は別だ。
いずれの攻撃手段も通用しない。
こういうときに、特異な力を有した稀人とは違って神官は、強力無比な一撃がない。
……いや、強力無比な一撃を放とうとも、相手も同等の神技で応じることができてしまう。
特級神官を倒そうと思えば、相手の知らない強力な神技を放つしかない。
そしてその神技を、ベイルは持っている。
(――星剣。それなら、あるいは……)
この膠着した状況を打破するには、あれを使うしかない。
ギリアンの能力を下に、ベイルが新たに生み出した神技。
神殿で教わったものではない神技。
それならば、ティアの意表を突けるだろう。
「ベイル、本当に弱くなった。信じられないぐらい」
不意に、ティアが呟いた。
その言葉には、落胆というよりも憐憫の方が強い。
ベイルは大げさに肩を竦めてみせると、「数千人と一人を比べられてもな」と言い返した。
「どういう、意味……?」
「さあな。……このまま続けていたら、夜が明けてしまう。そろそろ終わりにするか」
「終わりにできると、思ってるの」
むっとした表情になったティアに不敵に笑いかけながら、ベイルは右腕を掲げた。
膨れ上がる白光と、ベイルのどこか余裕のある態度に身構えるティアであったが、直後、彼の頭上に現出する数十、数百の白剣を見て溜め息を零した。
「多ければ倒せるって、本気で思ってるの?」
呆れたように。
数を増やしたところで、同じ特級神官である自分には通じないと。
その事実を見せつけるかのように、ティアもまた同数近い白剣を生み出す。
だが、ベイルの神技には続きがある――。
「……!?」
ティアが瞠目する。
目の前の少女が驚く気配を感じ取りながら、ベイルは勝利を確信していた。
互いが同等の力を有している以上、一瞬でも先手を取れた方が勝てる。
そのことを、経験が直感させた。
夜空に浮かび上がる千近い白剣が、三カ所に分かれて集っていく。
集約されたことで光が激しさを増し、剣同士が融合していく。
それは、とある勇者の力を模倣し、再現することで生み出した神技。
ティアは呆然とそれが形成していく過程を眺めながら、その表情をどこか陶然として。
「――星剣よ、在れ」
ベイルの命令一下、超大で強力な三振りの剣がティアに向けて放たれた。
しかし、ティアは回避の動きを見せることなく悠然と迫る魔剣を見据える。
「……驚いた。だけど、無意味ッ」
背後に待機していた白剣が一斉に放たれる。
数百を数える白剣が魔剣に叩き込まれ、うち二振りが撃ち落とされる。
しかし、残る一振りの魔剣が勢いそのままに無防備なティアの体躯へ迫る。
数秒後には、串刺しになる。
その未来が見える状況下で、ティアはゆったりとした動きで右手を前方へ突き出した。
「聖鎖よ、束縛せよ」
ブワァと数十の鎖が虚空から現れ、蛇のように宙をうねるようにして動きながら魔剣に絡みつく。
刀身が見えなくなるほどに鎖に巻き付かれた魔剣はそこで動きを止め――、破砕した。
砕けた魔剣は淡い光となって宙へ溶けて消えていく。
自らの力を誇るように前方を見据えて、そこにベイルの姿がないことに気付き周囲の気配を探る。
その瞬間――、
「どこを見てる」
「――ッッ!?!?」
ティアの背後から、ベイルの痛烈な一閃が奔る。
咄嗟に生み出した白剣で振り返りながらその一撃を受け止め、逆にベイルを弾き返した。
「意表を突いたぐらいで、勝ったつもり……ッ?」
体勢を崩したベイルに向けて吠えながら、そのがら空きの腹部へ真上から剣を突き出す。
鮮烈な一撃。
体勢を立て直しづらい空中でのその凶刃を避けるすべはない。
……そんな状況で、ベイルは僅かに口角を上げた。
その事実に言いしれぬ焦燥に駆られながらも、相手に回避の術はないと突き出した白剣に更に力を込める。
「やあぁ――ッ!」
勝った。
勝利への確信。
次の瞬間には、ベイルの腹部は自身が放った刃で貫かれ、血を撒き散らしながら地上へ落ちるだろう。
死にはしない。
重傷を負って抵抗もできなくなったベイルと、そして近くにいるはずの聖女候補の少女を神殿へ連れ帰れば、それで何もかもが解決する。
強かったベイルを、取り戻すこともできる。
そんなことを考えていたティアの右腕に、鈍い痛みが奔る。
ベイルが半身を下げて紙一重でティアの剣を避け、そして信じられないことに超速で迫った彼女の腕を掴んだのだ。
「そん、な……ッ!?」
「油断したな。――はぁッ!」
掴んだ右腕を引き寄せ、その勢いを活かして腹部へ膝を入れる。
カハッと血の混じった唾液を撒き散らすティアの右腕は掴んだまま。
その右腕を背に乗せて、そのまま地面へ向けて回転投げの要領で投げつける。
腹部に奔る鈍い痛みと、反転した視界に混乱するティアはそれに対する対処もままならず、轟音と共に地面に叩き付けられた。
巨大なクレーターが刻まれた草原に舞い降ると、その中心部へ歩み寄る。
そこで、ティアはボロボロの状態で血反吐を吐きながら横たわっていた。
流石特級神官といったところか、これほどの攻撃を受けてもなお致命傷に至ってはいない。
だが、もうろくに動くことはできないようだ。
ベイルは右手に白剣を生み出すと、ティアの傍らへ立つ。
脳震盪でも起こしているのか、焦点の定まらない眼差しでベイルを見つめてくるティア。
彼女の首筋に、剣を添える。
その時。
「お、にぃ、ちゃん……?」
「――ッ」
掠れた声で呟かれた言葉。
その声に目を見張り、ベイルは彼女の顔を見る。
だが、そこで意識は途切れたらしかった。
目を閉じて首から力が抜けたティアを見下ろしながら、ベイルは目を瞑る。
苦しげに。内に抱いてしまった葛藤を忌避しながら。
「……くそッ」
苛立たしげに吐き捨てる。
静かになった草原の只中で、ベイルは立ち尽くしていた。
その時、一層強い冷たい風が吹き抜けた。




